Lonely Girl from North Counry 1st

3 READY STEADY GO! この胸の磁石が示すまま....

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テラ ソル系
二四〇四年早春

 銀河とアンドロメダとの緊張関係はあらたな展開を迎えていた。

 隣接銀河からの侵入者マークスとの宣戦布告なき戦争は、銀河系中央転送機の閉鎖により自然停戦しており、帝国から戦線を拡大する意思はないとされた政府の公式見解に、いまのところ太陽系の人々は満足していた。

 物質的な豊かさはかってないほどで、ハイパー・メディアが惑星間をネットワークで繋ぎ、ソラーは最強の銀河通貨にのしあがった。

 銀河系内でのテラの地歩はかってないほど高まった。やがて、現在の緊張状態は去り、内政は安定する。人々の眼には将来にわたるテラのさらなる繁栄は約束されたもののように映った。

 しかし、その繁栄の裏側で、依然として侵攻の脅威は消えたわけではなかった。

 太陽系帝国首脳はアンドロメダへの進出をあきらめておらず、内政面でも現状の準戦時体制を解く意思はない。戦線は拡大する一方であったのだ。

 艦隊と情報局は侵攻に備え、銀河から百三十五万光年離れた散弾星系、さらに四十万光年の距離にあるベータ星雲に確保した基地はアンドロメダへの橋頭堡としてかけがえのないもの。そこには銀河系から引き抜かれた艦隊が集結していた。

 これらの情報は公開されることはない。

 そして一月。密かに発進した総旗艦《クレストIII》が、ついに島の王の支配ゾーンに突入。

 その後の《クレストIII》の予想を遥かにうわまわる速い進撃と、島の王の支配を脱したマークスの大攻勢を迎えた第二銀河の混乱は、さながら煮えたぎる大鍋のごとく。

 旗艦の支援と戦略偵察任務のため多数の新型軽巡が派遣されたが、グリーム基地の存在を隠蔽することが優先されたため、なによりその任に適した太陽系秘密情報局所属の特殊艦作戦グループが投入された。隠し味のスパイス。

 かれらはその存在を秘匿しながらテフローダー戦力の情報収集につとめ、後のアンドロメダ侵攻作戦に際しての貴重な情報をもたらすこととなる。

 その一方、銀河系でも。

 ローダンの不在、艦隊の動員が解除されず、多額の政府支出が継続されていることから、この戦争が必ずしも終息の方向にむかってはいないことに気づいた人々は多くいたのだ。

 だが、当局は〈人民のパワー〉を侮ったのかもしれない。

 かれらはその反響は小さなものではないことを知りつつ、政府のお膝元テラでの時代祭ケイのツアーを認めた。

 その演出効果はかならずしも当局の意図したとおりとはならなかった。

セントラル・ホール トーキョー
三月十五日 午後六時

 本来なら、たかが地方出身アーティストのテラ公演でしかない。

 時代祭ケイのファースト・テラ・ツアー〈はじめの一歩〉は、アジア地区トーキョー・シティ、セントラルホールでのコンサートからスタート。

 反体制という呼び声をひっさげて----ロックとは元来がそうしたもので----、テラ上陸を果たした、ハイグレード出身の少女の注目のステージを見ようという聴衆によって、湾岸の夜景に姿を映すコンサート・ホールは全席が埋まっていた。

 幕が開くと同時に、スピーカーは大音響のサウンドを叩きつけ、ライトが一斉にスモークを切り裂いて、ブラックで統一したジャケットとパンツをまとったケイの姿を照らしだす。

 オープニング曲は〈PLEDGE HEART〉。ケイのハイトーン・ヴォイスが、ビートにのせて歌詞を----破られた誓約についての昔話を、降り注ぐ銃弾の下で誓われた言葉が、勝利の後にいかにして破られていったかを----、おくりだしていく。

 拳をふりあげて歌う彼女の表情は、観る者を引きこまずにはいられない。

 聴衆はすべて席から立ちあがり、彼女の姿を求め、その歌声に酔う。

 ステージはレーザー光のうみだす色彩の洪水に埋もれ、場内のプロジェクションは光を背に歌う少女の姿を映しだし、そして、興奮と熱狂の渦につつまれた、客席の歓声と拍手はとどまるところを知らない。

 プログラムはすすみ、激しいビートは途切れることなく場内を覆い、観客はおもいおもいに腕をふりあげ、ステップを踏む。たてつづけにアップビートな数曲が過ぎ去ると、彼女の姿も消える。しかし、叩きつけるようなサウンドのうねりに熱狂はとどまることがない。

 ふたたびあらわれたケイは、太陽系艦隊の非戦闘勤務部隊の第二種制服に酷似した、袖を折り上げたホワイトシャツにタイトスカート、軍装ベレーというスタイルで、腕を伸ばしてステージを歩く彼女の背後に、巨大な太陽系帝国国旗が掲げられていく。場内にはかすかなざわめきがひろがる。

「....この曲は、ここにはいないひとりの男に捧げます。〈偉大なR〉」

 短いMCを終えるとケイは歩調をたもって右向け右、国旗に敬礼。そして、流れだしたのは太陽系国歌のメロディ。

 そのままの姿勢で国歌を聞きおえると、ケイの右腕が親指を下に立てて拳を突き出す。途端、太陽系国旗が外れてフロアへ舞う。同時に、スピーカーからはビートの効いたサウンド。そして、ケイは踊りだす。

 スレンダーなボディにあふれるパワーをのせ、〈偉大なR〉を讃える歌詞を口ずさむ。そのRが誰のことか、まったく疑問の余地はない。それどころか、客席からは歌詞の〈R〉に〈ローダン〉をかぶせて叫ぶ声が起こり、やがてそれは会場全体にひろがっていき、一斉に叫ばれるようになる始末。そして、コンサートはそのまま佳境に突入する。

 やがて、最後のアンコール。

 都会に沈む夕暮れにたたずむ少女の願いを謡ったバラード、〈NOT TO SAY GOOD-BYE〉でコンサートは幕を閉じる。

 語りかけるように歌詞をメロディにのせ、激しい曲とはまったく違う懐かしいものをみつけたような表情を映しだしたプロジェクション。そして、演奏が終わる。

 歓声と拍手につつまれながら、照明は暗くなる。

会場周辺
午後九時二十五分

 コンサートがおわった後も、集まった約十万の観衆の興奮は収まらず、ホール周辺はその場を立ち去らぬ人々の群れであふれかえっていた。浮遊するスピーカーボールが解散して帰宅するよう放送を繰りかえすが、熱狂醒めやらない表情の若者たちの耳にははいらないようであった。

 そのなかで、声高に言葉をかわすふたりの男。

「....、彼女のいうこともわかるよ。アンドロメダへ艦隊が遠征するって話だし」

「なんでだよ。戦争はおわったんじゃないのか?」

「おわったって? 冗談じゃない。これからが本番じゃないか。マークスの本拠地を逆襲するらしいぞ。艦隊にいる友達から聞いたんだからたしかだ」

 いつのまにかふたりの周りにできる人垣。興味ぶかげに話に耳をすましている。

「じゃ、マークスを撃退して戦争はおわりっていうのは....」

「Rはおわったなんていってないぞ」

「まあ、Rがやることだから、きっと正しいんだろう」

「もう銀河系の外に出動してる部隊もあるそうだ。Rもそこにいるって話だ。テラの全力であたるとか。そうなると人間が足りないから、徴兵制が復活するらしい」

 その言葉のあたえた反響は大きかった。

「本当なのか、その話?」

「そんな話はニュースじゃしてないぞ」

「実際、Rはいないじゃないか」

 そのひとことに反論しようとしていた若者は沈黙する。

「Rも、もうすこし秘密をすくなくしてくれないかな」

「徴兵されてまで、戦争するのは嫌だな」

「だけど、Rがそういうんだから....」

「いや。Rだって、たまには間違うかもしれない」

「じゃあ、Rのいうことならなんでもきくのかい?」

「それはそうだけど....」

「Rはやっぱり、偉大だもんな」

「そうそう。やっぱりRがいたからの人類だからさ」

「そんなことないさ。もう、Rの時代じゃないのかも....」

やがて、議論の輪は徐々にひろがってゆき、あちらこちらで話をはじめる人数は倍に三倍に増えていった。

「中尉、なかなかの熱演でしたね」

「ウエザム、周囲は?」

「異常ありません」

 はじめに話をしていたふたりは、いつのまにか人目につかない植え込みのあたりに移動していた。その眼にも、群衆が流言によって集団にまとまっていくのが明白だった。あちこちで公然とローダンと政府が非難され、口調はより過激になっていく。

「テラの若者って、本当は潜在的不平分子だったんですね。こんなに盛りあがるとはおもわなかった」

 ウエザムは意外そうな口調でつぶやいた。

「何年も戦争が続きゃな。いまのところ対岸の火事だけどな」

 クドウは他人事のような返事。

「ま、おれたちは年中戦争してるようなもんだし、そうでないと仕事も楽しみもなくなるからな」

「総動員がかかるのは時間の問題でしょうしね。地下で寝てる艦艇の再艤装もはじまるみたいですし、両銀河に展開するとなると頭数はいくらあっても足りないでしょうし」

「さて。そろそろひきあげるころあいかな」

「Bチームはもう帰ってビール飲んでますよ」

 ふたりは太陽系秘密情報局第VII局の要員。Kクルーとよばれる連中の一味。

 車道にはみでた一団が気勢を上げるわきをとおりすぎる。

 しかし、ときならぬサイレンの音に歩みをとめ、ウエザムと顔をみあわせる。

「警察だと?」

 それを裏づけるように上空からラウドスピーカーの声が響いた。

『この地域での無許可デモは禁止されている。全員、ただちに解散せよ。警告がうけいれられない場合は実力で排除する』

 それに対して周囲からの怒号がこたえになる。

「おい、デモを組織しろなんていってないぞ」

「そんな、まだデモにまでなってませんよ」

 ふたりがよくわからない会話を交わす頭上を、公安警察の標識をつけたグライダーが数機、低空で威圧するかのように飛び去る。

「こいつは待ちかまえてましたっていう態勢だな」

 夜空を見上げてクドウがつぶやいた。

「いったいなんで? 誰がみたって、ケイのコンサートのあとで、デモが自然発生するなんてわかりっこありませんよ。そんなこと....」

 ウエザムは途中で口をつぐんだ。そのあとをクドウがひきとった。

「そう、まるで知っていたみたいだ」

「まさか....」

「いや、わからないぞ」

 その一方で周囲は、突然の警察の出動に萎縮するどころか、『独裁反対』とか、『ローダンはやめろ』などといった叫び声があがりだした。そして、群衆全体が不機嫌なざわめきをおびつつあった。

「....やられたな。誰かまだ煽ってやがるやつがいるぞ」

 クドウがいまいましげにいった。

「誰かって、誰です? なんのメリットが....、ありますよね」

「まったくだ。御同業者にはもってこいだ」

 すでにどこかで小競り合いがはじまったらしい気配が伝わってきていた。

「こいつはマズイことになってるかもしれない....」

 クドウはつぶやくと、作戦用GEMのセキュリティを解除。

 〈待機中異常なし。ドアロック解除〉

 GEMがこたえる。クドウは乗りこむまえに、周辺探査を命じる。

 そのわきで、ウエザムは群衆の中のひとりの男を見ていた。その男は大声をあげ、若者たちになにごとか指示していた。そして、それに後押しされるように人の群れが動き出していた。ウエザムは小声でクドウを呼んだ。

「中尉、あいつを見てください。どっかで見覚えがあるんですがね」

 クドウもその姿をとらえた。たしかに見覚えがあった。

 どう見てもその男の行動は、群衆を煽動しているようにしかみえない。

「方位二一○。....、これだ。ロックオン・ターゲットを記録。コード11により支援せよ」

 クドウはGEMに命じると、ウエザムをつついた。

「尾行るぞ」

 これでかりに見失っても、クルマの監視範囲内にいれば再発見できるし、映像も確保した。必要ならGEMの援護もうけられる。

 ふたりは人波をかきわけ、男の姿を求めて集団の中へもぐりこんでいく。目指す男は群衆の中心でひとしきり騒いだ後で、目立たぬようにその場を離れようとしていた。

 クドウとウエザムは興奮した群衆にもまれながら、苦労して男の姿を追う。

 この混乱の中で、男の姿を見失わないように追い続けるのは楽ではない。

 しかし、そのときクドウのコンターがアラーム音を発した。

 GEMが警告。

〈方位○五○、警察車両が展開。周波数612にて放水許可を受信〉

 なんだと?

 その途端に前方の人込みに大きな混乱。

 怒号と悲鳴。集団が混乱のうちに分裂し、さらなる混乱をうむ。

「信じられん。こんなことで....」

「まずいですよ、中尉。とっととひきあげましょうよ」

 ウエザムの言葉に歯がみするクドウ。

「おもしろくなってきたのに」

 ウエザムはなにやら悪い予感がした。

 クドウを見ると、その横顔になにやらおかしげな笑みのかけらを発見。

 予感は確信に変わった。

テラニア ソル系
三月十六日 午後五時三十分

「....というわけで、昨日のトーキョーでのロック・シンガー、時代祭ケイのコンサート終了後におこったデモ騒ぎは負傷者五十一名を出す結果となり、ニュー有明地区は依然封鎖されています。当局では、この騒ぎがコンサート中の彼女の発言やプログラムと関連があるものとして、関係者から事情を聞いています。一部では、反体制的な言動の見られる時代祭ケイが観衆を煽動したとの見方もあり、場合によっては拡大非常事態法の適用もありうるともいわれています。では、次のニュースは....」

 クドウはTVのスイッチを切った。

 なんてデタラメなニュースだ。一度くらいコンサートにいけっ!

 昨日、あの騒動で見かけた男はやはり太陽系秘密情報局III局の要員だった。ウエザムが許可されたアクセスレベルではそれ以上のことはわからない。

 いま、ウエザムはテラニアのマスコミ関係をあたっている。このニュースが操作されていないかどうか調べている。

 どうも、おかしい....。

 クドウはつぶやいた。

 この作戦は、時代祭ケイのテラでの活動を妨害するという名目で秘密情報局第VII局Kクルーが実施したものだった。彼女に揺さぶりをかけるため、限定された騒乱をマスコミに報道させるのが目的。

 それも、クドウの思惑によるもの。

 たしかに、時代祭ケイは要注意人物として監視対象になってはいる。

 しかし、だからといって、秘密情報局には決め手がなかった。

 ケイの支援組織はすべてシロ。背後にいるとされる組織の追及は依然おこなわれているものの、現状では憂慮すべき懸案はもっと別に山積している。

 まして、VII局が絡んでいる以上、他のセクションが手出しをしてくるとはおもえない。

 時代祭ケイ自身が組織と深く関わっているという予測は、クドウの胸のうちにのみあり、それがかれがこの件を手放さない理由でもある。

 クドウはコーヒーカップをテーブルに置くと、考えを整理するためにソファにたおれこんだ。愛用のプレイヤーにカード・ディスクを挿しこみ、スタート。

 静かなバラードがスピーカーから流れてくる。



一瞬の現在(ひとときのいま)

輝きのなか 旅した季節は移り

アルバムに収まる

追いかけて 追いつけず

いまは心 手のひらから

こぼれる砂のように失くしていく



一瞬の現在

振り返ることも 呼び戻すこともできず

アルバムを開くだけの

Tenderness

ページを閉じる時 また

別の季節が扉を開く



 ケイ、ハイグレード、転送機、銀河中心部での戦闘、そして昨日の騒動。

 クドウが個人的に引っ掛かっていたのが、時代祭ケイの歌詞の傾向。表現することは難しいが、彼女の感性から生み出されたものと、どこか行き場のない感情を叩きつけるようなそんな印象をあたえるものと、不自然に断絶しているように感じていた。

 遠因として思い浮かんだのが、彼女が両親を亡くした十五年前の航空事故。

 当時、クドウはその調査結果の杜撰さに唖然とした。太陽系秘密情報局第III局までがテロの可能性を調査したというのに、事故責任は特定されず、航法ポジトロニクスのソフトエラーと判定されて解決している。

 むしろ、なまじIII局が関係しているだけに、この調査結果は信頼されている。

 クドウの眼にはこれこそが、なにごとかを----とくにケイの父親について----物語っていると映った。

 その調査も半ばというころ、クレーテ支局の作戦がはじまった。

 おもいだしたくない結末。

 そして、その後の不可解な展開。

 あちこちで戦闘にまで及んでいるというのに、クドウには事後の調査情報はまったくはいってこない。《L.G.F.N.C》の修復をおえて、クドウが時代祭ケイの監視に復帰しても、なしのつぶて。撃破された三艦の正体はいまだに不明。准将にたずねてもこたえはない。

 そもそも、ケイの活動が大々的に展開されるようになったのは、カハロ捜索の当時、ブルー族との全面戦争を軍部が要求しはじめた頃。

「やっぱり、そうなのかなぁ」

 もし、首脳陣も黙認していることだとすると、深入りすると地雷を踏みつけることになる。

 しかし....。

「もし、トップぐるみの謀略だってかまうもんか。騙されたふりで、かきまわしてやる」

 クドウはおもわず考えを口に出していたことに気づく。

 だとしたら....。

 その先は、やってみなければわからない。

 即断はできないことだった。まだ、探りをいれている段階でしかない。

 そのとき、ミニカムの呼び出し音が鳴った。

 コード・シンボルはクドウが個人的に使用しているもの。

「ミニカムでは、ちよっと伝えられないことで....」

 クドウは時計を見た。

「じゃ、いつものところで。二十時だ」

「ヤー」

 クドウは手早く荷物をまとめはじめた。

〈天使の絵の具〉亭 テラニア ダウンタウン
三月十六日 午後八時

 ここはテラニア、エネルギーバリア封鎖地域外のいわゆるダウンタウン。

 そこに一軒のバーがある。名を〈天使の絵の具〉亭と呼ばれる、レストランでもあり,ときどきはライブハウスにもなる。休業日は暇な日。

 経営者はアイルランド系の退役軍人で、そのせいか情報関係の人間の溜まり場のようになってしまっている。

 二十時。クドウはややこみあった店にはいるとカウンターをめざした。

「やぁ」

 バーテンの非テラナー、鳥人種族マンフィーナのアシュリー=チュートがかん高い声で挨拶。

「とうとう、こらえきれずにわたしの料理を食べる気になったのですか? でしたらランチの時間にくれば、極上のフルコースを味わえたのに。わたしのいないいま、あなたがどんな料理を口にしてるかと思うと苦痛のあまり眠れなくなりますよ」

「アイリッシュ・ウイスキー。トリプルで」

 マンフィーナはふん、と鼻をならすと羽で端のテーブルを指さした。

「どうして、こんな単調なアルコールのメニューに耐えられるのか、テラナーはわかりませんね」

 マンフィーナのつぶやきを背後に、クドウはテーブルに向かう。

 先にテーブルについていた目立たないなりの男の背中に声をかける。

「もうかりまっか(景気はいいですか)?」

「ぼちぼちでんな(まあまあですね)」

 男は振り向くと、グラスを置いてこたえた。そして、げんなりとしていう。

「そろそろ、合言葉が尽きてきたんじゃないですか」

 外見からは年齢不詳、存在感の薄いセールスマンのようにも見えるが、有能な情報局の要員であることは間違いない。

 クドウは、何も聞こえないという様子。

「で、なにがつかめた?」

 男は真剣な表情であたりをみまわすと、盗聴防止用ジャマーのスイッチをいれて、やっと口を開く。

「〈アクエリアス〉の地球での記録を調べろ、ということでしたが。彼女の父親は〈局〉の人間でした」

「そうか。やはりな。で、どこから出てきた」

 クドウはあまり驚いた様子ではない。

 男はすこし残念そうな表情。

「これが報告書です。移民局のデータにあったジュン・ジダイマツリの記録を再度洗いなおしたところ、何者かがデータを消去した痕跡があります。結婚相手のリナ・ジダイマツリについても同様です。旧姓リナ・フラミーニ、オーストリア出身」

「続けてくれ」

「はあ。で、中尉にいわれたとおり、KIA/MIAリストをあたってみました。これはたいしてプロテクトされてなくて....。二三八九年三月三十日、ハイグレードにてMIA。年金も支給されています。口座名義は、リナ・ジダイマツリ。ところが、軍籍簿の方には該当者はありません」

 男はあたりをみまわして、声を密めた。

「第Y局がらみで、関係ファイルが封鎖されている可能性もあります。そうなると、これ以上は....」

 第Y局は浸透工作員を担当する、やはり長官直属の機密セクション。

「十五年前の事故ですが、報告をあげてきたのはマルティン・バスケス大佐でした」

「それって、III局の一課長じゃないか」

「そうです。当時は少佐でした。報告書はやはり見つかりません。手を尽くしたのですが、これ以上本部のポジトロニクスをいじると内部調査チームといえども....。あとは、ネーサンですが、こいつはちょっと触れませんし」

「よくやった」

 クドウはメモリーカードを懐にしまった。

「随分、時間がかかったが、突破口がつかめそうだ。わるいが、戸籍データをもう一度あたってみてくれ、チュン」

「また面倒なことを....。ところで、例の件ですが」

 声を静めてたずねる男にクドウはうんざりしたようにこたえた。

「おまえには妹はやらん」

「そんな....、ケチ」

「おまえんとこの妹だって、じゅーぶん可愛いだろ」

「まさか、もう目を付けてんじゃ....」

「本人の意思が優先するからな、こういうことは、うん....、あ、ウエザムのやつ、こんなとこにいやがった。見ろ、ふたりも女の子連れてるぞっ!」

「許せん!」

太陽系秘密情報局第VII局 ルナ
三月十七日 午前九時

 翌日。クドウは、上司である秘密情報局第VII局長テオドシウス・ミレトス准将に面会を求めた。

 だが、訪ねたそこで待っていたのは意外な宣告だった。

「この件から手を引けと?」

「そうだ。以後はIII局が引き継ぐことになった」

 ミレトス准将はデスクからおもしろくもなさそさうにいった。

「アンドロメダ情勢が緊迫している。マークスがアルファ・ツェントラ星系を攻略して、アンドロメダへの侵攻を開始した。それだけではない。《クレストIII》はアンドロメダでテフローダーと呼ばれるあらたな島の王の補助種族と遭遇した。この事実は当分公表されることはあるまいがな」

「なぜです?」

 クドウも話の成り行きに興味を持ったよう。

 ここで准将は芝居っけをだして声をひそめた。

「テフローダーは人類種族とおもわれる節があるのだ」

「では、島の王もテラナーですかね。細胞活性装置をあたえられたアコン人がアンドロメダへ漂着したとか....」

「冗談ごとではないぞ。真相を明らかにするためにも、情報収集艦をさらにアンドロメダへ送らねばならない。これはVII局の任務だ。総旗艦にあまりうろうろされても困るからな」

「偉大なR、また行方不明にならないといいんですがね」

 クドウのひとことに苦りきった表情のミレトス准将。

「ああ、アンドロメダ侵攻の一番艦という名誉は誰にも譲れなかったようだな。で、〈アクエリアス〉だ」

「この決定はいつ?」

「二日前だ。ルジアーノ少将の要求だ。VII局の負担をひきさげるためにも、第III局がこの問題は担当すべきだという意見だ。かれは〈アクエリアス〉を対敵情報工作であると断定している」

 ミレトス准将は言葉を切って、クドウの表情を確認。その横顔におもしろがっているかのような笑みのカケラを発見。

「こうなった以上、VII局の縄張りからはずれたと元帥も判断した。したがって、Kクルーは解散する、いいな。ところで、調査チームを三クルー使っていたな」

「イエス・サー」

「それに内部調査も行っている」

 ミレトス准将は資料を見ながらつぶやいた。

「なぜ?」

 クドウは壁を見つめて無表情。

「何を調べている?」

 クドウはあいかわらず無表情。

「〈アクエリアス〉について報告してない〈なにか〉があるのか? いってしまえ、ダウト」

 ミレトス准将はデスクに手をついて、思惑ありげな口調で詰問。

 クドウは唇を曲げて肯いた。崩れそうな表情を隠す。

「いいか、こいつは仕事だ。趣味じゃない。いわれたらそのとおりにするんだ。嫌なら辞めろ。ただし、その場合は機密保持規定により、退職手続きが済むまで十年ほど独房で待ってもらうことになるがな。返事は?」

 無意識のうちに部屋を歩きまわりながら、ミレトス准将は壁に向かってまくしたてた。

「イエス・サー」

「で、何を見つけた?」

「地雷原です」

 一瞬、虚をつかれて准将は沈黙。

 それから、うってかわった真剣な表情でクドウをみる。

「どこまでつかんだ?」

 クドウは要点だけを一言。

「III局」

 ミレトス准将の顔が険しくなる。

「おもしろい。実にユニークだ」

「ありがとうございます」

 准将はにらみつけたが、クドウは平気である。

「おい、もっと真剣な顔はできんのか! なにかバカにされているような気がする」

「生まれつきでして。親父も似たようなことをいいまして」

「....。提督は元気か? おれもスパイと間違われたときにはいい抜けるのに苦労したが、あのときは結局逃げちまったがな....」

「昔話ですか?」

「あれは《フォーミダブル》だった....。無敵か」

 中尉と准将、ふたりは顔をみあわせると共犯者の笑みを浮かべた。

「《クレストIII》からの情報によると、テフローダー艦は球型でトランスフォーム砲に酷似した兵器を搭載する。旗艦では〈対極砲〉と呼んでいるが、特徴的な攻撃照準波を投射するものだ。HU"スクリーンに類似した防御バリアは持たないがな。他の情報は元帥とIII局が握っている。すこしは参考になったろう」

「〈局〉と関係あるんですね」

「〈アクエリアス〉が関係しているかどうかは別な話だ。それを調べているんだろう?」

 ミレトス准将は珍しく温和な笑顔をみせた。

「地雷原に踏みこむことになるぞ。やめておけ、踏んだら理非にかかわらずドカンだ」

 クドウは上司の顔をみなおした。

 やはり、知っていて....。

「すべて御存知でとめているのですか」

「すべて、ではないがな」

 おもしろくもなさそうな口調と表情でミレトス准将はいった。

 おもしろそうにこたえるクドウ。

「解決したい、とお思いなのでしょ?」

「解決したくない、とはおもわんがな。地雷の爆発で周りがすべて吹き飛んでは意味がない」

「Kクルーはそのままにしていただけますね?」

 掌を天にむけて、しょうもなさそうにためいきをつく准将。

「何も聞いてなかったのか」

「もちろん、何も聞いてはおりません」

 ミレトス准将は過ぎ去る列車の後姿を見送るような遠い瞳になる。

「ルジアーノ少将はこの件についての全資料を請求している。〈アクエリアス〉の人気を失墜させることを最初のステップにしている」

 ミレトス准将はクドウの顔をのぞきこんだ。

「あらためて命令する。撤収だ」

「とはいっても、撤収にも時間が必要でして。まあ、少なくとも目標がテラを離れるまでは継続かと....」

 おまえなー、という表情の准将。天井をながめて。

「もちろん、ある程度は、いたしかたあるまいな」

「アイ・アイ・サー」

 クドウは踵を音をたててあわせると、振り向いて出ていった。

 ミレトス准将はデスクでためいきをついた。

「あいつと関わると、ロクなことがない。しかも、それを認めてやるなんてもっと信じられん」

トーキョー ソル系テラ
四月十九日

 トーキョーでの騒動はあったものの、時代祭ケイのツアー・スケジュールは変更されることなく、十二都市での公演を無事消化していた。

 チケットはすべてソールドアウト。どのホールもが、彼女の歌声と空中に映しだされた躍動する姿と、かってない聴衆の熱気と歓声とでみたされた。ケイのコンサートはいずれも歓呼と拍手のうちにフィナーレを迎えた。

 ツアーのさなか、三月二十一日に発表された五枚目のアルバム〈UNFINISHED〉は、はじめてのテラ圏内での一斉発売となり、一週目にしてチャートのトップにたった。

 彼女のコンサート・プログラムはテラ住民にたしかに衝撃をあたえはした。

 しかし、ある程度の体制批判は許容範囲とみなされていたし、トーキョーの再現となるような事態はおこらなかったから、それは意外なほど反響をよぶことがなかった。ただ、国旗と国歌については各所に少々物議をかもしだしたが。

 ケイ本人は芸能リポーターからフリーのジャーナリストにいたるまで、マスコミの取材攻勢に対して堅いガードをかためていて、時折取材に応じることはあっても、クールなこたえでかわしていた。

「〈偉大なR〉というのは?」

「偉大な方のことです」

「ペリー・ローダンについてひとことお願いします」

「偉大であるということに、わたしも疑問はありませんね」

「国旗と国歌については? 一部には非礼だという声もありますが?」

「わたしなりの愛国心のあらわれだと解釈していただきたいですわ」

 普段ほとんど笑顔を見せたフォトを公開しない東洋系の少女だったが、このときばかりは笑みを絶やさずに応じ、その彼女の表情はそれだけで皮肉に満ちているようで、批判的好意的なコメントとともに多くの紙面やTVを飾った。

 ツアーを続けるケイの身辺には、マスコミ関係者や熱狂的ファン、彼女に反感を持つ者などに対処するため、公的私的な厳重なガードが敷かれていた。

 そんなガードの輪の中で、ケイは所在のはっきりしない視線を感じとるようになった。

 いつともなしに気づいたことだったが、街路を歩いているとき、移動中の車内で、ホテルのロビーで、どこからともなく視線を感じることがある。捜しても誰が見ているわけでもない。

 環境が変わったせい、とくに記憶のない故郷地球に滞在しているせいだともおもったが、日を追うにつれ確信は深まるばかり。

 そして、存在を誇示するように、あらわれては消える特定できないGEMの姿。それはまるで、ぎこちない尾行者のようでもあり、絶えざる監視者のようにもおもえた。

 そんな存在はひとつしかないことを彼女は知っていた。



 そして、ツアーのラスト、明日のステージはふたたびトーキョー。東洋系の血をひく彼女の遠い故郷で、コンサートの幕を閉じる予定である。

 彼女がホテルにつくと、部屋に密かにとどけられた、メッセージ・カード。

 それが誰の仕業かはすぐわかった。

 カードには、〈ヒロフミの忘れ物をお渡したい。明後日、二十一日の午後五時、下記の場所におひとりでお越しください〉というメッセージと、待ち合わせの場所の説明だけがしるされていた。

 メッセージを読んだそのとき、忘れかけていた情景がまるでスローモーションのように浮かび、彼女は震える手でカードを伏せた。

 走り抜ける黒のセダン、振り向いた瞬間の信じ難い光景、宙に舞った人影、すくんだ足元にこみあげてくる震え、どこか遠くでおきた爆発、あのとき現場にいた痩せた若い男。眼をあわせた時、映っていた責めるような表情と、それが狼狽にかわる瞬間。無声映画のように脳裏を走る。

 あの男だわ。

 ケイは確信していた。あの日、ヒロフミの側にいた男に違いない。

 だが、いまになって、なんのために....。

 ケイは時計を見た。まだ、時間は充分にある。

 しかし、何を企んでいるのか。こんな呼出しを受けるわけにはいかない....。おそらく相手はテラ情報機関の人間、どんな罠を仕掛けているかもわからない。

 行ってはいけない。

 だが、ヒロフミの....。

 彼女はインターカムで外線を呼ぼうとして、すぐに手をとめた。

 駄目。

 連絡するわけにはいかない。

 でも。

 そのとき、彼女は不意に確信を得た。そう、いまになって?

 時計を見た。

 時間はまだ充分ある。

コンサート・ファイナル トーキョー
四月二十日

 それは、ダイヤモンド・ダストの消えてゆくさまをじっと見つめているような光景。

 静から動へと変わる、その一瞬を見逃すまいと固唾をのんで見守る聴衆たち。

 スポットライトをあびたまま身動きせずに立ちつづける少女。

 ギターは静かにメロディを奏で、ベースとバスドラはリズムを刻む。本来ヴォーカルがくわわるはずの旋律はリフレインするばかり、その理由は彼女の表情からはうかがいしることはできない。

 まるで、なにかを待つように、瞼を閉じてうつむいたままの姿で立ってていた彼女が、不意に右手の親指を突き出した。それを合図に掻き鳴らすようにギターがリードをとり、髪を乱して弾けるように歌いだす少女。



STARDUST 闇を切り裂く一条の輝き

閉ざした心の扉 いまひらくとき

STAIRWAY 光とともに



抱いていた夢はなに? 捨ててしまった夢はどれ?

かなわない願いを湛えた静寂は LOST MY HEART

夜の闇にまぎれて 街をおおう



無限の沈黙

月を捜して

あなたの心の鍵を捜して

闇の静寂

見失わないで こたえはここにあるから



STARLIGHT あの星空にだって望めばとどくさ

叫びつづければ崩せるよ 心の壁さえも

STARRY SKY 光のなかで



かかえていた憂鬱はなに? さしのべた腕を拒むのはなぜ?

忙しくすぎる日常につれさられるまえに STAND UP TO!

あなたの歌を聴かせて 孤独を聴かせて



月の光

闇を映すのは心

あなたの心にわたしを映して

星の輝き

翼をなくした心の 鍵はここにあるから



無限の沈黙

星を捜して

あなたの心の鍵を捜して

STARDUST 闇を切り裂く一条の輝き

閉ざした心の扉 いまひらくとき

STAIRWAY 光とともに



「TOKYO LAST TUNE!」

 センダガヤ・ドームを埋めた二十万の大観衆は、ケイのツアー最終日を熱狂的な歓迎で迎えた。

 それは、はじめて眼前にするほどの光景。会場を埋め尽くした聴衆の影に、彼女は胸が踊るのを感じる。滅多にないことだったが、彼女は感激していた。この記憶すらない遠い故郷でのツアーはたしかに成功だった。それは、歌う喜びに充たされていた頃に夢見た光景。

 もはや、不安も焦燥もなく、彼女は歌う。

 その姿が、時代祭ケイ。

ウォーターフロント トーキョー
四月二十一日 午後五時

 ケイは待ち合わせの場所でタクシーをおりた。

 ブルージーンズにスニーカー、ブラウスの上にサマージャンパーを羽織ったラフなスタイルにハンドバック、とても時代祭ケイだとおもう者はいない。しかし、タイトなスリム・ジーンズに、白いブラウスを身につけた姿はそれだけで魅力的だった。

 時間はまだ、五分以上あった。

 空はまだ蒼く、夕暮の気配はない。心地よい涼風が彼女の髪を揺らした。

 と、軽いエンジン音を響かせてエアバイクが滑りこんでくる。わきへ避けた彼女の隣へとまわりこむと、ライダーはエンジンを切った。機体が数十センチ沈みこむ。

 フロントとリアに大型のエアジエットを持ち、機体を覆うカウルはブラックで統一。ポジトロニクスを積み込んだタンクサイドにKAWASAKIの文字。

 シートを降り立った男の横顔をケイはのぞきこんだ。

 ヘルメットをはずした顔には見覚えがあった。

 男はヘルメットを腕にかかえると、「やぁ」と手を挙げた。

「おひさしぶりかしら、それとも、はじめまして?」

 ケイの声は冷たい。

「オレはよく見てるよ。コンサートにも行ったしね。だから、〈おひさしぶり〉でも〈はじめまして〉でもないよ」

「そう」

 素っ気ない彼女の反応に男は頭をかいて苦笑した。

「冷たいね」

「あんたに愛想よくする必要がみつからないわ」

「もっともだ。けど、せっかくの女の子がだね....」

 本題からずれていることに気づいて男は口を閉じた。しかし、わるびれずに話を続けた。

「メッセージは読んだかい?」

「だから来たんでしょ。さっさと用事を済ませてちょうだい。抜け出すのに苦労したんだから」

「それはそれは。たいした用じゃないんだけどね」

 男はブルゾンのポケットから、革ケースを取り出して渡した。

「これを預かっていてね....。なかなか渡す機会がなくて」

 ケイはケースを受けとると、すぐ蓋を開いた。

 銀鎖のペンダント。彼女があの日,ヒロフミに渡したものだった。震える指でそっとロケットを開けると、彼女の小さなホログラフが浮かぶ。

 ペンダントを握りしめて、顔をあげた彼女。

 その眼前。バイクによりかかって男は素知らぬ顔でたずねた。

「うけとってくれるだろ。これ持ってるといろいろ追っかけられるみたいでさ。まぁ、返した方がいいんじゃないかと....」

「....」

「きみのファンが、なんか誤解してるみたいでさ」

 しかし、一瞬見せた動揺と裏腹にケイの反応は冷静だった。

「用っていうのはこれだけ?」

 男は意外そうな表情をみせて、困ったようにこたえていった。

「それだけといえば、それだけだが....」

 態度がおちつかなげなものに変わっている。

「それはあなたにさしあげます。欲しければどうぞ。仕掛けなんかないわよ」

 いい放ってケイは男に背をむけた。

 そんなことで贖罪になる、なんて思って欲しくないわ。

 クドウはケイの背中をみつめていた。

 まるで、時間がとまってしまったかのように茫然と見送るだけ。

 だが、不意にクドウの襟元から長音が響く。

「なんだ、〈ぽしえっと〉?」

「中尉、危険が迫っています。不審な行動をとる二人の男を捕捉しました。どちらも、時代祭ケイを尾行してきたと思われますが、不穏な行動が見られます。武器を携行しています」

「どこだ?」

 お得意の使い捨て超小型低高度偵察衛星が、行動中のクドウの周辺を走査していた成果である。搭載カメラの能力は最大ズームでならホクロの数まで数えられるほど。

「方位〇六〇および二一〇。いずれも建物の死角にはいっています」

 クドウはケイの歩いていく方向をはっと見るや駈け出した。

 ケイは驚いてクドウをみつめる。

 もう話はおわったはず。

「なに?」

 その腕をつかむと、強引に歩道のわきへひっぱりこむ。

「なにすんの!」

 ケイの平手打ちが飛ぶが、クドウは意に介さない。逆にケイの背中を建物の壁に押しつけ、その瞳に静かに言葉を伝えた。

「いいかい。巻き添えになりたくなかったら、すぐ、ここを離れるんだ」

 キーをとりだし、彼女の掌に握らせる。

「運転、できる?」

 ケイは肯いた。

 襟元から警急の叫び。

「目標が行動に出ました!」

 クドウは振り向いた。背後からひとりの男が近づいてくる。慌てて、ケイの腕をとってバイクにかけよる。

 男は大型のナイフを手にした。

 エンジンがかかる。クラッチを切って、一速にギアを入れる。

 男のふりおろしたナイフをクドウはヘルメットでうけとめる。

 クラッチミート。エアジエットの噴出音とともにエアバイクが走りだす。

「また、な」

 クドウはケイに叫んだ。しかし、次の瞬間、ナイフをうけとめたヘルメットがまっぷたつになる。振動ナイフ!

 刃先を高速で振動させ、強力な威力を発揮する武器である。並の金属ならチーズのように寸断してしまう。高度の衝撃吸収力を持つメタルプラスティック製のヘルメットも一撃で切断した。これでは、防御のしようもない。

「中尉、六時方向からも接近します」

 挟み撃ちにされたことをしらせる〈ぽしえっと〉の声。

 だがしかし、これではいっても無駄か?

 殺し屋たちは間合いをじりじりと詰めながら、無防備な獲物を前に残酷な笑いを浮かべた。

 二人に挟まれた素手のクドウだが、不意に頬に笑みをつくった。

 こいつ狂ったか、的な表情を二人の殺し屋が浮かべたとき、クドウが手に銀色の金属製スティックを握った。長さは三十センチ程で、武器にはなりそうにない。

 二人は同時に踏み込んだ、避けた側にいる奴が斬りつけるつもりだ。

 しかし、その目論見は見事はずれた。クドウが手にしたスティックから輝くエネルギーの刃があらわれ、斬りかかった殺し屋の両腕を振動ナイフごと斬り落としたのだった。

 響く悲鳴。

 形勢逆転。

 クドウが手にしたのは〈LS〉。核融合プラズマ流を磁場で強引に封じこめ、エネルギー・フィールドの高熱を刃に用いるという兵器である。開発段階で、エネルギー消費過大、過負荷の際の危険などを指摘されお蔵入りとなった欠陥品。

 だが、これで立場は逆転した。まず、リーチが違う上、振動ナイフではLSの高熱に耐えられない。

「どうしたい? 余裕の笑いはどこへいった?」

 クドウが無傷な方の殺し屋にたずねた。

 相手はあたりをみまわしても逃げ道がないのを悟り、覚悟を決めたようだった。

「誰に頼まれた」

 クドウは切っ先を男の目の前につきつけてたずねた。

「こたえれば、命だけは助かるぞ」

 しかし、殺し屋はそれでもわずかに残された、LSのリーチをかいくぐって攻撃する可能性に賭けた。だが、踏み込んだ瞬間、空気を切り裂く音とともにエネルギーの刃が一閃。男は右手の指ごとナイフを失って膝をついた。

「おい、もう一度聞くぞ。誰に頼まれた」

 苦痛のため額に脂汗を浮かべながら、男は首を横に振った。左手で押さえた掌は、無残なことに原型をとどめていない。

「右手の指五本じゃたりないのか」クドウは残忍な表情になった。「次はどこがいいか? 左手を落としてやろうか」

 男は脅えた様子で、とぎれとぎれにこたえる。

「ま、まさか、あんた。そんなことしないよな」

「やるよ」

 その平静な声に男は震えあがった。こいつならやるかもしれない。

 瞬間、男は顔に激しい痛みを覚えて左の耳を押さえた。刃が耳に軽く触れただけで、耳たぶが焼失した。

「どうした」

 クドウの襟元では、〈ぽしえっと〉の懸命の呼びかけがされていたが、まったく無視されていた。

「中尉! お願いです、やめてください! 中尉!」

「次は足の指だ。それから足と腕を関節ごとに切り離してやる」

 クドウは宣告した。

 男は絶叫した。

「わかった、いう。いうから、医者、医者を呼んでくれ!」

「ああ、医者でも、病院でも、大執政官でも呼んでやる。誰に頼まれた?」

 男の口にした名前をクドウは知っていた。

 それは、秘密情報局がダミーカンパニーとして人員や情報の確保に使用している、ある企業の名前であった。

「なぁ、いったぞ。医者を....」

「まだ、聞きたいことがある。狙いはどっちだ?」

 殺し屋は口を閉ざした。

「ああそう」

 クドウは立ちあがった。わざとらしくLSを振りまわす。男は逃げ場を求めてあたりを見る。動かない仲間の姿だけが目にはいった。

「両方だ。本当だ、嘘じゃない」

「本当だろうな」

「本当だ。医者を....」

「そこで寝てろ!」

 クドウは〈ぽしえっと〉を呼ぶ。

「ケイはどこへ行った?」

「五百メートル先でバイクを乗り捨て、タクシーを拾いました」

「わかった。医者と警察をしばらくしたら呼んでくれ」

「アイ・サー。でも、本気かと思いましたが....」

「本気さ」

 クドウはつぶやくと、歩きだした。

「それより、妙なことが。中尉が調査していた件ですが....」

「ああ、ポジトロニクスの記録か」

「直接、報告が送信されてきました」

 直接? ははん、なるほど。

「で、どうだって?」

「時代祭ケイの父親と第III局局長、それに複数の幹部局員が、過去の任務でつながりがあることがわかりました」

「なに。本当か! でかしたぞ。ウエザムをすぐ呼び戻せ。こちらはすこし片づけることがある」

 クドウの身代わりにウエザムが、クドウのアクセスコードで本部のポジトロニクスで探しものをし、通話をかけまくっていたにもかかわらず襲撃がかけられた。

 これはまちがいなく、連中による第二段階のはじまり。

 となれば、襲撃の失敗がわかる前にやらなくてはならないことがある....。

ベイ・ヒルトン トーキョー
午後六時十五分

 GCCのトリプルAクラス・スペシャルカードの威光は素晴らしく、フロントマンはごねることもなく、クドウにキーを用意した。

「お部屋は二五〇六号室になります。では、ご案内します」

 さすがに銀河でも数百枚しかないカードの威力。クドウは内心でほくそえむ。どうせ、支払いは必要経費だ。

 三十五階の部屋にはいったのはふたりだったが、出てきたのはホテルの制服を着たひとりだけ。

 ケイの部屋は三十八階。だが、三十七階から上へは貸切りであがれない。

 クドウは三十六階でエレベーターを降りると、ミニカムに呼び掛ける。

「〈ぽしえっと〉、位置は確認できるな。全館の火災報知器を作動させろ」

「アイ・サー」

 一秒ほどおいて周囲でけたたましいベルの音が鳴りひびき、それとともに天井のあちこちから猛烈な勢いで水が吹き出しはじめた。

 それを見ると同時にクドウはエレベーターの開閉スイッチを操作。すぐに扉は開き、クドウは三十八階を指定した。

 エレベーター内にも火災警報のアナウンスと避難の心得がながれている。

 三十八階、扉が開く。クドウはさっと廊下の様子をみてとった。

 エレベーターの前に、数人の屈強な男が不安げな表情でたむろしており、そこから離れた部屋の前に背広姿の男が立っている。

 ボディガードとケイのマネージャー!

 しかし、柄の悪い連中を集めたもんだ。

 クドウはおちついた様子で一歩進んだ。扉が閉まる。これで、警報が消えるまではエレベーターは使えない。

「失礼いたします。わたしは当ホテルのセキュリティ担当の者です。ただいま、三十六階にて火災が発生したため、お客さま方の一時避難のご案内をさせていただきます」

 男たちは顔をみあわせた。

 ひとりが振り向いてたずねた。「どうします?」

 背広の男がこたえる。

「そんなに危険なのか。ケイがまだ部屋なんだが」

 クドウはもうしわけなさそうにいう。

「安全のために、ご面倒でも屋上に移っていただきたいのですが....。もちろん、少々の火災では危険などありませんが....」

 逆に男たちは危険を感じたようだった。

「三十七階の皆様も屋上に避難しているはずでして....。エレベーターは停止していますので、非常階段から避難していただきます」

 背広の男はやや顔色を悪くしてドアを叩いた。

「おい、ここをあけなさい。ケイ!」

 助けを求めるように振り向く。

「さっき戻ってから部屋から出ない。キーもロックしたままで返事もしないんだ」

 クドウは待ってましたとばかりにすすみでた。

「では、マスターキーを使って開けてよろしいですか?」

「あたりまえだ、急げよ」

「では、失礼します」

 懐からコンターをとりだすと、解錠機構を作動させる。と、すぐにロックがはずれた。クドウは男が口も手もはさむ隙をあたえずに踏みこむ。

「お客さま、火事のため避難していただきます」

 と、そのままドアを閉じ、再度ロック。

 部屋にはケイの姿はない。ためらいがちに、スウィート・ルームの寝室をのぞいてみる。

 ベッドの上、ジーンズの膝を抱えた少女がいた。

 こちらを見たケイがおもわず立ちあがる。驚きの表情。

「また、逢ったね。それともお久しぶり、かな」

「どうして....?」

 力ないケイの声。

「あっさり、殺されたかと思ってた? まさか。また、逢おうっていったじゃないか。ま、やけに早かったけど」

 クドウは乾いた笑いでこたえた。

「じつはね、やっぱり聞きたいことがあってさ」

「あたしにはこたえることなんてないわよ」

 おちつきをとり戻した冷淡な返答。そして、頸を傾けて視線をあわせてつけくわえる。

「とくにあなたにはね」

 その背後で火事を取り消すアナウンス。

「用は済んだ? もう、さっさと帰ったら」

 冷たくいい捨てるとケイは、部屋を出ていこうとクドウのかたわらをとおり抜けた。その背後でガチャリという金属音。彼女は足をとめて振り向く。

「!」

「おやすみ」

 クドウの構えた銃がまぶしく輝く。その閃光が、ケイの見た最後の光景だった。



 銃をホルスターに戻すと、クドウはミニカムのスイッチをいれた。

「〈ぽしえっと〉、転送準備。帰艦する」

「その位置からですか? ....規定の周波数で受け入れ準備」

 クドウは内ポケットをごそごそと探っていたが、小型のライターのようなものをとりだしてスイッチ操作を施した。そして、倒れているケイを抱きかかえる。

「転送機作動」

 数分の後、本物のセキュリティ要員とともにケイのボディガードらが部屋に飛びこんできたときには、ふたりの姿はどこにもなかった。

《Lonely Girl from North Country》
太陽系小惑星帯
午後六時五十五分

「〈ぽしえっと〉、空いているキャビンで使えるのは?」

 転送機室から出るなり、クドウはミニカムにたずねた。

「どれでも結構です。七号をどうぞ」

「あと、鎮痛睡眠薬を用意してくれ。太陽圏外まで寝ててほしいんだ」

 クドウはケイを抱いたまま艦内シャフトを降り、《L.G.F.N.C》の居住区画のひとつのドアを開けた。

「しかし、殺風景な部屋だよな。花くらいかざっとけよ」

 つぶやきながら、ベッドの上にそっとケイをおろし、顔にかかった彼女の乱れた髪を整える。

 苦痛をあまりあたえず失神させる新型のシヨック銃のため、ケイの横顔はまるで、すやすやと寝入っているよう。

 化粧の薄い、まだあどけなさの残る彼女の顔をそのまま頬づえをついて眺めていた。

 不意に、おもいだしたようにポケットから革ケースをとりだし、中のペンダントを手にする。

 そっとケイのブラウスの胸ポケットに滑りこませた。

 頬を自分で二、三回叩きながら部屋を後にする。

「〈ぽしえっと〉、発進準備できしだい離陸しろ」

 司令室に戻るなり、クドウは手短かに命令。

「ちぇ、遅いっすよ。それに何があったか説明してくれないんですか。女連れで」

 ウエザムが不満そうにいうが、クドウは相手にしない。

「ずっと、映像見てたんだろ。オレが殺されかけてるときにも」

「全然、心配してませんでしたよ」

「本当だったらボーナス・カットだ」

「給料は別口からもらってますんで」

「だいたい、ホテルの中はカメラじゃ覗けませんでした」

「ほっとけ」

 小惑星帯に潜んでいた《L.G.F.N.C》は隠れ場所にしていた岩塊を爆破、インパルス・エンジンに点火、最大出力で太陽圏離脱をめざす。

 ただちに、太陽系中部防衛セクター司令部がその存在を探知、誰何する。

 それに対して、〈ぽしえっと〉は用意していた民間船籍コードで返答。

 あらかじめプールされているダミー民間宇宙船の情報で、たとえ照会されたとしても実在し、フライトプランどおりに運行されているとしかわからないもの。

 が、しかし、そのとき予想外の事態がおきた。

「中尉。太陽系防衛司令部が介入します」

 〈ぽしえっと〉の声とともに、スクリーンに高速出力されるデータが指揮系統間の連絡状況をしめす。多数のハイパーカムが通信をかわす。

「停船命令です」

 〈ぽしえっと〉の合成音声にも緊張をおびたよう。

「ただちに慣性飛行に移行せよ。したがわない場合は撃沈する、と。太陽系防衛司令部からです。全セクターにアンバー・コール。ディフェンス・コンディション、レベル2に移行。全軍、警戒態勢」

 〈ぽしえっと〉が突然緊迫した報告をもたらした。

「それこそ何かのまちがいだ。確認したか?」

「まちがいありません。制止対象はまちがいなく本艦の民間船籍コードです。どうしますか?」

「どうしますかって....」

 クドウはさすがに口をつぐんだ。

 いったい、なんで太陽系が警戒態勢をとらなけりゃならないんだ。しかも、こんなフネ一隻のためにか? 待てよ。太陽系防衛司令部の総監はマーカント元帥だろ。ま、秘密情報局は何でもありだからな〜。

「〈ぽしえっと〉。周辺空間をチエックしろ」

 クドウの声に応えて、スクリーンの表示がめまぐるしく変化。

「太陽系内の全哨戒部隊が通常の軌道を変更しています。さらにタイタン、フォボス、ダイモスの迎撃戦闘航空団に緊急発進命令。火星の内惑星防衛セクター司令部がトランスフォーム砲台に発射待機命令。中部防衛セクター司令部からは引き続き停船命令が出ています。冥王星の外郭防衛セクター司令部は完全に迎撃態勢をとりました。ここは、デフコン1です。このままだと、運のないのが何隻か問答無用で撃墜されますね。どうやら、状況が不明で、各司令部は混乱しているようです」

「人さらいがバレたかな」

 クドウはそっぽをむいたままつぶやく。まさか、フネ一隻のために警戒態勢にはいるとは誰もおもわないだろうから、混乱するのも無理ないが。

「は?」

「なんでもない」

 クドウは一瞬赤面し、すぐに真顔に戻る。

「〈ぽしえっと〉、最大加速。全対探知手段を展開、最適離脱コースをとれ。追跡を完全にかわすまではリニア航行には移れん。多少危険だが、足跡を消すまでは通常空間にとどまる。拿捕されるわけにはいかないし、ましてやられるわけにもいかん」

「太陽系内から交戦せずに脱出ですか。まさに難関ですね」

 〈ぽしえっと〉の声には、なにか楽しんでいるかのような響きがある。

「任せたぞ。おまえが頼りなんだからな」

 珍しく素直なクドウ。

 それに応えるかのように自信に満ちた〈ぽしえっと〉の返事。

「これが最適脱出軌道です」

 スクリーンににぎやかな色彩の軌跡群が映しだされる。その中の一本がひときわ明るく輝く。

「重要基地や戦闘部隊を回避しつつ、痕跡を残さずに消えるのにはもっとも障害がすくないと思われます」

「さすがだな。頼むぞ」

「アイ・アイ・サー」

 ウエザムが心配げな顔でたずねる。

「ねぇ、中尉。地上でいったい何をやらかしたんです? 太陽系を警戒態勢におくようなどんな悪戯したんですか?」

 クドウは操船シートに座りながら返事。

「たいしたことじゃないんだがな」

 それが信用できない、というウエザムの視線。

「いえるのは、オレたちは捜し物をしている間に地雷原に踏みこんじまったってことかな」

「どーせわざと踏んだんでしょ」

 横目でつぶやくウエザムに、クドウが親指をあげてこたえた。

「そのとおり」



 《L.G.F.N.C》はその能力を最大に発揮して、この銀河でもっとも強力に防護された空域から離脱しようとしていた。プラズマ付加ポジトロニクス〈ぽしえっと〉と《L.G.F.N.C》にとっては、困難ではあるが、不可能ではない。

「で、例の大発見の情報をみせてくれ」

 おもいだしたようにクドウがうながした。

「スクリーンに投影します」

 〈ぽしえっと〉の声とともに次々と映しだされる文字列。



 〈時代祭〉とは、ケイの父親のカヴァーネーム。

 ケイの父親、ジュン・ジダイマツリは太陽系秘密情報局第III局のエース・エージェント。

 数多くの危険な任務を見事になしとげ、エースと讃えられたかれが身分を偽ってハイグレードに潜入したのは、テラの安全を脅かす重大な陰謀に対処するためであった。

 ブルーの一支族がテラ艦の機密を入手するために計画した工作。

 高額の報酬を餌に多数の技術者と現地執政官を引き入れて技術、資材を集め、ハイグレードの造船所でコピー艦を建造する。名目上はハイグレードの再軍備にともなう国産化計画とされていた。

 太陽系秘密情報局第III局は潜入工作員を送りこんだ。

 すべては隠密裏に処理されなくてはならない。本国が植民星の再軍備を妨害したなどと報道されることは、政策上あってはならないのだ。

 高エネルギー技術者としてスカウトされた、ジュン・ジダイマツリは妻子とともにハイグレードに移住。三年を経過してハイグレードは、最初の五百メートル級艦を建造するにいたった。

 グループの中核にまで浸透していたジュン・ジダイマツリと支援チームは、すでに計画の過半をつかんでいた。にもかかわらず、及び腰の上層部の対応は鈍かった。

 すべてを穏便に処理せよ。

 その結果。

 逃走しようとした五百メートル級艦は、多大な損害をもたらしたあげく、ようやく、ロベルト・セイパーヘーゲン中佐(現大佐)指揮下の支援艦《フランドール》に拿捕された。指令にもとづき、執政官ファステヘーノ・アスプに辞職を勧告したジュン・ジダイマツリは、報復をうけて、妻リナとともに仕組まれた航空事故にまきこまれ、悲惨な最後をとげた。六百八十人の乗員乗客が巻き添えになった。

 不名誉な事後処理をあずけられたのが、マルティン・バスケス少佐(現大佐)。

 工作を計画したのが、当時第III局第一課長補佐だったステファン・ルジアーノ大佐(現少将)。

 かれは上司の作戦指示に抵抗したため、そののち一時左遷されている。

「ルジアーノ少将の息子は四年前、イーストサイドの偵察任務中に無駄な戦闘にまきこまれて戦死していますね。そのころからです、太陽系帝国がもっと軍事力を全面に押し立てた外交を展開すべきだという気運が高まりはじめたのは」

「よくここまで調べたな、あいつ」

 クドウが感心したようにつぶやいた。

「チュンのやつが、こんな凄腕とはしらなかった」

「この情報のうち、チュン曹長の提供によるものは、バスケス少佐に関する部分だけです」

「それだけでもたいしたもんだが、じゃ残りは....」

 クドウにもだいたいの見当はついているようだった。

「はい、提供したのはテオドシウス・ミレトス准将です」

 〈ぽしえっと〉が補足する。

「あのオオカミ」

 ふいに考えこむ様子のクドウ。

「タヌキじゃなくて----?」

「いいんだよ、そんなこたあ。だいいち、准将のどこが狸なんだよ?」

「狸も牙が凄いですからね」

「そうか、牙か。じゃ、ジョーズだ。人間の口とはおもえん」

「ミレトス准将から最後にメッセージがあります。〈おまえの責任だ。最後までやれ。幸運を祈る〉、以上です」

「あのパンダ----」

「ふーん、あいかわらずタヌキだな」

 緊張感もなく無限に続く会話。

 狸がオオカミでサメでパンダでタヌキ。

 そして、わたしは毛虫?

 だったら、中尉はなにものなんだろう?

 やっぱり〈ぽしえっと〉には理解不能であった。

 人間ってよくわからない。

《ジェネラル・デリングハウス》 太陽系
四月二十一日 午後七時五十分

 《L.G.F.N.C》がテラを強行発進した頃、太陽系内をテスト航行する巨艦の姿があった。

 ルナのドックでオーヴァーホールを終え、アンドロメダでの作戦に参加する直前となっていた新型ギャラクシス級ウルトラ戦艦《ジェネラル・デリングハウス》と随伴の巡洋艦である。

 ときならぬアンバー・コールに戦闘準備を急遽ととのえたものの、それはまもなく取り消された。あらたにくだされたのは逃走する不明艦への追跡命令。

 副長エヴイット・マクガイア中佐はそれに不審の念を抱きつつも、司令部から送られてきたデータをスクリーンに表示させた。

 たかが一隻の中型船の追撃を艦隊をあげておこなうとはいったいどういうことなのだ? それほどの脅威があるとでもいうのか。

 しかし、かれはそんなことはおくびにもださずに、ポジトロニクスにいくつかの指示をだした。

「これが、目標艦の確認された軌道です。艦長」

「御苦労。副長」

 艦長スウエイル・ポンス准将のこたえは司令室に響きわたる吠吼。

 スクリーンにあらわれた複数の軌跡は、艦隊基地や哨戒部隊の存在を巧みにかわしながら、太陽系外へ向かっていた。それに対して、テラやルナ、ガニメードから複数の軌跡が伸びている。

「目標が多数のデコイを発射したため、追撃態勢は大混乱に陥っています」

 第一副長補のチーバー少佐の説明とともに、スクリーンの表示が無数の色彩の軌跡と、捜索範囲をあらわす球体で埋めつくされる。

「しかし、これら追跡中の目標をすべてデコイと想定します」

 マクガイア中佐の言葉とともに、スクリーンの光が消えていく。そして最後に一本のラインが螺旋を描いて星系外へと向かっていた。

 どよめくギャラクシス級の司令室。

「ご覧のとおり、目標は太陽系外への脱出を意図しているとおもわれます。リニア飛行に移らないのは、追跡を完全に振り切るためです。これに対して、太陽系内でのリニア飛行は防衛体制を混乱させるため禁止されていますので、デコイに引っ掛かった追撃艦にはもはや目標に追いつくみこみはありません」

 スクリーン上のいろとりどりの軌跡が速度をあげて動いていく。しかし、先行している軌跡と交わるラインはない。

「本艦は別です」

 マクガイア中佐がコンソールを操作した。

「この針路をとって、光速の九十五パーセントで進めば、ぎりぎりのところで捕捉できます」

 別の軌跡が伸びていき、もう一本の軌跡と交差した。

「よろしい」

 ポンス准将は満足気に肯いた。

《Lonely Girl from North Country》 太陽系
四月二十二日 午前一時十六分

「ここまで来れば、逃げ切ったも同然」

 はやくもウエザムはシートから立ちあがって背伸び。

「あと、十二分四十六秒で太陽圏を抜けます」

 〈ぽしえっと〉が告げた。

「一度、銀河中心部へはいって完全に足跡を消す。そのあとで、善後策を....」

 クドウが最後までいいおえぬうちに、〈ぽしえっと〉が警告を発した。

「セクター・イエローにエネルギー探知。インバルス・エンジンの噴射粒子の拡散フィールドと推定。規模複数。アクティブ・ハイパー・エコーを探知、きわめて強力です!」

 まさしくそれは《L.G.F.N.C》との交差針路をとって慣性飛行を続けていた追撃部隊が、制動噴射にはいったのを探知したものであった。

「戦闘準備。距離、戦力は?」

 クドウが叫ぶ。

 転子状船の船体側面から次々と大口径砲塔がせりだす。

「距離、約五百万キロ。ウルトラ戦艦一、軽巡八」

 〈ぽしえっと〉がこたえる。

「本艦の針路を減速しつつ横断します」

「最適離脱コースを選択して脱出しろ」

「了解」

 さすがのクドウも、ギャラクシス級ウルトラ戦艦相手に戦う気はさらさらない。まったくのところ問題外である。ここは、なんとしても逃げの一手で、リニア航法に持ち込むしかない。しかし、射程内にあるかぎり、リニア空間でも攻撃は可能なのである....。

《ジェネラル・デリングハウス》
太陽系内 追跡中

「目標、セクター・グリーンからレッドへ転針。本艦の後方へ占位します」

 探知担当将校の報告に、マクガイア中佐は思わず舌打ちした。

「なんて、反応の早いやつだ」

「全艦、九十度回頭。最大加速」

 艦長シートからポンス准将が命令をくだした。各艦の赤道環からの噴射がとまり、一斉に推進軸を水平方向に変更していく。そして、回頭後、再び赤道環からのエンジンの噴射炎が吹き出しはじめる。

「目標のアクティブ・エコー探知の結果がはいります」

「スクリーンに投影しろ」

 チーバー少佐の報告に、ポンス准将が即座にこたえた。

 即座に、パノラマ・スクリーンにモノクロの転子状船の姿が映しだされる。

「全長三百五十メートル、直径五十メートルの転子状船で、きわめて強力な対探知スクリーンを展開しています。そのため、本艦の探知能力をもってしても詳細は不明。船籍不明。おそらく武装しているものとおもわれます。現在の加速を維持した場合、約百秒後に光速に達します。その場合、本艦の方が十五秒早く光速に達し、最接近距離は約百万キロ。有効射程内です」

「艦長。一応、降伏勧告を出してみてはいかがでしょうか....」

 マクガイア中佐はたずねた。

「いいだろう。許可する」

《Lonely Girl from North Country》
太陽系内 逃走中

「追撃部隊から降伏勧告です」

 〈ぽしえっと〉が、軽やかなジングルとともに報告をいれた。

「なんのつもりだ」

 陰気に返答するクドウ。

「効果音です」

「おおきなお世話だ。で、なんだって?」

「はい。『太陽系帝国艦隊戦艦《ジェネラル・デリングハウス》より、逃走中の船舶に通告する。ただちに慣性航行に移り、降伏せよ。さもなくば一斉射撃をもって破壊する』、以上です」

 《ジェネラル・デリングハウス》といえば、以前窮地を救われたことのあるウルトラ戦艦....。しかし、それはそれ。これはこれ。

 そのとき、クドウにはひらめくことがあった。

「〈ぽしえっと〉、この状態で加速を維持しつづけると光速に達するのは何秒後だ?」

「四十五秒後ですが....。しかし、《デリングハウス》は三十秒後に光速に達します」

 〈ぽしえっと〉の合成音声にやや不審気な調子がくわわった。

「あいつが本艦の直後方に占位してるくせに、のこのこ光速に達しながら追跡してくるのはなぜだ?」

「そりゃ、一発で撃沈できるとみてるからでしょ」

 クドウの問いにウエザムがこたえる。

「そのとおり」

 クドウの口調が講義調になった。

「つまり、本艦を単なるボロ船とみる大きな誤りを犯しているわけだ。《L.G.F.N.C》のバリアを破るのには、十数発の千ギガトン爆弾の直撃をあびせる必要がある。数発の至近弾では駄目だ。自慢じゃないが、《L.G.F.N.C》の防御力は巡戦以上だからな。なあ、〈ぽしえっと〉」

「そんなに簡単に命中させたりはしませんよ」

「そりゃ、どっちも自慢だ」

 ぼそっと、ウエザムがつぶやいた。

 つまらなそうに、アシュリー=チュートにもらった怪しげなモクに火をつける。

「というわけで、それに気づいたときには連中はコースを変更せざるを得ない。それほどの火力を集中したうえに、《L.G.F.N.C》の爆発したエネルギーがくわわった火球につっこんでは、ウルトラ戦艦といえども無事ではすまないからな」

「そんな時間のロスをすれば、《L.G.F.N.C》はリニア航法にはいって逃走してしまう、という筋書ですね」

「そのとおり」

 とくに制動加速中には、データ処理が現実の位置関係に追いつかないため、砲撃は非常に不正確になる。よって、大抵の艦長はそのような無駄弾は撃たないものである。

 シートにひっくりかえってウエザムが、自信たっぷりのクドウに煙を吹きかけた。

「このコはわるい毛虫ですからねー」

「ここは禁煙だ」

《ジェネラル・デリングハウス》
太陽系内 追跡中

「目標は依然加速中です。本艦もまもなく光速に達します」

 第一副長補チーバー少佐が報告。

「目標は定針加速中です。砲撃許可を」

 火器管制センターが砲撃許可を求めて連絡をよこした。

「鼻さきに一発ぶちこめば、爆発の影響だけで大破させられます」

「本艦への影響は?」

 ポンス准将がたずねた。

「至近弾程度、バリアで簡単に吸収できます」

 マクガイア中佐がこたえた。「おそらく、たいした負荷もかからないでしょう」

「よし、許可する。軽巡隊に散開し、百万キロ後退するよう命令してくれ」

 ただちに上極砲塔が旋回、逃走する転子状船の前方五十万キロに照準を定めた。そして、一条の発砲の閃光が走った。

《Lonely Girl from North Country》 三秒後
太陽系内 逃走中

「戦艦にエネルギー反応増大。発砲してきます」

 間髪をいれずに〈ぽしえっと〉はHU"スクリーンを展開する。

 一瞬の間をおいて、《L.G.F.N.C》の前方で光球が発生し、その拡散エネルギー・フィールドへ転子状船は突っ込んだ。しかし、濃いグリーンのバリアは問題なくもちこたえた。

「まったく、予想どおりだ」

 クドウは自慢気に笑った。そばで、ウエザムがわざとらしく顔をしかめた。

《ジェネラル・デリングハウス》
太陽系内 追跡中

 《デリングハウス》の司令室は途端、色めきたった。ざわめきに怒声が混じる。

「HU"スクリーン!」

 マクガイア中佐は顔色を失った。まさか....。

《Lonely Girl from North Country》
太陽系内 逃走中

「さて、後方には三門しか向けられないが....」

「アイ・アイ。射撃開始」

 《L.G.F.N.C》の搭載する、その船体に比して不釣合に巨大な千ギガトン級トランスフォーム砲が、後方の球形艦めがけて発射の閃光を輝かせた。

《ジェネラル・デリングハウス》
太陽系内 追跡中

「目標発砲!」

 巨大なウルトラ戦艦の濃いグリーンのバリアの前面にまぶしい光球がうまれ、一瞬、その輝きで艦をおおいつくした。が、すぐにまといつく高熱のエネルギー雲を突き抜けて、《デリングハウス》は姿をあらわした。

「トランスフォーム砲です。威力三千ギガトン」

 震える声でチーバー少佐が報告した。「この程度では、本艦のバリアに脅威はありませんが....」

「一斉射撃準備。艦隊司令部へただちに送信。『本艦はHU"スクリーンとトランスフォーム砲を装備する中型艦を追跡中』、以上だ」

 艦長ポンス准将が、顔中に怒気をためて叫んだ。

「全砲の一斉射撃でやつを葬れ」

「待ってください、艦長」

 マクガイア中佐が蒼白な表情のまま、詰めよった。

「この状態で一斉射撃をおこなえば、爆発の球型拡張効果のオーヴァーラップ範囲にはいってしまい、本艦も無事にはすみません。針路を変更する必要があります」

 バリアへのギガ爆弾の爆発がわずかに艦を揺るがした。

「うぬ....やむを得ん。爆発のオーヴァーラップをうけない位置まで砲撃を中止しろ。座標計算、急げ」

 しかし、《デリングハウス》は再度発砲することはなかった。

 《デリングハウス》が変針のため砲撃を中止したわずかな隙に、目標はリニア空間へ逃げこんだのである。

 もちろん、ただちに《デリングハウス》もリニア飛行で追跡したいところであったが、目標は置き土産にギガ爆弾をばらまき、その爆発に紛れてリニア飛行にはいるという狡猾さで追尾をふりきっていた。直後に、戦隊もリニア空間に突入したが、そのときには視界内には影も形もなかった。

《Lonely Girl from North Country》 太陽系外空間
四月二十二日 午前一時四十八分

「ギャラクシス級をふりきったぞ」

「むこうはさぞかし悔しがってるでしょうね」

 くつろぎきった表情でクドウとウエザムは笑いあった。

「ふん、それどころじゃあるまい。なにしろ、最高機密のトランスフォーム砲とHU"スクリーンを持った艦を取り逃がしたんだ。これよ、これ」

 クドウは手で頸筋のあたりを撫でてみせた。

「それより、どうするんです。これから?」

「そうだな....。テラの勢力圏外に逃亡して、ゆっくり身のふりかたでも考えるか」

 一瞬、本気にするほどの表情でつぶやいたクドウに、ウエザムはすかさず突っ込む。

「ケイはどうするんです?」

「いけね。忘れてた」

「もとはといえば、あいつのおかげでこんな危ない橋を渡る羽目になったんですよ」

「まだ、キャビンで寝てますよ。中尉」

 そこへ〈ぽしえっと〉の合成音声。わざとらしいことを吹きこむ。あわてて、クドウが訂正にかかる。

「おい、誤解を招くような言動はよせ、〈ぽしえっと〉」

「わたしは事実を....」

「待て、ここに来たときにはすでに....」

「楽しんだあとだと?」

「違うって」

「寝てる間ってのは感心しませんねぇ」

「見てきたような嘘をつくな、〈ぽしえっと〉」

「ほーっ、中尉。そいつを彼女が知ったら、なんといいますかね」

「俗に破廉恥漢といいます」

「〈ぽーしえっと〉、よせって」

「わたしの名は〈ぽしえっと〉です。名付け親はたしか----」

「おれだっ!」

「まぁ、やっちまったもんは仕方がないか」

「人格を疑うような発言はやめんか」

「人格を疑われるようなことをしたでしょ。わたしは知ってます」

「〈ぽしえっと〉、なんだって? いえよ」

「プライバシーに関わることですから」

「....」

 たしかにプラズマ付加インポトロニクスは嘘はいわない。しかし、事実に反していないだけで、真実を伝えているとはいえない。だが、ふたりの連係攻撃にクドウは返答に窮して沈黙する。

「ふ〜ん。ま、そういうことですか」

 その沈黙を破って、ウエザムが結論的発言。

「納得すんなって!」

「ま、いいでしょう。それより、本当のところどうするんです?」

 話を打ち切って、ウエザムは真顔になった。

「うーん。なんといっても〈天使の絵の具〉亭にいけなくなったのはつらいな」

「そうですね、もうあそこで飲めないかと思うと....。って、なんか違いませんか」

 ふたりはいきつけのバーにいけなくなったのを残念がっている、わけではない。それどころの問題ではないのだ。まあ、ツケも溜まってはいたが。

「誤解といっても信じてもらえそうにないしな」

「マーカント元帥は厳しい方らしいですからね」

 口をそろえて暗にクドウを責めるウエザムと〈ぽしえっと〉。

「とりあえず、ケイにあたってみるか」

 ヤケっぽくクドウがいった。

「そうですね。ここは深い関係の中尉に....」

「それ、本人のとこでいうのはなしだぞ、シャレになんないぞ。まだ、お昼寝の最中のはずだし、なんにもおぼえてないんだからな」

 ウエザムは声をひそめた。

「中尉、本当の話、どうなんです?」

「おまえ、はりたおすぞ」

「へいへい」

《Lonely Girl from North Country》艦内
四月二十二日 午前二時二分

 ケイがめざめたのは見知らぬ部屋のベッドの上だった。

 変に重い頭をふって、あたりをみまわす。内装は簡素だが清潔な部屋で、つくりつけのモニターとデスク、シャワールームのついたシングルルームだった。どこかのホテルの部屋のようだった。

 さっと衣服を点検し、自分の行動を確認してみる。

「....!」

 トーキョーのホテルでの出来事が再現。ケイはあわてて立ちあがった。

 ドアは開かない。

 無駄としりつつ、金属の扉を拳で叩く。しばらくして、あきらめるとベッドにすわりなおす。

 たいして待つこともなく、軽い振動音とともにドアが開いた。

 あらわれたのはふたりの男。ひとりにはよくみおぼえがあった。

「おはよう、でいいかな。ケイ」

「ここはどこ。どういうことなの?」

 ケイは刺のある視線を向けた。声は相変わらず響きの良いエンジェル・ボイスだが、まるで地獄の軍勢に対したよう。

「見てのとーりなんだけどな。ここは、太陽系外空間とでもいっておこうか」

「宇宙?」

 驚きが表情と口調にあらわれる。

 それから、彼女はクドウの顔をあらためてながめると、はっとしたように自分の服装をみなおす。

 あわててクドウが弁解口調。

「なんにもしてないって」

「なにをしたって?」

 きっとにらむケイ。

 入口でクドウのわきに立っていた男がおちついた声でこたえる。

「そうです。中尉は嫌なやつですが、そこまで非道なやつではありません。銃で気絶させたところをなんて、とてもとても」

 さっと顔色を変えるケイ。

 たしかに、そのあいだの記憶がない。

「まてよ。フォローになってないぞ」

「は? しかし、そんなことをいってる場合ではないと....」

「そりゃそうだが、いい性格してるな」

「中尉ほどじゃ」

 ふたりに冷たい声が飛ぶ。

「中尉? そう、正体をあらわしたってわけ」

 クドウとウエザムは、ケイの顔をみつめる。

「そう、太陽系秘密情報局のユーキ・クドウ中尉。こっちはボナム・ウエザム軍曹。もう、すでに御存知とはおもうが正式に紹介させてもらった。こっちも、だいたいのことはわかった」

 クドウがあらたまった表情でこたえた。

「どう、わかったっていうの。スパイさん」

 からかうようなケイの言葉に、クドウが反応する間もおかずに、ウエザムがにこやかにこたえた。

「スパイだなんて、そんな上等なもんじゃ....」

「下等で悪かったな」

 不機嫌そうな表情を向けるクドウ。

「いえ。スパイとかいうと、華やかなイメージがあるでしょう。その、女の子を口説いて情報をもらうとか」

 こいつ、明らかに話を混乱させようとしてるな。

「誰が、いつ、どこで口説かれたって?」

 クドウが反論する暇もあたえず、ケイの刺だらけの言葉が飛ぶ。

「つまり、それは言葉の綾で....」

「あれ? それで寝てたというわけでは....」

「いっとくけど! ....その、なんかしてたら許さないから」

 手近に物があったら投げつけんばかりの形相。本題の部分でさすがに一瞬くちごもったものの、迫力のある押し殺した声でケイがいった。眼が結構、真剣である。

「....マジ?」

「え? なにもなし....?」

 クドウとケイを順番にみくらべたあげく、ウエザムが不審そうにつぶやく。

「おまえ、いますぐ、この場で、生きたまま殺すぞ」

 クドウ、表面上平静をよそおった軽い笑顔を浮かべたまま、ウエザムの耳たぶをつまんで、脳ミソにはなしかける。

「いいじゃないですか。パーティ・ジョークですって。ところで、大事な話がまだのようですが」

 不意にわれにかえったように、クドウの態度が豹変。

 別方面の心配で不安そうな様子のケイの顔も、その変化をみてとると、用心深くなるが、混乱の色は消えていない。

 すこし硬い表情で、クドウがやっと本題をきりだす。

「きみのこと、だいぶ調べさせてもらったよ」

「なんの話? さっぱりわからないわ」

 ケイも素知らぬ風情をよそおってこたえる。

「そうかい? こっちはよくわかってるよ」

 クドウはファイルブックをとりだすと、ケイの眼前にさしだした。

 一瞬ケイは躊躇したが、クドウの真剣な表情をみて、腕を伸ばしてそれをうけとった。そして、読みすすむうちに表情が強張っていく。

 それには、調査した彼女の経歴と、両親が命を落とすことになった最後の任務の詳細が記されていた。

「これがどうしたっていうの」

 読みおわると顔をあげて、きっとクドウをみつめる。

「いや。ただ、それだけのことさ」

 クールにいってのけたクドウだったが、自分を見据えるケイの瞳にたじろぐ。

 ひとことでいえば、それだけ。

 「それだけ」のことに、どれほど多くの意味が込められている?

「人の古傷を探るようなことをして楽しい?」

 彼女はクドウをみあげると、なんの感情も込められていない声でいった。

 だが、クドウは冷静に続けた。

「きみがなにも知らずに育ったあとで、両親の死の真相をしらされ、当然、軍や局を憎んだ。だが、それを利用して、ある計画が企てられた」

「利用なんかされてないわ。わたしが望んだことよ」

 ケイははっきりいいきって、敢然と相手を見返した。

 ウエザムは無表情、クドウは悲しげな表情。どちらも無言。

「そう、あなたたちが調べたとおりよ。でも、なんの証拠もないのよ」

「これを読めばわかる」

 ウエザムはクドウの表情をうかがうと、それがまるで無価値なものであるかのように無造作に、もう一冊のファイルをさしだした。

 そこには、ケイの父親の上司たちの現在が報告されている。

「そのなかに知っている人間がいるはずだ」

「いないわ」

 ファイルから眼を離すことなく、なげやりにこたえるケイ。

「きみのお父さんは泣いているぞ」

 ケイとクドウの双方からにらみつけられるウエザム。

「これはかれらの警鐘なんだ。反乱と危機を演出して、その反動でテラを強力な中央集権軍事国家にしようとしている。そして、人知れず多大の犠牲をはらってテラナー勢力圏を守ってきた者たちに報いようとしている」

 クドウはひとりごとのようにつぶやいた。

 だが、そこで声の調子を激しく変えた。

「それはそれでわかる。誰がかれらを責められるというんだ? おれだって同じことをするかもしれない。だがな、大儀のために、仲間を裏切り、巻き添えにし、切り捨て使い捨てにする。そんなやり方があるか? そんなやり方が許せるか!」

 感情を爆発させ、壁をおもわず叩いているのにきづくと、クドウは口を閉じた。

 ウエザムは無表情に視線をそらしただけ。

 ケイは、驚きを隠しきれない様子。

 ヒロフミ。いや、かれだけでなく、犠牲者はあまりに多い。

 皮肉なことに、その大多数は仕掛けた側に発生しているが。

「そんな、そんな証拠は....ないわ」

 それでも精一杯、ケイは反論を試みた。

 そこには初めの敵意に満ちた表情はない。

 困惑と動揺、不思議な感情だった。

 これまで彼女は、復讐は自分に課せられた運命だとおもっていたのに。

 だが、その時、艦内に警報音が響いた。

 クドウは軽く眉をひそめ、ウエザムはちいさくためいき。

 あとほんのすこしの時間が、なぜいつもない?

「中尉。至急、司令室へ戻ってください」

 壁のインターカムのスピーカーから〈ぽしえっと〉の合成音声が響く。

「すぐ行く」

 そうこたえるや、クドウは後も見ずにキャビンを出ていく。

 感情を爆発させてしまったことに対する不本意さを、不機嫌な背中があらわしている。

 それを見送ってから、ウエザムはケイに小声で語る。

「あとで色紙一枚ね」とウィンク。「中尉って、きみのファンなんだぜ。表現力はないけど。ああ、そうファーストネームはユーキね」

 自分なりのフォローをしておいて、ウエザムも飛び出していった。その背後でドアが閉じる。

 無言のまま、ひとり彼女はその場に残された。

《Lonely Girl from North Country》 恒星間空間
四月二十二日 午前二時三十二分

「どうした? 〈ぽしえっと〉」

 司令室に飛びこむとクドウはたずねた。

「追撃艦です」

 スクリーンにぼやけた映像が映る。銀色の球体。

「距離六光分。インパルス・エンジンの拡散放射からみて巡洋戦艦クラスですが、不思議なことに本艦との正確な交差方位を接近してきます」

「偶然だろ」

 うさんくさげにクドウがいった。

「不明です。アクティブ・探知エコーも感知していませんし、距離からみて偶然だとはおもいますが....。下手な動きをすれば発見されます」

「射程距離にはいるまでほっとけ....」

 クドウがいいおわらないうちに映像が消えた。

 《L.G.F.N.C》の近距離に球型艦が出現する。

 すぐさま、〈ぽしえっと〉の報告がはいる。

「短距離リニア飛行で距離二百万キロに実体化。アクティブ・探知エコーを捕捉。目標はテラ製巡洋戦艦。待避します」

 〈ぽしえっと〉の報告がおわるかおわらぬうちに、巡戦はグリーンのHU"スクリーンをまとい、毒毒しい発砲の閃光で身を飾った。

 ギガトン爆弾の爆発が空間を切り裂き、いくつもの火球が重なってひとつの太陽を形づくる。

 しかし、トランスフォーム砲弾の弾着以前に、《L.G.F.N.C》はリニア空間に飛び込み難を逃れていた。

「無警告ですよ」

「どういうことだ? あいつは迷いもせずいきなり攻撃してきた」

「不明。探知した攻撃照準波と艦型エコーから、タイプ01・シリーズ6型の巡洋戦艦と識別。艦名《アーク・ロイヤル》。艦長ロベルト・セイパーヘーゲン大佐」

 スクリーンに最前の巡戦の姿が投影され、その一部が拡大された。

 ロベルト・セイパーヘーゲン大佐だと?

「スクリーンのここに注目して下さい。連装式上極砲塔の形状、それに外被の艦番号です。艦番BC─2317。これらの情報から《アーク・ロイヤル》と特定できます。《アーク・ロイヤル》は第III局の支援艦。所属は公式には艦隊ですが、就役以来、情報局の支援艦として使用されています。それがいきなり、本艦の追撃に参加しているというのは妙な話です」

「あれが《アーク・ロイヤル》なら、なんの不思議もない。なるほど、そういうことか。《L.G.F.N.C》は狙われているんだ。あいつは偶然攻撃してきたんじゃない。太陽系からずっと追跡してやがったんだ。最後の最後でエコー探知を使って奇襲をかけるとはな。かなり腕はたつ」

 悔しそうなクドウの声。

「でも、いつそんな命令を?」

「決まってる。《L.G.F.N.C》が逃走するまえさ」

 ウエザムの問いにクドウがあっさりこたえた。

「〈ぽしえっと〉、《アーク・ロイヤル》の現在位置は報告されているか?」

「現在まで千二十時間にわたり、第III局の要請によって隠密行動中で、詳細は不明です」

「ほんとにIII局なんですかね?」

 ウエザムが皮肉な笑みを浮かべた。

「すぐに、もっとはっきりするさ。連中、なんか勝手に焦ってるみたいだしな」

「中尉がうさんくさいからですってば」

「そーかぁ? オレ、そんなに悪いことしたっけかな」

 たしかに悪いことはしていない。

「焦ってやつらが尻尾をだせば、准将が手を打ってくれますよ」

「まあ駄目なら、このまま逃亡生活ってのも悪くないな」

「毛虫とカケオチですか」

「毛虫だってりっぱに本物の生命体だぞ〜」

 やっぱりわからない。

 だまって聞いていた〈ぽしえっと〉はそうおもったが、そんなことは暇なときにまた考えればいいことだ。

太陽系秘密情報局クレーテ支局 クレーテ星系
二四〇四年四月二十四日 午後三時二十分

 ここは地球から二千八百光年離れた、太陽系帝国外縁領域の星系クレーテ。人口約一億の比較的平穏な植民星である。約十八光年の距離にハイグレード系が存在する。

 その首都ファルツのビジネス街の一角にある二層建築。そこに事務所を構える芸能プロダクション、パルテノンINC。

 しかして、その実体は太陽系秘密情報局クレーテ支局そのものである。

「エース。これであがりよ」

「負けた」

 事務所のテーブルでゲーム〈グレイテスト・プアマン〉に興じているのは純日本系美人のナナオ・ワカブキ曹長と、ロシア系のレイ・ラゼフスキー伍長である。結局のところ、かれらは暇なのであった。

「これであたしの連勝、と」

 そこへインターフォンの鳴る音。

「どうぞ」

 投げやりな返事に扉が開くと、あらわれたひとりの男の姿。

「ダウト!」

 椅子を倒して立ちあがると、素早い動作でポケットに手をつっこむ。指先がつかんだダーツをひきぬきざま....。

「おっと、そこまでだ」

 ナナオは銃口をのぞきこむ格好となった。ラゼフスキーといえば、すでに両手を高々と掲げている。

 右手でM&MマークIVインパルス銃を油断なく構えながら、暇そうにしやがってたるんどる、などとつぶやいてクドウは椅子にすわった。

「いったいどういうつもり? 生きて帰れると思ってんの、この指名手配が」

 ナナオはポケットに手を入れたままで噛みついた。よく、こんなとこに顔が出せたな、VII局の面汚し、このボケが。でも、これで年貢の収めどきだわ。

「おちつけって。抵抗しても身のためにならんぞ。この施設の防衛機能は停止させた。なに、ちょいと手配されていないハイパーカムを借りにきただけだ」

 涼しい顔でクドウ。

「あの〜、中尉はアコンに脱走したという噂でしたが....」

 とぼけた声でラゼフスキーがたずねた。

 おもわず力が抜けるといった調子で、クドウがこたえた。

「どいつだ、そんな噂を流したのは?」

「いえね、アコンの美少女スバイに引っ掛かって艦ごと亡命した....」

 ナナオに蹴飛ばされてラゼフスキーは口を閉じた。

「どうでもいいから、テラニアに通信させろよ」

 うんざりしたようにクドウは立ちあがった。

「待ちなさいよ。そんなこと許されるとでも思ってんの」

 ナナオも負けじと立ちあがる。こいつにはここで引導渡してやる。グフフ、ダーツのナナオちゃんをなめるとただじゃすまないよ。

 銃を構えたまま、クドウはナナオを無視。ラゼフスキーをうながす。

「準備してくれ」

「はいはい」

 部屋を出ていこうとするふたりを唖然と見送りながら、ナナオは大声で怒鳴った。

「ちよっとあんたたち。いったい、なにを考えてんの! この状態がわかってんの。聞いてんの? こいつは裏切り者よ。う・ら・ぎ・り・も・の! そいつを見逃して、おまけにいうことまで聞いてどうすんのよ! あんたもたいがいずうずうしすぎるわよ。自首しにきたんならまだしも、ハイパーカム貸せだ〜? バカいってなよ、おまえのことだよ、おまえ、ダウト!だいたい、このふざけたコードネームなんとかしなさいよ。えっ、聞いてんの? あたしをなめると命がいくつあっても足りないわよ」

 息をきらしてあえいでいるナナオをよそに、クドウはラゼフスキーにたずねた。

「いつも、あんな調子か?」

「ええ、まぁ」

「なるほど」

 われをとりもどしたナナオが、通信室に飛びこんだときには集束・細砕通信回線が繋がった後だった。

「しまったぁ〜。また、あいつの手に乗ってしまった。テラニアに脅迫電話でもかけられたら、ナナオちゃんの面目が....。ダウト、そこまでよ!」

 しかし、画面には第VII局長ミレトス准将の姿が映っていた。

「....、うまい手を考えたな。現在のところ地球は平穏だ。〈アクエリアス〉については公式発表はない。帰国したとされている。つまり、いまのところ、おまえたちは公式には手配されてはいない。だが、情報局各機関には捜索指令がでてる。見つけしだい消せ指令だ」

「じつは、ですね....」

「またか」

 画面の表情がうんざりしたように歪んだ。

「BC─2317《アーク・ロイヤル》を御存知ですか? III局の支援艦ですが」

「《アーク・ロイヤル》がどうかしたか?」

「六十時間前の所在位置と任務が知りたいんですが。《L.G.F.N.C》を奇襲してきやがって。しかも、無警告で発砲です」

「バカをいうな。《アーク・ロイヤル》は七十二時間前から故障で五十五号基地へ入港して修理中だ。どんな証拠があって....」

 クドウは〈ぽしえっと〉がまとめた報告書をアップロード。

「これに記されているように、写真の各部特徴からも判断して、《アーク・ロイヤル》である確率は九十パーセント以上といえます。決定的なのは」

 クドウは拡大写真の一部をしめした。

「この上極主砲塔です。あまり鮮明とはいいかねますが、三連装型式なのが見てとれます。この五百ギガトン・トランスフォーム砲は、この艦に試験的に搭載されたもので、インペリウム級以上のクラスにのみ採用されているもののはずです」

「つまり、第III局が独自に行動している、と?」

 しかめっ面で准将はいった。

「お待ちかねの証拠です」



 ミレトス准将は全力で第III局の監視を実行すると約束した。推理は、いまや実体的な証拠を伴いつつあった。

 しかし、クドウらは逃げ続けるしかない。しかも、存在を誇示し、相手側にプレッシャーをあたえてミスを誘うことも必要なのだ。

 《L.G.F.N.C》ごと証拠を消してしまわないかぎり、かれらは枕を高くして眠ることはできない。クドウが投降してしまっては、すべての責任を押しつけて抹殺するという作戦は成立しない。ミレトス准将にしても、時代祭ケイごと《L.G.F.N.C》が消えてしまっては、第III局を追及することはできない。

 《L.G.F.N.C》は逃げなければならないが、逃げきってしまってはならないのだ。

 しかし、一方で准将はとんでもない情報を入手していた。

「ダウト、おまえの調査では〈アクエリアス〉は係累なし、となっていたが、見つけたぞ」

 予想外の展開にクドウは大ボケをかました。

「は? 妹でもいたんですか?」

「近いな。なんでわかった?」

 准将は驚きの表情を隠せない。

 まさか、潜在意識のストレートな願望のあらわれとはいえず、クドウは逃げを打つ。

「まぁ、なんとなく....」

「しかも、オーストリアだ」

「はぁ?」

 おもいっきりアホ面をしたあげく、それを誤魔化すために必要以上に真剣な表情をつくる。クドウの父方の故郷だ。

「おまえのよく知ってるあたりだよ。姪がいるんだ。十歳だ。なぜ、いままでわからなかったかというとだな、善意の養子縁組でひきとられていたらしく、戸籍が抹消されていたんだ」

「じゃ、どうしてわかったんです?」

 不思議顔のクドウに准将が説明する。

「そいつを仲介した弁護士が原本のコピーをもっていて、ある日、唯一の身内に知らせてあげたってわけだ」

「そいつはどうして、そういうよけいなことをするんです?」

 それじゃ秘密の意味がないだろ、といわんばかりの表情。

「じつは金が必要になったんだ」

「へ? その弁護士がですか?」

「バカもん。その娘がだ。先天的心臓疾患で、手術に大金が必要になった。〈アクエリアス〉はその当時にはそれなりに有名になっていた。二四〇二年の冬だ」

「手術はもう?」

 准将は首を横にふる。

「まだだ。いまのところ、体調調整と検査に当てられている。〈アクエリアス〉がヨーロッパにいたときに、一度尾行がまかれたろ」

「ええ、衛星もトンネルで見失って、二時間行方不明でした」

「あのとき、その娘に逢ってる」

 不意にクドウの顔が緊張した。

「局長! こっちがそれだけの情報を手にいれたってことは、連中だって....」

「安心しろ。手は打ってある」

 ミレトス准将は自信ありげに肯いた。

「以後、通信は封止だ。中継衛星を経由してこちらから通信することはできるが、そちらからはこれで最後にしろ」

「アイ・サー」



「さて、これからどうするかな」

 通信を終え、背伸びするクドウ。

 それをあわてて追及するナナオ。

「ちよっとダウト。いまのはなんなのよ。あんた、横領やって追われてんじゃないの?」

「デマだ」

「でも、手配書もまわってきてますよ。ほら」

 ラゼフスキーがモニターに画像データを呼びだす。

 小首を傾げた恰好で爽やかな微笑みをみせる栗色のポニーテールの美少女。

「ほう」

 あまり人には見せられない表情のクドウ。

「いいじゃん」

「いいじゃん、じゃない! あんたがそうだから、わけわかんない噂が流れんのよ!」

「どうも、遊ばれてる気がするな。で、誰だよ、これ」

「だから、アコンの....」

 いいかけてナナオの顔色を見て黙るラゼフスキー。

 その耳に小声でささやくクドウ。

「そのファイル、コピーしろ。まさかそれ一枚だけじゃないよな。身元調査は?」

「ダ・ウ・ト・!」

「てことだから、あとはよろしくね」

「よろしくじゃないわよ、ダウト」

 立ちあがりかけたところにナナオの叫び。クドウは、考えなおしたようにふたりの方を見た。

「ふむ。人手が必要だな。ナナオ、ちよっと散歩につきあわないか」

「どこまで?」

 警戒したナナオの声。

「まず花屋だな」

「ん?」

「それから、地球」

「あん? なにをいってんだ」

「オーストリアまでいくぞ。十歳の女の子の相手をするにはぴったりだ」

「十歳? あたしは行くとも、行かないとも。だいたい、少佐の留守にそんな無断で....」

「あっそ。また、背中に毛虫つけちゃうぞ」

 ぎょっとするナナオ。

「それとも宅急便で段ボールいっぱい送っちゃおうかな」

「....。わかったわよ。つきあうわよ。つきあやあいいんでしょ! そのかわり、こんな電話番みたいな仕事は嫌だからね」

「ああ、現場に復帰できるように准将に掛けあってやるよ」

「そうこなくっちゃ! じゃ、ラゼフスキー、ブリュロフ少佐に本局へ召喚されたって伝えといて」

「ちょ、ちよっと待って。中尉、ナナオ。おれはいったいどうすればいいんだ?」

「電話番」

 ふたりの声がハモった。

《Lonely Girl from North Country》艦内
四月二十五日 午前十時三十二分

 情報工作特殊艦《L.G.F.N.C》艦内の一人用キャビン。時代祭ケイは、ユーキ・クドウという人物に不思議な親しみをおぼえていた。まるでなにかの因縁であるかのように、その男は彼女のまえへとあらわれてくる。立場は正反対なのに。

 だが、彼女はあまりに多くの重荷を背負いすぎていた。もう、後戻りするにそれは重すぎた。

疲れた....。

 ケイははじめて、そう感じた。

 ふと、ブラウスのポケットに重みを感じて、手をのばした。

 あらわれたのは、彼女があの日、ヒロフミにプレゼントしたペンダント。

「いつのまに....」

 彼女は過ぎたおもいでをにぎりしめるように、そっとペンダントをしまった。

オーストリア ソル系テラ
四月二十五日 午後十時十五分

 第VII局長テオドシウス・ミレトス准将があえてテラ地上での展開を命じたのは、直属のシークレット部隊、ブランデンブルグ特殊部隊であった。

 第四〇四特殊整備連隊というのが部隊の正式名称。部内での通称ブランデンブルグ部隊。公式には機密兵器の保守整備試験等を担当する部隊で、膨大な艦隊の構成図の末端に記載もされている。しかし、その実態は謎のベールにつつまれた秘密情報局のセクションのひとつである。

「〈アールヴ〉より、チーフ・コム。指示通り展開を終了。命令に変更は?」

「変更なし。指定地域に侵入するいかなる指揮系統下にあるものもすべて、武装解除無力化せよ。このコードによるもの以外の全命令は無効」

「了解、チーフ・コム。しかし、本当によろしいのですね」

 〈アールヴ〉は一応念を押した。

「ブランデンブルグ部隊は任務を完遂する、伝統だな」

「お任せください」

 〈アールヴ〉は胸を張ってこたえた。

 いかなる困難をも克服するのが、部隊の誇りである。

 大尉を長とする一戦闘チームが、オーストリア、リースドルフ郊外にある邸宅の周囲に展開した。全員が特殊戦闘服を装備し、あらゆる白兵戦闘技術と兵器操作に習熟したヴェテランである。任務は警護ミッション。侵入者および遠隔操作兵器を警戒し、攻撃があれば外周防御ラインで敵を捕捉撃滅。しかるのち保護対象とともに速やかに撤収する。訓練と実戦でくりかえした段取り。

 問題は、その所属を問わず侵入者を阻止せよという命令にあった。地球での作戦といい、異常な任務ではある。しかし、部隊は特殊で極秘の任務には馴れっこであった。

《Lonely Girl from North Country》艦内
四月二十六日 午後二時二十五分

 ケイがホテルから拉致されてから、数日がたっていた。

 その間、彼女はキャビンに閉じ込められたままで、誰とも顔をあわせることはなかった。

 壁の一部がサービス・システムとなっているらしく、定期的に食事が用意され片付けられる。どこで手にいれたのか化粧品から着替えまで用意されていた。その周到さに、彼女は念入りに内装をあらためたが、隠しカメラらしいものは発見できなかった。

 彼女の所持品にもなにひとつ、手はつけられていなかった。試しにミニカムに呼び掛けてみたものの、案の定うんともすんともいわなかった。無駄としりつつ、監視妨害装置を作動させ、用意された着替えを調べる。

 下着の紐をつかんでつぶやく彼女だった。

「いったい、どこでこんなサイズなんてはかったのよ」

 サイズはすべてオーダーメイドのように完璧だった。

「でも、ふだん、こんなの着けてるとおもわれてるのかな....」

 すこしむくれた唇。

 また、ヴィジフォンも自由に使えた。ちゃんと、銀河ネットワークの番組は見れるし、驚いたことにオリジナルの艦内放送らしいものまで流れていた。見たこともないシンボル・マークが定期的にはさみこまれた映像は、その日のメニューやらニュース、番組リクエスト、ミュージック・クリップを延々と流していた。圧倒的なパーセンテージを占めるのは彼女の曲。

 つくりつけのコンソールと小さなモニターもあった。作動するのを確認すると、彼女はホストにむけて延々と悪口を書き込んで送信してみた。数時間後、ちゃんと返事がきた。

「番組リクエストはこちらへどうぞ」

 不思議なことに、この数日、彼女はひさしぶりに休暇をとったような気持ちだった。

 あの男とのやりとりから、なぜか肩の荷がおりたようだった。



 その日。

 目覚めた彼女は、モニターのメッセージに気づいた。

 それは二時間後、外出する準備を整えるように、というもの。

 そして、新しい服が届けられていた。

 が、衣装をあらためた彼女はいささか不満顔。

「これじゃ、ハイスクールの生徒よ」

 このホストの趣味はいささか分裂傾向にある。

 彼女は不審におもいながら、時間を待った。

 そして、その時間。

 モニターにアラーム音とともにメッセージ・サイン。

 彼女がそれを確認すると同時に、背後で扉が開いた。

 が、しかし、それはいちど開きかけたあと、ためらうように数十センチ開いたまま停まった。

 わざとらしい咳払い。

「はいっていいかな」

 あの男の声がした。

 ひよっとすると、いきなり部屋にはいろうとしてから、すぐ不躾さに気づいて、彼女が不意をつかれないよう配慮したのだろうか。

 ケイはひさしぶりにそっと笑みを浮かべた。

「どうぞ」

 あらわれたのは、クドウ、ウエザムの例のふたりと、彼女が見たことのない黒髪の女性だった。

「すこし、つきあって欲しいんだが....」

 クドウがためらいがちに切り出した。

「どこへ?」

「地球だ」

 ケイはクドウの顔をまじまじとみつめた。

「いちど連れ去っておいて、またそこへ戻るわけ」

「正確にはオーストリアだ。きみもよく知っているところだよ」

 彼女は心臓を締めつけられるような痛みと震えを感じた。オーストリア?

「より、正確にいうとリースドルフだ」

 背の高い方、ウエザムがさらにつけくわえた。

「まさか....」

 ケイの声が震える。

「随分と大事に、秘密にしてたらしいね。十一歳も違って、人見知りしなかったかい?」

 クドウがウエザムの靴をおもいきり踏みつける。

「どうするつもり。あの子は関係ないわ」

 クドウが壁にむかって話しかけた。

「なあに、たいしたことじゃない。ただ、われわれが探りあてたことというのは、往々にしてきみのスポンサーの知るところとなる、という偶然の現象について話しあいたいだけさ。どうも、彼女については秘密にしてきたようだし」

 ケイの頬から血の気が引いた。

 そのクドウの背中を、ナナオが強引にふりむかせて激しい口調で迫った。

「ちよっとあんた、それって、その子も危ないってことじゃないの。相手は彼女だって殺そうとしかねないんでしょ。どうするつもりよ」

「さぁ、オレには決めかねるね」

「この人でなし!」

 展開がみえないながら、ナナオが憤然と詰めよる。

「ロクデナシ、人非人、ダボハゼ、ミーハー、ダウト!」

 たいていの場合、クドウを罵倒して、まずまちがいないことになっている。

 沈黙する室内。

 ケイが静かな声でたずねた。

「それで、あたしになにをしろっていうの」

「知ってることを全部話して、二、三の質問にこたえてくれればいい」

「それは協力しないと....、てことかしら」

 クドウとケイ、ふたりのおたがいに視線をあわせないやりとりは静かに続いた。

「どう、受け取ってもらってもかまわないよ。あまり時間はないとおもう。なるべく前向きなこたえを期待しているよ。考えが決まったら教えてほしい」

 クドウはやっと、ケイの肩の上を見ていった。まるで、そこに何かいるかのように。

「じゃ、オレは忙しいから失礼するよ。このふたりが相手になるから、なるべく返事は急いで頼むよ」

 いいたいことだけいいおえると、クドウは逃げるようにキャビンを出ていった。

 あとには三人の気まずい沈黙。

 しかし、それを破ったのはケイのかすかな笑い声だった。

 ぎよっとした様子でウエザムとナナオは顔をみあわせた。なにごとかと、うつむいたケイの横顔をのぞきこむ。

「別に心配しなくたっていいわ。平気よ」

 彼女は泣いていた。

 ウエザムは不可解な表情を浮かべ、クドウに連絡をつけようとインターカムに顔を近づけたが、ナナオがそれを制止した。

「やめな」

 ケイは涙を流しながら、クスクスと笑い続けていた。

「ばっかみたい。本当は、そんなつもりなんて全然ないくせに。無理して、あんなこといってさ。すごい嘘つきね。それに、忙しいですって? ここにいられないからよ、あんなクールなことできっこない人じゃない、ね。あなたたちもわかってるんでしょ。そんなこと、できる人じゃないって。どうして、それなのに....」

 ケイは壁によりかかったまま、涙をぬぐった。

「驚いた....。こんな簡単に、中尉の本質を見抜くとは」

 ウエザムが心底感動したようにつぶやいた。

「へん、そんだけあいつは人間の底が浅いってこと」

ナナオがぶつぶつとつぶやいた。

「でも、もう一枚あるんだよな、あいつの場合。欺されちゃ駄目よ」

《Lonely Girl from North Country》 恒星間空間
四月二十六日 午後五時十二分

 クドウはシートにひとりもたれてBGMの時代祭ケイの歌をぼんやり聴いている。〈ぽしえっと〉は〈ぽしえっと〉で考えごとの続き。

 なにごとかをおもいついたかクドウは、不意に起きあがって〈ぽしえっと〉の情報端末にむかって話しかけた。

「おい、〈ぽしえっと〉。盗み聞きしたら駄目だぞ。いや、待て。おまえ、いままでケイの部屋のモニターしてたな。てことは....。許せ〜ん」

「あんまりバカなこといってると、精神分析にまわしますよ、中尉」

 そのまま、たがいに沈黙のまま時間が流れる。

 突然、BGMが止まる。

 〈ぽしえっと〉の報告。

「中尉、通信です。VII局長からです」

「繋げ」

 クドウの眼に緊張が走った。

 スクリーンにあらわれたミレトス准将もやや緊張の面持ち。

「中尉。リースドルフが襲われた」

「なにがあったんです」

 クドウは血相を変えて立ちあがった。

「地元の部隊を動員した組織的な攻撃だ。だが、護衛は万全だ。かれらは焦りすぎた。尻尾を出すのは時間の問題だ」

「では、なおのこと本艦を狙うでしょう。まだ、われわれを葬れば理屈はとおります」

 自分のこととなると、他人の不幸を聞かされているような表情のクドウ。

「どちらを選択する? 後の先か、それとも逃げの一手か」

「後の先でいきましょう。こちらに通信を繋いでもらえませんか?」

「トレースされるぞ?」

「それがねらいです」

「中継衛星を勝手に使用したまえ。コールサインは〈アールヴ〉、呼び出し周波数は7F216、パルスサイン〈ギムレー〉、アクセスコードは〈ぽしえっと〉が知っているはずだ。このあとはもう直接交信することは不可能だ。やむをえない場合は〈アールヴ〉を経由して報告しろ」

「アイ・サー。罠の口金をはずす役はお譲りします」

「幸運を祈る」

「幸運の女神がついてますから」

 クドウはスクリーンに敬礼して通信を切った。

 そして、ただちに〈アールヴ〉を呼び出す。

『....〈ダウト〉に確認する。オープン回線の中継をリクエストするのだな?』

 甲高い声がクドウの呼び掛けにこたえた。

『実況は迫力満点だよ。では、こちらは忙しい。(ノイズ)....。スプライト2、レッドセクターをカヴァーしろ。ブラウニ? (ノイズ)ブラウニ! 左だ、左に回れ。接近戦だぞ....』

 スピーカーから流れる、部隊内通信による戦闘の実況を聞きながら、クドウはおちつきのない様子でコンソールを指で叩く。ミレトス准将の手配を信じていないわけではないが、どうも居心地が悪かった。

襲撃部隊 リースドルフ オーストリア
四月二十六日 午後五時十八分



「敵は小隊規模。強力なシヨック兵器で相当損害が出ている。位置が確認できない」

 前線の小隊長からの通信にこたえる士官。治安出動した太陽系艦隊地上軍の完全装備の一個中隊を率いる大尉。

「バカな。敵は何者だ?」

「不明。支援部隊を要請」

 周囲はエネルギー兵器の火線が飛び交い、漂う白煙に視界も昼間とは思えぬほどに低下しつつある。戦闘開始後数分しか経過していない。

 丘を下った先に見える白い邸宅を囲むグリーンに輝くエネルギーバリア。その表面は燃えるように輝く。いや、実際燃えているのだ。そのバリアに触れた偵察ゾンデは一瞬のうちに消滅した。

 上空から接近しようとした地上支援機が爆散。

 その轟音と破片を避けようと、遮蔽物に隠れる士官。ミニカムが叫ぶ。

「あのエネルギーバリアはなんなんだ。いったい何が起こってるんだ?」

「わからん。情報屋に聞け」

「内務省部隊はどうした?」

「とっくに逃げちまったよ」

「大尉。指揮官からの命令です。戦闘ロボット中隊を突入させろ、との指令です」

 伝令が士官に這って近づいてくるといった。

 情報屋どもは、最後に残った予備兵力を使ってしまうつもりだ。こうなるまで、やつらは指一本動かしてない。

 彼は不機嫌にこたえた。

「やつに指令コードを渡せ」

「しかし、大尉....」

「中隊は負傷者を収容して撤退する。何が凶悪な犯罪者グループだ、あの大嘘つきの情報屋の野郎! あいつのいうことを信じてたら全滅してたぞ」

 敵がシヨック兵器を主体としてなければ、最初の待ち伏せで部隊の大半はかえらなかったはずだ。もっとも、シヨック兵器が効かない相手には容赦なく重火器をお見舞いしてくれるが。

 本来なら、逮捕に向かう情報部要員とそれを支援する内務省の重装備部隊が作戦の主役で、地上部隊はその要請により万一の事態に備えて出動したはずだが、いまでは本格的な戦闘に突入してしまっていた。

 攻撃を支援するはずの自走砲はいつの間にか破壊され、上空の支援機は早くも全滅。

 内務省部隊は、とうの昔に消えている。かれらの任務はエネルギー兵器の弾雨下で遂行されるものではないので当然のことだが。

 だが、敵の正体はなんなんだ? 誰も姿を見ていないとは?



「リンゼイ大尉が撤退を命令しました」

「あの役立たずどもが」

 地上部隊の撤退をしらせる報告に歯ぎしりしながら、情報局第III局士官は自力で任務を達成する決意をかためた。

「全員戦闘装備。接近してマイクロ爆弾でバリアを粉砕する」

 特殊戦闘服を装備するかれらの戦闘力は、一般部隊よりずっと上のはずである。

 護衛の手配くらいは予測していた。そのために混乱状態をつくりだそうと、内務省と地上部隊を動員したのだ。それがこの様とは。やつらはいったい何者を動員したんだ、エルトルス傭兵部隊でも雇ったというのか?

《Lonely Girl from North Country》艦内
四月二十六日 午後五時五十二分

 四十分後。クドウの明るい声が司令室に響く。

「〈ぽしえっと〉、〈アールヴ〉を呼び出せ。ありがとう、と伝えたい」

 肩の荷がおりたように、クドウは次々と〈ぽしえっと〉に命じる。

「そうだ、〈アールヴ〉の本名はなんだ? そんなことも聞いてなかったな。それに彼女の姪の無事な声も聴かせてもらえれば....」

 〈ぽしえっと〉の返答にはやや困ったような口調がある。

「あの、中尉。〈アールヴ〉はホルスト・ネルリンガー大尉のコードネームです。しかし、この通信を直接繋いだりしたら、かれの鼓膜が破れてしまうとおもいます」

「あん? なんだそれは?」

「ネルリンガー大尉はシガ人です。ブランデンブルク特殊部隊Dフォース、C小隊の指揮官です。准将はいったとおり手を打っていたようです」

 Dフォースはシガ人のみで編成された部隊。そのなかから、二十二名からなる一戦闘チームが派遣されたのであった。

 部隊には試作品の人型汎用兵器(ただし、シガ人サイズ)まで投入されていた。さらに実験的に投入された〈トラグーン〉は類熊タイプの大型戦闘メカで、内部の七つのデッキにそれぞれシガ人操縦者が搭乗する。実戦テストの結果はわるくないものであったらしい。

 その推定される戦力からすれば、少々の脅威などなにほどのものでもない。



 ケイへのメッセージを抱えたクドウが、キャビンの様子をうかがいにあらわれたとき、デッキでは手持ち無沙汰なウエザムが扉によりかかっていた。

「どした?」

「追いだされました」

「なんで、また」

「あのふたり、結構意気投合しちゃいましてね、中で盛り上がってますよ」

「ふむ」

 しかし、キャビンをのぞいたクドウが見たのは悪夢だった。アルコールの鼻をつく香り、まさか....。

「は〜い。ダウト、おひさしぶり」

「あちゃ〜」

 クドウは顔を押さえた。

 ベッドではケイがすやすやと寝入り、デスクにはグラスを掲げたナナオが赤い顔。

「おまえ、なにを考えてんだ、いったい」

 それに対して、ナナオが無言でレコーダーをさしだして、ニヤッと笑った。

 顔をしかめてクドウ。「おまえ、シッポ生えてんじゃない?」

「乙女心がわかんないやつだね。ま、聞いてみ」

 クドウはレコーダーを奪うようにうけとると足早にキャビンを出ようとする。

 その背中にナナオの声。

「あんた、この部屋ってほんとに殺風景ね。あ、あんた花束あげるの忘れたでしょ〜」



 クドウは司令室で、ナナオに渡されたレコーダーを再生した。

 わざわざヘッドフォンなどしてみたが、〈ぽしえっと〉には効果があるわけがない。

「いいか、〈ぽしえっと〉。盗み聴きとかなしにしろよ」

「そんな無駄なことしないで、文書化しろっていえばいいじゃないですか」

「嫌だ。ああ、記録はとっとけよ」

「....」

 盗み録りというのは、いささか気がひけたがこの場合仕方がない。

 約二時間の録音を聞きおえたクドウは、ヘッドフォンをはずすとためいきをついた。

「あいつ、本当にシッポが生えてるに違いない」

 テープのやりとりは、ケイと組織のつながりを明白にしめしていた。

 十八の誕生日に彼女は、わたされた父の遺品から父の素性を知った。

 彼女にはどうしても納得がいかなかった。

 なぜ? 彼女の父親が? いや、まったく無関係の母すらも。なぜ、犠牲にならなくてはならなかったのか。

 ケイは、行き場のない気持を歌に託すようになった。

 自分の信じるところにしたがって歌い続けた。歌うことは好きだったし、それにメッセージや行き場のない怒りをのせることに抵抗はなかった。いつしか、彼女は反体制ロックシンガーと呼ばれるようになった。

 だから、組織が接近したとき----父親の友人だったという男たち----彼女はためらわずその申し出を受けいれた。

 反テラ運動の一員になるという決意、それは彼女なりの復讐だったのだろう。そして、彼女の歌はこの宇宙に流れていき、思惑どおりの波紋を拡げた。

 しかし、....父、母、ヒロフミ、コンサート直後の騒動で傷ついた人々。リースドルフの襲撃。

 彼女は目的を見失っていた。

 彼女は組織のプロパガンダであっても、メンバーではない。

 まだ、時代祭ケイというアーティストを救出することは可能だ。

 失ったものはとりもどせない。だが、未来なら....。

 クドウにできることはある。

 彼女を自由にすることくらいはできてもいいはずだ。

 そのあとは....。

 そう、明日できることは明日でいいじゃない、か。

「なんせ、証拠というものがないからな。現行犯で捕まえるしかない」

 クドウは感想をおもわず口にした。

 それまで、ものおもいにふけるクドウの沈黙を尊重していた、〈ぽしえっと〉が待ちくたびれたように問いかけた。

「いつまでここにじっと浮かんでいる気です?」

「誰かが見つけてくれるまでだ」

「でも、ぼーっと待っていてもアホでしょ」

 クドウは唸った。一理ある。

「たしかにそうだ。で、どうする?」

「イーストサイドは? 逃げのびたような印象ありませんか」

「わるくないな。任せる。ただし、わかりやすく、派手に行けよ」

「アイ・サー。カルプ作動」

太陽系秘密情報局本部 テラニア
四月二十六日 午後七時三十五分

 テラニアの地下二千八百メートル、装甲ブンカー内。太陽系秘密情報局本部、その奥のもっとも警戒厳重な場所がアラン・D・マーカント太陽系元帥のオフィス。

 マーカント元帥のオフィスは事実上、地球が吹き飛ばないかぎり安全なほど堅固な地下におかれている。もっとも地上にもビルとオフィスがあるが、そちらはさほど重要なものではない。

 そこで、頭をかかえる男がひとり。

「こんな時に....」

 現在、太陽系帝国は未曾有の危機にある。いまだに島の王と呼ばれるアンドロメダの権力グループの正体すら解明されていない。ベータ星雲への膨大な補給を維持するだけでも困難な上に、デュプロの浸透に備えて、ミュータント部隊と太陽系秘密情報局は全面的な警戒体勢を敷いているため、人員も予算も不足している。

 この現状では太陽系秘密情報局としても、内政問題に戦力を投入してはいられない。

 そんなときに、ルジアーノ少将以下、何人もの優秀な幹部連が告発される?

 そんなことがあっていいわけがない。

 だが、問題はもはやもみ消すことができないところまでこじれてしまっている。

「ううむ、なんだって、よりにもよってこんな時に....」

 もちろん、こんな時だからおきたことなのだし、この伝説的な小男の元帥にもそこのところはよくわかっていた。

 しかし、こんなことを、どうやってローダンに報告できるというんだ。

 あの嫌みなアルコン人になにを言われるかも想像がつく。

 もとはといえば、かれらが銀河系をほったらかしにしておくのが悪いのだが。

 マーカントはしぶしぶ報告書をまとめはじめた。

 もちろん、目下頭痛の種である一隻の特殊工作艦について、多くのページが費やされたことはいうまでもない。

《Lonely Girl from North Country》
銀河系イーストサイド
四月二十七日 午後二時六分

 十数時間のリニア航行ののち、《L.G.F.N.C》が実体化したのは、太陽系帝国の勢力圏のはずれ、イーストサイドにほど近い無人の空間。定期航路をはるかにはずれた虚空。ここはもうブルー族の縄張りともいえる。太陽系艦隊の哨戒部隊が、ブルー族の侵入に備えて警戒にあたってはいるものの、隠れ潜むには絶好の場所と人の目には映るだろう。

 待機に移ってほどなく、〈ぽしえっと〉がクドウを呼ぶ。

「中尉、時代祭ケイが話があるそうです。つなぎますか?」

「頼む」

 喜んで、とはいわなかったが。

 メイン・スクリーンいっぱいにケイの顔が映しだされる。クドウのさしいれた服を着て、髪をラフにポニーテールにまとめている。

 わるくない。

 なぜか、ほっとしたものを感じるクドウ。

「映画だね」

「え?」

 クドウのつぶやきに、ケイのきょとんとした表情。

「いや、なんでもない」

「話があるの。時間がとれる?」

「このままでいいかな」

 昨日の今日では、まだ直接逢うのはちょっと苦手かな、とおもいたずねるクドウ。

「構わないわ。モニターに話す方が楽だわ」

 彼女も同じ気持ちのようだった。

「そうだ、酔っぱらいがそこにいないか?」

 突然そのことをおもいだし、あわててナナオの行方を聞くクドウ。

 あいつがまた、ろくなことをしでかさないんだ、これが。

「ベッドで寝てるわ。いい人ね」

「どこが....?」

 微笑んだケイに、露骨に疑念の表情のクドウ。

「伝えたいことはね、もう、あたしはこんなことを続けるつもりはないってこと。やっぱり、向いてないのね」

 彼女は口許に寂しげな笑みを浮かべた。

「だから、どこか田舎に降ろしてほしいの。それでまた、いちからやりなおしってとこね。もちろん、見逃せないっていうなら別だけど....」

「見逃すもなにも....、だって別に法に違反したわけでもないし、反政府活動に関与した証拠もないわけだしね....。ただ、黙ってどこかに降ろすというのは無理だ」

 クドウは断言した。それはあまりに危険だ。

「どうして?」

 ケイの表情が曇った。

「証人を残しておくほど優しくない連中がいるし、シンガー時代祭ケイは引退するには早すぎるとは思わないかい?」

 気どったクドウの台詞に、唖然とするケイ。しかし、すぐに笑いだした。

 スクリーンいっばいにひろがるケイの笑顔に、クドウも釣られて笑いだした。

 司令室にはいってきたウエザムが不思議そうに、スクリーンとクドウを見ていった。

「〈ぽしえっと〉、いったいなにがあった?」

「さあ。仲直りでもしたんじゃないですか」

 しかし、その和やかな雰囲気を警報音が破った。

 いつもいつも、いい雰囲気になると、警報が邪魔をする手筈らしい。

 緊張した表情になるクドウと、不安げなケイ、シートにとびこむウエザム。

 メイン・スクリーンの映像がサブスクリーンに切り換わる。

「客が来ました」

 〈ぽしえっと〉が告げた。

「戦闘準備。艦内回線はこのまま維持しろ」

「なるほど。かわいい娘が映ってた方がやる気がでると」

「メインは現状維持にしますか、中尉?」

「おまえら、オレをバカにしてないか」

 やつぎばやの攻撃にいいかえすこともできず、ふてくされたようなクドウの声。

 スクリーンには球型艦の姿が映しだされる。

「アクティブ探知エコーを捕捉。目標、急接近。砲塔を展開」

「戦闘準備」

 クドウの命令を待ち兼ねたように、全長三五〇メートルの転子状船の側面から五基の巨大な砲塔があらわれる。

「HU"スクリーン展開。目標を識別。《アーク・ロイヤル》です」

 クドウは距離を確認、命令をくだす。

「〈ぽしえっと〉、逃げろ。ここで撃ちあっても相討ちがせきのやまだ。あいつを沈めては証拠がなくなるどころか、本当に叛乱になっちまうぞ」

「しかし....。《アーク・ロイヤル》がHU"スクリーンを展開。攻撃照準波に捕捉されました。全速で離脱します」

 濃いグリーンのバリアにつつまれたまま、《L.G.F.N.C》は最大加速で逃走する。

 しかし、巡戦の加速、速度ともそれを凌いでおり、距離は急速に縮まる。

「どうします? 射程内にはいったら相討ち覚悟で撃ってきますよ」

 ウエザムがたずねる。

 直径五百メートルの巡洋戦艦《アーク・ロイヤル》は、巡洋戦艦としては例外的に新開発されたコンパクトタイプの五百ギガトン級トランスフォーム砲を、各三連装とし計十八門を装備、高い発射速度と破壊力を両立させている。さらに優れた運動性を誇り、防御力もHU"スクリーンを装備し、在来インペリウム級を遙かに凌駕した水準にある。

 一方の《L.G.F.N.C》は大きさこそ全長三百五十メートル、直径五十メートルの転子状船だが、ウルトラ戦艦に搭載されたものと同じコンパクトタイプの千ギガトン・トランスフォーム砲を五基搭載、さらには全艦の大半がエネルギーステーションと推進機関である。

 まともに撃ちあった場合、攻撃力防御力ともに両艦はほぼ互角であった。総合戦闘力としては、プラズマ付加ポジトロニクス〈ぽしえっと〉の操艦する《L.G.F.N.C》の方が高い水準にはあったが、この状況ではその優越さを発揮できない。

 もし、射程距離内でまともに撃ちあえば下手をすれば共倒れ。至近距離の砲戦であればどちらかの爆発に巻き込まれて、誘爆もありうるのだ。よくあることではないが、このクラスの艦の反応炉が核融合爆発すれば、そのエネルギーは超弩級戦艦の一斉射撃に匹敵する。

「リニアで逃げか」

 クドウがつぶやくようにいった。

「でも、リニア空間でも追跡は可能ですが....」

 納得いかなげな表情のウエザム。

 それを無視して、クドウはサブスクリーンのケイに話しかける。

 モニター越しに戦う男たちの横顔をみつめていた彼女は、なぜか口許に笑みを浮かべていた。

「あのさ、カラオケでワンステージ歌ったら、ギャラはいくらぐらい?」

「....」

 不意をつかれ、この緊迫した状況と無縁の質問にとまどうケイ。しかし、すぐ笑顔でこたえた。

「バンドがないと歌わないの。でも、なんで?」

「いますぐ、歌ってほしい。ここで、だ」

「なにいってんです、中尉」

「艦内で?」

 ウエザムとケイの声が交錯する。

 しかし、その表情にはありありと疑念の色。

「〈ぽしえっと〉、いまからリクエストする曲のボーカルを抜いてくれ。それから、スタジオをスタンバイ。ケイ、衣装がないけどいいかい?」

「いや」

「....」

 こんどはクドウが不意をつかれる。

「と、いいたいとこだけど、何枚か気にいったのがあるから許してあげる」

 意地悪な瞳で彼女は、モニターに向かって楽しげにウインクを飛ばす。

 焦ってシートからのけぞるクドウに、掌を上にむけて肩をすくめるウエザム。

「じゃあ----話は決まった。ウエザム、彼女をスタジオに案内しろ」

「あの中尉、スタジオって....あの、開かずの間。まさか、本当に造ったんじゃ....」

 恐る恐るたずねるウエザムに平然とこたえるクドウ。

「そうだ。この間の修理のとき造った」

「信じられない....」

 首をふってウエザムは立ちあがった。

 クドウはやつぎばやに指示をくだす。

「〈ぽしえっと〉、ケイの部屋にロボットを。メイキャップを手伝わせろ。曲順はこれからいうとおり」

「調整は中尉がやるんですか?」

「当然だ。司令室のマルチモニターを使うのさ」

「何を考えてるかわかりました」

 〈ぽしえっと〉が機械らしからぬものいいをした。

「ギャラリーを集める気ですね」

「そうだ。オレたちの追跡命令は艦隊にはでていない。公式には存在しない艦を追跡はできないもんな。それが狙いだ」

《Lonely Girl from North Country》艦内
銀河系モルゲンロート星域
四月二十七日 午後五時五分

 二時間後。トリッキーな短距離リニア・ドライブを反復することで、巧みに追撃艦との差をたもちつつ、クドウの計画は着々と進行していた。

 リニア空間では差は縮まらないが、リニア・ドライブにはいるタイミングで微妙に差はひろがっていた。このままでも、いつかは、ふりきれるかも知れなかったが、それまでにはカルプが焼き切れるだろう。

「中尉、準備OKです」

 〈ぽしえっと〉の声が響いた。

「こっちもOKです」

 寝ていたナナオを叩き起こして、ケイの支度を手伝わせていたウエザムも報告をいれた。「バッチシですぜ、中尉」

「そう、われながら完壁だわ」

 スタイリストのお姉さま、ナナオが自画自賛。

「ちえっ。モデルがいいからだ」

 スクリーンにはスタジオの様子があらわれる。ステージの正面にモニタースクリーンがあり、カメラの映像や曲目、指示、はては歌詞が映る仕掛けである。

「まもなくモルゲンロート星域です」

 〈ぽしえっと〉がクドウの注意をひいた。イーストサイドとの境界に面した、太陽系帝国の最前線にもあたるモルゲンロート星域には多数の艦隊基地があり、ブルーの動向に目を光らせている。おりもおり、大規模な演習〈イーストサイド×12〉が展開されていた。

「準備はいいか?」

 質問というよりは確認を意味するクドウの問いに、〈ぽしえっと〉、ケイ、ウエザム、ナナオがそれぞれに応じた。

「イエス・サー」

「いつでも」

「モチです」

「いいわよ」

 クドウは、ケイがこの試みに参加してくれたのが嬉しかった。頭のいい娘だから、目論見はわかっているだろう。それは、つまり、彼女の頑な心がいくらか開かれたと思ってもいいのでは。

「《アーク・ロイヤル》が差を詰めています」

 〈ぽしえっと〉が不穏な報告をいれる。

「どんな手を使った?」

「予測航法のようです。リニア飛行を解除する際、故意にオーバーシュートさせて通常空間へ突入しているようです」

「天才的だな」

 その言葉に、不満ありげにこたえる〈ぽしえっと〉。

「それは認めます」

「まあ、後から来る以上やむをえないさ。それより、こっちもいくぞ。ハイパーカムの用意はいいか?」

「もちろんです。全周波数帯で放送可能です。五十光年内ならその気がなくたって受信できます」

「よ〜し。それじゃ開演三分前といこうか。時代祭ケイ・スタジオ・ライブ・アット・モルゲンロート」

 その言葉とともに、スクリーンに大きく180のカウントがでる。

 この間にあわてて司令室に戻ってくるウエザム。

 メイン・スクリーンには八人の時代祭ケイの姿。それぞれの表情で、瞳を伏せて時間を待つ。

 そして、中央モニターに映るカウントダウン。

 カウントが60になったとき、クドウがそっと目配せ。

 すると、マルチスクリーンの中央にあらわれる文字。

 〈モルゲンロート星域に警報!〉

 たんなる気分の問題でインカムをかぶっているクドウが、モニターにむけて両手の指を立てる。スタジオのモニタースクリーンには減っていくカウント。

 やや緊張した面持ちのケイ。

 カウントは9、8と減っていき、3、2、1。スタート!

 ミュージック・ディスクから音源をとり、高性能プラズマ付加ポジトロニクス〈ぽしえっと〉がリミックスした演奏がスピーカーを震わすと、ステップを踏みはじめるケイ。

 口許はかたく引き締められていたが、その頬には楽しげな笑みのかけらが浮かぶ。

 オープニングは〈NEVER MIND!〉



爪をなくし 牙の折れた獅子のように

二度と立ち上がれないと思ったとしても

まだ あきらめていない

たとえ歩みが いま 止まったとしても

いつでもおわりははじまりと知っているから



何もかも失い

明日さえ二度と巡ってこずに

すべてが闇に帰るとしても

まだ あきらめていない

光は闇に 闇は光に

おわりをおわりと信じないで

いつでもおわりははじまりと知っているから



誰もがいつかは 立ち止まってしまうけど

記憶は 涙に変わってしまったとしても

いつでもおわりははじまりと知っているから

かならずおわりはないと



《ブチブチ》 銀河系モルゲンロート星域
四月二十七日 午後六時四十五分



光は闇に 闇は光に

おわりをおわりと信じないで

いつでもおわりははじまりと知っているから



 艦隊前衛として哨戒行動中なのであるから、通信室には規定の人員しかいないはず。

 それが、もう、これ以上ははいりきらないほどの人数が、通信室に押しかけてスクリーンを見つめていた。押すな押すなである。

 スクリーンには空間から受信された通信映像がモニターされている。

 小柄な体ににあわない迫力でビートにのって歌う少女、時代祭ケイ。カメラが切り替わって、横顔の流れる汗を映す。

「おい、こんなとこでハイパー・ヴィジョン放送あったか」

「バカ。なわけないだろ」

「報告しなくていいのかな」

「だまってりゃわかんないって。俺、コンサート行きたかったんだぜ。でも、なんでこんなとこでスタジオ・ライブをやってるんだ」

《リングワールド》 銀河系モルゲンロート星域
四月二十七日 午後六時五十六分

 同じ演習に参加している軽巡《リングワールド》の通信士は、案外まじめだった。

 かれは発信源不明の通信をキヤッチすると、まずそれを司令室に報告したのだ。

「なに? 全周波数で流れているだと。スクリーンに映せ」

 《リングワールド》艦長ニコライ・ラリーニ少佐は、そのいわなければよかったひとことをつぶやいた。

映像があらわれたとたん、それまで厳しい軍規のもとで保たれていた司令室の秩序が崩壊した。

 激しいビート、ドラムスとギターの大音量が響きわたり、髪をふりみだして熱唱するスリムな東洋系の少女の姿が映し出された。

「なんだ、これは」

 ケイを知らないラリーニ少佐はあっけにとられてスクリーンを眺めた。

 副長バンデーラ大尉がこたえた。

「時代祭ケイです。御存知ありませんか」

「ない。....なんだ、この歌詞は。これは....、大執政官のことではないのか」

「はぁ、〈偉大なR〉という曲でして」

「なんできみがそんなことを知っている。....おまえたち、なにをやってる」

 リズムをとってスクリーンをながめている乗員たちを少佐は怒鳴りつけた。

「いいから、スクリーンを消せ。消せといったら消せ」

 映像が消えると一斉に落胆のためいき。

 ラリーニ少佐はその声の方向をにらみつける。

「なぜ、こんないかがわしい放送が、こんな辺境空間で流れてるんだ?」

「さ、さあ....」

「もういい。いや、よくない。通信室? この通信の発信源をわりだせ。もう、おわっている? よし、どこだ? データをだせ」

 スクリーンにデータ表示。

「すぐ近くだ。副長、その不届き者を臨検する。通信法に違反しておる」

「たしかに....」

 そんな目くじらたてなくっても、という顔でうなずく。

 《リングワールド》はリニア空間にはいった。

《Lonely Girl from North Country》
銀河系モルゲンロート星域
四月二十七日 午後七時二十三分



一瞬の現在(ひとときのいま)

輝きのなか 旅した季節は移り

アルバムに収まる

追いかけて 追いつけず

いまは心 手のひらから

こぼれる砂のように失くしていく



 《L.G.F.N.C》は放送を続けながら、追撃を逃れて逃走中。

 距離がつまるとリニア空間にとびこんで差をかせぐ。わずか数光分のショート・リニアでは《アーク・ロイヤル》はついていくのがやっとである。

 しかし、ライブも中盤にさしかかり、クドウの趣味のプログラムがバラードにかかったとき、ツキは《アーク・ロイヤル》に移った。

 短距離リニア・ジャンプの後、偶然に助けられながらも天才的技量を発揮した巡戦が、《L.G.F.N.C》を射程内に収めることに成功したのだ。

「目標発砲!」

 〈ぽしえっと〉の声とともに、スクリーンの球型艦が発砲の閃光につつまれた。

 《アーク・ロイヤル》は各九門づつの発砲をくりかえし、二倍の発射速度で転子状艦を圧迫する。その散布界に捉えられた《L.G.F.N.C》をギガ爆弾の爆発が襲う。まぶしい光球がひろがる。幸い、至近弾のみで爆発のエネルギーはすべてHU"スクリーンが吸収した。

「反撃します」

「待て」

 クドウが〈ぽしえっと〉をさえぎった。

「こっちは無防備だということを忘れるな。バリアも命中確実なとき以外はなしだ」

「冗談でしょ」

「冗談なもんか」

 クドウはなにかおもしろい冗談を聴いたとでもいうようにいった。

「〈ぽしえっと〉が逃げに徹すれば、結構いけるとおもうよ」

「賭けですね」

 ウエザムが凄味のある表情でつぶやいた。

「のるかそるか作戦とでも名づけますか」

 〈ぽしえっと〉がオチをつける。

「いや。作戦名は〈毛虫は本物の生命体か?〉で決まりでしょう」

「いいかげんなこといってんなよ。時代祭ケイ・ライブ〈UNFINISHED RUNNIN'〉に決まってんだろう」

「それはそれは」

「あんまり、ひねりが効いてないんじゃないですか。中尉にしては」

 あまり評判はよくない。



一瞬の現在(ひとときのいま)

振り返ることも 呼び戻すこともできず

アルバムを開くだけの

Tenderness

ページを閉じる時 また

別の季節が扉を開く



 曲はバラード、〈一瞬の現在(ひとときのいま)〉にかかっていた。バリアヘの命中弾は艦に多少の動揺をもたらしたが、ケイの表情はまったく変わらず、歌いつづけていた。

《リングワールド》 銀河系モルゲンロート星域
四月二十七日 午後七時三十九分

「艦長。通信発信ポイントですが、妙です」

 スクリーンには、一隻の転子状船とそれを攻撃する巡洋戦艦の姿が映っていた。

「なにごとだ。誰何しろ」

 ラリーニ少佐がそういった時、通信室からの報告。

「艦長、サブスクリーンを見てください」

「なんだ」

 そこには、先程の少女が映っていた。

「まだ、こんなのを受信してたのか」

「音声を....」

 モニターの少女は、マイクを両手でつかんで、真剣な表情で語りかけていた。

「....。この放送はある宇宙船から行っています。これはライブです、テープではありません。わたしは、ある理由でここで歌うことにしました。でも、最後まで歌うことができるかはわかりません。どうやら、わたしがここで歌うことを快く思わない人たちがいるようです。もしも、このメッセージを聞いたなら、わたしが最後まで歌い続けていた、と伝えてください....」

 ケイはふたたび、バラードを歌いはじめた。

「どう、思う、副長?」

「どうって....」

 バンデーラ大尉は頭を抱えた。もっとも、ラリーニ少佐も頭を抱えたい心境であろう。

「発信源はどうやら、あの船らしいですから。とりあえず、あの巡戦の艦籍を誰何した方がいいと思います」

「どうもよくわからんことが多い....」

 ラリーニ少佐は呟きながら、接近して通信を送るように命令した。

《Lonely Girl from North Country》
銀河系モルゲンロート星域
四月二十七日 午後七時四十三分

「あの軽巡かな」

 立体表示スクリーンをながめながら、ウエザムがぼそりといった。

 貧乏くじを引いたのは、という意味らしい。

 クドウはといえば、あまり興味ないらしい。

 かれの関心は、モニタースクリーン上の歌う少女に集中していた。

 〈ぽしえっと〉がやむなく進んで状況を説明。

「通信内容から、軽巡は《リングワールド》、艦長ニコライ・ラリーニ少佐と判明。誰何に反応はなし。こちらはどうこたえます」

 そうたずねた瞬間、サブスクリーンの球型艦が発砲の閃光をきらめかした。

《リングワールド》 銀河系モルゲンロート星域
四月二十七日 午後七時四十四分

 《リングワールド》のうかつな行動は、球型艦の上極砲塔の砲撃というかたちで酬いられた。

 通信への返答は、故意に照準をはずしたトランスフォーム砲弾。

 直撃はしなかったものの、ギガ爆弾の爆発の至近弾をバリアが拾った《リングワールド》はその衝撃で一瞬にして大破。危急を告げる通信をばらまきながら、リニア空間へ逃げ込んだ。

「《リングワールド》、艦籍不明の球型艦の攻撃をうける。繰り返す....」



 その瞬間の、モルゲンロート星域のハイパー空間はかってないほどの密度のハイパー通信で充満していた。

 《リングワールド》の緊急通信への無数の呼び掛けと応答が交差し、同時に多くの艦で指揮官たちが一斉に同じ命令をくだしていた。

「カルプ作動!」

《Lonely Girl from North Country》
銀河系モルゲンロート星域
四月二十七日 午後七時四十六分



一瞬の現在(ひとときのいま)

とどめることも 引き戻すこともできず

風がすりぬけていく

Sadness

ページを開く時 また

別の季節が扉を閉じる



「さて、逃げるかな....」

 クドウがやっと状況に関心をしめしていった。

 去就に迷うかのような進路をとっていた《アーク・ロイヤル》だが、ふたたび獲物に向かう決心をくだしたようだった。

「中尉、来ます」

「ショート・リニア・ドライブ!」

 軽巡との幕間劇が、《L.G.F.N.C》に間合いをあたえていた。

 《アーク・ロイヤル》は射弾を放つが、有効射程に踏み込めず、ギガ爆弾の火球は虚しく暗黒を照らすばかり。

 しかし、ギャラリーを集めてしまったことで《L.G.F.N.C》もHU"スクリーンに頼ることができなくなった。いかに〈ぽしえっと〉の回避操艦が卓抜していたとしても、そうそうはかわしきれない。

 十秒後、第二射が到達。

 ウルトラブルーの光球の輝きが《L.G.F.N.C》の艦体を明るく照らしだす。

 急速に膨張するガス球に触れては、通常バリアなどひとたまりもない。

「中尉!」

「大丈夫だ。直撃でなければ....」

「新型装甲は最強度にセット。直撃以外なら耐えられます」

 そうでなければ困る。

「幸運の女神を乗せてるからな」

「不幸の天使も乗せてるから、最悪差引きゼロでは?」

「悪運はマイナス無限大だってば」

 その間にも、トランスフォーム砲弾第三射が到達。

 〈ぽしえっと〉の突発的な回避機動のおかげで、巨大な花火を打ち上げただけにおわる。

 まだ、ツキはこちらにある。

 だが、もう長くは待つ必要はなかった。

 周辺空間に続々と実体化する艦艇群の存在を〈ぽしえっと〉が確認した。

「続々と艦艇が実体化。計測困難。演習中の艦隊です。本艦に退避を指示しています。《アーク・ロイヤル》へは停船命令を出しています。現状での最先任士官は、第千六戦艦戦隊のアドリアン・バレージ少将のようです」

「まだ、終わったわけじゃあないんだな」

 クドウが気のない声でつぶやいた。

《プリンス・エドワード・アイランド》
銀河系モルゲンロート星域
四月二十七日 午後八時十二分

「相手はなにものだ?」

 アドリアン・バレージ少将は幕僚にたずねた。

「はっ。五百メートル級巡洋戦艦で、艦籍不詳ですが、わが軍のトランスフォーム砲に酷似した兵器を装備しており、グリーンのバリアを展開しています」

 若い参謀が緊張してこたえた。

「トランスフォーム砲にグリーンのバリアだと! ではテラ艦ではないのか?」

 驚きを隠せず、少将は叫んだ。それでテラ艦でないとしたらなにものだというのだ?

「まったく呼びかけに応じませんので....」

 少将は理解不能とばかりに頭をふった。ならば、なにか確認する方法を考えるのが幕僚の役目だろう。

「もう一隻の方はどうした」

「軽巡四隻が護衛しています」

「そうか。逃がすなよ」

 バレージ少将は獰猛な笑みを浮かべた。

 この騒動は必ず解明してやる。

「指揮下の艦艇は掌握したか?」

「わが戦隊のほか、重巡四個戦隊と独航の軽巡複数を指揮下に組入れました」

 では、二十隻の超弩級戦艦と三十五隻の巡戦、二百隻の重巡、数十隻の軽巡がいるわけだ。いずれも在来型とはいえ千門をこえるトランスフォーム砲がある。ならば、たとえグリーンのバリアがあってもなんとかなるだろう。

「猶予期限切れと同時に攻撃する」

 バレージ少将は待つつもりはなかった。



 《アーク・ロイヤル》は大小数百隻の艦艇に包囲されていた。しかし、たかが一隻とはいえど、HU"スクリーンを持たない在来艦艇とでは戦力がケタ違いである。戦って、切り抜けることも可能なはずだった。

 しかし....。

《Lonely Girl from North Country》
銀河系モルゲンロート星域
四月二十七日 午後八時十五分



きみの描く夢を話してごらん

いつかは誰も 自由な空を追い求める

時は風のように過ぎ去るのはなぜ?

心をしばりつけるものはなに?

風をしばりつけるものはない

いま 宇宙へと 解き放て



自由はいつでもそこにある



そして 心の翼で翔びつづけろ

月の光は儚く

宇宙へと想いを

いま 時の翼で翔びつづける

昨日がいちばん遠い日と知ったから



いつだって未来を思ってごらん

ひろげる指は 無心に風を追い求める

時を歩きだして まず求めたのはなに?

心を失したのはどこ?

風はまたそよぎはじめる

いま 幾度でも 解き放て



臆することはない

はるかかなたまでひろがっている

明日がいちばん遠い日と知ったから



そして 心の翼で翔びつづけろ

月の光は儚く

宇宙へと想いを

いま 時の翼で翔びつづける

昨日がいちばん遠い日と知ったから



 油断なく監視はされながらも、傍観者をきどっていた《L.G.F.N.C》への通信をキャッチしたと、〈ぽしえっと〉が知らせた。

「驚くなかれ、《アーク・ロイヤル》からです」

「つないでくれ」

 クドウもやや意外そう。

 かれのコンサート・プログラムも終盤となり、スクリーンのケイの表情を見つめながらアンコールを思案していたところ。

「《アーク・ロイヤル》艦長、ロベルト・セイパーヘーゲン大佐だ。きみのことは知っている。クドウ中尉」

「こちらもお名前は存じ上げております」

 安全な空間からクドウは丁寧に挨拶。

「われわれの計画を完全に押さえたようだな。完敗した。うまく始末できればチャンスはあったのだがな」

「それは恐縮です」

 そのひとことで突き放そうとしたものの、クドウは気がかわった。なにかいってやりたくなったらしい。

「あなたがたのことは理解できないこともありません。でも、あまりに非道すぎたとはおもわれませんか」

 相手は無言のまま。

「なにより、時代祭ケイに手を出したのは失敗でしたね」

「まったく、そのとおりで。こんな可愛い娘がからんでなければ、中尉はうごかなかったですからね」

 相手に聞こえないようにささやくウエザム。

「あなたがたが無血作戦にこだわって行動していれば、わたしの考えも違ったかもしれない」

「われわれの行動は誤っていたかもしれないが、最善をつくした結果だと信じている。だが、もうこれ以上、味方と戦うことはわたしにはできない。降伏することになるだろう。ただ、きみという人間がよくわからなかった。それで、面識を得たかったのだが....」

 セイパーヘーゲン大佐は疲れたようにつけくわえた。

「きみはバカのふりをしてわれわれをだましたな」

 すかさずウエザムが小声で、

「ほんとうはただのバカなんですって....」

「過大評価されて嬉しいですね。やはり、あなたがたに時代祭ケイは理解できない」

 クドウは通信を切った。

 これで終わったらしい。そう思うと肩の力が抜けるよう。

「ウエザム、おまえ、うるさいぞ」

「でも、事実そうなんだし....。たんなるミーハー」

 その口調にふくまれているものに警戒して、すこし用心してこたえるクドウ。

「おまえだって、そうだろ。やっぱり、こんな可愛い娘を巻き添えにするようなやつにはだな....」

「いいえ。わたしはカオよりカラダですから」

 きっぱりと断言するウエザム。

「それ、なんの話?」

 いつのまにか暇をもてあまして司令室にあらわれたナナオがたずねた。

 とびあがって驚くクドウとウエザム。

 顔を見合わせて、

「....グリーンのちっちゃな毛虫の話だよな」

「そ、やっぱり、ぷちっとつぶしたらまずいですよね」

「ん....?」

「つまり、本物の生命体ってことだ」

 ふとスクリーンを見ると、不安そうな表情で立ち尽くすケイの姿。

 彼女には状況は伝わっていないのだ。

 それに、いつのまにか、ライブのプログラムは終了していた。

 しまった、ラストはお気にいりの TOMORROW 、HAPPY AGAIN の二連発にしてたのに。いつのまに!

 それに気づくとクドウ、インターカムに向かって陽気につぶやく。

「幕切れだ。ケイ」

 何かを察したように、モニターのケイが不意にウインク。

 クドウは一瞬表情を凍らせ、ついで照れたようにシートに倒れこむ。

 そして天をあおぐと、指先をまっすぐにのばす。

「ラスト、アンコールにこたえて一曲いこう。いけるかい?」

「あたし、アンコールはとことんやる主義なの。ただし、そんな気分にさせてくれるくらいのノリをみせてくれないとね」

「う〜ん。で、どうだった?」

 ケイは瞳をまるくして、二本指で敬礼してみせる。

「合格にしとくわ」

「嬉しいね。なら、とっておきの TOMORROW をアンコールにリクエスト」

「偶然ね。あたしも大好きよ」

 モニターの一面に曲名が映る。

 そして、イントロが流れだす。

 モニターからじっと見つめるケイの表情は不思議とリラックス。

 マイクが口許にかかる。



PAINTED MY HEART

LIKE FINE BLUE SKY...



「どっかで見た映画みたいですね」

 一部始終を見てとった、ウエザムがいった。クドウは歌詞を口ずさんでいる。

「そうだな」

 映画だったらどんなに良かったことか。

"Lonely Girl from North Counry 1st"

(c) 1996/2/14 yuki sano with y.wakabayashi
produced by rlmdi