Da"monenkiller はホラー・ヘフト(ドイツの娯楽小説の出版形態、軽装版の定期刊行物)。Ernst Vlcek(のちに Perry Rhodan ヘフトの草案作家)が創始した。
Da"monenkiller デーモンキラー(悪魔殺し)Nr.1 は1973年7月17日、Vampir-Horror ヘフトの Nr.23 として刊行。反響は大きく、Vampir-Horror 中でシリーズ化。Vlcek (Paul Wolf) と Kurt Luif (Neal Davenport) が執筆を担当した。1974年10月22日から独立したヘフト・シリーズとして隔週で刊行。Earl Warren、Roy Palmer らが執筆陣に加わった。
好調に思えたが、1977年5月17日、シリーズは Nr.143 で突然の中断。一説によれば、ある権威団体がシリーズ中の4冊を「青少年に有害」と認定したため、という。Vampir-Horror において Da"monenkiller 読者に照準をあわせた新シリーズ Hexenhammer「魔女への鉄槌」が企画されるが、不評に終わる。1981年10月、Vampir-Horror も休刊となった。
1983年4月12日、Pabel 社は新装 Da"monenkiller ヘフトを開始。再版だが、細部は時代にあわせて修正・加筆された。
発行部数の伸び悩みから(初版の読者が購買層に加わるには Nr.143 を待たなければならない)、編集部は Nr.131 にはじまるバフォメト・サイクル(ストーリーのまとまりをいう)を2話に縮め、Nr.133 からは、新規参入の作家 W. K. Giesa、Hans Kneifel、Hubert Haensel、Ritter に自由に新しいストーリーを展開させた(当時 Vlcek は Perry Rhodan ヘフトに傾注し、旧執筆陣からは Luif ひとりが残った)。結果としてシリーズは破綻。Giesa は Nr.165 にはじまるサイクルをまとめてシリーズをたてなおす。Vlcek と Warren のアイディアにもとづき、Nr.175 にはじまる新サイクルも準備された。
しかし、Pabel 社の主席編集員 Mu"ller-Reymann が交通事故により急死。緊急対策会議の席上、Da"monenkiller をふくむいくつかの赤字シリーズの打切りが決まる。1986年発行の最終話は、Nr.175 Ich, Coco Zamis 『わたしがココ・ザミス』。
1995年8月、Zaubermond 社は Da"monenkiller-Buch (ヘフト5冊をハードカバー1冊に編集したもの)シリーズを開始。Nr.27(Nr.131-135)から配本し、Nr.29、Nr.30 にはヘフト初版のために執筆された未刊原稿を収録。Nr.31、Nr.32 として初版ストーリーの続編が書き下ろされた。
当初ヘフト Nr.1-130 は上記と同体裁のハードカバー26冊として再刊される予定だったが、その後、方針は転換。現在、Dorian Hunter の名を冠した新シリーズ(ヘフト Nr.1- を4冊単位にハードカバー1冊に収録したもの)として刊行がはじまっている。
Edition DK と称する新シリーズは、Da"monenkiller-Buch Nr.32 の続編。
なお、Pabel 社がかつて刊行したポケットブックスの数点も Coco Zamis 「ココ・ザミス」シリーズとして再刊がはじまっている。
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