| | | | | | | | | | | | | | | | | | | | | | | | | | | | | | | | | | | | | | | | |1 セピアになどならない、たぶんずっとこのままずっと....
掛け声とともに少女の華奢な肢体が、煌めくライトとビームの宙に踊る。
歓声と拍手の渦に満足するかのように彼女は微笑んだ。少女のあどけなさと、相手の心の中を見透かすような深い輝きをあわせもった、いたずらっぽい瞳。
曲が変わる。
すでにその表情は真剣な硬いものにかわっている。腰をおとし、引きつけたマイクに、全身のエネルギーを注ぎこむように歌いかける。にぎりしめた右腕は、訴えるように天を指す。熱い歌声。
勢いよく繰り出す腕と指先は、ふりあげる拳にかわり、体を震わせて訴える歌詞は心につきいれる鋭いナイフ。
脚をふみならし、刻むビートは心と躯を熱くさせるロック。
天を仰いで、語りかける預言者のような表情のバラード。
すべてが彼女のメッセージ。
彼女----時代祭ケイ。
「あの男です」
コンサート会場の外の雑踏の中で、太陽系秘密情報局要員、ヒロフミ・キクチ伍長は自テスターをみながら、かたわらの上官にささやいた。
かれらは時代祭ケイのコンサートを監視すべく命じられたチームの一員。クレーテ支局長A・S・ブリュロフ少佐は、惑星ハイグレード出身の、このロック・シンガーがことのほかお気に召さないようであった。
それもやむをえないことではある。
「とっつかまえるわよ」
ナナオ・ワカブキ少尉は部下にそっと目配せ。
「やっぱ、あんた天才よね。そんなので、よく探知できたもんだわ」
彼女が感心したようにいうのももっともで、この頼りなさそうな見かけのルーキー----ただし顔はいいのよね、顔は----の改造した官給品のエネルギー探知機やロボット・ゾンデは、不思議とひどく利巧になるのだった。
「いやあ、とんでもないですよ」
そこで笑って頭をかいてしまうとこが、頼りないんだってばよ!
目標は対探知カモフラージュをしており、その行動はきわめて不審である。
場所がら、こんなところで時代祭ケイを暗殺されては責任問題。
いや。ブリュロフ少佐は喜ぶか? それもなさそうだが。
「ラゼフスキー、前方を」
そうよばれた背の高い男は露骨に不満そうな表情をした。
「ああそう。おぼえとくわ、その態度」
途端に男は背筋をのばして姿を消した。
「いくわよ、ヒロフミ」
「大丈夫でしょうか」
「ナナオさまがいるんだから、なんにもありっこないって」
しかし、ヒロフミの顔からすると、違う心配をしているらしい。
「ああ、あいつ? 平気へいき」
どうせ、囮だから。
ナナオは懐のダーツを握ると、ほくそえんだ。
こんな狭いところで銃なんて役に立つもんですか。構えるよりも、ナナオちゃんのダーツの方が速いわ。
「中尉。PAN-PAN-PAN、脅威接近」
イアホンから聞こえる声は、かれを上空から支援する情報収集工作特殊艦の中枢ユニットの合成音声。
「包囲されています。三名。二名はエネルギー兵器を所持。安全装置解除」
太陽系秘密情報局の工作員、クドウ中尉は追跡をやめると、目立たないようにゆっくりと方向をかえて歩き出す。
そのまま、頭を動かさずになにげなく、周囲をみまわす。
人の流れに逆らう動きを見せる男を確認。
クドウは懐の閃光手榴弾に腕をのばす。
こんなところで撃ちあいになると、何人死ぬかわからない。爆発の隙にデフレクターで透明化して逃げるつもりだが、そうはいっても、最悪なら衛星軌道からレーザー攻撃するまで。
そのとき、イアホンから響く声。
「確認。味方です。指示がなければ介入しません」
味方だと?
その途端、背後から頬と脇腹につきつけられる金属の感触。
あいつ、それで手抜きやがったか。
「生きてる? 死にたかったら抵抗していいわよ」
かれはその声に聞きおぼえがあった。
「まさか、いきなり撃ったりしませんよね?」
「いいのよ撃っちゃって。この場合は」
もうひとりの男とのやりとりを聴きながら、クドウはおとなしく両手をあげる。
「たくさん生きてるよ。だから殺すな」
しばしの沈黙。
「ダウト、あんた、ひとりだけなの?」
たしか、こいつはいつも部下をひとり連れてたはず。このナナオさまにさえ、直属の部下なんていないってのに、いったいどーいうことよ!
「ああ、ウエザムか? そこらへんにいるかもな。だから、下手なことすると頭無くなっちゃうぞ」
銃口をつきつけられながら、平然とこたえるクドウ。
その普段と変わらぬ表情に憤然とするナナオ。
あのウエザムが、これまたひとをイライラさせるやつだから、そのぐらい平気でしでかすのよね!
なんだ、ナナオさんの知り合いかあ。さすが....。
ほっとしたような、 尊敬したような表情のヒロフミ。
銃を突きつけられていて、何がおもしろいと思えるんだろうか? さすがはナナオ先輩の知り合いだ。
「たくっ! あんたはどうして、いつもいつもそんなテレテレした顔で、テレテレ出てくんのよ!」
「いつものことだろ」
素っ気ない口調。しかし、その頬には何かおかしくてしようがないとでもいいたげな表情のかけら。
このタワケ者っ!
たちまち、クドウの襟元をしめあげる腕。
「今度はなにしにきた? ここはあたしの縄張りよ。ひっかきまわしたら承知しないからね。いい? あ! あんた、まさか、時代祭ケイの....」
「こんな場所でいきなり首なんかしめやがって正気か? いや、聞くだけおれがまちがってたか」
にわかに周辺は通行人の注目をあびるところとなり、居心地の悪そうなラゼフスキー。
小声でクドウにささやきながら、さりげなく歩きだすナナオ。
「いい? とりあえず、少佐のところへきてもらうわよ」
「ああ。支局長はアンドレイ・シンゴ・ブリュロフ少佐だったな」
「あんた知ってんの?」
「全然」
あいかわらず油断も隙もない奴だとおもい、あらためて警戒の視線のナナオ。
状況をよく把握できないながらも、教科書どおりの周辺警戒をおこないながらそれに続く、ヒロフミ・キクチ伍長。
それはさながら、気のない彼氏を無理やり連れ出した強引な彼女、とでもいった様子。それにしては緊張感が漂いすぎてるか。
あんな挑発的な態度をとって、よく即座に撃ち殺されなかったもんだ。運が良かったんだろう。それはそうとして、この状況で何がおかしいっていうんだろう。
「で、いったい何しにきたのよ。まさか休暇、なわけないか。わあった! とうとう干されたんだ。そうよ、当然だわ、この....」
クドウは表面上、迷惑そうにナナオのひとりごとを聞き流していただけだが、実のところ、けっこう気分を害していた。
能天気なやつ!
なかでもイホ=トロトは、銀河系外への進出を試みているテラナーと行動をともにしているほど、かれらにいれこんでいるらしい。
その気持ちはわからないこともない。かれらはまったく愛すべき存在なのだ。
そして、そのテラナーたちの中にも一風変わった存在がいるらしい。
たまたま恒星間空間で収集された、あるハイパー通信波は興味深い情報をもたらした。
「テラナーは種族をあげて勢力拡張路線をすすんでいるものとおもっていたが」
拡大、団結、覇権。
だが、その女性テラナーが、「歌」と呼ばれるかれら独特のコミニュケーション手段によって伝達しているのは、違うバイアスのかかった主張。
ハルト人たちの注目するテラナー、ペリー・ローダンとは異なった個性。それはまた、女性としてもっとも高名なテラナー、モリー・アブロとも違う。並行して収集した情報によれば、この歌手はテラテー指導者の間ではあまり好意的評価を得ていないらしい。
だが、ハルト人たちは、彼女の活動している宙域を特別に注目している。
なにしろ、ハルト人とは孤独な反体制家がこのうえなく好きなのである。
明日になれば 闇は消え 悪夢は去ると言葉でいい聞かせてみても 心の闇は晴れない
押しつけられた秩序
投げ捨てられた歳月
オートメーションの工場が 造り出すのは 巨大なマシーン
希望に輝く星を めざして翔び立つ宇宙船
夜の闇 宇宙の暗黒 フギンとムニン
暗い悪意をだいて 旅立つエンジンたち
選ばれたはずの自分も
約束されたはずの未来も
ちっぽけな煌めきに のみこまれていく
星たちは謠うマシーンたちは 悪夢を見るのかと
塹壕へと 雨は容赦なく降り続く
打ち捨てられた橋頭堡 降り注ぐ砲弾
兵士は問う
心は歪められたままで
水瓶座の銀河が 約束したはずの大宇宙はいまはどこに?
死すべき者たちは 未だ星々をつかめていない、と
渋い声とともに、ホロ・プロジェクターのスイッチが切られた。投影されていたのはKEI=JIDAIMATSURIのライブビデオ。
「で、これを密かに録画していて、ウチの監視要員に捕まったというわけか?」
太陽系秘密情報局クレーテ支局長、A・S・ブリュロフ少佐の声。
「きみの身分を照会したところ、たしかに申告どおりだった。人事がさぼっていたようだな。事務処理は迅速でないと万事に支障をきたすというよい証拠だ。ともかく、ようこそクレーテ支局へ、クドウ中尉。それにしても、事前に偵察とは仕事熱心なことだ」
生き返った照明と同時に、緊張から解放されたようにざわめく室内。
クレーテ支局は直径二百光年にわたる周辺宙域の星系を管轄する宙域支局であり、上級戦区はノールベリ星域担当支局である。ハイグレード星系はかれらの担当宙域の中にある。
そして、時代祭ケイはハイグレードに活動の本拠地をおいていた。
「いやあ、幼なじみの成長を見るのはいいもんですね」
そのひとことに目付きの変わるブリュロフ少佐。
「ほんとうか?」
「嘘ですよ」
絶句する少佐。
「人事記録みなかったんですか? やだなあ、冗談に決まってるじゃないですか」
ここで怒るのも大人げないと、気をとりなおすブリュロフ少佐。そして、急に何かをおもいだしたような表情。
「あの女のミュージック・ディスクを持っているというだけで、きみの忠誠心が疑われるとはおもわんかね?」
ブリュロフ少佐は皮肉な笑みを顔中に浮かべて、クドウからの押収物品のひとつ、時代祭ケイのアルバムをふってみせた。
悪戯っぽいウインクをなげる少女の横顔。亜麻色の長い髪、東洋系をおもわせる顔立ち、肩まで脱ぎかけたブラウス。意地悪な微笑み。
「プライパシーの侵害ですな」
動じる様子もなくこたえるクドウ。その頬にはやはり意地悪い微笑み。
「そこまで思想統制がおよんでいるとは知りませんでした。これじゃUSOの方がマシですな」
焼き肉と寿司が好きならUSOにいくしかない。
「きみの再就職先にはわれわれは関心はない」
「しかし、あなたがたの再就職先には、おおいに関心がありますよ、わたしは」
先手をとったジャブのつもりが、お返しにカウンターをくらって、ブリュロフ少佐は作戦を変更。
かれにも立場というものがある。
「で、きみの調査の印象は?」
末席にひとり座らされては、クドウのブリュロフ少佐への心証も良くない。
「過激なパフォーマンスもありましたが、これまでとは異なるおおきな発見がありました。これはきっと受けますよ」
無表情にそう告げると、リモコンを操作するクドウ。
一瞬、身をのりだしかけたブリュロフ少佐は、聞こえてきたラップのリズムに悪い予感を感じた。
どんなお仕事してるのか あの娘は知らない 誰も知らないわたしは聞けっていうんだけど 宇宙の秘密らしいから
あの娘のカレシは グレーの瞳 素敵なオジサマ今日も昨日も明日も大忙し 胸に銀色ペンダント
どこにいくのもスーツを決めて セリフも決めて
球いヨットで どこでもおでかけ
どんなお仕事してるのか あの娘は知らない 誰も知らない
わたしは聞けっていうんだけど 宇宙の秘密らしいから
お金もたくさん 秘密もたくさん?
瞳が素敵 だけど名前はいえない約束よ
----アラーム音
あらあら、鳴る鳴る携帯電話 デートはいつも分刻み
『わたしだ。....そうか。きみにすべて任せる。
すまないが、地球の危機だ。
また、電話するよ』
昨日のホテルは、テラニア・ヒルトン今日のディナーは、ルナ・マキシム
だけどね、
ニューテイラーにだけはいかないのよ
どうしてなのかって?
そんなことは あの娘は知らない 誰も知らない
わたしは聞けっていうんだけど 宇宙の秘密らしいから
鍛え抜かれた顔面神経を持つ男たちが一斉にブリュロフ少佐に注目する。
「これは彼女にいままで無かったパターンですね。ひよっとすると、路線を変えるつもり....なわけないか。メジャーデビューを意識してるのかも。すくなくとも、これじゃ取締り不能ですよ」
わざとらしい言い草のクドウ。
「だからって、わざわざサーチしてまで見せなくたっていい」
文句をいう気力もないブリュロフ少佐の渋い声と顔つきとは対照的に、クドウの方は何かをおもしろがっているような言葉と表情。
別な声がそれをひきとっていった。
「ローカル・チャートでは常にトップランク。メジャー進出すれば、チャート上位に登場するのも時間の問題でしょう。今週のチャートです」
モニターに映し出されるカラフルに色分けされた様々なグラフ群。
「たしかに取締まれるほど過激なフレーズとはいえませんし、パフォーマンスに関しては....、いわゆる許容範囲ということだとおもいますが....」
まじめそうな声の報告者を、強硬な意見がさえぎる。
「理由はなんとでも後からつければいい。こんなものが流されては、帝国の威信にかかわるぞ」
「いや。自由の象徴でしょう」
全員の視線が末席の男に集まるが、冗談にしか聞こえなかった。
「自由の象徴は、いくらでもテラニアに建っているだろ」
相手はうんざりしたように突き返す。
「こんなことをそのままにしていては、われわれはアラスカ行きになりかねんぞ」
ブリュロフ少佐の不吉なひとこととともに、一同の脳裏に「アラスカ行き」という言葉が大きく浮かんだ。
たとえてみれば、それはこんな光景をイメージさせる。
テラニア、ゴシュン塩湖を見下ろすビルの一室。
「で。この、こんな歌が流行っているのを見過していた暢気な連中はどこのどいつだ」
夕陽を背に静かにたずねるペリー・ローダン。
「A・S・ブリュロフ少佐とその部下です」
こたえる秘密情報局長官アラン・D・マーカント。
「もちろん、アラスカ送りにしました」
アラスカといっても、テラのアラスカではない。あんなところにいられるのはエリートだけである。極寒の辺境基地惑星、アラスカ=カルテエーレ送りである。
だが、若い男の声が、かれらの暗い想像を中断させた。
「アラスカの連中はさぞ喜ぶでしょうな。交替が来るのは何年ぶりかですからね。でも、そんな心配は明日にさせましょう」
おもしろがっているかのようなクドウを、少佐はにらみつける。
「とにかくだ、マーカント元帥の承認をうけしだい作戦を発動する。こんないかがわしい歌が公然と流されるなどという事態は明らかに異常だ。黒幕がいようといまいと、わたしの管理宙域の秩序は正しく回復されなくてはならないのだ。きみも、わたしの指揮下にはいった以上は、命令には忠実にしたがってもらわなくては困る。いいか、一言一句、忠実にな」
クドウはうわべはともかく、内心では危惧を抑えられない。
どうも、大銀河の秩序の建設に熱心な支局長につきあうことになったらしい。
だが、それにしても。
火事は消さなきゃならない。しかし、灯が全部消えちゃったら真っ暗だ。
それに、油を注いでまわっている奴もいるらしい。
白髪の大男はにこやかな笑顔とともに映像を切り換えた。
『あの娘のカレシは グレーの瞳 素敵なオジサマ』
リズミカルに歌う長い髪の少女。悪戯な瞳が笑いかけるよう。
自分の都合で勝手な時間にコレクトコールでハイパーカムをかけてくる悪友に、ペリー・ローダンは苦りきった表情でこたえた。
「提督。最近、趣味が変わったようで」
「なんてことをいうんだ、ペリー。心外だ....しんぐぁい、シンガイ」
かれは「心外」という言葉をきちんといえたかどうか小声で確認していた。「そうだ、まったく心外だ。きみとわたしは趣味が近いようだが、それについては一度話し合う必要を感じていたところだ」
「アトラン。きみの女好きはあいかわらずだね」
「いやいや、きみには負けるよ」
スクリーンの向こうのにこやかな笑顔をみながらペリー・ローダンは心の中でつぶやいた。
なに、いってやがる。
「で、いったい全体なんの用事かね」
ローダンは疲れた声でいった。
アトランは笑顔で、手に持った一枚のディスクのカバージャケットを指さした。
悪戯っぽいウインクをなげる少女の横顔。亜麻色の長い髪、東洋系をおもわせる顔立ち、肩まで脱ぎかけたブラウス。意地悪な微笑み。
KEI JIDAIMATSURI 4th。
また、こいつか。もう、うんざりだ。わたしには、浮気する暇なんてないぞ。
ローダンはためいきとともにこたえた。
「きみの新しい部下か? USOは金持ちだな」
「いやいや、きみのところほどではないさ」
来期のUSO予算支出は十パーセント減額だ。
ローダンは内心つぶやいた。
「じゃ、切るぞ」
「待て。年季を積んだ政治家兼軍人としていわせてもらえばだな....」
アトランの言葉をさえぎって、ローダンの癇癪が破裂した。
「わたしだって困ってるんだ! ただ、自由な民主主義社会というものは、独裁者の統治する帝国とは違ってね、気にいらないからといって勝手に弾圧をくわえたりはできないんだよ」
「ほう、そのまんまの独裁者が何をいうんだい」
「じゃかあしい! 下手に手を出すとよけいに火が大きくなるんだ」
「それが本音か」
「ぐっ」
「まぁいい。マーカントとでも話してみよう。その方が実のある話ができそうだ。それに、きみもアトランとマーカントが勝手に陰謀をめぐらしたといえるわけだからな」
ペリー・ローダンはイライラと手近のコーヒーを口に運んで、念をおした。
「いいか、わたしは無関係だぞ」
「ペリー」
「なんだ?」
アトランの呼び掛けにローダンは邪険に返事した。
「コーヒー、こぼしたぞ」
「....。提督、これからは通話料三十万ソラー払ってもらいますよ」
ハイパーカムを切ったローダンは、秘密情報局オフィス直通の受話器をとった。
「もしもし....。わたしだ。どうせ聴いてたんだろうから繰り返さないぞ。いいか、この件については、わたしは一切無関係だぞ。何も聞いていないぞ。....そうだ、いいな」
ローダンは受話器をおくとためいきをついた。
「なぜ、どいつもこいつもわたしに相談するんだ? 黙って処理してくれたっていいじゃないか。おかげで心の安まる日というものがない。モリーはモリーで....、愚痴はよそう。よし、こんなデスクとはおさらばしてアンドロメダへいくぞ!」
場違いなほど高度なセキュリティシステムを備えたエントランス、そしてフラット。
ボックスにさしこまれたカード、そして入力されたパスワードが、部屋の主人を確認する。
「S.C.A.R.L.E.T、....と」
システムに異常なし。侵入者なし。盗聴器なし。
少女は部屋にはいるとコム・ポストを一瞥。メールも伝言もない。
バックを無造作にソファに投げ、そのままベッドに大の字にひっくりかえる。一日の終わり。
リモコンでステレオにスイッチをいれる。流れてきたのは自分の曲。思わず失笑。
ひとりの部屋。もっとも帰って寝るためだけの部屋でしかない。
ちいさな楽しみのひとつ、オリジナル・ブレンドを煎れる。
緊張のかけらもなく、パーコレーターを見つめる彼女の表情は幼い。コーヒーの湧くのをじっと待つ姿は食事を待つ子供のよう。そして、コーヒーの香りに寛いだ笑みをみせる様子は彼女から大人の表情を消す。
部屋のすみのカレンダーに赤い丸印。
二四〇三年三月二十九日。時代祭ケイ、二十歳の誕生日。
恒星名ハイグレード。惑星数七。入植後百十八年経過。太陽系よりの距離約二千二百光年。可住惑星数一。名称ハイグレード。直径六千二十五キロ。表面重力〇・九八G。衛星二個を持つ。総人口二百六十万人。首都セントール市、人口五十五万人。
観光保養地としてしられるが、自給できる以上の産業を持たないためで、治安が良く、平和であるという以外に特徴なし。
----銀河ヒッチハイク・カタログ(GCC出版)
ハイグレードにおける太陽系秘密情報局の特別ミッション〈ブルー・ウォーター〉の開始。
反戦的、反中央集権的なメッセージ、帝国要人や政策を揶揄するような、あるいはその権威を嘲笑するような曲、より挑戦的に反体制をあらわす歌詞、ときには過去の反体制の闘士たちを賛美する、そんないってみれば反テラ的アジテーション・ソングたちを好んで歌うロック・シンガー、時代祭ケイ。
彼女を放置すれば遠からず、銀河的なネットワークによってその存在を広範囲に紹介され、必然的にテラの威信を低下させ、ひいては大衆の間に好ましかさざる影響をあたえるものと予測される。
クレーテ支局長であるブリュロフ少佐は、標準作戦規範(SOP)にもとづき指揮をとる。
衛星軌道上には密かに小型静止偵察衛星群を展開、主要作戦拠点はセントール市内に二ヶ所おかれる。
偽装はテラから進出した旅行代理店と、新装開店の花屋。いずれも施設はその地下に隠され、対探知偽装も完璧。
作戦本部は、旅行代理店〈ハンマー・ツーリスト〉におかれる。
旅行代理店であるから、ハイパーカムを利用することは日常事である。まったくの平文に暗号を隠すというテクニックは、ひろく知られているが常に有効である。
標準作戦規範にもとづき、〈ブルーウォーター〉では調査任務に就く作戦班は四部隊にわかれる。
ブリュロフ少佐は仰々しいコードネームにはこだわりをみせないたちで、それぞれ素っ気なくアルファベットで呼ばれる。
〈A〉ユニットは、時代祭ケイの住居、マネジメント・オフィス〈SIカンパニー〉、レコーディング・レーベル〈DMS〉、それら関係者の住居を各種装置の二十四時間監視下におく。特に重視される目標に対しては待機拠点を設け、〈B〉ユニットとも密接に協力して監視にあたる。
〈B〉ユニットは、尾行およびロボット兵器を投入した機動的監視にあたる。
〈C〉ユニットは、監視対象者の身元を可能なかぎり過去に遡って確認する、追跡調査にあたる。
〈D〉ユニットは、必要に応じて各部隊に随時要員の支援をおこなう予備であると同時に、非常事態に備える戦闘部隊でもある。
ブリュロフ少佐はS.O.Pの教える手順に忠実に作戦を進行させるつもりである。
セントール市中心部にほど近い、外観は高級レストランかと見紛うような建物。
しかし、内部は広い吹き抜けを贅沢にもちいて、まるで水族館か博物館をおもわせる配置のショーウインドウ。その華やかな装いに配慮するように、落ち着いたライティング。
パノラマ・ウインドウを埋めている花々は、神々しいまでの純白さ清楚な美しさで高名なハイグレード原産のリョースアールヴァルから、華やかな美しさを主張してやまない色とりどりの薔薇とその変種たち、テラナーの移り住んだありとあらゆる惑星で見られる菫、タンポポにいたるまで、それぞれの成育気候にあわせてスペースをわりあてられている。
オーナーのポリシーとかで、派手な宣伝もせず情報誌の取材も拒否しているわりには口コミで噂はひろまり、いまでは新たな週末のデートスポットとして人気急上昇中。
表にあらわれないオーナーが、この敷地を選定したのには重要な要因がある。
問題のシンガー、時代祭ケイのマネジメント・オフィスSIカンパニーを常時監視可能な場所にあるのだ。
それに花屋であるということには意外な利点が多いのである。
修理工場や酒場もスタンダードではあるが、街中に突然新装開店したりはしない。
とはいえ、工作担当者の趣味が思いっきり入った偽装(カヴァー)であることは疑えない。
「ヒロフミくん。それの扱いにはとくに気をつけて」
花束と格闘しているハンサムボーイの背中へ暇そうに声をかけるクドウ。ロゴ入りのエプロンが妙にはまっている。
構造上の一階は、裏方たちの仕事場。
「あ、はい。この花って高いんですか? 大丈夫ですよ、ハサミもよく切れるし。すこし大きいけど」
「あ、オレがいってるのはハサミの話だから」
「?」
怪訝な顔でクドウを見返すヒロフミ・キクチ伍長。
「それさあ、SAC鋼だからね」
「あ....の?」
なにげない返答だったが、唖然とハサミとクドウを見比べる。
「スーパー・アトロニタル・コンポジトゥム、略してSAC鋼。キチンと研いであるから、いざってときはそれで戦闘ロボットのアームもスパスパだから。ちなみに、このエプロンも防弾だから。聞いてない?」
しげしげとハサミを見つめるヒロフミ。
ホントかなあ....?
と、そこへ押し殺した悲鳴のような、殺意のこもった低い叫び。
「....ダウト!」
一斉にその場の視線が集中する。
場違いにスーツで決めたナナオが真っ白な顔でたちすくんでいる。
なぜか、かすみ草の花束を大量にかかえて遮蔽物に隠れていたクドウがつまらなそうに座りこんだ。
「その呼び名よせってば。しかし、信じられん。毛虫がだめだなんて....」
「そうそう、返り血を浴びたってへっちゃらなくせに」
クドウが引き連れている年来の部下、長身のボナム・ウエザム軍曹の声がそれに続く。のぺーっと無表情な顔つきは精悍と呼ぶにはほど遠いが、テレテレしたクドウよりははるかにマシ。
「それはいいから....」
「ヒロフミ、とってやれよ」
かすみ草の花束を安全地帯にうつしながら、気のない声。
「はい!」
返事とともにすぐに入口にむかうヒロフミ。
首筋を散歩していた小さな毛虫はヒロフミの手から、何かいいたげな顔つきのウエザムのもとへ。
それを確認すると、ウエザムを視線で威嚇しながら、音源が生き返ったように女性はまくしたてた。
「あのジャングル以来、あたしは虫が苦手なの! わあった? だからこんなとこ御免なの。ダーツぶち込まれたくなかったら、よくおぼえといて! わあった? 聞いてんの? 起きてんの?」
「で〜、用はなんなんだよ」
いっこうに途切れそうにないナナオの怒声に、迷惑そうなクドウの声。
「ああ、それ」
やっと気がすんだのか、澄ましたポーズでナナオはこたえた。
「あたし、栄転だから」
クドウはすこしばかり考えこむ表情。
「つーと、ガルム強制収容所の副所長か?」
「あんたは、ケルベロスの方にぶち込もうか?」
「で、なんなんだよ」
手近な花瓶を楯にするクドウ。
これもまた、なにかの秘密兵器なのだろうか?
「クレーテ支局付になった。昇進よ。デスクワークよ」
自慢げな声に、顔をみあわすクドウとウエザム。
「おめでとうございます」
心からそう思っている、この声はヒロフミ。
ありえん。
クドウとウエザムは同時に感想を口にする。
「それってすげえー皮肉だぞ」
「ナイス、ヒロフミ」
一瞬のうちに凍り付くヒロフミの表情。
なんだかよくわからないが、しかし、なんか失敗したのか?
「いーの。こんなひねくれたやつらはどーでも」
ナナオの言葉に、あからさまに疑念を浮かべるクドウとウエザム。
昇進?
やはり危険物は弾薬庫にしまって鍵をかけておくのがいちばん、という簡単な理屈に誰かが気づいただけなんじゃないか。
しかし、そんな懸念は眼中にない、当のナナオ・ワカブキ少尉は高笑い。
「まあ、いってなさいよ。それじゃ、あんたはいつまでも田舎の現場でがんばってなさい。今度からは、このあたしが華々しく活躍してあげるから。ホーホッホッホッ。....ウエザム! あんた、いいかげんその毛虫なんとかしなさいよ」
立ち去るナナオの背中を茫然と見送る男たち。
まさか、それをいいたいがためにきたのか?
クドウはわれをとりもどしたように、不意に部下にたずねる。
「おーい、ウエザム」
「はい」
「ところで。ナナオについてた虫は本物か?」
「違いますよ」
「え? それ本物ですよ」
同時にこたえるウエザムとヒロフミ。
思案顔でふたりをみるクドウ。
「なるほど。ひよっとすると、それは本物の生命体か?」
「は? どうやらメカ毛虫のようですが」
「え? それってちゃんと生きてますよ」
わけわからん顔のふたり。
「いや。オレがいっているのは本物の生命体かってことだ」
ウエザムは得心がいったようにニヤリとする。
「本物と偽物ってあるんですか?」
よくわかってないヒロフミの質問。
「あるんだ。じつはそれが非常に重要な問題なんだ」
「つまり、生きてるか死んでるかってことだ」
クドウとウエザムは、ことさら謹厳な表情と態度でこたえた。
「本物は生きていて....?」
混乱しているヒロフミ。
それじゃ、そのままだ。
「違うな。ソウルの問題だよ」
うんうんと頷く、ウエザム。
「じゃ、ぷちっと潰したらまずいでしょ」
「潰してる潰してる」
「してないしてない」
「あの〜。よくわからないんですが、それちゃんと生きてるんで、放してあげてください」
顔をみあわすクドウとウエザム。
「なるほど。本物の生命体だ」
「虫担当のヒロフミがいうんだからそうでしょう」
わからない....。
ヒロフミは内心で頭をかきむしった。
この人たちもさっぱりわからない!
地道な活動を展開している〈C〉ユニットからの報告。
ハイグレード行政府のポジトロニクスへの工作をおこなっていたチームは必要なデータを入手。確認のための追跡調査に移っていた。
ポジトロニクスの記録がすべて信用できるとはかぎらない。
記録と事実を照合するという気の長い作業をかれらは継続している。
そのなかに、時代祭ケイというロック・シンガーに相当する記録が発見された。
当時三歳の同名の少女が、両親とともにハイグレードへ移住しており、六歳の時に両親が事故死したため、里親にひきとられたということ。
彼女をひきとったのは、父親の同僚。彼女との接点はそれだけであったが、少女にはハイグレードは無論のこと、地球に戻っても身寄りはなかったので、不審な行動とはいえず、身元にも問題は認められなかった。
卒業アルバム、同級生の記憶といった情報源によれば、彼女は十代で結成したバンドのヴォーカルとしてそれなりに有名な存在であったともいう。
この線からは、これ以上何も出てきそうにもない。
ひきつづき、その他の関係者の調査も進行している。
憂慮すべき材料もないところから、ブリュロフ少佐ははやくも状況収拾策へと頭を巡らしていた。
もし、時代祭ケイがただの跳ねっ返りで、〈時代の寵児〉になりたいだけならば、彼女が政治的プロパガンダとして通用しなくなるようなマスコミ操作をおこなって活動環境を限定する。必要とあればスキャンダルを捏造するなり、マネジメント・オフィスやレーベルを買収してしまうなり方法はある。
たとえ彼女が真実〈反体制の詩人〉であったとしても、最後の手段としては経済的に追い込んでしまうとか、プライパシー面でからめとってしまうということも考えられる。
問題になるのは、敵対組織の情報活動であった場合である。
かれは兵器係として、マイクロ兵器----たとえばロボット昆虫----の調整を任されてはいたが、現状ではそちらの方面で手腕をふるう余地はない。
したがって、かれの任務はもっぱらフラワーミュージアム〈ラヴリー・タイムス〉の管理人、部下はロボットたち。といっても、苦になるようなことではない。まあ、夜のカップルには閉口するが。
やはり人気なのは、リョースアールヴァル。
ハイグレード原産の高山植物。お値打ちもそれなりだが、清楚な白い花の儚い美しさにはそれだけの魅力がある。
もともと稀少な種であり、環境維持システムを用いなくては咲かせることすら難しく、市場でも入手困難な花なので、リョースアールヴァルを扱っているというだけで、この店は存在価値がある。
そして、珍しくもないが、可憐で丈夫がとりえのかすみ草。
建物のいたるところに隠された監視センサーが勝手に見張ってくれているので、ヒロフミの仕事はいまのところ入口にかすみ草を飾ること。
実際、陽射しは明るく空気は平和で、これだけやっていればよいのなら給料泥棒と呼ばれてもいたしかたない。
暇ならそれがいい仕事、なのが情報活動の原則。といって、修羅場をくぐったこともないのだけれども。
ということで、ヒロフミは現状に満足している。
その背中へ、明るい女性の声が飛んだ。
「すみません、これください」
かれの目前には、絶対にどこかで見かけたはずなのに、いまにかぎってどうしてもおもいだせないという印象の、ひとりの少女が立っていた。
おしゃれに傾けた黒ベレーにたくしこんだ亜麻色の髪、すこし憂いをたたえた瞳、ルージュのうすい唇。年の頃十八、九の東洋系の顔立ちの少女。
たまにはいいこともあるもんだなと、ヒロフミは営業用スマイルをかえす。
小柄な東洋系の少女も明るい微笑みをかえす。
そのひとときの隙に流れこむように吹いた風のいたずら。
からだを傾けた彼女が、頭に手をあてるより早く、風に舞う彼女のベレー帽。
ほんのわずかに遅れてヒロフミは反射的に腕を伸ばし、宙に浮いたベレーをとっさにつかまえる。これも訓練の賜物。
少女はさしだされたベレー帽を大事そうに胸元にかかえて、長い髪に手をあてた。
「どうぞ」
「ありがとう」
一瞬、彼女の微笑と長い髪が尾をひいて流れた。
かすみ草の花束をかかえて、明るい春の陽射しのなかを立ち去っていく彼女の背中を見送ると、ヒロフミは機嫌よく仕事を再開した。
まだ一日ははじまったばかり。
これが最初の出会い。
ウインドウは強い偏光処置を施され、外部から様子をうかがうことはできない。
乗っているのはふたりの男女。
どちらも薄いサングラスをかけているが、共通点はそれだけ。
ハンドルをとるのは、亜麻色の髪に東洋系の顔立ちの少女。
サイドシートには、冷酷といってよいほど無表情な中年の男。
なにごとか緊張したやりとりがかわされている。ひとりは激しい、片や冷静な言葉が飛び交う。
「....は自分のやり方でできるわ。いままでどおりに。指示はうけないわ」
「事態は進展している。きみにも考えを多少あらためてもらう必要がある」
「お断りだわ」
「指示は守ってもらわねば」
「しつこいわね」
少女はきっと睨む。
「あたしはあたしの意思でやっているの。勘違いしないで」
男の方は冷たく応じた。
「われわれの関係が公になっては、きみも困るのでは?」
「それはお互い様でしょう、大佐」
彼女は鋭くいい返した。つい言葉に力がはいる。
「あなたたちは充分、あたしを利用できているはずよ。それ以上を何を望むの?」
現在のところ、状況全般に変化はない。
追跡調査にあたっている〈C〉ユニットの各チームの努力にもかかわらず、アンダーカヴァーを暴くような糸口も見えない。
〈A〉ユニットが定点監視の眼を張り巡らせているにもかかわらず、その網にひっかかる曲者の姿もない。
彼女のマネジメント・オフィス〈SIカンパニー〉は当初からすでに胡散臭い。したがって、調査の重点対象でもあった。
もともと資金の流れに不明瞭な部分が多く、時代祭ケイのプロモーションに積極的に関わっていることも怪しいと考えられた。
社長ガイ・エドワースに対する調査は、思想信条に関して重点的におこなわれていたが、判明したのは、かれがひどく金銭面で問題がある人物であるということであった。
だからといって、それが直接疑惑につながるというものでもない。
レコード・レーベル〈DMS〉は、もともと怪しげなプロモーションで定評がある独立系のレーベルであり、プロフォス系企業グループの一員として経営状態も安定していて不審な点はない。以前、ローダンにレコーディングを依頼してきたような呆けた会社とはいえ、これ以上私企業を取り締まることもできない。
そして、時代祭ケイ本人の交遊関係。
いうこともないほど、真っ白。年頃の少女としては考えられないほど。
趣味といえばせいぜいドライブ。もっとも腕前の方は大したもので、愛車の真紅の98年式コルヴェットもノーマルではない。
あとは、スタジオつきの立派なフラットにとじこもるばかり。
このような、かぎられた情報から飛躍した結論を導きだすのは危険だったが、ブリュロフも状況分析ポジトロニクスも、同様な方向性を持つ見解を抱きはじめていた。
反テラ・ロックシンガーというキャストは、カヴァーとしては傑作に属する。活動的な立場を提供するとともに、相当な攪乱効果も期待できる。それだけに、ついつい枯れ枝も幽霊に見えてきてしまうきらいはある。
犯人には動機が不可欠。
工作員ならばスポンサーが不可欠。
しかし、そのあたりの見当がつかない。
独立指向の植民星の政府ないし諜報機関の策動としてみると意図がわかりやすい、つまり反中央集権キャンペーンの一環として考えることもできるが、その程度の意図でこれほどの資金を投入するだろうか。
もとより、秘密情報局は植民星が必要以上に勢力を拡大することがないよう監視に余念がない。当然、そのような動きがあれば見過ごすはずがない。
では、宿敵エネルギー=コマンドか?
しかし、だいたいにおいてアコンの同業者は派手好みであり、このような地道で迂遠な作戦展開はそぐわない。
となると。
こうして、ブリュロフ少佐は新たな反中央集権・草の根活動グループの勃興という妄想をうみだすことになる。
これは、この一件をスマートに片づけて本部への栄転をはかるという、かれの構想にもひびをいれるきわめて都合の悪い事態。このままでは、この一件はローカルなトラブルなどとはとても呼べなくなってしまう。
かれの望みは、昇進に必要な前線指揮における功績を手にいれることだったのだが。
「なんてことだ。このわたしが。政務大提督たる、このわたしが、一日中書類の相手とは....、ん?」
アトランは報告書のひとつをとりあげた。
「なになに。反テラ・アジソンのシンガー、本土進出を計画。テラのマスコミ関係者との接触あり。シガ星のプレス会社に大量発注の問い合わせあり。スペシャリスト、レミー・デンジャー....、だと」
かれは一瞬、真顔になり、そして下をむくと声にならない呻きのような、不気味な笑みを浮かべた。そのまま、インターカムのスイッチを押す。
「テラニアの秘密情報局本部につなげ。マーカント元帥を呼んでくれ、コレクトコールでだぞ」
いつもどおりにウインドウを掃除しているかれの背中に、明るい女性の声。
振り向いたかれの鼻先につきつけられた一本のかすみ草。
かれは、亜麻色の髪の少女と再会した。
すでに産業基盤も確立され、独立の権利を持ちながらも、太陽系帝国にとどまることを選択している忠誠度の高い星系の政治家ばかりである。
にもかかわらず、かれらが秘密裏に会談を持つにいたった理由は、ぺリー・ローダン不在の銀河系の混乱にあった。
前年、大執政官が消息不明となったため、かれらはパニックに陥った。
その間、実権を掌握した三人の太陽系元帥たちは強圧的手法により、内政の混乱と外敵の侵攻をくいとめようとした。
不安はそこにあった。
太陽系帝国の比較的ゆるやかな統治が、軍事独裁体制へと向かうのではないかという不安。それが、かれらを不穏とも解釈しうる行動へとかりたてたのだ。
会談は、現在の政治体制を維持するには有力植民星の団結が不可欠である、というかれらの立場を再確認するものであった。
だが、期せずして、執政官たちの行動は秘密情報局の看過できぬものと映った。
「....ヨグル、リゲル、タウ=ケティ。有力な植民星執政官ばかりです」
「すべて記録しているな」
「イエス・サー」
「こいつらはすべて反乱予備軍だ。以後は対策B号計画にもとづき監視下におけ」
執政官たちの動きはすべて、情報局要員によって追跡監視されていた。
秘密会談こそ、かれらが後ろめたい陰謀にくわわっているという、たしかな証拠。
過去、反テラ諸勢力は常にテラナーの勢力圏の分断を謀ってきた。
植民惑星の独立と内紛によって、太陽系帝国の弱体化をもたらすことこそがかれらの望み。
それを阻止するのは太陽系秘密情報局の任務である。
ブリュロフ少佐は、各地で追跡調査にあたっていた〈C〉ユニットの全チームを召還した。
かれらの地道な活動の成果として、時代祭ケイをはじめSIカンパニーの主要な関係者の身元は徹底的に洗い出され、かれらがすべて実在の人物であり、なにものかのカヴァーではないと確認された。
これは、謀略説を否定するひとつの根拠となる。
監視担当の〈A〉ユニットは、SIカンパニーと外部との連絡を完全にモニターしていた。テレカム、ハイパーカムを問わず付近で送受信される通信はすべて傍受解析され、上空探査により有線ケーブルの存在もチエック。出入りする人物は監視カメラにとらえられ、リストと照合され、初顔を発見した場合にはただちに待機していた〈B〉ユニットのチームが尾行、調査にあたる。
そして、内部の状況もくまなく監視盗聴すべく、ありとあらゆる手段で無数のタイプのロボット・スパイを送り込んでいたが、このあたりはやや大袈裟にすぎて演習でもしているかのようであったが。
SIカンパニー側もオフィスを対盗聴・監視システムで覆い、暗号化されたテレカムを連絡にもちいるなど、民間企業としては高度な自衛策を採用していた。契約した警備会社は優秀で、好奇心にかられたマスコミが定期的に侵入させてくるロボット・バードを探知する装置まで用意していた。もちろん、それ自体はすべて合法的であったが、厳重すぎるとも思われる。
しかし、それ以上に監視の妨害となったのは、最近とみに出没するようになったマスコミ関係者の存在であった。
地元のテレビクルーやレポーター、業界誌の記者などはともかく、フリーのカメラマンや自称ジャーナリスト、昔の馴染みのミュージシャン、エンジニアなどの連中は身元もろくにはっきりしないばかりか、遠隔地----たとえば、テラ----などからわざわざやってくる者までおり、〈B〉ユニットも追いきれていない。
そればかりか、素人による尾行や監視などという予期せぬ行動は、こちらの監視をいちじるしく妨害するばかり。
もし反体制組織ならば、そのようなアマチュア連中でさえ許容しておく余裕を持っているのか、実際無関係だからなのか判断に苦しむ。
これまでのところ、〈A〉ユニットの監視範囲では不審な点は認められていない。
〈B〉ユニットもこれといった成果はない。
尾行、監視した関係者の大半はすぐにも監視リストからはずされるような人物ばかり。
その一方で、〈B〉ユニットと共同した、〈C〉ユニットのクルーは重要な成果をあげていた。
もともと重点監視対象であったSIカンパニー社長ガイ・エドワースは、民事上では不審な要素の集合体であったのだが、反テラ活動家という名にはまったく程遠かった。
それだけに注目されていたのが、その資金源。
通常の監視では判明しなかった資金源を、まったく異なるアプローチで解明したのであった。
この恐ろしく遣り手の人物は、中央から流入するマスコミの力に対抗し、独自の文化の確立を求めるリゲルをはじめとする自治植民星の文化振興事業促進財団という組織をバックにしていた。その融資にこぎつけた手法は詐欺的であったが、結果的には辺境から新たなマスコミの寵児がうまれるのは、善意のスポンサーにとっても不本意ではなかろう。
こうなると、謀略説はますます危しくなってくる。
あとは、時代祭ケイ本人の問題だけである。
その才能はともかく、思想的背景などないにもかかわらず、あれほど反テラ的な傾向を見せる理由がわからない。
また、妙にカンが鋭く、尾行に気づいたような素振りをみせることすらある。
しかし、事情はどうあれ彼女自身はどうみても〈道具〉にすぎない。
こんな小娘が、とブリュロフ少佐は思っていた。こんな小娘が、みずから率先して反テラ・アジソンだなどとは、とてもじゃないが考えられん。
だが、彼女のフラット内にだけは盗聴・監視システムを設置することができなかった。
それには、彼女への関心が早期に失われたことも関係していたが、その高級フラットがもともと非常に有能な保安システムを持っていたためでもあり、なにものかが爆弾騒ぎをおこした結果、ハイグレード警察が監視装置を配置したためもある。
しかし、外部からの盗聴・監視はおこなわれており、それほど不都合があるわけではない。
ただ、彼女には、突発的な行動で監視網からしばしば行方不明になるという、悪い癖がある。
尾行車両はおろか、ロボットバードすら見失ってしまい、再発見したのはガレージのGEMを確認して、というありさまでは、連絡員と接触する充分な時間をあたえてしまっていることになる。
トレーサーをとりつける試みも良い結果を残していない。本人にとりつけたトレーサーの寿命は短く、そのあいだに役にたったためしがない。
切り札の衛星による監視も、トレーサーをモニターするわけでもなく、カメラによる直接監視では市街地では追いきれるものではない。
とはいえ。彼女を執拗においかけまわす連中は数知れず、そいつらを振りきるのには手慣れているといえばそれまでかもしれないのだが。
どうあれ、彼女はあまり重要ではない。
ブリュロフは、SIカンパニーおよび時代祭ケイが非公然活動にかかわっていないという証拠を入手ししだい、〈ブルーウォーター〉を終了させようと考えはじめていた。
しかし、その長い待機も終わった。
ハイパーカムが、待ちわびたコード・シグナルを受信したのだ。
〈規定の作戦ポジションに占位せよ〉
最近、彼女が監視網をのがれて、しばしば行方不明となることが多かった。
〈B〉ユニットを統括するクリアウォーター大尉は、彼女の行き先を突きとめるべく厳命をうけていた。
もはや、有人車両やロボット昆虫による監視ではラチがあかない。
衛星支援のもとに、追尾自体はトレーサーとロボットバード主体でおこなう。
距離をとって追尾する有人車両群がロボットバードの回収、交替を実施しながら互いにポジションを交換、サポートしあって彼女をモニターする。さらに強力な通信機材を載せた指揮車両が後続して作戦全体を統括する。
大尉は尾行計画を練りながら、おもわず愚痴をこぼす。
「こんなときに、シガ人スペシャリスト部隊が手元にあればなあ」
「しかし、となると玩具店から人形をすべて撤去しなくてはなりませんが....」
「そうだな。あれを店頭から撤去しないかぎり、シガ人への侮辱行為とみなし太陽系での就労を禁止するというのが、シガ星議会の決議ではな。だが、いつもクマのぬいぐるみがおみやげでは....」
「それとこれとは同列に論じられる問題とはおもえませんが」
「....。どこかで、シガ人の大量生産とかしてないのか!」
モニター表示を読みとったクドウは、笑みを浮かべるように口許を歪めると急いで立ちあがった。
インターカムのキーボードを手早く叩くと、すぐに準備を整えガレージへ向かった。
カードをさしこみ、ロックを解除。機体にまたがると、メイン・スイッチをオン。LEDが一斉に点灯する。低いモーターのうなり声。
サイドフェアリングのRVFのアルファベット。
モニターの教えるコンディション・グリーン。
装備係を買収して、徹底的にチューンとメンテをさせている機体。
そして、物質転送機の作動とともに、その姿は不意にかき消すように消えた。
今日こそはと意気込むクリアウォーター大尉であったが、残念なことに監視の切り札、偵察衛星は故障のため大気圏に突入。その支援は期待できない。
そして、時代祭ケイの運転はあいかわらず手荒いかぎり。
ハイウェイは流れもよく、計画された監視フォーメーションは崩れつつある。ロボットバードは回収さぜるをえない。車を追ってとぶ鳥なんてありえない。
だが、その早くも尾行に気づいたかのような動きにクリアウォーターは気が気でない。 このままでは尾行をふりきられるのは時間の問題。
『エヴィアンより、トライデント。警察車両の制止を受く。ケース5にて対処する。以後の通信を停止』
こんなときになんてことだ。クリアウォーターは歯噛みした。なんて運の悪い。
しかし、不運はそれだけではなかった。
「大尉。事故情報です。このハイウェイはまもなく使用停止です」
部下がモニターを睨んでいる大尉によびかけた。
とたん、顔を輝かすクリアウォーター。これで、〈アクエリアス〉はどこへもいけん。今夜の不運はとりあえず帳消しか。
だが、もう一台の追尾車両からの無線が悪い報告をつたえる。
『ヴァルベールより、トライデント。ハイウェイに事故発生。追尾不能』
「なんだと?」
あわてて、モニターのマップを見つめるクリアウォーター。
たしかに事故のサインが、〈アクエリアス〉をしめすマーカーと追尾者の間にあらわれている。そして、その後方にトライデントのマーカー。
これはどういうことだ、いったい?
速度制限と高度制限の厳しいハイウェイでは禁止行為であるにもかかわらず、クドウのRVFは自在に高度と進路を変更して先を急ぐ。
「今頃、連中はなにを追っかけていることやら」
ひとりごとをいいつつ、衛星からの誘導データが導く行先表示を確認する。
このまま進めば郊外にぬけるハイウェイへのジャンクションがある。それにのれば....。まさか、リクリエーションパークに行くわけではあるまい。それ以外となると、行先は見当もつかない。
ジャンクションに近づく。マップのシンボルが進路を指示する。
やはり、そちらか。
接近する機体をとらえた交通管制ポジトロニクスが自動操縦レーンにはいるよう通告してくる。ジャンクションの入口に設置されたセンサーが送るサインが表示される。ここで自動操縦スイッチをオンにすると、ガイドビームにのって自動的に車線変更し、速度、高度を一定にする。車ならこのまま寝られるところである。
RVFはセンサーにリピータ・ジャミングをかける。このハイウェイのトラフィック・データにはクドウのエアバイクは存在しない。交通管制システムにとってRVFは幽霊。その一方で、自動操縦システムにしたがっているハイウェイ上の機体はすべて、クドウの機体を回避して進行するように誘導される。
RVFのモニターに目標指示ボックスがあらわれる。
やっと追いついた。
しかし、クドウの見るかぎりではケイの愛車、真紅のコルヴェットの姿はない。自動操縦レーンでは速度は一定だから、視界内に捉えられないはずはない。
あらためてモニターを見直す。目標指示ボックスが囲んでいるのは黄色い塗装のタクシー。しかも、手動操縦レーンを走行中。これはかなり急いでいる証拠でもある。
状況を確認すると、クドウは散々悪用してきた自動操縦レーンを出る。自動的に電子的ウインカーが点灯。周囲の車両のモニターに注意警告が出る。
すこし苦しいエンジン回転域だからシフトダウンして回転を上げる。加速を得ながら車体を傾けて車線をぬけると、スロットルを開いて、車間距離をとった車両の間にわりこむ。スロットルを一気に開くとエンジンが吠え上がりRVFはぐっと加速する。メーターのLEDが縦に伸びてレッドゾーンへ。アクセルを素早く戻すと爪先を押し上げる。
のびきっていたLEDの背が一瞬低くなるが、アクセルを開け続けるとパワーバンドに突入したRVFはたちまち前方の車を追い越していく。
次々に車の流れをパスすると、タクシーに先行してリクリエーションパークに通じる減速コーナーをまわっていく。たしかにシンボルマークもこちらにむかっている。
それを確認すると強引にRVFを倒しこみ、駐車待ちの車の列の蔭にすべりこむ。そして、その位置からモニターをズームしてゲート周辺の人影を確認する。
ひとまち顔の若い男。その横顔を拡大。
「ん!」
クドウはその場に部下、ヒロフミ・キクチ伍長の姿を発見する。そして、かれに駈けよっていくケイのシルエット。
「ちえっ。うらやましくなんかないやいっ!」
ぼやきつつ駐車スペースにのりいれる。
夜空にはハイグレードの月が白く輝き、サーチライトとイルミネーションの光の洪水に浮かびあがるおとぎの城。寄り添う恋人たちの姿が夜景に、照明にとけこみ、エアバイクによりかかってためいきをつく男。
天を見上げる。
「いやあ、〈ぽしえっと〉に偵察衛星を墜とさせといて正解だったなあ」
リストユニットを操作、腕時計でもながめるようにエネルギー探知器を作動させる。トレーサーその他のおまけがついていないか調べてみる。自身にも、ふたりにも異常なし。それをすむと、ひとりごと。
「シガ人とかいないからまだいいけどさあ....。たしかに、ちょいとルール違反だけど、邪魔はしないから」
白い地平線を背景に美しく輝くイルミネーション。
薄紫の夜空に浮かぶ白い半月。ハイグレードの月、シャラ。それをみるともなく眺めながら、軽く門柱によりかかり、何本目かのシガレットを投げ捨てるひとりの若者。その手には一本だけのかすみ草。
誰に聴かすでもない、ためいき。
しかし、立ち去る気配はない。
と、静かなノイズとともに滑るように近づいた一台のGEM。
直感に身をおこした若者。その視線の先、流れるような身のこなしで降り立ったひとりの少女。
左手で頭に軽くのせたベレーを押さえながら、右手で濃いサングラスをなおす。すこし、あたりを見回した視線の先に黒髪の若者がいた。
おちつきはらって歩く少女がとおりすがりに、かすみ草を摘んでひとこと。
「どこ、見てんのよ」
あわててなにごとかつぶやく若者へ、サングラスを指でおしあげてみせ、明るい笑顔をつくる。
「いこう」
え....。
こんな派手な恰好でサングラスなんて、イメージが。あれ? これって、まさか。
ひよっとすると、いや、やはり、とんでもないことをしてしまったのかも?
歩きながら彼女にたずねてみる。
「ね、どうしちゃったの、その格好?」
そう問われて、不意に立ちどまって自分の姿をみおろす彼女。
ラージサイズのシヨッキング・ピンクのTシャツにVサインするデブの大執政官、その露になった、右の肩から胸元を黒いニットのインナーシャツが隠す。スリットのはいったミニスカートにスパッツ。そして、その上から無理やり羽織ったジャケット。
「いけね。衣装着てきちゃった」
おどけた表情でかれの方を見ると、急に心配そうにたずねた。
「ね?」
「え?」
「やっぱり、時代祭ケイだって、わかる?」
いくらなんでも、ヒロフミもその名前は知っている。そりゃ、いわれなくたって顔とか似ているような気もしてたけど....。
やっぱり、そうなのか?
いやまて。といいつつ、ひよっとすると、からかわれてるだけ、とかいうことも....。
ほんとに本人?、などという間抜けな言葉をわきへおしやって、ヒロフミはまずたずねた。
「そういえば、きみの名前、はじめて聞くんだ....」
彼女は右のひとさし指で軽くサングラスをおしさげながら、さりげない調子でこたえた。
「ケイよ」
そして、悪戯っぽくつけくわえた。
「現在、世間を騒がせている反体制の詩人、ってとこかな」
真に受けて、瞳をマルくしているヒロフミに気づくと、彼女はあわててその眼の前でひらひらと手を振った。
二、三歩進み出て、腕を後手に組んだまま彼女はひらりと一回転してみせた。
「あたしはあたしよ。時代祭ケイ、二十歳、牡羊座の左きき」
「見ると聞くとじゃ大違いだ」
ヒロフミは大袈裟に肩をすくめた。実物の方がずっといい。
「こっちの方がずっといいでしょ? そんな顔してる」
「しよってるね」
「でもね、はじめて会ったときのわたしも、モニターに流れてるわたしも、ここにいるわたしも、どれも本当のわたしなの。どれが虚像で、どれが真実ということでもないのよ。あなただけが知ってるわたしも....」
ケイはさり気ない動作でヒロフミの脇に近づくと、腕をとって歩きだした。
「安心して、十二時になったからっていなくなったりしないわ」
頬を紅潮させて、ケイにひっぱられるように歩いているヒロフミの横顔に彼女はささやいた。
内心のパニックを押さえながら、ヒロフミは添って歩くケイの横顔をじっと見つめた。そんな動作ひとつにも、精一杯の勇気をふりしぼらなければならなかった。
しっかりしろ、自分を自分で叱る。おまえは情報局の人間だぞ。
冷静になってみれば、とても彼女とはつきあえる人間じゃないってわかるだろ。
その一方で妙なことに、どういうわけか時代祭ケイをひどくお気に入りの、上司クドウ中尉のつまらなさそうな顔が浮かんでくるのだった。
『ちえっ。うらやましくなんかないやいっ!』
そうだよ。もともとケイのファンなんだから、あの人がこの場にいれば良かったんだ。
ああ、でも、どうなんだろうな。あの人ってタイプなのかな?
ちらりと彼女の横顔を盗み見る。
でもあの人って、ただの怠け者だしなあ。
だったら....。
ひとりで深刻な顔をしながら彼女を見つめて歩く、という結構器用な真似をしているヒロフミに気づいて、ケイはくすりと笑った。
ケイは内心でちょこっと、ためいきをついて、小首を傾げておもわずも笑みを浮かべた。
だって、あなたは、この世でただ一度の出会いに巡りあえたマンモス・ラッキーボーイなのに。
「こらっ。女の子の顔をじっとみつめてるなんて失礼だぞっ!」
「えっ? えっ?」
あわてるヒロフミをおいて彼女は駈け出す。
片手でベレーを押さえながら、ふりむくと彼女は叫んだ。
「いこう,競争よ」
「どこまで?」
彼女を追ってかけだしながらヒロフミも叫んだ。
「あなたが、わたしをつかまえられるまで」
無邪気な笑顔と笑い声。
上空からの衛星支援をうけているので、安全は確保されているはず。それでもあまり居心地はよくない。
居心地の悪い理由はそれだけではないが。
ウエザムがうまく誤魔化しているはずだが、行方不明になっているのはかれも同じだから。
「〈ぽしえっと〉、ECMバラージは継続しているな」
「異常ありません。〈一時的なハイパー空間障害〉により、通信および探知はほぼ完全に妨害されています。通常通信手段も同様です。セントール市上空にさらに不審な物体を複数発見したので破壊しました。偵察用静止衛星と思われます」
「サンキュー。ヒロフミとケイが別れるまで状況は継続する」
「アイ・アイ・サー」
クドウは、ブリュロフ少佐の構想はそっちのけで、独自の作戦を展開していた。
その準備は見事に報いられたのであるが。
「しかし、あんなに手が早い奴だとは思わなかった」
クドウ、本心からいまいましげにつぶやく。
とりあえず、かれがここで頑張っているかぎりは、なにものもふたりの邪魔はできないはず。
このちいさな秘密はまもる価値がある。
そして、このひとときも。
「しかし、元帥閣下....、カリフは文字通り絶海の孤島でありまして、多少の娯楽は大目に見ても....」
赤い髪を短く刈り上げた太陽系元帥は、相手に最後まで発言させる気はなかった。
「多少の娯楽だと! いいか、こんなあてつけがましいものが?」
噂のカレシの ペットは三匹デップリ太ったブルドック 吼えるとウルサイ もうお歳なの
人見知りする禿のお猿さん 愛想も目付きも悪いのよ
とっても痩せてる九官鳥 返事はいつも「イエス・サー!」
名前はなんていうのか あの娘は知らない 誰も知らない
わたしは聞けっていうんだけど 宇宙の秘密らしいから
公私を混同することのすくないレジナルド・ブル元帥といえど、かれの太陽系帝国の栄光に異を唱えるような歌詞を認めることはできない。
「で、閣下。押収した物は本当に送り返してかまわないのですか?」
大剣幕の元帥に、補給士官はおそるおそるたずねた。
「かまわん」
そこで、不意に赤毛の元帥は悪気のない悪戯をおもいつく。
「待て。送り先を変更しろ。....そうだ、ここにしろ。ただし、わたしの名前は出すな」
「はい....」
不承不承、補給士官はこたえた。
太陽系元帥が指示した目的地とは、プロフォス総統モリー・アブロ=ローダンの官邸であった。
そうなれば、彼女はどれほど傷つくだろうか。
彼女の笑いが消える。
その想像は、空が崩れおちるような絶望感。
ヒロフミの考えることは、いまはそればかり。
出逢いは偶然。
偶然の導く運命は必然。
けれども偶然すぎたのは、ふたりの立場。
これだけ有名な少女の素性にも気づかなかった能天気な自分を、そして秘密情報局員という身分を、ヒロフミは呪わずにはいられない。
あのとき、気づいてさえいれば、世間話なんかしなかったのに....。
いい人、とかおもわれてる場合じゃあない!
そんなヒロフミだからこそ、ケイも笑顔を見せる気になったのかも。
見ためはふつう。
話すこともふつう。
歌というのも、聴くと反体制化してしまう効果があるなんて思えない。
彼女のどこがどう危険なんだろう?
でも、自分はそんな彼女に嘘をついている。
重大な秘密。
ポケットに押し込めておくのには重すぎる。せめて、〈ブルーウォーター〉が終了するまで、自分がハイグレードを去る日まで....。
それまで、彼女に秘密にしておければ、それでいい。
プロフォス総統からの緊急ハイパー通信を受けたマーカント元帥はひたすら低姿勢を貫く。かれは過去数百年、そうやって政府からの都合の悪い指示を無視してきたのである。
「....はい。必ず報告しますので」
マーカントはやっとのことで、激しい剣幕でくいさがるモリーからの通信を切った。
「伝言ゲームでもあるまいし、どこをどう通ったら、ローダンが浮気しているといううわさがプロフォスに伝わるんだ?」
伝説的な諜報機関の長のその脳裏に最初に浮かんだのは、悪事をはたらくときにかぎって笑みを浮かべるアルコン人の姿であった。
まさか....。
ブリュロフ少佐は調査が最終段階となっていることを感じていた。
想定した〈組織〉などないのではないか、といった印象は強まるばかり。
だが、それを否定する証拠もない。
その一方で、時代祭ケイのアルバムはチャートを駆けあがるばかり。
〈JUSTICE 〉――なんというタイトル!――の上昇に引かれるように、他のアルバムも売上げをふたたび伸ばしはじめている。最大のチャート発信地たる太陽系では売られてもいないというのに!
おまけに、テラのマスコミどもも嗅ぎつけはじめた。
ブリュロフ少佐は結論を急いでいた。
それに、気に入らないことがある。
クドウ中尉の独断行動に関してである。さしたる理由がないにもかかわらず、きわめて外出頻度が高く、わりあてられている部下の大半も他の多忙なチームの応援に貸し出してしまっている。それだけなら、勤務熱心でよいともおもわれるのだが、何かがひっかかっていた。
かれは密かにクドウを監視させる指示を出した。
もっとも、ヒロフミにとってはそんなことは大したことではなかったが。
悪戯な瞳、いじわるな微笑み。
そして、謎めいた言葉。
ハイグレードの月が雲にかくれた....。
USO政務大提督アトランは不眠不休で書類と戦う日々であった。
「あいつらの報告は聞いてやらんと、また拗ねるからな....」
しかし、かれの指示を仰ぐ緊急連絡は情け容赦なく、時間を選ばずに送られてくるのである。いまもまた、あらたな報告者が直接報告を求めてきた。
「すると、今度はキュウリどもだと?」
政務大提督は不機嫌にそれに応じた。
「アダムスが給料ケチってるからじゃないのか。なに? 失業した? 一部は出稼ぎにでただと。失業保険にはいってなかったのか....。そうはいっても、スヴォーンのマイクロ技術はそれなりのものだからな。捨ててはおけん。なんで、われわれが? 報告書はマーカントのところへでも送ってしまえ」
厄介ばかりがおこる銀河系の平和を守るUSOには休息はない。
まして、その本拠地にいてはなおさらである。椅子は硬い。酒は飲めん。監視は厳しい。
しかし、モロキュウくらいは食べる自由はある。
「なんだ、まだあるのか? うむ。なんだと?よし、御苦労」
なぜか、そのときにかぎっては、連絡を受けたかれは上機嫌であった。
政務大提督アトランは単身、プロフォスのモリー・ローダン=アブロ総統のもとへと出立した。
いかなる重要な会談が両者の間に持たれたかは伝わってはいない。
しかし、その直後、アトランはUSO旗艦《インペラトール》を呼びよせ、その足で銀河系中央転送機へ向かった。
はたして、それほど重要な会談であったのであろうか?
BREAKDOWN おくりだされるレプリカント求めた道は遠く 選ばれた兵士たちは狂気の淵へ
AUGUSTDAYS 栄光は通り過ぎてゆく
還るべき故郷は遠く 吹き荒れる嵐の中へ
ALONE HEARTS 気がつけばまたひとり
とぎれとぎれの想いでだけを読みかえす
通りすぎる街の名は NO CRY ANGELゲルニカ あるいは ナガサキ
包囲された城塞の名は NO NAME HERO
ジェリコ あるいは トロヤ
宇宙を駆ける船たちが載せるものは SHIP OF THE LINE
破壊 あるいは 死
わたしに残されたものは EMPTY HEART
最後のキスだけ
ときに激しく情熱をこめて、あるいは心に秘めた決意を垣間見せるような微妙な感情をこめて、彼女の詩を詠いあげる。
時代祭ケイ、その新曲のレコーディング中。
ブレイクタイム、ブリーフィング。そんなときにも、彼女はまるで気を抜く気配もない。
ひたむきな横顔、強く結ばれた唇。
ただし、最近お気に入りのかすみ草をながめるときだけは、安らいだ表情をみせることがある。
そんな彼女の、心の内にある想いがどこにむけられているのか、ガラス越しには決してうかがえない。
ケイとヒロフミ。ふたりは互いに直接連絡をとらない程度の用心はしていた。伝言中継サービスを使って連絡をとりあっていたのだ。
しかし、ヒロフミの行動に気づいたクドウはその監視を〈ぽしえっと〉に指示。どちらかのアクセスコードを認識しだい、クドウのコンターに転送することになっていた。
これまで、ふたりはうまくやっているようだった。
クドウもあえて現場へ直接監視をさしむけず、衛星偵察にとどめていた。
しかし。
かれは、真剣な視線をモニターに注いだ。
ついに、トレーサーをつけられたか。盗聴器も....。
とうとうバレたか。さてさて、どうしたものかな。ここはそのままにしておくというのも御機嫌な手だが....。
これは予期していたことであり、クドウだってヒロフミにはトレーサーをつけていた。しかし、予想以上に探知困難な代物だ。
おそらくスヴォーン製だろう。しかし、やつらはキュウリサラダとモロキュウのない惑星でしか働かないはずだが。まあ、一時代前ならこれ以上は望めなかった。だが、こっちのは、シガの小人に朝までの残業代をさしいれて手に入れた特注品だ。
あちらさんが、これが最高水準とおもってくれていれば、こちらのトレーサーに気づくことはないだろうが。まさか、ブリュロフ少佐がつけさせたともおもえないし。
クドウはそのまま、デスクのひきだしを開くと、中のカードセットのふたをあけ、一枚を無作為にひきだす。エッジに仕込まれた刃を避けて、デスクの上で表にする。
スペードのエース。
「スペードのエースはオールマイティ」
クドウはつぶやくと指先でカードをひろい、壁に向かって投げる。
時計のわきにささったカードが震えるのを見ながら、不吉な影を感じずにはいられなかった。
ブリュロフ少佐はすっかり困惑していた。
上位部局であるノールベリ戦区星域支局へと、クドウ中尉に関する疑惑を報告したところ、あっさり却下されたからである。
あの、いつも何かおもしろがっているような、ふまじめな表情を浮かべている男に、いったいどれだけの信頼度があるというのか。
なんとしても、あいつの尻尾をつかまえてやる。
かれはすこし意地になっていた。
通信室では、当直の下士官が集中した表情でヘッドセットに耳をこらしている。
かすかに上体を揺らしてとるリズムは16ビート。
低く唇がくちずさむメロディ。
どう見ても、なにごとか任務を遂行中とはおもえない。
任務を遂行しているのは、コンソールでグリーンに点滅する周波数自動走査器。
どうも流れているのは、コンソールのかたすみにたてかけたポートレートの少女の歌らしい。
それは規律にやかましい本国艦隊ではみられない光景。
数週間にわたるイーストサイドでの偵察任務では、二十四時間のうちに幾度となく総員戦闘配置の号令がかかることも珍しくはない。それは非直時であっても安息とは無縁となることを意味する。ただでさえ、ここでは絶えざる警戒と交戦離脱が隣人であり、吹けば飛ぶような軽巡で、ブルーの艦隊や基地に単艦接近する際のいいようのない緊張は、別格なもの。
それゆえ、服務規定違反のいくらかは大目にみられている。
とはいえ、かれの場合は少々行き過ぎか。
それまで、グリーンに点滅をくりかえしていたライトの瞬きがとまり、赤い灯が燈る。同時に低いアラーム音。
下士官は途端にヘッドセットのセレクターを切り換える。
そして、警報キーを押し込んだ。
暗黒の空間で展開される激烈な宇宙戦。
全周スクリーンにはブルー族同士の艦隊が全力で激突、互いに相手を殱滅するまで戦い抜こうと死力を尽くす様相が映し出されていた。
無数の戦訓をとりいれたブルーの建艦技術は、短期間のうちにアルコン帝国時代のそれをうわまわるほどのレベルに達していた。くわえてトランスフォーム砲をもたないブルーは、兵器技術の開発にも必死であった。
「アパソス族は新型ビーム砲を開発したようです」
探知将校の報告とともに立体スクリーンに投影される艦形図。
「エネルギー供給に問題があるのか、速射は難しいようですが、凄まじい威力です。おそらく艦砲としては最大級の破壊力です。ごらんください。ガタスのルソ=レニア級----かれらの超弩級戦艦です----の防御バリアは一撃で貫通されています。ルソ=レニア級は、わがほうの《スターダストII》クラス以上の防御力なのですが。これほどの威力のインパルス砲はわが艦隊も装備していません。これは重大な脅威です」
「接近して詳しいデータを収集する。対探知スクリーンを最強に維持せよ」
艦長は命令をくだしながら釈然としないものを感じていた。
ここイーストサイドでは連日のようにブルー族の内戦が続いている。
ブルーの犠牲者の数だけでも想像を絶する。
さらにアコン、スプリンガー、その他の死の商人の暗躍。不届きなテラナーの姿すらそこにはあるという。
くりかえされる合従と連衡。ブルー連合軍の勢力境界を越えての侵攻。テラとUSO艦の迎撃。同盟の瓦解と内戦の再開。あるいは、他種族の勢力圏をブルーが侵略する。そこでも戦闘。
何十年とくりかえされている構図。
無秩序な破壊と戦乱。
だが、この星のジャングルに定期的な偵察は不可欠。それは同時に、圧倒的なブルーとの小競り合いを意味し、小規模な偵察部隊は常に出血を強いられる。
艦隊の戦力をもってすれば、現在のブルー諸勢力の軍事力を壊滅させて、新たな秩序のもとにブルーをしたがわせることも可能なはず。人口管理をおこなって、イーストサイドに平和をもたらすのだ。
しかし、大執政官は、自分で血を流さないシビリアンどもに手足を縛られている。イーストサイドなど放っておけ。ブルー同士が殺しあったところで、われわれにどんな関係があるのか、と。
こんなことがいつまでも続いていいはずがない。
そうだ。誰かがなんとかしなくては。
「どうしよう」
外回りのあいだ、巧みに時間を都合したケイと、ファーストフード・シヨップでバーガーとシエイクを頬張りながらのデート。
そのときのケイのキラキラした表情が眼に浮かぶ。悪戯っぽく、瞳をのぞきこむようにして彼女はいった。
「ねぇ、あたし、今度一週間くらい休みがとれそうなの。どこかへ旅行にでもいかない?」
「え?」
「ね、いいでしょう。決まりね」
「う、うん....」
楽しげに笑う彼女の横顔。その輝く瞳の中に自分の姿が映る。
しかし、一週間の休暇などあるはずもない。花屋の店員なら休もうが辞めようが自由だが、情報局員となると話は別である。
それよりも何よりも、なぜか彼女はテラを憎んでいる。自分の職業上の秘密を知られることが、かれには怖かった。
「あたし、海がいいな。ね、海は嫌い?」
「別に嫌いじゃ....」
「わかった。泳げないんでしょ。でも、海はいいわよ、ビーチもスキューバも。そう、セーリングはどう?」
「う、うん....」
彼女は黙って首を傾け、サングラスを浮かせて顔をのぞきこんだ。
「良かった。ちゃんと起きてるのね」
「ハイグレードの海はきれいなんだね」
「そうよ、何といってもハイグレードってわけ」
しようもないひっかけに笑うふたり。
「テラの海はあまりきれいじゃないから....」
「あの男のせいでしょ」
彼女の冷たい声にどきりとして見つめなおす。
「あなたが悪いってわけじゃないのよ」
あわててフォローする彼女に、ヒロフミはどうこたえていいかわからなかった。
「いい、四日の六時AMよ。忘れたら許さないからね」
小指をさしだして、わざと膨れてみせたケイの表情を見てしまっては断れない。
それでも、これで、これで最後にしよう、とヒロフミは決めていた。その後で、彼女に気づかれないうちにハイグレードを出よう、と。
いましも惑星上空には、最後の補助エンジンを分離したインペリウム級戦艦が着陸姿勢にはいっていた。
テレスコープ脚を着陸場におろしたUSO旗艦《インペラトール》から、基地将兵の歓呼の嵐に応えておりたったのは、政務大提督アトランそのひとであった。
故郷銀河から遠く離れ、見捨てられたかのような孤立感に苛まれていたベータ艦隊将兵の歓迎はひとしおである。
「わたしは帰ってきた」
自由を愛するアルコン人の居場所は、やはりここ。
ほとぼりがさめるまで、もはや星の海へと前進あるのみである。
しかし、そのことがかれの窮地をしめしているわけではない。
トレーサーは生きていて、居場所もわかっている。
市内のホテルの一室にひとり。
このことが示唆するのは、かれが戻らないのは自由意思であろうということ。
そして、この事実はすぐに上司たるブリュロフ少佐も知るはずである。
クドウにとってもこのタイミングは誤算であった。もうすこし時間がたってからの方がヒロフミが暴発する危険が高いと考えていたから。
まもなく、ブリュロフ少佐はハイグレードをひきあげるはず。
そうなれば、あとはやりたい放題なのだったが....。
クドウはヒロフミの意図を推測する。
といっても、カケオチパターンしかなさそうだ。だが、この短期間でそこまでいっちゃうもんなのか?
こんなときにシガ人スペシャリストでもいてくれれば、追尾も警備も任せて安心できるんだが、流行のジョークみたいに大量生産でもしないと無理か。
だが、ケイの不在もすぐにわかること。
足し算が得意なのはクドウだけでないはず。なにごとも起こらないはずがない。
ブリュロフ少佐は自分たちが時代祭ケイを監視していると思い込んでいたが、その逆もまたありえるのだ。セントール市上空には定期的に衛星さえ配置されていた。
少佐が見逃していたその事実から、クドウは時代祭ケイのスポンサー、影の黒幕の存在を確信していた。
しかし、それはミュータントでも投入しなくては無理な話。クドウも〈ぽしえっと〉の助けなしにはとても発見できなかった。
だが、まだ、相手の正体まではわからない。
ヒロフミを囮にした、と判断したら、敵は反撃してくるはず。時代祭ケイを抑えられてしまえば、あちら側には大打撃になる。
いずれにしろ、必ず何か仕掛けてくるはずだ。
もちろん、そうそうおもいどおりにいっては、世の中つまらないというもの。
〈ぽしえっと〉は状況を監視するとともに、セントール市にいる指揮官に緊急連絡をとった。
「中尉、緊急事態発生。衛星軌道内に搭載艇級の艦が実体化、二秒後に爆発消滅。セントール市上空の静止衛星群は衝撃により無差別に破壊されました。故意によるものか事故かは不明。なお、惑星への影響として五分以内に大気衝撃波前線が多少の被害をもたらすと予想されます....」
台風なみの暴風がセントール市を(惑星全土を数周するはずである)襲っていたが、地下の施設には影響はない。
そのころ、クドウはブリュロフ少佐に呼び出されていた。
クドウを立たせたまま、ブリュロフは無愛想に口火を切った。
「なにか、いうことはあるかね」
「おはなしがよくわかりませんが」
クドウは精一杯まじめにこたえたつもりだったが、それは新たな誤解を生んだようだった。あながち誤解でもないか。
少佐は早口にまくしたてた。
「こっちにはあるぞ。きみの部下が行方不明になった。軌道上の衛星がすべて応答を絶った。このタイミングの良さ、何がきっかけだ。何がある?」
そうくるのは当然か。
「キクチ伍長に関しては、報告すべきことが....」
「いいたまえ」
「かれはコード401らしいんですが」
クドウは、救出を必要とする状況、を意味するコード名を口にした。
しばらく、少佐は沈黙した。
「いったい、なぜ。なにものが相手だ?」
クドウは口からでまかせ、大嘘をならべたてた。
「詳細は不明ですが、トレーサーによれば外出途中より、かれは数時間移動しておりません」
「トレーサー!」
ブリュロフは飛び上がって叫んだ。
「きみは誰の許可をうけて、トレーサーを使用したのかね。しかも、情報局の要員に対して」
「独断ですが」
いけしゃあしゃあとこたえるクドウに、ブリュロフは声にならない怒りの雄叫びをあげた。
「....」
「ということで、出動許可をお願いしたいんですが」
それに対して、今度はブリュロフは完全に沈黙した。極度のシヨックによる一時的言語障害と推測される。
「あの....?」
無言、ジト目の少佐。そして、ようやく。
「....裏切りだ」
「は?」
「裏切りだ」
少佐はその忌まわしい単語を繰り返した。
「やつは寝返ったんだ。追え、消せ」
「そんな無茶な」
「....」
少佐はクドウの存在にあらためて気づいたように、かれを冷たい眼で見つめた。
「きみにもいろいろと重大な疑惑がある」
素っ気なくインターカムに命じる。
「逮捕しろ」
首をすくめたクドウの背中でドアが開く。
ふりかえると、インパルス銃の銃口を覗きこむ格好となった。
「恐れいりますが、これは何の冗談ですか」
まったくのところ冗談には思えなかったが、かれはデスクの向こうの少佐に、一応たずねてみた。
「この事件にきみが関与していたかどうか、調査が終了するまで身柄を拘束する。携帯武器は押収する。ついでだ、ポイントLにいる全要員も逮捕しておけ」
かってにしやがれ、と内心で思いつつクドウはいった。
「この件は自分とは関係ないことと思いますがね」
「それを調べようというんだ」
「情報局の人間をたったそれだけの理由で調べるなんて納得がいきませんね」
「たったそれだけでも、情報局の人間としては放置するわけにはいかないよ」
少佐はとりなすような口調でいった。
「もちろん、かれやきみの行動が自由意思であったかどうかも、調査の対象になる」
クドウはそろそろ本気で腹が立ってきていた。
「少佐は、わたしを調査していましたね?」
勝ち誇ったようにブリュロフはこたえた。
「当然だ」
「で、なにか、わかりましたか」
「いろいろわかったぞ。まず....」
クドウは、面倒くさそうにそれを遮った。
「少佐。出撃プログラム〈エイキンスキアルディ〉をアクセスしてみてくださいよ。おもしろいですから」
ブリュロフはその口調にむっとにらみかえしたが、とりあえず、インターカムにその名を告げ、キーボードを叩く。
モニターに表示された文字列を読んだブリュロフの顔が驚愕にそまる。
それは、ミッション〈ブルーウォーター〉が、太陽系秘密情報局第VII局の管轄下に移行すると書かれた命令書であった。日付は、二四〇三年七月十三日。
「こ、こんなことが....?」
力の抜けたブリュロフの声に、おもしろがっているようなクドウの言葉。
「少佐。わたしがなんでハイグレードに来たかわかりますか? 別に左遷されたわけじゃないんですよ」
クドウは肩をすくめた。
「少佐がここへくる前に作戦は決まっていたんですよ。すべてを公にせずに、処理するって。VII局長の指示ですがね。そこへ少佐が御自分からわりこんできてしまった。そこでお引き取りいただくわけにもいかず、情報収集をうけもってもらった、と」
「では、これはすべて。いや。時代祭ケイは....」
クドウは口に指をあてて、頸を横にふった。
「少佐がいままでに知っていること以上は、なにも」
その表情を見て、ブリュロフは自分がどんな貧乏籤をひいてしまったのかを理解した。
中央勤務の長いブリュロフには、秘密のベールに蔽われた秘密情報局の中でも、第VII局がとりわけ強大な権限を有する特殊な存在であることが、よくわかっていた。長官直属の情報コマンド部隊と呼ばれ、独立任務につくVII局のエージェントを無視すればあとあとどんな目にあうかわかったものではない。
「では、少佐。あとのことはお任せいただきます。すこし部下をお借りします」
「自由にしてくれ」
出ていくクドウの背中をにらみながら、ブリュロフ少佐はつぶやかずにはいられなかった。
「あいつはわたしの疫病神だ」
すでに多くの人物によってつぶやかれた言葉だった。
セントール市の郊外、のどかな駅。改札の上にはアルト・ステーションの文字がある。
そんな朝の光景の中、人気のない駅の改札口にバッグをかかえてたたずむ若い男。腕時計を何度もたしかめながら、おちつかなげにあたりをみまわす。
「どうします、中尉。ひとりのようですが」
やや離れたところに駐車したGEMの中。助手席の男がささやく。
「油断するな、接近する者は見逃すな」
「女は来ないようですが....」
「おおかた、準備に手間どってるんだろ」
後席からクドウが冷やかに応じる。ヒップホルスターには愛用のインパルス銃、M&MマークIV。そして、ジャケットの下には防御チョッキを着込んでいる。
絶対に仕掛けてくる。
クドウは確信していた。どんな手でくるかはわからないが....。
「まあ、転んだりして遅れてるのかしれないし」
暢気な声で、ウエザムがいった。
にらみかえすクドウにあわててこたえる。「全周波数帯に交信なし。異常なし」
改札口を直接監視できる位置にはもう一台、車を配置してあるし、ロータリーとプラットフォームにはロボットバードも飛ばしている。目立たないようにではあるが、少佐の部下を駅周辺の要所にも散らしてある。なにものも見逃すはずはない。
「すぐにわかってもらえますかね?」
ウエザムが突然、真剣な表情でたずねる。
「トレーサーを見つければ、納得してもらえると思うが」
「彼女がどうでるか、かな」
ウエザムの言葉どおりであった。たしかに、クドウもいまだに時代祭ケイが組織の中でどのような位置にあるのか特定できていない。工作員ではないようだが、資産であるのかも、ただ利用されているだけなのかも不明。
「願わくは....」
その声を短い叫びが破る。
「目標らしきもの、警戒線を越えます」
「来た!」
窓の外、一台のタクシーが走り去っていく。その蔭から、大きなバックを持ったひとりの少女があらわれた。髪をアップにして、サングラスをかけてはいるが、時代祭ケイ。
間違いない。
ドアロックを外すクドウ。と、ミニカムが鳴った。
もどかしげにこたえる。
「こちら、ダウト」
「車両が警戒線を突破、交戦中!」
「出せ!」
返事も省略して叫ぶ。
さっと浮上すると、急激に方向を変えて走りだすGEM。窓の風景が急速に流れて....。
「ごめん、遅れて」
小走りにかけよるケイの姿に安心したように息をつくヒロフミ。
「何がはいってるの?」
指さしたケイの大きなバック。
「これ? それより見て、おそろいよ」
彼女はふたつのペンダントをさしだした。「こっちはあたしのホロ。じゃ、バック持って」
ケイはペンダントを、ヒロフミの胸ポケットに押し込んだ。
「....。随分重いね、このバック」
「そ? いこいこ。気にしないって」
しかし、ふたりの会話はいきなり突っ込んできたGEMにさえぎられる。
耳に響く、制動エアの噴出音。そして、停止するや否や、中から転げおりる男たち。
「ヒロフミ、乗れ!」
「中尉? なんでここに」
「話はあとだ」
しかし、ケイをふりかえったクドウは、彼女がハンドバックから銃をとりだすのを見た。
「よせ!」
「!」
一瞬ヒロフミとケイの眼と眼があった。
だが、彼女は銃をまっすぐクドウに突きつけた。
「罠なのね」
「違う」
「嘘。でも....、いえたしかに....」
クドウとヒロフミを交互に見直しながら、なぜか混乱したような表情と動作。その間に車の反対側から降りて近づこうとする男たち。
「動くな」
いつのまにかヒロフミが自分の銃を抜いていた。そして、眼でクドウと部下たちを牽制しながら、後ずさりして、ケイの手を求めて左腕を伸ばした。
「いや!」
その手をケイがふりはらった。そのまま、振り向いて駆け出す。
「ケイ!」「待て!」
叫び声が交錯する中、彼女を追ってかけだすヒロフミ。銃を片手にそれを追う男たち。続いてクドウがかけだそうとしたとき、
「中尉、危ない!」
ウエザムの声と、空気を切り裂く気配とかすかな響きに、クドウは振り向く。
高速で突進してくる大型セダン。
とっさに横に飛ぶ。倒れこみながら、受け身をとってそのまま起きあがる。立ちあがりざま、ホルスターからマークIVを抜き放つ。
だが、そのクドウの眼前で、まるでスローモーションのようにして、ヒロフミがセダンに跳ね飛ばされるのが見えた。ゆっくりと振り返るケイの表情が崩れる。遠くで聞こえる悲鳴。
「ヒロフミ!」
ふたりの叫びが重なった。
セダンは百メートルほど先でスピンターン。甲高い音とともに戻ってくる。
クドウ、無言でマークIVの照準を合わせる。セーフティを確認すると、パワーセレクターをフルパワーへ。トリガーを絞る。
まぶしい輝きがあたりを白く照らしあげる。一瞬の後、輝くビームがセダンの左車体に命中。赤い大穴を穿つと、車体後方からエネルギーを拡散させる。すぐに前のめりになり、路面を擦りながらスピンするセダン。
スタピライザーとエンジンが吹き飛んでいる。そのまま、道路わきへ突っ込んでいって爆発。
爆風をよけながらクドウはヒロフミのもとへかけよる。
「やぁ、中尉....」
ヒロフミは力なく微笑んだ。
クドウはかたわらに膝をついたウエザムを見た。首をふって立ち上がるウエザム。それを見送ると、クドウは続いてケイの姿を求める。
歩道の樹の影、立ちつくして震える少女がいた。頬を涙が幾条もつたわっていた。足下には落ちている銃。
「しっかりしろ」
しかし、かれはもうクドウを見ていなかった。
「....。知らなかったんだ....、嘘じゃない。きみのこと....」
沈黙。
「聞こえたかい」
立ちあがるクドウ。視線はまっすぐにケイの瞳に注がれた。だが、そこに映っている表情に彼はとまどった。
彼女の瞳は不思議なほど静かだった。
クドウは、その瞳を見たことを後悔した。いや、自分を責めずにはいられなかった。しかし、それでもかれは一歩踏み出した。彼女を連れていかなければ....。任務の責任よりも、ヒロフミにかわって彼女を守ろうという衝動にかれは動かされていた。
だが、その背後を護るウエザムの警告の叫び。
「中尉!」
突然だった。
制止しようとしたふたりの部下をはじきとばして、黒づくめのリムジンがその間に割りこんできて停止した。と、彼女は身を翻すと開いたドアに飛びこんだ。
「いくな!」
たしかに彼女と眼があった。しかし、彼女はクドウの視線をふりはらった。
クドウは走りさるリムジンに銃を構えたが、すぐにそれをおろした。角を曲がって姿を消すリムジン。遠くでサイレンの響き。
「ウエザム、ふたりは?」
クドウは歩みを戻すと、ウエザムにたずねた。
「歩けます」
「よし、撤収を伝えてくれ」
クドウはヒロフミをGEMに運びこんでつぶやいた。
「すまん」
作戦の収支は大赤字だった。
短時間の接触は、予期せぬ市街戦にまで発展した。
かれらはロータリーの警戒線を突破するために戦闘車両まで動員していた。無差別にエネルギー兵器を乱射し、封鎖車両を体当たりで除去し、追跡を阻止するためにはなりふりかまわなかった。
治安当局に捕捉されることなく脱出したものの、ヒロフミ・キクチ伍長を失い、他に四人が重傷、三人が負傷した。
一方、相手側も死傷十数人におよび何人かの遺体を遺棄せざるを得ない始末だった。しかし、その素性はまったく不明というありさま。放棄された戦闘車両も同じく、何の手掛かりにもならなかった。おそらく星系外から運び込まれたものと考えられたが、その後の追及でも、まったく何もわからなかった。
ただ確認できたことは。
彼女は明らかに確信を持って行動している。
ほどなく、クドウ中尉に召喚命令がでた。後始末はブリュロフ少佐の仕事。ようするに、何もするな、証拠を残すな、である。
クドウはハイグレード系外縁に待機させていた乗艦《Lonely Girl from North Country》に出航準備を命じた。艦の機能をコントロールするプラズマ付加ポジトロニクス、コードネーム〈ぽしえっと〉に転送機をスタンバイさせる。
ハイグレードでの任務はおわった。
ヒロフミ・キクチは事故死として扱われる。
かれの遺品がならべられたデスク。クドウはその中から、古風な写真立てをポケットにいれた。
「こいつは、少佐には見せたくないからな....」
そして、すこしためらってから、あの日、かれのポケットにはいっていたペンダントを手にとる。そっと、蓋を開くと、ケイのプライベートホログラフ。素直な表情の笑顔。
こんな笑顔を見せていたのか....。クドウはペンダントをポケットに滑りこませてつぶやく。
「悪いな、ヒロフミ。おれがケイからプレゼントをもらうなんて、もうありそうにないんでな」
ひとつの季節が終わった。
"Lonely Girl from North Counry 1st"
(c) 1996/2/14 yuki sano with y.wakabayashi
produced by 