Lonely Girl from North Counry 1st

2 傷ついても、生きるために飛ぶ....

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《Lonely Girl from North Country》
ハイグレード系内
二四〇三年八月十日 午前二時五分

 低加速でハイグレード系を離脱する一隻の転子状船。全長三百五十メートル、直径五十メートル。太陽系秘密情報局第VII局に所属する情報工作用特殊艦《Lonely Girl from North Country》。

 就役してまだ日の浅い《L.G.F.N.C》であったが、二四〇一年から二四〇三年にかけての、マークスとの交戦に対応した急速な技術革新の成果をうけて、大規模な改装を施されていた。

 カルプ・リニア・コンヴァーターは、より信頼性が高く、長い航続距離を有するコンパクトタイプに換装された。ただ、《L.G.F.N.C》は任務の性質上、大遠距離のリニア航行をおこなうことはないので、予備コンヴァーターは積まれていない。

 兵装は以前から異常なほどに強力であったが、いっそう強化された。三門の二百五十ギガトン・トランスフォーム砲は新開発のコンパクト・千ギガトン・トランスフォーム砲五門に換装された。本来、このクラスならせいぜい五百ギガトン級三門がいいとこである。

 そしてなによりも驚異的な新機軸、HU"スクリーン。高エネルギー重層スクリーンは在来原理のエネルギー・バリアの能力を遥かにこえる強度を持つ。これにより《L.G.F.N.C》の防御力は旧来のインペリウム級すら凌駕するものとなっている。

 しかし、良いことばかりはないもので、HU"スクリーンの消費する膨大なエネルギーを供給するのは、《L.G.F.N.C》のエネルギー・ステーションの手にあまる仕事であった。HU"スクリーン自体がまだ新兵器特有の問題を解決できてはおらず、この点が解消されるにはまだ時間が必要。

 そのため、HU"スクリーンを展開できるのは短時間にかぎられている。



 その司令室で、クドウはひどく感傷的だった。

 かれの対応策が甘かったことが、このエピソードに苦い結末をあたえた。

 あのとき、一瞬振り向いた彼女の瞳に在ったものは。

 悲しみ、憎しみ、そしてどこか納得のいったようなあきらめ、哀しみ。

 彼女の心の奥底にある、何かがつたわってきたよう。

 だが、時を呼びもどす術はない。

 ひとりの青年、ケイの恋人を殺したのは、かれ、クドウなのだ。たとえ、間接的にであれ。

ハイグレード系外縁空間
八月十日 午前二時十分

「目標を捕捉」

《Lonely Girl from North Country》
ハイグレード系内
八月十日 午前二時二十二分

 作戦行動中の《L.G.F.N.C》は非常識なほどに強力な対探知スクリーンに護られている。覆域、反射能ともケタ違いの性能であり、完全とまではいえないものの、自身の放射するエネルギーの大半を遮断してしまい、まず探知の眼にとらえられることはない。

 通常であれば、低加速の《L.G.F.N.C》を捕捉するのは不可能なはず。

 しかし、現実には艦ははっきりした航跡をひいて走っているようなものだった。

 きわめて特徴的なハイパー波が艦内で発生していたのだ。

 その原因はクドウが乗船する際に使用した艦載転送機にあった。

 転送の際に相互のステーションを結んでいたコンタクト・インパルスが解析され、強制制御インパルスが送りこまれる。転送機はそれを優先作動指令と認識し、受入れステーションとして作動する。

 第二銀河から侵攻してきたメタン種族の技術と同じもの。

「中尉。転送機のスイッチはきちんと切っておきましたか?」

「あん?」

 《L.G.F.N.C》の機能をコントロールするプラズマ付加ポジトロニクス〈ぽしえっと〉の合成音声の質問に、クドウは不機嫌にこたえた。

「あれってオートなんじゃないのか?」

「そうですよね」

 気持ちのわるいやつだな。インポトロニクスに意見を求められるなど、経験のないことをされて、クドウは不気味がった。

「ハバラのバッタ屋かなんかの安物じゃないのか」

「いくらなんでもホワルゴニウムは安売りしてないだろう」

 茶化すウエザム。クドウの返答の冴えのなさが、かれの胸中を物語っているかのよう。しかし、半畳を入れられたくらいでもびくともしない〈ぽしえっと〉。

「本艦の装備の機能保障には万全が尽くされています。安物なんて、あなたがたの使ってるコーヒーカップくらいなものです。BITSは異常を報告していないのですが、不本意ながら機能不全と認識します。」

「異常なのか? リセットして、テス・シュー」

「アイ・サー。テスト・シュート」

 数秒間、〈ぽしえっと〉は沈黙した。

「どこか短絡しているようです。転送機誤作動、エネルギーを遮断します」

「ちゃんと整備しとけ」

 指揮以外のすべてを担当する要員兼部下、ボナム・ウエザム軍曹にそういう。

 《L.G.F.N.C》でものを考えられるのは、〈ぽしえっと〉まで入れて三人。

「自分じゃないですよ。こいつがやる仕事ですよ」

 ウエザム、コンソールを指さしてこたえる。

「緊急事態! 艦内転送機異常作動! 停止できません。ウォームアップ中」

 突然の緊急警報がのんびりとした空気をはじきとばした。

 〈ぽしえっと〉の合成音声が危機的状況を警告。

「どういうことだ!」

 クドウ、立ちあがって叫ぶ。非常に嫌な予感。

「転送機、受け入れ態勢にはいりました!」

「リニア・ドライブ作動! やみくもでいい」

 まったくのカンだったがクドウ、リニア空間突入を命令。

 転送機から爆弾が送りこまれてくる。

 根拠はないながら、カンを信じた。リニア空間にはいってしまえば転送機は使えない。

「ウエザム!」

 部下の名を呼ぶ。

「転送機室へいって、その反逆者野郎を分解してこい。二度と造反しないようにな!」

「でも、中尉」

 涼しい声で返答が戻ってくる。

「そうしたら、脱出時に転送機が使えませんよ」

「脱出? この《L.G.F.N.C》からか?」

「はいはい」



 ウエザムがきっかり転送機を解体してから、〈ぽしえっと〉は艦を通常空間に戻した。

 しかし、間を置かず、《L.G.F.N.C》の探知システムは一隻の大型艦のエコーをとらえた。

 危険なほど接近している。

 距離五百万キロ。

 高度な対探知スクリーンを展開しており、詳細は不明ながらインパルス・エンジンの拡散放射エネルギーの大きさから、大型戦闘艦であることは確実だった。そして、発射されているアクティブ・ハイパー・探知エコーは、アルコン=テラ系の火器管制システムのものであることは明らか。

 《L.G.F.N.C》の中枢であるプラズマ付加ポジトロニクス〈ぽしえっと〉は判断に迷う。

 パッシブ・システムだけでは相手の正体を特定できない。もっとも、この状態で《L.G.F.N.C》が目標に捕捉される可能性は低く、このままやり過ごすことも可能だった。しかし、目標は接近しすぎており、これを放置しておくことは戦術的には拙い。

 先制攻撃が最良の選択であったが、目標はコードII〈識別不明〉にすぎない。

 こちらから誰何、またはアクティブ探知をおこなって、正体を確認するという手もあるが、位置を暴露してしまう欠点がある。

 〈ぽしえっと〉はやむなく人間の判断を求めた。

「中尉、正体不明の大型艦が接近してきます。どうしますか?」

 スクリーンに立体表示される映像と推測データ。

 クドウにはひらめくものがあった。仕掛けてきたのはこいつか? とすれば....。

「〈ぽしえっと〉、誰何しろ。同時にアクティブ・エコー探知」

「逆探知されますよ?」

「かまわん。反射波が往復するくらいピンしてやれ。オレのカンでは厄介なことになる」

 人間ってわからない、〈ぽしえっと〉はそう考えて指令を実行した。

 隠れ蓑をはずして、〈ぽしえっと〉は目標を探知波で捕捉。

 瞬時にデータを解析。克明な艦表面型データ、インパルス・エンジンの配置、推力、放射波。防御バリアの種類、強度。目標は球型、直径千五百メートル、超弩級戦艦相当。

 同時に星際共通信号による艦籍誰何。

〈貴船の所属と船名を確認する。貴船はテラ領海に在り〉

 その答えは輝くエネルギー・ビームの柱。

 戦艦はエコーの探知空間へ無警告で片舷斉射を実施した。

 《L.G.F.N.C》は超弩級戦艦の片舷斉射をうけとめた。直前に展開したHU"スクリーンのおかげであった。



 機関室のあらゆるエネルギー発生装置がHU"スクリーンのためにエネルギーを供給しようとして悲鳴をあげた。



 極度に集束されてはいるものの、それでも直径六十メートルに達するエネルギー・ビームが数条、グリーンに輝くHU"スクリーンを直撃し、エネルギーの飛沫を周囲の空間へ無意に散乱させた。

 警告なしの一斉射撃。着弾のシヨックにコンソールにしがみついて、クドウはスクリーンの表示を読みとる。立体投影された映像にデータがつけくわえられていく。

 艦型データおよび火器管制システムの解析から、目標は二三二○年代にアルコンIIIで建造されたインペリウム級艦、タイプ42シリーズ14、艦名《サンテン5》。ただし、合致しない細部もあり、確度七十四パーセント。二三二九年九月に行方不明、撃沈未確認。アルコンIII破壊の際にコントロールを失って捕獲され、再艤装されたものと推定。

 インペリウム級だと? なんで、こんな空域に?

「HU"スクリーン展開。トランスフォーム砲、A、B、Q、X、Y砲、目標にロックオン。射撃準備完了。報告が遅れました」

「射撃待て」

 〈ぽしえっと〉の報告を、冷静にクドウがさえぎる。

「味方の可能性がある。〈ぽしえっと〉、識別コードを確認しろ」

「中尉、撃ってきてるんですから敵ですってば」

 ウエザムは、いつもと掛け離れた対応を指示する上官の横顔を盗み見る。

「確認しています。応戦許可を! この状態でトランスフォーム砲を投入されたら危険です。高エネルギー反応キヤッチ、直撃をうけます」

 今度は盲目撃ちではなかった。高度に集束された必殺の片舷斉射。

 しかし、それでも《L.G.F.N.C》はもちこたえた。おそらく、戦艦の砲術将校は眼を疑っていることだろう。こんな小艦がインペリウム級戦艦の斉射に耐えるとは!

 直撃の衝撃が《L.G.F.N.C》を大きく揺り動かした。

 その反動で進路がはずれるほどの衝撃がくわわり、ふたりはシートから放りだされんばかりであった。

「すげえ。HU"スクリーン様々だな。戦艦の直撃を喰らっても生きてる」

 ウエザムが感嘆した。

「エネルギーが低下しています。トランスフォーム砲なんかうけとめられませんよ、中尉」

 〈ぽしえっと〉の声にも焦りに似たものがまじっているよう。

「リニア空間へ退避」

 クドウの命令。

「だめです」

 おや、とウエザムが眉をしかめた。なんて、話しぶりだ。

「HU"スクリーンを展開している間はカルプへまわすエネルギーはありません。しかし、HU"スクリーンを切れば....」

「おだぶつだ」

 クドウがひきとった。

「敵、セクター・グリーンへまわりこみます。撃ってきますが、これはあたりません。しかし、本艦の加速もこれで精一杯です。至近距離から直撃されるのは時間の問題でしょう」

 冷静な〈ぽしえっと〉の報告。

「くりかえし通信を送っていますが、応答なし。あっぱれ日本晴れな乗員のようですね」

 こいつのユーモアには泣かされるばかりだな、とクドウは内心で思う。

「それにしちゃあ、よくあててくるじゃないか」

「ポジトロニクスの性能がいいからでしょう。敵、加速六百キロ毎秒台へ。最適射撃コースを算出中の模様。このままでは、通常砲撃でも耐えられません。兵装使用許可を、中尉!」

 〈ぽしえっと〉の合成音声が焦りの感情に近い響きを持つ。

 空間に色鮮やかに立体投影された球形艦と転子状船のモデルの相対位置が変化する。スケールはでたらめだが、人間におおまかな感覚をあたえるためのシステムである。

 反撃すべきか、否か?

 戦艦ともなれば、ひとりやふたりでは動かせない。

 それに、途方もない資金、人員、技術、何よりもよく整備された基地がいる。

 七十年前のどさくさに艦を手にいれたとして、それを再艤装して運用する能力を持つとなるとかなり限定される。FCSがそのままとなると、まさか、テラ植民星のなかに危険をおかして艦艇を提供したものがいるのか?

 もし、反撃するとなれば、全砲の片舷斉射で撃沈するしかない。トランスフォーム砲を使うとなれば、証人を残すわけにはいかない。

 なによりあの艦は《L.G.F.N.C》を追撃するためにやってきたのだ。

 あの事件の背後にいた連中だとすれば、それほどクドウたちが目障りな存在になっていることを意味する。

 でも、おれ、そんな派手なことしたっけか....?

「〈ぽしえっと〉、至近弾でやつを大破させられないか?」

 見兼ねたウエザムが、クドウにかわって質問する。

「この距離で? そんなことは考えたこともありませんが、試しにやってみましょうか? 計算どおりいかなかったら命中しちゃいますよ、きっと」

 〈ぽしえっと〉はあまり乗り気ではないようだったが、無理だという気はさらさらないようだ。

「トランスフォーム砲だと、エンジンだけぶち抜くってわけにはいかないぞ」

「中尉!」

「狙ってみますか?」

 クドウは無言で首を横に振った。

「損傷をあたえておいて離脱するわけにはいきませんか? あれには二千人は乗ってますよ」

 ウエザムがたずねてみた。その表情が物語っている。

 それが気掛かりだったんでしょう?

「だめだ」

 吐きすてるようにクドウがこたえた。

「トランスフォーム砲を持っているのは帝国とUSOの艦だけだ。この艦の正体を知られるわけにはいかない。まして、知って襲ってきたとしたら、なおさら逃すわけにはいかない」

 立体スクリーンの投影像を見る眼にはもう迷いはない。

 公然の戦闘なら受けて立つ。やる以上は徹底的に、と決心している。証拠ごと消すまで。

「トランスフォーム砲、撃ち方はじめ。片舷斉射で蹴りをつける」

 クドウの命令とともに、スクリーンの目標が照準にロックされたことをしめすシンボルが出現。同時に、モニターに全兵装使用許可のサイン。各砲塔の模式図が装填状況をあらわし、残弾表示のカウンターには120の数字。

 〈ぽしえっと〉は微妙に艦を操り、《L.G.F.N.C》の持つ五門のトランスフォーム砲すべてを使用できる姿勢、A弧を開く。

 と、戦艦の立体表示位置が変化。加速データの表示も変更される。素早く、データを読みとったクドウ、絶好の射撃機会を確認する。さすがは〈ぽしえっと〉、最適の砲撃ポジションを逃さない。

「チャンスだ!」

 クドウの声と重なるように、発砲をしめす振動とモニターのサイン。

「もう発射しました」

 〈ぽしえっと〉の声。

 一発千ギガトンのエネルギーを持つギガ爆弾五発がスクリーン上に合成表示。

 瞬時にひとつの光球に変化。ウルトラブルーの輝き。

 同時に爆発した五千ギガトンの砲弾のエネルギーは一瞬にして、戦艦のバリアを崩壊させるに余りある。バリアの崩壊によって行き場を失った戦艦のエネルギーは反応炉を過負荷状態に、そして数マイクロセコンドの後に解放された核エネルギーが戦艦を破片にいたるまで蒸発させた。

「目標撃沈」

 〈ぽしえっと〉がチエックした。

「リニア空間へはいりますか?」

「カルプ作動」

 クドウが命じると、《L.G.F.N.C》はリニア空間へと消えた。背後ではエネルギーの雲が急速に散っていった。

「あいつ、何だっておれたちを狙ってきたんでしょうね?」

 いいたいのは別なことである。応戦をためらったのには理由があるんでしょ?

「知るか、そんなこと。この艦の正体を知ったやつは生かして帰すわけにはいかない」

 一瞬、沈黙したウエザム。しばらくして重い口を開く。

「中尉。あんた、ろくなもんじゃないですよ」

「そうさ。おれたちは皆、ろっくなもんじゃない」

 不機嫌そうに口を閉ざしたが、すぐに仕事にとりかかる。

「〈ぽしえっと〉、スクリーンを戻せ。それと、さっきの命中のシヨックの影響を調べろ。帰ったらドック入りして調べなおすぞ。その時に土台のずれた機械があってみろ....」

「ありえませんね、そんなことは」

 戦闘を終え、いつもと変わらぬ空気が戻ってくる司令室。

 そんなやりとりの中、ふだんのおもしろげな笑みの微塵もない硬い表情に、クドウは辛い残像を曳いている。ポケットの中で握りしめたままのペンダントの重さがまるで責めるように伝わった。

 ウエザム、そして〈ぽしえっと〉すらもクドウの苦衷を知ってか、あえてそれに触れようとはしない。

 指揮官シートにつきまとう孤独。

 スクリーンの星空を、見るともなしに眺めながら、かってに託されたことにしているペンダントの意味を、クドウは想う。

 まるで、それにこたえるかのような星々の淡い輝き。

 かれの心に無言のうちに語りかけているようだった。〈星空が謡ってる〉、そんな歌があったっけ。....そう、無言のファルセット。

 また、なんか考えてるな。

 〈ぽしえっと〉の点検報告をあわたただしくチエックしながら、ウエザムは横目でクドウの様子を確認。

 まあ、中尉らしくていいか。

 明日出来ることは明日でもいいじゃない、そうでしょ。

セントール市 ハイグレード系
八月二十四日 午前四時二分

 スクリーンにはひとりの少女の歌う姿が映っている。

 何事かを願うような瞳、祈りを捧げるかのような姿は、それを見る者に何を訴えようとしているのか。

 しかし、スクリーンに映る自分自身の姿を見つめる彼女の表情は冷たい。

 白くなるほど強く握りしめた拳。何を失い、何を得たのだろうか。

 いや。たとえすべてを失おうとも、彼女にはしなくてはならない何かがあるのだ。

《Lonely Girl from North Country》
太陽系土星軌道面
八月二十八日 午後四時二十分

 ハイグレード系外縁での戦闘の後、《L.G.F.N.C》はひとまず太陽系ガニメード基地へ寄港。

 本来ならば、太陽系外縁から転送機を使用して出入りをするのが通例なのだが、あの一件いらい、クドウは転送機もハイパーカムも信用しないことにしていた。

 しかし、報告もしなくてはならず、艦をドックにも入れたいとなると、行き先はルナか、ここガニメードしかない。オッポジットが最善なのだが、さすがに遠すぎる。他にも秘密基地がないことはないが、被弾でとんでしまったHU"スクリーン・ジェネレーターは、まだ実験段階の新兵器で、修理できるのはこの三カ所だけである。不本意ではあったが、とりあえずガニメードに降りて様子をうかがうつもりのクドウだった。

 ガニメードは土星の衛星で、太陽系中部防衛ラインの柱。そこには強力な防衛要塞と艦隊基地、大工厰とがある。

 そして、ガニメードを巡る孫衛星には、太陽系秘密情報局第VII局の出撃基地がおかれていた。公式には、実験コマンド艦隊の支援施設。偽装艦である《L.G.F.N.C》も堂々と着陸できる場所であるが、そうそう姿を見せることもない。



「太陽系防衛軍中部セクター司令部から、識別コードをモードA6に変更せよとのことです。切替えを確認」

「中部セクターの司令官はたしか、アレッサンドロ・デ・チェザリス提督でしたっけ。おっかないというもっぱらの噂で」

「入渠修理するだけで、挨拶にきたわけじゃないから関係ないって」

「しかし、中尉。オレたちって、あんまり実験船の科学者にはみえませんね」

「そうか? 充分、変だよ」

ガニメード基地 太陽系
八月二十八日 午後五時三十分

 入港後、いつのまにか基地の士官専用ラウンジに居座っているふたり。本当ならとっくに孫衛星に移っていなければいけないのだが、報告書が未完成だとかなんとか理屈をつけて油を売っているらしい。

「これで本当に士官専用なのか。花の一輪もない、なんて殺風景な職場なんだ」

「そりゃまあ、一応軍事施設ですから....」

「花屋だって立派な軍事施設だい」

「....」

「せめて女の子とかいないのかよ」

「士官ならいるかもしれませんけどね」

「うむ。最近は士官も質が落ちているという話だからな」

「はあ。それはどっちの意味で? もとい、声かけたら佐官だったりしたら嫌じゃないですか」

「年上もいいもんじゃん」

「科学者にしちゃ、品がないですよ」

「いいや。ぼくたち、実験船の運転手だから」

「運転手ならますます飲まないほうがいいですよ」

「....」

 飲みたい気持ちはわかるけど、そろそろ頃合。

 きりあげようと思っていた矢先、予想外なことが起こった。

「おやおや、随分とお偉いさんがいらっしゃってるみたいですな」

 いつのまにかふたりの周囲を、数人の艦隊コンビネーションを着た男たちが取り囲んでいた。

「例のなにやら神秘の研究船の乗組員サマでいらっしゃるようだ」

「そりゃ羨ましい。さぞ安全で、しかも高給とりなんでしょう?」

 まずいな、ウエザムは考えた。

 アンドロ・ベータから逃げ帰ったも同然の遠征結果に、艦隊の士気は最悪という噂。本当かどうかはしらなかったが、わざわざ喧嘩売りにくるとは、そこまで暇なのか?

「実戦経験もないくせに」

 そこでよせばいいのに、よく聞こえるように小声でつぶやいてみせるクドウ。

「貴様、艦隊士官を侮辱する気か」

 ひとりが顔色を変えて詰めよった。

「これは失礼。まさか、本当に未経験とは思わなかったもので」

 ああ、これだからこの人は楽しいんだよな。ウエザムはがっくりと頭をたれた。

「帝国のために生命を賭している艦隊を....」

 残念ながら、その男は台詞を最後までいうことは出来なかった。クドウがテーブルを引っ繰り返したからである。

 途端、色めきたつ軍人たち。一斉にふたりに殴りかかってきた。

 ウエザムは手近な男をしたたかに投げ飛ばすと、その場から逃れようとする。

 クドウはといえば、とっくのとうに姿をくらまして....、高圧散水消火器を持ち出していた。あれはあれで立派な武器である。

 ま、まずい....。

 すでに、クドウ中尉はアルコールがはいっていて危険な存在に近づきつつあり(もちろん普段から危険なのだが、それはそれ、ニトログリセリンとダイナマイトぐらいの差がある)、下手すると消火器どころか、ガンをぶっ放しかねない。いや、それどころか、ガニメード基地を破壊しかねない。酒乱は危険なのだ。

 なんか頭を冷やさせるものは....。あ、消火器は中尉がもってんだ....。

 ウエザムはかなりあわてて、出口に向かった。

 しかし、そこでひとりの制服の男と鉢あわせ。

「なにをしとる!」

 一喝された後、それが自分にではなく、乱闘中のグループにむけられたものと知る。

「閣下?」

 一斉に不動の姿勢をとる男たち。もっとも、ひとりは床に伸びたままだったが。

「貴様ら、基地内で民間人と乱闘騒ぎとは心得違いもはなはだしい。ただちに警備士官のもとへ出頭しろ、この大バカ者どもが!」

 初老の提督の、しかし鍛え上げられた体つきと鋭い眼光の前に、士官たちはあわてて退散した。

 そして、ウエザムの方へ向きなおる。

「きみと、その....、かれも。こちらへ来たまえ」

 クドウの方を指差すと、出口へと歩き出した。

 いつのまにやらクドウがふたりの横に並んでいる。そんなに酷くやられた様子はない。

「これは閣下、どうもご迷惑を」

「こんなところで何をしておる」

「太陽系で、あの艦が入渠できるのは、ルナでなければ、ここぐらいなものでして」

「《SD=19》か。ふん、マーカント閣下の気が知れんわ。貴様らのような地に足のつかん小僧に単独行動をとらせるとは」

「まったく同感であります。おそらくは関わりあいになるのが面倒なのではと」

「わたしもだ!」

 初老の提督は立ちどまると、真顔のクドウをにらみつけた。

「きみの父上と知り合いでなければ、もう三発くらいは殴らせていたところだ。まあ、いい。ミレトス准将が早急に話をしたいそうだ。しかも、その内容については、わたしにも教えんときている。わたしの基地を間借りしとるくせに!」

「もうしわけありませんが、部内秘でして。まだ、おはなしできる時期ではなく....」

 精一杯すまなさそうにこたえるクドウ。その表情をうさんくさそうにながめるアレッサンドロ・デ・チェザリス提督。

「まあいい。それがきみらの役割だからな。この先の転送機で迷惑顔のガニメード駐在員が待っているはずだ。ではな。わたしは忙しいんだ」

「ありがとうございました、閣下。父と会うことがありましたら、よろしくお伝えいただけませんか」

「自分でいえ、自分で」

 軍帽をととのえると、銀髪の提督は振り向きもせずその場を立ち去っていった。



 クドウはハイグレードにおける作戦の詳報と、その後の戦闘に関するレポートを、直属上司、太陽系秘密情報局第VII局局長テオドシウス・ミレトス准将に手渡す。

 この叩き上げの准将は、妙にクドウを買ってくれているところがあるので、クドウもそれなりになついている(ウエザム談)。命令を聞かない猟犬では、飼っている意味がないので、組織としてのバランスはこの辺でとれているらしい。

 准将はことの顛末をおもしろくもなさそうに読んでいたが、状況が転送機の異常にかかると、やにわに興味をしめしはじめた。

「不思議な偶然だな。昨日、ルナの大転送機が同様の異常をしめして緊急停止させられた。一般には故障と考えられているが....」

 にわかにクドウの表情が緊迫する。

「閣下....?」

 ふたりの真剣な視線が交錯した。

 気まずい沈黙。

 意を決したように、クドウが口を開いた。

「その件ですが、本艦では艦載転送機に異常を発見したためリニア空間で解体した、その直後に接触を受けたのです。非常に正確なポジションにですよ。対探知スクリーンは完全だったはずなのに。本艦の性能は御存知のとおりです」

 ミレトス准将は気難しい表情。

「転送機から誘導波が出ていた、とでもいうのか?」

「いえ、結果的にはそうだったのかもしれませんが。つまり、リニア空間に退避したため目標を見失ってしまい、不正確な再攻撃をしたのでは、と」

「本来ならば?」

「マークスのインパルス・ポイントをおぼえておられますか、局長」

 ミレトス准将は血相を変えて立ちあがった。

「では、転送機を利用して?」

「そうです。爆弾でも送りこもうとしていたのだとしたら?」クドウは准将を見た。「本艦が失われても、事故としか思われないでしょう」

「考えられん。インパルス・ポイントはアンドロメダの兵器だぞ。トランスフォーム砲五発でやられるような相手の持てる技術ではない」

「しかし、技術的にはずっと簡単なものです。単に相手の転送機にわりこめばいいんですから」

 ミレトス准将は考えこんだ。かれは破壊工作担当の第VII局長として常識にとらわれない発想の重要性を認めていた。しかし、これには飛躍が大きすぎるようにおもえる。

 それでも准将は、兵器や戦術の可能性はアイデアにあり、アイデアを技術的発展が追いかけていくものだということをよく知っていた。すでに恒星転送機を利用して、受入れステーションの位置にとらわれず実体化をおこなえるインパルス・ポイントの存在がある。無視はできない。

 しかし、ミレトスにはまた別な思案もあった。

 クドウと《L.G.F.N.C》に、伝令としてオッポジット行きを命じる。

「オッポジットですか?」

「そうだ。テラとルナのことは任せておきたまえ。何、心配はいらんよ。どのみち、テラもルナも逃げ出すわけにはいかないから、心配してもはじまらん。それより、カハロと銀河系中央転送機が心配だ。あれも逃げられんしな。周辺宙域を徹底的に警戒して、侵入艦を撃破するしかほか手はない」

 クドウは、妙に態度の明るくなったミレトス准将の態度にきな臭いものを感じたが、そういわれてしまうと、もっともなようにもおもえる。

 整備もそこそこに、クドウと《L.G.F.N.C》はガニメードを飛び立っていった。

銀河ネットワーク
八月二十九日

 JUSTICE は本年度のセールス・チャート89位にランク。

 ローカルレーベル出身者がチャート200曲内にくいこむのは二百五十年ぶりの快挙といわれ、注目されています。

《Lonely Girl from North Country》 銀河系中心部
八月三十日 午後二時十一分

 スクリーンに輝く、まばゆいまでの星々の海。

 色とりどりの星間物質の雲、見る者を圧するほどの密度と光量を誇る光の群れ。数千光年に渡って広がる銀河系中心部、核恒星系。いずれも誕生以来、数十億年を経た大質量の巨星たち。

 恒星間の距離は平均して数光月。ときとしてわずか数光週という、凄まじいまでの密度の密集星域。

 太陽系艦隊が掌中の玉のごとく厳重に警戒する、銀河系中央恒星転送機およびその調整惑星たるカハロ、そして要衝ウィラー系オッポジット。それらはいずれも、この星々の海の中にある。

 精確な航法データを持たない艦にとっては、通過することさえままならない航法上の難所。密集した恒星群の大質量がハイパーカムにも干渉するため、航法ビーコンは役にたたず、各種のハイパー放射が計器を狂わし、艦位を測定することも困難。そして、わずかな航法計算の誤差が艦を遭難へ導く。

 その星々の海をすすむ一隻の転子状船。

 大スクリーンに輝く光景をながめながら、クドウはつぶやく。

「いつ見ても素晴らしい眺めだ、銀河系中心部は」

「星に魅いられてるのはいいですけど、そろそろお出迎えのくる頃ですよ」

 ガニメードを出航していらい、なぜかクドウのコンソールに飾られているかすみ草を見ながらウエザムがいった。

 母星テラの青い輝きをじっくりながめられるルナの造船所にはいるより、オッポジットへ降りる方を選ぶ神経ならそうでしょうとも。

 かれがほのめかしたのは、カハロとオッポジットの周囲に幾重にも配備された哨戒ラインへの接近である。この宙域には多数の軽巡が早期警戒網の一員として、常時展開している。

「複数波のアクティブ・エコーを感知。しかし収束度から考えて探知圏外です」

 〈ぽしえっと〉の報告に、ウエザムがこたえる。

「早速おでましか。どうします? ビーコンを出しますか」

「なぜ?」

 意外そうなクドウの表情。

「見つけられないのは向こうの責任だろ。こっちはもともと見つからないのが仕事なんだから」

 悪い癖だ、ウエザムはためいきをつく。

 そこへ〈ぽしえっと〉の新たな報告がはいる。

「こちらが先に発見しました。軽巡らしきもの一隻。距離約二光分」

 立体スクリーンに描きだされるモデル。

「エコーの収束度はさらに悪化。本艦はパッシブ探知手段のみ使用。本艦の性能は御存知のとおりで。目標の対応に変化を認められません。依然、自由落下中。これは、気づいていませんね」

「そうか。では、誰何されるまで黙っていよう。探知されずにどこまでいけるか試そう」

 クドウ、悪戯っぽく笑う。いい機会とばかりに《L.G.F.N.C》の能力を試験する気だ。

「アイ・サー」

 満足そうな〈ぽしえっと〉の声。しかし、ウエザムは渋い顔。

「距離五光分、ノイズが多く、本艦もそろそろ探知圏外です。目標の状況に変化なし。まもなく触接を失います。....、ロストしました」

 スクリーンのシンボルが消滅。

「一隻目ですね」

 ウエザム、つぶやく。

「この凝集星域での探知は予想以上に厳しいんだな」

「単艦なら、警戒網を突破することができるかもしれませんね」

「そんなことになっちゃ困るんだがな。〈ぽしえっと〉、どう思う?」

 設計上の問題、もしくは使用したプラズマの選択ミスによって、極めて高度に擬人化された人格を持つインポトロニクスはこたえた。

「本艦級の対探知性能がなくとも困難ではないでしょうね」

「ふむ」

 クドウは腕をくんだ。

「近づいて、例の兵器でポン....なんて簡単なんだろ。対策としては?」

「抜本的には銀河中央転送機の移転」

 クドウは頭を抱える。

「ひよっとしたら、からかってないか?」

「わかります? でも、正確なポジションを知らなければ、転送機に辿り着くまえに遭難するのがオチですよ。運がよくても、オルボン系に流れついちゃいますよ。あそこが下流になってますからね」

「カハロの周囲は浮遊空雷とフラグメント船で埋め尽くされてるからな。連中、識別コードIII以外はなんだって撃てと命令されてるから、その先は無理だな」

 まあ、よく考えてみれば、下っ端の士官がそこまで考える必要はないんだよな。警告はするんだし、対策はお偉方が立ててくれてもいいんじゃないのか?

 とはいうものの、最初に火を点けておいて、用が済んだら最後には自分で消す、というのが情報作戦の通例である。

「ああ、宮仕えの辛いとこか」

「はあ?」

 聞こえよがしにためいきをつくクドウを、いぶかしげにみるウエザム。

 なんだかんだいって楽しんでるんじゃないの?

 結局、《L.G.F.N.C》はそのあと、三隻の哨戒艦を発見したものの、ことごとく息をひそめ、忍び足でやりすごしてしまった。

 そのいずれもが、派手に捜索用のアクティブ・エコーをばらまいていながら、この最悪の探知環境に反射インパルスを捉えられず、いたずらに存在を暴露する結果となっていた。奇襲されたらイチコロである。もちろん、それをやってのける方が特殊なのではあるが。

 そして、オッポジットまで十二光年。あと一度のカルプ作動で辿り着くというポジションに到達。

「セクター・レッドに反応あり」

 〈ぽしえっと〉の報告をクドウは訝しむ。

「どういうことだ? なんで後方に?」

「ひよっとしたら、見逃していたのかも....」

 あまり、ありそうには思えない。しかし、反転して確認しにゆくというわけにもいくまい。

「発見されたと思うか?」

「反応が弱すぎます、まだ無理でしょう。....、反応が消えました。虚探知だったのかもしれません。」

「詳細を報告しろ」

 クドウの声にこたえてスクリーンに複雑なシンボルとデータが続々と描かれる。

「アクティブ探知エコーとおもわれるハイパー信号を捕捉したのですが、発信源を特定するまえに反応が消滅しました。どうしますか? ....、待ってください。今度は本物です。セクター・グリーンに目標発見。距離五十光秒」

 ここ核恒星系の凝集星域では、さすがの〈ぽしえっと〉とてミスはありうる。

「五隻目か」

 難攻不落のオッポジット基地、十六年間にわたって構築中の要塞だと? 穴だらけじゃないか。VII局の特殊工作艦が総出動しようものなら、異常に気づくのは基地に爆弾が落ちてから、ということになるぞ。まったく、アクティブ探知になんか頼りやがって、どういうつもりだ。責任者を出せ、責任者を!

「探知されたか?」

 五度目の質問。

「不明。目標はまったくアクティブ・エコーを出していません」

 ほう。やっとまともな哨戒態勢だ。

「目標は恒星重力圏を公転中。本艦と同等のパッシブ探知能力があれば、こちらを発見している可能性はあります」

「じゃ、とりあえず見つかってないな」

「そう希望します」

 珍しくしおらしい〈ぽしえっと〉の声。

「誰か知らないが頭のいいやつに違いない」

 操船シートのウエザム、まだ見ぬ哨戒艦の艦長、おそらくは少佐。最低でも大尉、つまりかれよりずっと上官、をさしてほめる。

 大スクリーンの立体合成表示には、表面温度一万二千度の青白色の巨星の周回軌道上に目標をあらわすシンボルマーク。

「ふむ。太陽を背にして、しかも、まったく探知波を出していない。よく、発見できたな」

「〈ぽしえっと〉の手柄に決まってます」

 舌打ちしてウエザム。

「幸運でした。目標の防御バリアのエネルギー特性がきわめて特徴的で、明らかに周辺空間と異なるハイパー乱流を発生させていたのが注意をひいたのです」

 自慢気な〈ぽしえっと〉の合成音声。

「こいつがいちばん癪に障るのは、自分を謙遜するときだな」

 指さしていうクドウ。だが、急にスクリーンの表示をくいいるように見つめる。

 おかしい。

 哨戒艦なら、おそらく軽巡クラスのはず。このエネルギー反応の高さは異常だ。

「〈ぽしえっと〉、このデータ間違ってないか?」

「そんなはずはありません」

 きっぱりと確信に満ちた〈ぽしえっと〉の合成音声。

「目標はHU"スクリーンを展開してると思われます。放射特性から判断してですが」

 軽巡にまでHU"スクリーンが装備されるようになったか。クドウは感心した。しかも、最新鋭艦には優秀な艦長を充てたようだ。

 無数に輝く星々をバックにして、青白く輝く大恒星の表面に浮かぶ一隻の球型艦。その外被の金属的な輝きを圧するように、周辺空間に拡がる濃いグリーンのバリア。

 その想像に自分で感銘をうけたクドウは、コンソールに飾られているかすみ草を見つめた。

オッポジット ウィラー系
九月三日 午前十一時

 六時間後、オッポジット基地へ《L.G.F.N.C》着陸。

 すでにまとめてある報告書と、急遽書きあげた「オッポジット基地防衛態勢上の不備に関する報告書」をかかえたクドウは、太陽系秘密情報局長官アラン・D・マーカント元帥のもとへ急ぐ。

 マーカント元帥の執務室はさながら小要塞。

 戦闘ロボットにIDカードを示し、幾つかの続き部屋を通り、最後の扉の前に立つ。

 受付の下士官の目線から、クドウは得心して、扉のノック。

「閣下、VII局のクドウ中尉であります」

「はいりたまえ」

 マーカント元帥の執務室にはいるまえに、すでにクドウは低気圧の前線と遭遇している。着陸する時点で、「無許可」かつ「早期警戒網にまったく接触せず」オッポジットに接近したかどで強制着陸同然に降ろされ、戦闘ロボット大隊と戦車中隊の歓迎のもとにタラップをおりたのだから。

 かろうじて、オッポジット防衛指揮官プロフォス人のオントン・ハゲヘト提督に、太陽系秘密情報局のIDカードを見せて解放してもらったのである。

 やっと到着した執務室の扉を開けた途端、クドウは「間違えました」といって、出ていきたい衝動にかられた。

 部屋にいたのは、伝説となった小男の元帥の他にもうひとり、USO代理司令官のエプサル人ナルゴ・ヘミチェ提督その人であった。

 クドウはエプサル人、エルトルス人といった高重力適応人がはっきり苦手である。理由はいろいろあるにせよ、とにかく苦手なのである。

「御苦労だな、中尉。掛けたまえ。きみの情報を検討した結果、USOの協力を求めることとした」

「はあ....」

 しかし、よりによってエプサル人とはね。内心の動揺を隠してクドウは報告書を提出した。

 しばらく冷静な表情で報告書をながめていたマーカント元帥の表情が、あるとき一変した。

「これか、さっきの騒動の原因は」マーカントは第二の報告書をさしていった。「事実かね?オッポジット系外縁まで、まったく誰何されなかったというのは」

「事実であります。遭遇した哨戒艦は本艦を発見しえなかった模様です」

 元帥の隣でエプサル人が、ほお、と感心したように息をついた。ほお、というよりは轟、といった感じでまるで掃除機である。

 かりにそのような感想を持ったとしても、それを表にあらわさずにマーカントは続けた。

「《ヒロオ》、《コージマチ》、《カミヤチョー》、《エビス》、いずれも帰投しているが、接触時刻のログはいずれも異常なしとなっている」

 データと照会しながら元帥は唸った。

「八十八時間に渡って、哨戒網にかからないとは....」

 いいおわった時に軽く眉をあげた元帥を見て、クドウは内心でその後を補った。

『すこし地上で、頭を冷やしてもらおう』

 あのけっこう人の良いプロフォス人ハゲヘト提督のキャリアもこれでおわりかもしれない。

「まあ、マーカント閣下、一隻はちゃんと任務をはたしたわけですから、まずはひと安心ということで....」

 マーカントは訝しげにこたえた。

「いや、四隻とも探知してはおらんが?」

「この艦のことですが」

 クドウは航海日誌のデータを呼びだすと、スクリーンに宙図を投影、マーカーでポジションを表示させる。

「さすがHU"バリアまで装備した最新鋭艦、艦長も超一流かと....」

 元帥は首を横にふった。

「オッポジットには、HU"スクリーンを備えた哨戒艦などない」

 一瞬の空白。

「しまった!」

 一声叫ぶと、クドウは椅子を蹴って立ちあがった。

 非礼を詫びる間もなく、軍帽を掴んで部屋を走り去る。その背後で、「オッポジット全基地および在泊全艦艇、緊急配置!」というマーカント元帥の声。

 コンターで《L.G.F.N.C》を呼び出す。

「もう、ドック入りしたか?」

「いえ。まだ、ですが」

 とまどったようなウエザムの声。

「緊急発進準備。途中で最後に遭遇した哨戒艦の位置を算出、リニア・プログラムをくめ。五分後に発進する」

「アイ・アイ・サー。貧乏暇なしですな」

インターセプト 銀河系中心部
午前十一時五十六分

「元帥閣下、クドウ中尉であります」

「きみの航法データは基礎算出点に誤差があるらしい。ログのポジションには青色巨星はない。ローラー作戦でいくが、迎撃部隊は空振りにおわる公算が高い。しかし、きみの艦ならば、誤差をふくんだデータにもとづき目標を捕捉できる可能性がある。きみの任務は重要だ。いかなる手段をもってしても、目標を撃破せよ。いや、可能ならば捕獲することが望ましいな」

 勝手なこといってろよ....、クドウは喉元まで出かかった言葉をのみこんで通信を切った。

「〈ぽしえっと〉! リニア・プログラムは完璧か?」

「自信ないですね。十五分あれば....」

 わずかに不安のようなもののまじった〈ぽしえっと〉の合成音声。

「ない」

「アイ、リニア・ドライブ」

 十二光年の短距離リニア航行とはいえ、この凝集星域では危険きわまりない。半歩間違えば艦位を失い、一歩違えば艦を失う。

 きっかり百八十五秒のリニア航行。

 出現するまばゆい星々の大海原。

 《L.G.F.N.C》の装備するありとあらゆる探知装置が、アクティブ・パッシブを問わず動員される。しかし、この巨大なエネルギーと質量に満ちた空間で頼れるのは、おそらくハイパー・アクティブ・エコー探知機だけであろう。

 だが、見つからない。目標となる青色巨星がない!

「畜生!」

 ハイパーカムの全バンドは、「目標発見できず!」という悲鳴のような報告に満ちている。

 あらゆる探知波を飲み込んで沈黙を保つ星々の輝き。

 もし、座標が大きく外れているのでなければ、《L.G.F.N.C》と〈ぽしえっと〉が必ず発見する。〈ぽしえっと〉に探知できないなら、なにものであっても発見することはできまい。

 時間はまだあるはずだ。

 それに、目標だってどこにあることやら。

 クドウは無意識に、ポケットのペンダントの所在を確かめる。細い鎖が手の上を滑るように流れる感触。

 視野の片隅で、かすみ草がエアコンの風にそよぐ。

 と、そのとき。〈ぽしえっと〉の合成音声が沈黙を破った。

「エネルギー反応! このハイパー拡散放射はギガ爆弾の爆発です」

「戦闘だと! 先行した部隊がいるのか? ポジションは?」

 やや焦りをふくんだ声で、矢継ぎ早やにたずねるクドウ。

 先を越されるなんてことがあるとはな。

 しかし、〈ぽしえっと〉の報告は意外なもの。

「接敵報告なし。ビーコン発信確認できません。ポジション概算判明」

「カルプ作動。戦闘準備!」

 約二光日のリニア飛行。

 概算目標の手前、三十光秒の距離に実体化。

 ただちに、スクリーン上の立体表示が状況を知らせる。これは乗員の視覚的認識のためのものであり、必ずしも正確なものではない。

 青色巨星を挟んで高速で運動するふたつの光点。

 そして、その周辺空間にはギガ爆発の名残の小太陽が散在。

「HU"スクリーン、通常防御バリア、対物質反発スクリーン発生完了。トランスフォーム砲、A、B、Q、X、Y砲塔展開。対探知スクリーン展開」

 〈ぽしえっと〉の報告にクドウの声が重なる。

「ウエザム、誘導ビーコン発信。推定艦位と状況を報告し続けろ。無指向波でいい」

「アイ・アイ・サー」

 スクリーンには続々とデータが表示される。反射エコーから推定される艦型図が投影された。

 球型艦と転子状艦の戦闘!

「在来型エネルギー・バリアを備えた千メートル級球型艦と、HU"スクリーン装備の全長六百メートル級転子状艦が交戦しています。いずれもが、トランスフォーム砲を装備」

「なんだと。いったい、どういうことだ?」

「こっちが聞きたいくらいです」

「おいおい、勘弁してくれよ」

 スクリーンにはたてつづけに瞬くカラフルな輝点があらわれる。それぞれが致命的な破壊力を秘めたギガ爆弾の爆発をしめす。

「で、正体はわかったか?」

 クドウの質問にこたえて、モニターに分析されたデータが映し出される。

「いずれも識別信号を出していません。エンジン放射波形に該当するものはなし。トランスフォーム砲を持つのはテラ艦もしくはUSO艦以外にありませんが。斉射弾量は、転子状艦は約二千ギガトン、砲数四門と推定。球型艦の方は斉射弾量約二千四百ギガトン、砲数六ないし十二門と推定。照準は双方ともデタラメ、狭叉弾すらありません」

 しかし、直径千メートルに転子状だと? どちらも正規艦ではないということか。

 だが、艦籍不詳でこのポジションに存在するとなると....。

「〈ぽしえっと〉、戦闘に介入する。以後、ながいのを〈タン・ホア〉、まるいのを〈ポール・ドーマー〉と呼称する」

 意を決して命じるクドウ。

「で、どちらの側に?」

 これはウエザム。

「艦隊識別コードで誰何しろ。こたえがないやつは敵だ」

「アイ・アイ・サー」

 きな臭すぎる。これは額面どおりの話ではない。

 スクリーンのふたつのシンボルに照準がロックされる。そして、砲塔をあらわす五つの模式図に装填完了のサイン。千ギガトン砲弾。残弾数表示カウンターに119の数字。二門を球型艦に、三門を転子状艦に照準。

「応答なし。識別コードIと判定」

 〈ぽしえっと〉の報告とともに、それまでIFF〈コードII〉を表示していたスクリーンのふたつのシンボルが〈コードI〉に変更される。まったく間髪をいれずにクドウが叫ぶ。

「撃てっ!」

 《L.G.F.N.C》の舷側を眩しい閃光が照らしだす。艦を発砲の振動が揺らすと、恒星の海に新たな小太陽が生まれた。

 しかし、二艦は敵味方識別信号波を受信すると同時に回避機動に転じていた。その優れた操艦のため、初弾はことごとく目標の彼方に虚しく火球を咲かす。

 それをみたクドウは、ただちに命令を変更。早くも誤算はふたつ。砲撃を分派したこと、奇襲で片づくと侮ったこと。

「目標を〈ポール・ドーマー〉に絞れ!」

 こうなったら、一隻づつ始末するしかない。

「アイ・アイ・サー。第一目標、〈ポール・ドーマー〉」

 《L.G.F.N.C》は急反転。全速で球型艦を追う。

 球型艦も目標を《L.G.F.N.C》に変更。

「目標が未知のエネルギー照準波を本艦に照射!」

 新兵器か?

 〈ぽしえっと〉はただちに回避操艦。その後方で続けざまに炸裂するギガ爆弾の光球。

 《L.G.F.N.C》は回避運動を中止。半光速で目標に鈍角に接近、A弧を開く。五門の千ギガトン・トランスフォーム砲が照準をロック。

 立体投影のグラフィックの位置関係が微妙に変化。

 数瞬の間をおいて、《L.G.F.N.C》片舷斉射。

 巨大な五門のトランスフォーム砲塔が完全に同調して火を吐く。転子状船の艦体が発砲の閃光で毒々しい色彩に染まる。

 ギガ爆弾は実体化と同時に爆発、数百分の一秒のうちに反応をおえてウルトラ・ブルーの光球に、膨張する超高熱のガス球にかわる。

 その一弾が、球型艦の内部に命中、炸裂。

 瞬時に爆圧と高熱で引き裂かれる艦体。構造材を突き破り、外被から吹き出す炎の舌。あっという間もなく眩しい焔の塊に、小太陽と化した。

「目標撃破」

 〈ポール・ドーマー〉は墜ちた。しかし、〈タン・ホア〉はいかに?

 今度は先手をとられる。

 星の海原を進む《L.G.F.N.C》の周辺空間を四つのウルトラブルーの火球がとり囲んだ。

 グリーンのバリアを圧倒するほどの、まぶしい輝きがバリアを覆う。

 激しい衝撃が艦を揺るがした。

「直撃は回避しましたが、爆発のオーヴァーラッブ・ゾーンに捉えられました。HU"スクリーンは維持。しかし、エネルギー低下しています。やはり、このシステムは大いに改善の余地があります」

 クドウとウエザム、苦笑い。

「目標〈タン・ホア〉に変更、発射は六秒後」

 点滅するスクリーンの砲塔の模式図にゆっくり移動する光点。それが砲塔で停止すると、全体がグリーンに変わる。

 発砲のサインと振動。

 モニターに目標の艦型図。

「命中」

 〈ぽしえっと〉の落ち着いた声。

 これでおわりだ。五千ギガトンにも相当するエネルギーだ。だが、スクリーンをみつめてすぐに眼を疑った。

「----〈ぽしえっと〉!」

 依然としてグリーンのバリアにつつまれている敵艦。

「本艦のトランスフォーム砲でもHU"スクリーンを貫通できません。破壊力も不足しているようです」

「....、では本艦も大丈夫なのか?」

「さて。これまでと同じクルミ割り器では、なかなか難しいようです」

「頼りにならん。おれの味方は花だけか」

 HU"スクリーンのハイパー・フィールドラインは、トランスフォーム砲の非物質化ビームと重積しているため、バリアを貫通することはできないのではないかといわれていたが、はからずも実戦で証明されたわけだ。これでは、以前の非改良型のトランスフォーム砲がグリーンのバリアを貫通できず、爆発のエネルギーで外側からバリアを叩き破るしかなかったのと同じである。しかし、バリアの強度はHU"スクリーンが遥かに上である。

「とにかく、撃ち続けるしかないだろう」

 それにこたえるかのように、バリアが眩しい火球につつまれ、強い衝撃が襲う。

 同時に〈ぽしえっと〉も撃ち返す。

 今度は自艦の斉射の震動が艦を揺るがす。

「全弾命中」

 トランスフォーム砲の着弾をしめす色鮮やかな火球が、グリーンのバリアの表面で燃えあがる。しかし、千ギガトン爆弾五発というその威力にもかかわらずバリアは崩れる気配を見せない。

「砲撃は効果ありません。これ以上接近した場合、ギガ爆弾の球型拡張効果のオーヴァーラップの影響を受ける危険があります」

 モニターにエネルギー効果の直径をしめす複数の円があらわれる。

「そんなこといったってな、コンクリートの壁に卵を投げつけているようなもんじゃないか」

 唇を尖らせるクドウだが、そんなことをしても意味はない。

「手詰まりですね」

 ウエザムがぼそりとつぶやく。

 クドウが無言でにらむ。

 そして、不意に口を開く。

「景気よく花火だけ打ち上げてたって仕方がない。着弾をバリアの一点に集中させろ。点射で撃ち抜くんだ」

 ついにクドウは無茶な注文を出しはじめた。

 一点に砲撃を集中する、というのは簡単だが、実行は困難である。本来、命中したエネルギーの総量をもってバリアを崩壊させるという思想の宇宙戦であり、トランスフォーム砲に至っては、斉射弾の散布界内に敵をとらえ、そのエネルギーの球型拡張効果のオーヴァーラップによって最大の破壊効果をもたらすのである。まあ、もちろん直撃させるにこしたことはないが。

 それが、すでにバリアに対して直射をくわえている。

「そんなにいうなら自分で狙ってください」

「悪かった」

 これはウエザム。

 さすがのクドウも黙る。

 ところが、ひとあしさきに〈タン・ホア〉からの斉射弾が到達。

 宇宙空間を照らし出すウルトラ・ブルーの光球の輝きが連鎖する。その狭間を突破する《L.G.F.N.C》。そのHU"スクリーンは、叩きつけられたギガ爆発の膨大なエネルギーをふたたび退ける。

「遅い。もう増援がきてもいい頃だろう」

 命中の震動を無視してつぶやくクドウ。

 しかし、突然、急を告げる〈ぽしえっと〉の警告。

「バリア・ジェネレーターに異常発生!」

 次の瞬間、最前まで膨大なエネルギーに耐えていたHU"スクリーン・ジェネレーターは稼働限界に達した。安全装置が作動し、余剰エネルギーを遮断しようとしたが間に合わず、装置は周辺区画を巻き添えに爆発。HU"スクリーンは消滅し、荒れ狂うエネルギーは艦内を破壊しつつ、それまで防護されていた空間へと吹き出した。

 転子状船の艦体の各所を爆発が覆う。

 〈ぽしえっと〉は瞬時に戦闘不能と判断、間髪をいれず半空間へ退避。

「HU"スクリーン・ジェネレーター加熱により爆発。被害甚大。司令ブロックへの損傷なし。バイタル・パート内に多大な損傷」

 〈ぽしえっと〉が自己に加えられた破壊による機能喪失箇所を報告し、最後にこうつけくわえた。

「かすみ草は無事」

「とっと離脱しろ」

 大損害を意味する報告を聞きながら、いつもの表情に戻ってクドウは命じた。

 しかし、〈ぽしえっと〉の非情な報告。

「カルプ不調。過熱爆発します」

 その冷静な言葉の直後、《L.G.F.N.C》は通常空間へと逆戻りする。

 先刻までの転子状船の優美な船体は見る影もない。

 中央部の大噴火口をはじめとして、各所を無残な破壊の跡が覆っている。

 そして何よりも、《L.G.F.N.C》と敵艦との距離はわずか十六光秒しかなかった。

「インパルス・エンジンは一基を除いて破損。航行能力は五パーセントに低下。カルプ使用不能、火力はA及びX砲塔のみ健在。防御バリア全面使用不能。遠距離通信能力喪失。敵、高加速で接近。現状では接触まで六十六秒」

 〈ぽしえっと〉の報告を受けて、クドウはつぶやく。

「全然、味方なんか来ないじゃないか。見殺しかオレたちは」

「まあ、文句いえない気もしますが....」

 ウエザムが上目づかいにクドウを見るが、無視される。

「それで、結局、あいつはなにものなんだ?」

「さあ。あのペンダントを取り返しにきたんですかね」

 ちらりと横目でクドウを見るウエザム。

 憮然とした表情のクドウ。

「あーっ、やっぱりがめてたんだ、中尉ってば。さすが、カラダよりカオのタイプ」

 ウエザムの言葉に、コンソールに飾ったかすみ草に視線を向ける。

「ふん、ほっとけ」

 クドウとウエザムの内容はともかく口調は陰気な会話を、〈ぽしえっと〉の歓声がさえぎった。

「通信確保! 《デリングハウス》、本艦を確認しました!」

「走れ! と伝えろ」

「通信途絶。リニア航行にはいった模様」

 一瞬の後、実体化したのはグリーンに輝くHU"スクリーンにつつまれた巨艦。

「ひゅうひゅうっ」

 クドウが調子はずれの口笛をふく。

 直径二千五百メートル!

 大破した《L.G.F.N.C》、〈タン・ホア〉、そして出現したウルトラ戦艦とが描く沈黙のトライアングル。時間が静止したかのようにスクリーンを凝視するクドウとウエザム。その刹那、ウルトラ戦艦の頭頂部が眼を奪う輝きの太陽と化した。

 突き出した砲塔群が瞬間、毒々しいピンクに輝いたかと思うと、次の瞬間には真白な閃光が船体を明るく照らし上げると、数十条のエネルギーの奔流が真っ直ぐにのびてゆく。

 三十門の千ギガトン級トランスフォーム砲の片舷斉射。直径二千五百メートルの超巨艦の船体を震わした斉射の閃光。

 それはインペリウム級戦艦の斉射を見慣れた者の眼をさえ、真っ白に焼きつかすほどの質感を持った輝きであった。

 数十のウルトラブルーの火球がグリーンのバリアをとりかこむように次々と炸裂してゆき、それぞれが凄まじい勢いで膨張、互いを呑み込みあい、ひとつの巨大なウルトラブルーの光球を生み出し、グリーンのバリアを色彩の上でもエネルギーの上でも圧倒した。

 その常識を越えたまでの破壊力のまえには、なにものも無力であった。

 眩しい輝きの太陽はやがて、そのかたちを変え、高熱のガス雲となり漂ってゆく。

 拡散してゆくガス雲を背にしながら、ウルトラ戦艦はなにごともなかったかのように、悠然と方向を変えた。

「通信がはいっていますが、未確認の認識コードを使用しています。繋ぎますか?」

 〈ぽしえっと〉が相も変わらぬ冷静さで、クドウへ伝える。

 未確認だと? なるほど。

「頼む」

 シートにすわりなおしながら、クドウはうなずく。

 スクリーンに、まだ若い佐官の姿が映った。

「ウルトラ戦艦《ジェネラル・デリングハウス》より、飛ぶスクラップへ。まにあったのかね」

「もうすこしはやいと、修理代が浮いたんですがね」

 クドウ、かなり皮肉な口ぶり。

「変わった男だな。素直に礼くらいいえんのか」

 スクリーンの佐官は、ちよっと驚いたようにいった。

「ありがとうございました。お礼に当店自慢の花などいかがでしょう」

 クドウはモニターに向けて、かすみ草をさしだす。相手はぎょっとしたような表情。それを確認して、クドウは多少用心深い口調でたずねてみる。

「ところで、そちらの認識コードを本艦は確認しておりませんが。また大きさの方も馴染みがないようでして」

 すると相手は苦笑いのような表情を浮かべた。

「本艦は最新型ギャラクシス級超々弩級戦艦の第二号艦。現在、新造艦につきもののテスト中というわけだ。まだ正式に就役してはいないのだが、これが初陣になったな」

 その口ぶりに軽い誇りが見え隠れする。当然といえば当然だ。

「なるほど。噂通りの化け物のようですね。ところで....」

 クドウはトランスフォーム砲を持つ二隻の正体不明艦との戦闘について語った。

「本艦の交戦データをオッポジットへ転送していただけますか?」

 意外なことにその士官は嘲笑したり、不審な眼差しをむけたりはしなかった。眉をしかめると、静かに口を開いた。

「たしかに、本艦もHU"スクリーンらしいものを確認した。それは直接報告したほうがいいだろう。本艦に係留すれば、カルプを交換するよりはやい」

 こういう時だけは妙に素直なところのあるクドウは、あっさり同調する。

「お手数をおかけします。感謝します。よろしければ、お名前をおうかがいしたいのですが」

「エヴイット・マクガイア中佐。ウルトラ戦艦《ジェネラル・デリングハウス》公試指揮官」

「ありがとうございます、中佐殿」

 きちっと敬礼するクドウ。

 マクガイア中佐も答礼して、通信を切った。

 大欠伸してクドウはふりかえった。

「ウエザム、ウルトラ戦艦に係留して帰投する。準備してくれ」

「ちょっと冴えない帰還ですね」

 クドウ、一瞬不機嫌そうな表情をみせるが、とりあえずそれを無視する。

「〈ぽしえっと〉、例の敵艦のバリアの分析はおわったか?」

「命令もしてないことをたずねないでください。まったく不精なんだから。計測からはどうみてもHU"スクリーンですね」

 〈ぽしえっと〉のこたえに、シートをリクライニングさせるクドウ。

「さあて。アンドロメダからの侵入艦かな。インパルス・ポイントだけだったら、マークスの残党がうろついているといっても良かったんだがな」

「考えられないことはないでしょう。HU"スクリーンももともとはマークスから戴きなんだし。こっちも、あちらへは派手に侵入してたんですから。トランスフォーム砲を分捕られることだって、あったのかもしれないし」

「んじゃ、もうひとつの方。たとえば、こっそりアンドロメダからインパルス・ポイントを買いつけようとした連中がいて、その商談がこじれて戦闘にもつれこんだのだとしてみよう」

「でも、そんな連中のなかに、トランスフォーム砲とHU"スクリーンをもってるやつなんて....いませんてば」

 クドウは瞳を宙にさまよわせながら、へらへら笑う。

「そーかー? いるだろー、限りなく灰色に近いでっかいのがひとつ」

 ぎょっとするウエザム。

「そいつらが、ハイグレードで首筋におしつけられたグリーンの毛虫をぷちっとつぶしに、わざわざここまでやってきたなんて、ちょっとできすぎだけど」

「え、中尉?」

 だが、クドウ、誰に聞かせるでもなくつぶやくと立ちあがる。

「ちょっと考えごとしてくる。あとは頼む」

 無責任にそういうと、ウエザムの敬礼に手をひらひらさせてこたえると司令室を出てゆく。

 通路から声だけ。

「〈ぽしえっと〉〜ちょっとは気を利かしてBGM流すとかさ。でないと、オレ、自分で歌っちゃうよ〜。あ、そーだ、改装んときにステージ作るぞぉ....。いよいよ本格的だ〜」

 あきれたような〈ぽしえっと〉の合成音声。

「なにが本格的なんですかね」

「それじゃ、いままでが本格的じゃないみたいだよな」

「本格的になるまえに、こっちも本格的に直してもらわないと」

「ぷちっとつぶしにくる前にな」

「すみません、それ、なんのことでしょう?」

「おまえは毛虫なんだってさ」

「わたしはコードネーム〈ぽしえっと〉、《Lonely Girl from North Country》のプラズマ付加ポジトロニクスです」

「グリーンで、細長いだろ」

「イエス....?」

「生きてるよな? ぷちっとつぶされたら痛いよな?」

「イエス、サー....?」

「うん、そこが肝心なんだよな。だから、おまえは毛虫なの」

 わからない....。

 プラズマ付加ポジトロニクスには頭をかきむしるなんて芸当はできなかったが、今の〈ぽしえっと〉はまさにその心境。

 人間ってさっぱりわからない!

「....」

「まあ、気にするな。なるようにしかならないって」

「イエス....」

「おれは下っ端で良かったよ」

 ウエザム、本心から思っているようにつぶやく。

 と、スピーカーから流れてくる聴きなれた歌声。時代祭ケイ。アルバムのバラード、曲名は Empty Heart。

「こんなのいかがです」

「おまえは叛乱を勧めているのか」

「BGMです」

 おまえだって、じゅうぶんわかんないぞ。

 ウエザム、シートにもたれかかりながら、ケイの声に耳をすます。

 スクリーンには、銀河系中心部の恒星の大海原。

 遙か過去に生まれた光は、気の遠くなるような時間を経て輝き続けている。

 そして、この先も照らし続けていくはず。

"Lonely Girl from North Counry 1st"

(c) 1996/2/14 yuki sano with y.wakabayashi
produced by rlmdi