| | | | | | | | |1 季節が永遠に巡るように、いつもいつでもはじまりだから....
妙に明るく暗い言葉を発する若い男。
「悪運も尽きるときがきた、と」
落ち着いた声がそれにこたえる。
「包囲されます。避退進路なし。突破します」
これまた冷静な別の声とともに、スクリーンが多数の光点とダートの表示で賑わう。
「前方敵艦多数」
拡大されたモニターに銀色の球体群が映しだされる。
「撃破しろ!」
「危険です。追越してしまいます」
立体表示スクリーンのグラフィックがめまぐるしく移動。相対的な位置関係をあらわす。
ほぼ同ベクトルのデュプロ艦のほうが速度が遅い。
高加速中の《L.G.F.N.C》は、敵に急接近しつつある。撃てば、自身のギガ爆弾の爆発と、敵艦の爆発のまっただなかに突っこむことになる。さしものHU"スクリーンも耐えられるかどうか。
もちろん、撃てないのは相手も同じ。
絶好の砲撃機会だが、撃てば爆発のエネルギーは《L.G.F.N.C》もろとも自分たちに追いついてきてしまう。
「変針しますか」
「駄目だ。交差方位をはずせば、袋叩きにあうぞ」
《L.G.F.N.C》は前方を押さえられている。しかし、そいつらが同時に楯になっていて後方の敵は撃てない。追尾しながら対極砲を撃つには、目標の前方に撃ちこむしかないが、そこには味方がいるのだ。
しかし、長くはこの状態は続けられない。前方の敵艦にもうすぐ追いついてしまう。脱出する空間を捜さなければ。だが、回避のための不規則加速をくりかえしていては速度も上がらない。光速度に達すれば、追尾しながら砲撃することは不可能なのだが。
クドウの思案を〈ぽしえっと〉の報告がさえぎる。
「中尉! デュプロ艦が衝突コースに入ってきます」
《L.G.F.N.C》の逃走を阻むためなら、複製装置でつくられたデュプロたちは体当たりすら辞さないとみえた。
針路にたちふさがる巨大な球型艦がスクリーンに映る。
直径千八百メートルのテフローダー型超弩級戦艦。数十門の対極砲の片舷斉射の毒々しい発砲の閃光が暗黒の空間を照らしだす。
「直撃弾多数着弾!」
〈ぽしえっと〉は警告とともに命令を待つことなく、他の動力を停止させてバリアに全エネルギーを注ぎこむ。
共倒れを狙って攻撃するとは....。
濃いグリーンのバリアにつつまれた《L.G.F.N.C》は慣性飛行で定針。そのまま、自爆覚悟で全火力を叩きつけながら、接近する前方の球型艦を衝撃した。
炸裂するギガ爆弾の発生させた高熱のエネルギーに覆われた炎の塊と化したHU"スクリーンはデュプロ艦の半空間バリアと接触。
赤いバリアを放電とともに引き裂いた《L.G.F.N.C》のHU"スクリーン、触れるものすべてを原子に還元してゆく高エネルギー重層スクリーンは、千八百メートル級艦の艦体をも呑みこみ、渦巻くエネルギーの中で消滅させてゆく。
ギガ爆弾の火球、HU"スクリーンの輝き、その膨大なエネルギーに触れて破壊されてゆく球型艦の誘爆。爆発が爆発を呼び、周辺空間を超高熱の地獄へと変えてゆく。燃え上がるバリアは最大限の負担を要求され、堅牢を誇るHU"スクリーンすら過負荷にあえぎ変光する。
そのさなかを《L.G.F.N.C》はみずからも燃えあがる流星と化しながら突破した。
「HU"スクリーン過負荷状態を脱します」
後方に急速に拡散してゆくガス雲を残して《L.G.F.N.C》は星々の海の中の小さな島のひとつ、故郷銀河へと針路をとる。
しかし、その道のりは遙かに遠い。
そのミッドウェイ・ステーション、司令センター。
太陽系帝国首脳陣が一堂に会している。議題は対アンドロメダ戦略。
マークスとの同盟による大攻勢は、アンドロメダ中央大転送機を破壊し、テフローダーに大損害をあたえた。しかし、島の王たちの真の実力は量りしれないものがあった。
「....転送機は破壊した。恒星エンジニアはみずから消滅の道を選び、もはや恒星転送機が再建されることはない。三つの銀河間ステーションのうちの二か所は抑えた。だが、肝心の黒幕の正体はわからないままだ。マークスとテフローダーの攻防は一進一退。いわば東部戦線状態だ。いつかはマークスが物量でおしきって勝利するだろうが....」
ローダンは一息ついた。
「だが、島の王の息の根を完全に止めなくては、いつかまた復活して報復してくるだろう。なにしろ不死なのだから」
「そうですね。デュプリケーター艦で銀河に潜入、対極砲を製造してアコン、ブルーあたりに売りつける。そうなれば、かれらの手をわずらわすことなく、短期日のうちにテラは大艦隊の攻撃をうけることとなるでしょう」
秘密情報局長官アラン・D・マーカントがひきとって説明する。
「HU"スクリーンのおかげで、防御力では数段有利ですが、トランスフォーム砲相当の火力があれば、ブルーやアコンの戦力も侮れなくなります」
アンドロメダ派遣艦隊司令長官ジュリアン・ティフラー元帥も意見を述べる。
「つまるところは一刻も早く、島の王たちの正体を暴き、その所在を発見することだ。マーカント」
かつてのアルコン皇帝、USO大提督アトランが結論を口にする。
「すでにやっていることですが、秘密情報局ではさらに多数の特殊装備の艦艇と要員をアンドロメダに潜入させ、テフローダーへの政治工作と島の王の捜索にあたらせる予定です」
マーカントがそれにこたえる。
「まぁ、あてにはしとらんよ。一銀河系に潜む地下権力機構を独力で発見するなんて不可能に近いからな」
アトランが皮肉をいったが、マーカントは動じない。
「どんな種族にも中央世界というものはあるものです。特に、高度に中央集権化されている場合はなおさらです」
ローダンが退屈そうに話を中断した。
「とにかく、必要なのは計画を実施し、成功させることだ」
立ち上がりかける一同。ローダンは思いだしたかのようにマーカントにたずねた。
「ああ、それと。例の騒動の中心になった....、覚えにくい名前の艦があったな。なんて名前だったかな、アトラン?」
カメラ的記憶力の持ち主、アトランがこたえる。
「たしか、《Lonely Heart from North Island》とかいったな」
途端、アトランの意識に付帯脳の罵声がとんだ。
(《Lonely Girl from North Country》だ、馬鹿っっ!)
「そう、その《Lonely Girl from North Country》と乗員は必ず、派遣部隊にくわえるようにしてくれ」
"もう、帰ってくるな"、とばかりにローダンがいった。
「うむ、大執政官閣下が期待していると伝えれば、活躍もさぞかしだろうな」
まるっきり、そんなこと思っていない調子でアトランがいった。
「わかっています。怠りありません」
"まかせろ"とばかりにこたえるマーカント。
かれは一瞬、《L.G.F.N.C》の建造費を考えたが、それが後々にも与えつづけるであろう物理的精神的コストを計算すると、《L.G.F.N.C》が戻ってこなくても気にはしないという境地になっていた。
どっと盛り上がる一群の酔っぱらい。
「え〜、皆さん。戦時下にもかかわらず、あくまで開催された二四○五年モナコ二十四時間F1グランプリで、ついにわがチームは初優勝を飾りました。ここにあらためて....」
集団の中央でグラスを掲げているウイナーズキャップをかぶった若い金髪の男の音頭にあわせて湧きおこる拍手。
その騒ぎを横目に、カウンターでグラスを傾ける黒髪の男女。
「いったい、この安月給でなにをどうやったらレースなんてできんのよ?」
「全員のボーナスをはたいた。ところが、そんな雀の涙みたいなモノを積んでもハナシにならなかった」
「そりゃそうだろうね。じゃ、あの騒ぎは何?でかいスポンサーでも付いた、ってことあるわけないか」
自分でいっておいて、まったく信じてもいない口調。
「いや、なに。とてもでっかいポジトロニクスの使用料を節約できるよ、って各方面に持ちかけたわけだ。その成果が、あれだ」
真面目そうな横顔の男が、こともなげな口調で壁のポスターをゆびさす。
「また、職権濫用したやつがいたのか。で、なんてチームなんだっけ?」
「チームUSSF」
男は無表情にその言葉を口にした。
「....」
数十秒、間をはずしたあと、女性がうなずいた。
「ふ〜ん」
そして、不思議そうに眉をしかめてたずねた。
「でも、いったい何て意味なのよ、ダウト」
男はおもしろがっているように口許をゆがめた。
「わかんないのか? 〈USスペースフォース〉ってことだよ」
「....」
どこかでなにかがブっ飛んだ。数瞬、女性は沈黙した。その一帯だけが、賑やかなバーの中で浮かびあがった。そして....。
「何で、あんたたちはそういうわけのわからんことをいつもやんのよ! おかげで、あたしが毎度苦労すんじゃない! え〜っ!」
「苦、苦しい。なにすんだ、ナナオ〜」
首を締め上げる両手をふりはらって男は立ち上がった。「お前、いきなり首なんて絞めやがって正気か? いや、聞くだけおれが間違ってたか....」
「ちよっと、あんた。あたしは、アホのミーハーにンなこと言われる覚えはないわよ。えっ、ダウト」
しかし、ふたりは店内の視線を肌に感じて口をとざした。
首を絞められていた若い男、一見まじめそうな横顔に、何かがおかしくてしようがないとでもいった表情をはりつけてグラスを空にした。痩身に黒い髪に黒い瞳、"ダウト"ことユーキ・クドウ。太陽系秘密情報局第VII局所属のエージェント、階級は中尉、二十七歳。
一方、憤懣やるかたないといった表情で一気にグラスをあおった黒髪の女性。純日本系のおとなしやかな外見をまったく裏切った意識と行動の女、ナナオ・ワカブキ。同じく秘密情報局エージェント、くらった降格数知れず。現在の階級は曹長、ステディなしの二十六歳。
「それより、ウエザムのやつがなんでクラシックカーレースなんかに首突っこんでんのよ。あいつにそんな趣味があったなんて初耳よ」
「人それぞれさ」
クドウはかわりのグラスをうけとってつぶやいた。
時は移り、技術はすすめども、あのエンジンの吸気音爆音に心動かされる陽気なお祭り好きの遺伝子は絶えないとみえる。メカニックたちからは無形文化財扱いの内燃機関はいまだ健在である。
「それより、あんた。GP1クラスに最近出てきた、わけわからんチームについて何か知ってる? あのカウルに《CοCο》ってステッカーはってるやつ」
そのとき、〈ギクッ〉という表情がクドウに浮かんだ。
「あ、あの....。香水のスポンサーじゃないか」
「それは〈ココ・シャネル〉! ダウト、なんか隠してない?」
「何を? 隠してるって? とんでもない」
ナナオの疑惑は確信にかわった。
「ちよっと、あんた。今度はなにをやってんのよ! いいなさいよ」
「ほおっといてくれ」
クドウのふてくされたような態度にナナオは恐ろしい連想を抱いた。そのまま、表へかけだす。〈天使の絵の具〉亭の前にとめてある前後に銀色に輝くグライディング・ホイールを持つバイクをながめる。ホイールにはコアラベアのマーク、タンクサイドにはHONDAの文字。そのサイドフェアリングに《CοCο》のステッカー。そのまま、店内にとって返すとクドウのジャケットの背中に同じロゴを発見。
息を切らしているナナオに、クドウが声をかける。
「どした? なにがいいたい?」
「あんただったのね....」
「え?」
「このテラの面汚しがぁ〜」
「なんのこと?」
キョトンとしたクドウの表情。しかし、鬼のような顔でナナオが噛みついた。
「このだぁ呆が! プライベーターのくせして、チャンピオンのマシンをブロックしたあげくコケさせてどういうつもりだぁ〜。ボケ、ドヘタ!」
「あ、おまえ、ケビン・レイニーのファンだったんだ。知らんかったな」
「知らなかったじゃない! このドジで間抜けなドンガメが〜」
怒濤のような悪罵をあびながら、クドウは内心ほっとしていた。《CοCο》とは、過激環境保護団体の通称であり、その五人の女性指導者たちは地下に潜伏して活動を指揮しているというもっぱらのうわさである。その資金調達の手段として数々のノベルティ・ブランド・グッズを発売しているようである。
ナナオの見当違い(ともいえないが)の罵倒にさらされているクドウの周囲が、騒がしい店内でもスポットライトでもあたっているように異様に目立っていた。
そこへ人垣をおしわってウエザムがあらわれた。
「何、ふたりでもりあがってるんですか?」
「いや、何でもない。そっちこそ盛況じゃないか」
「まぁまぁってとこですよ。それより、あれ、渡したんですか」
ウエザムはナナオの方をちらっと見た。
「なに、なに?」
クドウとウエザムにナナオの視線が移動した。
「そうだったな」
真剣な顔になってクドウがポケットからカードディスクを取り出し、ナナオに手わたした。
「命令だ」
「命令って?」
「それを解読すればわかる」
クドウとウエザムが目をあわせて唇をゆがめた。
「休暇明けでいいんでしょ、当然」
「OKだよ。おい、ウエザム、呼んでるぜ。そうだ、ここに元歌手がいるじゃないか。ナナオ、盛り上げてこいよ。おっと、その格好じゃ駄目か」
クドウはナナオを髪の毛から爪先までなめまわしていった。フォーマルな黒のスーツにタイトスカート。一見、一流企業の受付嬢風。
「おおきな御世話よ」
そういいながら、ナナオはすでにその気になっていた。
その後ろ姿を見ながら、ウエザムがつぶやいた。
「お別れにいかなくていいんですか、中尉」
「誰に?」
カウンターによりかかったまま無表情にクドウがこたえた。
「とぼけちやって....。ナナオにメッセージ・カードを渡してもらうって手もありますよ」
表情を変えずにグラスをあおるクドウの耳に、誰に話しかけるでもないウエザムの声がはいった。
「スペシャル・フォース・グループのクルーに招集がかかってるって噂は本当でしょう。理由はきくまでもなく、アンドロメダ行きでしょうね。となれば、厄介払いにちょうどいいとおもわれても不思議はない。ってことは....」
ウエザムは横目でクドウをながめた。
「行ったほうがいいんじゃないですか」
なおも無言のクドウにウエザムは追い討ちをかけた。「あっそうだ。おれ、《CοCο》って何のことか知ってるんですよね。教えちゃおうかな....。やっぱり、人間ってまじめが大事ですよね。とくにミーハーは嫌われますよね」
クドウは黙って立ちあがった。
「どこへいくんです?」
「トイレだ」
ウエザムは入り口をゆびさした。「あっちですよ」
その背中にむかって、聞かせるでもなくつぶやく。
「本当に素直じゃないんだからな....。水瓶座(アクエリアス)は引っ込み思案で、牡羊座(アリエス)は短気か....。逆じゃないのかね」
その宙港のひとつから、正午きっかりに一隻の転子状船が発進。それはルナではとくに目立たない日常的な光景であった。
しかし、その転子状船こそは太陽系秘密情報局に属する情報戦用特殊艦であった。
全長三五〇メートル、直径五〇メートルの船体の両側面外鈑には《Lonely Girl from North Country》という艦名が蛍光色のデザイン文字で描かれている。
その外見は商船のごとく建造されてはいるが、艦の大半はエネルギー・ステーションおよび兵装、機関によって占められ、積載スペースは最低限しか考慮されていない。そして、乗員はわずかに三体の知性体だけである。
しかし、正式名《Lonely Girl from North Country》、通称《L.G.F.N.C》を運用するのに必要な人員はわずかに一名だけ。より正確にいうと、艦の全機能を掌握しているのは、コードネームを〈ぽしえっと〉と命名された一基の疑似人格付与型プラズマ付加ポジトロニクスである。
艦は実験目的で、ポスビのフラグメント船を模した中枢指揮頭脳を持つ艦として設計されたのだが、初期のテスト期間中に搭載インポトロニクスがあまりに擬人的反応をしめすため、急遽、有人実験艦として改装された。その際、若干の安全装置が追加されている。
〈ぽしえっと〉は艦に搭載された全兵装----五門のコンパクト型千ギガトン級トランスフォーム砲その他からなり、巡洋戦艦に匹敵する火力がある----、情報収集・対策用の無数の装備を操作し、適宜に戦術的アドバイスを与え、緊急時には独自の判断で操艦する能力を有する。
したがって、《L.G.F.N.C》の司令室の二名の乗員がなんら手を下さずとも艦の機能にはまったく支障は生じない。いってみれば、《L.G.F.N.C》の優秀性は乗員によらず、基本設計と中枢インポトロニクスの優秀さに帰すべきなのである。
少なくとも当局の判断はそう。
その司令室の操艦シートのひとつに座っているのが、ボナム・ウエザム軍曹。クドウの部下としてのつきあいは短くない。年齢のわりにはフォローの効いた言動が身上だが、クドウの揚げ足をとることには機敏である。
そして、指揮官用コンソールについている若い男"ダウト"ことユーキ・クドウ中尉が、この艦とクルーのチーフである。若年ながら、情報局VII局の特殊作戦における戦歴は華々しいものがある。華麗という以上に派手にすぎる立ちまわりが目立つが、外見は一見繊細そうな黒髪の痩せた青年である。
「中尉、随伴の重巡が暗号コードを発信して、接近します」
〈ぽしえっと〉が太陽系内で《L.G.F.N.C》の護衛にあたる巡洋艦の接近を報告する。上層部はこの任務にあたって各特殊艦に護衛をつける配慮をしめしていた。これは同時に大規模な欺瞞工作の一環でもある。
その一方で、行動の自由こそが安全を保証する、を座右の銘とする指揮官たちには、この護衛は不評であったが、クドウはさして気にしていないようであった。
「逃亡しないよう、見張りがつきましたか」
ウエザムがついつい、いらない口をはさんだ。
「ふむ、その手があったか」
クドウが、そんなこと考えもつかなかった、とでもいった調子でつぶやいた。
「ってことは、中尉が叛逆者一号で、以下二号、三号となるわけですか」
みずからをゆびさしながら、ウエザムがいった。
「名誉ある公式叛乱逃亡者一号になるのは自由ですが、わたしを巻きこむのだけは勘弁してください」
〈ぽしえっと〉の人工音声がスピーカーから流れる。「補足しておくと、敵前逃亡罪は最大二百年の強制労働で、叛乱罪の最高刑はロボット部隊による銃殺ですよ」
不意に声をひそめて、ウエザムがクドウに視線をおくる。
「中尉、ひょっとするとこいつ、いまのを証拠として録音してたかもしれませんね」
「それはまずいな」
真剣な表情のクドウ。
「中枢論理ユニットをチエックしよう。こたえによっては告げグチするまえに解体だ」
顔をみあわせるふたり。
「いくぞ」
声をかけるクドウ。いつのまにか、ウエザムの手にはどこからとりだしたのかスパナが握られている。
「ペリー・ローダンはチーフである。よって、最高権力者である」
「イエス」
「モーリー・アブロはローダンの妻である」
「イエス」
「ローダンは恐妻家である」
「サー?」
「よって、モーリー・アブロが最高権力者である」
「ノー・サー」
「つまり、島の王ファクターIの正体はモーリー・アブロである。この論理展開に同意するか否か?」
「論理に乱れがあることを指摘します」
当然のごとく冷静な〈ぽしえっと〉の人工音声に、クドウとウエザムは不信の視線をあわせる。
「この艦隊で通じないやつのいないジョークがわからんとは....。やはり、おまえも敵の回し者だったか!」
芝居がかかった表情で呻くクドウ。
「中尉、すぐ解体しましょう」
「厚さ百センチの装甲ハッチをスパナで開けんのか?」
「それもそうですね」
「誰もやめろとはいってないぞ」
「....」
「重巡が呼んでるぞ」
「....うおっっっ! やってやる〜」
「〈ぽしえっと〉!」
「解体するんでしょう?」
「中尉」
「わかった。おれが悪かった」
「あれ....?」
《L.G.F.N.C》もディノザウルス級艦隊工作艦に係留されて、銀河間の深淵を翔破してきた。短い旅であったが、《ディノII》の艦長は別れの挨拶も一言で終わらせるほど、クドウと《L.G.F.N.C》を嫌うようになっていた。
これはたまたま、《L.G.F.N.C》の艦内放送を《ディノII》の乗員が受信してしまい、はからずも時代祭ケイのナンバー(いわずとしれた、反逆的非愛国的歌詞のロックナンバーである)が艦内にこだまするありさまに艦長は激怒。通信管制を破って、クドウに抗議したところ、
「船籍不明船に告ぐ。本艦は通信管制中、所定の機密コード以外の通信は無視する」
との返答を受け、持っていき場のない怒りをアンドロメダまで連れてきていたからであった。
かれの不幸はただ、時代祭ケイのファンになれなかったことにあった。無理もないが....。
「やぁ、中尉。どんなようすでした」
〈KA大サービス〉内のラウンジでひとり注目を集めるほどくつろいでいた部下、ボナム・ウエザム軍曹は、ブリーフィングからやっと解放されたクドウの姿を見かけるなり駆けより、早口に問いかける。周囲のあちこちで似たような光景。
「どうもこうも…。アンドロメダの禁断ゾーン内部を走りまわって、偶然出会ったやつに、『島の王の居場所を御存知でしたらお教えいただけないでしょうか?』ってきいてまわれってことだ」
うんざりしたようにつぶやくと、クドウはあたりを窺うように見まわした。
「ただし、今回は完全に単独行動する」
「ほう。〈行動の自由〉ってやつですね」
クドウの口調に穏やかならぬ気配を感じとったウエザムは、わけしりな笑みをうかべた。
「命令書は艦送付。明朝作戦開始。いよいよ、アンドロメダ銀河に、はじめの一歩をしるす時がきたわけだ」
「すぐに叩き出されたそうな予感がしますが」
ウエザムの言葉をさりげなく無視して、クドウはいった。
「ところで....、モスキートは確保できたか?」
「せっかくの長距離艦載機ですから、ありがたく。なあに、消耗機と製造ナンバーをすりかえときましたから、わかりっこありませんって」
「最近は予算が厳しくて搭載機にまでまわらないらしくてね」
「まあ、あれだけ遣いまくれば、そうでしょうとも」
クドウとウエザムは自分たちの艦の姿を思いうかべる。
「それはそれでいいか」
《L.G.F.N.C》をはじめとする艦群は〈KA大サービス〉を数グループにわかれて出港した。各部隊は新型の高速搭載艇空母を基幹にして展開、アンドロメダ中枢禁断ゾーンへと侵入する。
各工作艦はそれぞれの分担宙域を独航し、捜索にあたる。戦闘は極力避け、マークスとテフローダーの交戦への介入も禁じられる。それでもなお戦闘を避けられず、窮地に陥った場合には空母搭載のモスキート戦闘機が援護にあたる。
「ねぇ、中尉。あの新型はなかなか出来がよさそうですね」
司令室のコンソールにだらしなくよりかかってスクリーンをゆびさすウエザム。映像は銀色の球体のアップ。
「ああ、《コーラル・シー》か」
「直径五百メートル、最大加速価五一五キロ毎秒毎秒、コルヴェット四隻とモスキート・ジエット二百機を搭載し、従来の巡洋戦艦と同型の艦殻を利用して工程の三〇%を省略した戦時急造艦です。また、補給艦としての機能をあわせもち、長期の艦隊行動を可能にしました。設計原案はジュリアン・ティフラー元帥によるものとされています。艦名は古今の航空母艦および戦闘にちなんだものが選ばれています。ちなみに《コーラル・シー》の艦名はWWIIにおける海戦名に由来しています」
すかさず、〈ぽしえっと〉がレクチャー。
「この分だと、将来は中型艦種はお払い箱かな....。重巡よりも戦闘機隊の方が強力で安上がりじゃな」
クドウが嘆きぎみにつぶやく。
「まして、HU"バリア未装備じゃインペリウム級の戦艦も立場なしですからね。二十ギガトン弾でも波状攻撃されたらひとたまりもない」
それにウエザムが和する。
そこへやや不満気に〈ぽしえっと〉の人工音声が響く。
「本艦についてなら、多数の攻撃機にも充分対処できます。モスキートの探知システムでは本艦を捕捉することすらできないでしょう。それに本艦はHU"スクリーンを装備しており、二十ギガトン弾など恐るるに足りません」
クドウとウエザムは顔をみあわせて軽く同意のためいき。
《L.G.F.N.C》はこのクラス最強の情報収集・対策工作艦なのだ。強力無比の対探知スクリーンの影に隠れて、自艦のエネルギー放射および探知エコーの大半を遮断しつつ、周辺空間の無数のハイパーカム通信、各種探知装置のハイパー波エコーを受信解析し、対抗手段を創出する。それら機能を動かしているのが、疑似人格付与インポトロニクス〈ぽしえっと〉なのである。その能力には一片の疑問すらさしはさむ余地もないのだ。
《コーラル・シー》を中心とするグループは、モスキート・ジエットの援護下で最後の機関点検をおこなったのちに散開した。これより各艦は通信管制にはいり、相互の連絡はメッセージ弾を利用しておこなわれる。
《L.G.F.N.C》が単独行動にうつって二百時間後。艦はアンドロメダ中心部へと航行中であった。
数回のリニア航行のあいまにマークスとテフローダー艦隊の戦闘を横目で眺めつつ、いまだ噂の人物にすぎない、島の王〈ファクターI、II〉の発する指令あるいは、テフローダーからの通信を傍受すべく全力をつくしていた。
しかし、解読した通信の大半はテフローダーのものばかり。それも当然といえば当然で、ここはかれらの縄張りなのだ。残りも作戦中のマークスのもので、そう期待通りにはことが運びそうにない。
作戦行動は通常空間で展開されるため、相応の用心深さと地道さを要求される。その努力の大半はプラズマ付加ポジトロニクス〈ぽしえっと〉が分担しているため、クドウとウエザムには事態が平穏であるかぎり出番はない。そのため、ふたりはとかく無為に時間をおくっていた。
この間にクドウは思うところあって、〈ぽしえっと〉にテフローダーの説得工作のためのシミュレーション・モデルをつくらせており、そのリサーチにかなり集中していた。それに煮詰まると、艦内射撃場で標的を撃ち散らして気分転換にあてていた。
そうして実弾射撃でストレス解消しているクドウを、当直のウエザムの唐突な一声が呼びつけた。
「中尉、大至急司令室へ。恒星転送機らしきものを発見しました」
これは少々予想外な出来事であった。
やりたい放題傍若無人な印象のある"ダウト"こと、クドウであるが、意外に繊細な面もあり、このときも景気よく標的を撃ち抜いてはいたものの、そうそう気楽にすごしていたとも思えない。
それでも嬉々とした表情をうかべて司令室にあらわれたのはさすがというべきか。胃のひとつも痛くなってよさそうな難事の出現なのである。
「ほう、今度は五鋩星か」
あられるなりスクリーンを一瞥して平然と感想を言葉にする。
「青色巨星が五つ、ほとんど完全な相互位置関係を等しく保っています。恒星の大きさ、スペクトル特性、光度表面温度、すべて同一です。データから見て恒星転送機に間違いないと思われます」
〈ぽしえっと〉の報告にはさすがに軽口ははさまない。難しい顔で情報を再確認する。
「警備艦隊の戦力は?」
「それが....」
クドウの問いにウエザムがくちごもる。
「警備艦隊はみあたりません。それに調整施設らしいものも発見できません」
とまどうかのような〈ぽしえっと〉の声。
島の王たちはこれまでまるで誇示するかのごとく、調整惑星にピラミッドを建てまくっていて、まったくカモフラージュする意図をみせていない。
これほど巨大な恒星転送機の目的はただひとつ、銀河間の深淵を克服することに他ならないはず。となると恐らく、失なわれたアンドロメダ中央転送機の代替施設。それが無防備で放置されているなどということがあるだろうか....。
「接近して偵察....」
いいかけてクドウは口をつぐんだ。ウエザムが窒息しそうな表情をうかべたからであった。
「しかし、放置するわけにも....」
「いや本来の任務とは逸脱しますし....」
にわかに議論がはじまりそうな空気。
しかし、〈ぽしえっと〉の報告が均衡しかけていた秤に錘を投じた。
「中尉、小型の宇宙船らしきものを発見しました」
緩みかけた緊張度がすかさず上昇し、ふたりの表情が変わる。
「スクリーンに表示しろ。距離は? 警戒を怠るな」
クドウがいわずもがななことを口走る。
「距離約二〇キロ。直径十五メートルの球型です。まったくエネルギーを放射しておらず、発見が遅れました」
「驚いたな」
クドウの発言は、距離が近いことにむけられたのか、それとも発見できたことにむけられたのか不明確である。
「何に?」
すかさず、ウエザムがたずねた。
「この宇宙船が未知のものだとでも思ってんのか?」
クドウは逆にききかえす。
「と、いいますと?」
「〈ぽしえっと〉、解説だ」
「アイ・サー。形状から判断して、恒星エンジニアの航宙船に酷似しているといえます」
「ここは禁断ゾーン深部。あんな小舟で侵入できる航宙種族なんているもんか。それになによりも恒星転送機の近傍というのは、決定的だとは思わないか」
「たしかに。しかし、恒星エンジニアは全滅したのでは....?」
もっともなウエザムの問いに、クドウがこたえる。
「それをこれから調べるのさ。それに、あの恒星転送機のこともわかるかもしれない。〈ぽしえっと〉、第一格納庫に収容する。周辺空間をチエックしろ」
「中尉、それは危険では? ひよっとしたらブービートラップかも」
そこでウエザムが異議を唱えた。
「あれがブービートラップなら、もう爆発してもいいころだ。一万ギガトンくらいの破壊力はありそうだ」
「探知に反応なし。収容します」
「収容後、内部に耐爆バリアをはれ」
「....」
そら、やっぱり信用してないんだ、という目でウエザムがクドウを見た。
恒星エンジニアのものと推定される小型船を収容したのち、クドウは用心深く、リニア空間に一時避退。ころあいをみはからって虚空に実体化した。
「これが恒星エンジニアだとすると、あの大転送機の謎が解けますね」
好奇心であふれんばかりな表情でウエザムが言った。
「建設途中で恒星エンジニアが離反したため、未完成のまま放置されたということは充分ありうるな」
クドウも期待をこめてこたえる。
「さて、〈ぽしえっと〉。内部の様子でもしらべるか」
「アイ・サー。ロボットを送りこみます」
司令室のスクリーンには格納庫にかしいだままの球型船が映っている。
そのなかロボットが数体ぎごちなく接近。外鈑にセンサーを接続する。
「どうやら、本当にエネルギーなしですね。どうします? 切断して内部に侵入させますか」
ウエザムがモニターを見ながらたずねる。
「ふむ。〈ぽしえっと〉、どう判断する?」
「エネルギー反応がないのは妙です。もし、恒星エンジニアのものなら、恒星エンジニア自身のエネルギーが感知されるはずです」
〈ぽしえっと〉が疑問点を指摘した。
「なるほどね。ウエザム、もう爆発しそうにないな。〈ぽしえっと〉、バリアを消去して、格納庫の照明を最大にあげろ。飢え死に、いやエネルギー切れかもしれん」
クドウ、意を決して指示をくだす。が、その表情は真剣とはいいにくいものがある。
ふたりが息をのんで見守るなか、スクリーンが直視困難なほど光量を増した。
数十秒経過後、クドウがつぶやく。
「もういいだろう。〈ぽしえっと〉、照明をもどせ」
「アイ・サー」
映像が復帰した瞬間、ウエザムが叫んだ。
「中尉!」
スクリーンの球型船の前には、金色に輝くエネルギー球体が浮かんでいた。
そして、クドウとウエザムは、脳裏に直接送られるメッセージを感じた。
(わたしたちは、あなたがたの種族を知っています。わたしたちは、あなたがた、テラナーが恒星エンジニアと呼ぶ種族です。わたしたち個体の経験は全体の経験。わたしたちはあなたがたを知っています)
こころなしか、スクリーン右側のエネルギー球体が輝きを増したかのように思われた。
(わたしは"ルー"。エネルギーを感謝します。しかし、わたしたちは"大いなる母"との融合という目的を果たさなくてはなりません)
クドウとウエザムは顔を見あわせた。
「〈ぽしえっと〉、聞こえるか?」
「聞こえてます」
「!」
今度は、左側の球体が輝きを増した。
(わたしは"ピカ"。わたしたちは"島の王"のもとから離れ、"大いなる母"のもとへ赴くつもりでしたが、航宙船を動かす力も失い、不名誉な最後をむかえるところでした)
(もしできるなら、力を取りもどすまでエネルギーをわけていただきたいのです。お礼はできるかぎりのことはします)
多少予想外の展開だったが、話が都合のいい方向に流れてきたため、クドウはしてやったりと笑みをうかべる。
「〈ぽしえっと〉、インターカムをスピーカーに」
「中尉、どうするんです?」
不安気なウエザムを無視してインターカムに呼びかけるクドウ。
「恒星エンジニアの諸君」
シートでウエザムがつぶいた。「諸君たってふたりしかいないじゃん」
「自分がこの艦の指揮官、クドウ中尉です。過去の接触の結果として、すでにテラナーと恒星エンジニアはお互いに一定の理解に達したものと信じています。わたしは諸君らへ援助を惜しまないつもりですが、あえて申しあげるなら、性急な行動は慎んでいただきたい。恒星エンジニアのごとく偉大な種族が滅びることに胸を傷めない知性種族はいないのです」
しばらく沈黙が続いた。
しかし、ふたり、いや三人は直接答えをうけとった。
(よろしいでしょう。このままでは"大いなる母"との融合はできないのですから、あなたがたの好意に報いるため、しばらくここに滞在することにします)(します)
二つのエネルギー球が交互に輝いた。
「悪どいなあ」
ウエザムがぼそり。
真顔でスクリーンをながめながら、クドウがこたえた。
「大宇宙小さな親切計画の一環だ」
「そして最後は、大きな御世話というわけですね」
まじめなのか冗談なのかわかりかねるクドウの言葉をウエザムが引きとった。
「そう。そこが常に問題なのだよ。感謝と報酬をもってこたえてはくれない」
「まあ、薬も使いすぎると毒ですから」
「それが軍事力行使の基本なんだがなあ」
わかってくれないんだなあ、と嘆くクドウ。しかし、キミはその軍人なんだぞ。
「サー、不審者二名がアクエリアスに接近」
コンソールから顔をあげた女性のひとりがふり向いて報告。背後には専用コンソールにもたれかかった黒髪の女性。真新しい階級章は過去の武勲の輝かしい証明。マイナス要素をすべて省けばこの程度の評価にはなるはずだ。ナナオ・ワカブキ少佐。一階級昇進するたびに、二階級降格されてきたという秘密情報局生ける伝説のひとり。
「コード五、発生」
インターカムに小さいが鋭い声で命じる。
「識別は?」
スクリーンのひとつに複雑な色彩にいろどられた人型の映像が映し出される。別なモニタースクリーンには何気ない様子で小径を歩いている二人組の姿。
「テラナー、武器携行は不明。一名はエネルギー反応源所持」「照合にはありません」
スクリーンの一部をダートが指ししめす。モニター映像のひとつが通常のカメラに切り替わる。銀色をした重そうな中型のケース。
「配置につきました」
スピーカーから男の声。
「コード七。待機」
「阻止線に接触」
二人組の前に立ちはだかる背広姿の男ふたり。何事か言葉をかわしあう。二人組の片方が肩をすくめ、あきらめたかのような仕種。その刹那、不意に背広の男たちに躍りかかり、のしかかるように引き倒した。その隙にケースを持った男が走りだす。
「発砲許可」
ナナオが冷静な声でインターカムに指示。
男は走りながらケースの蓋のロックを外そうとする。背広の男のひとりが追いすがる。
その先、牧歌的な柵の巡らされた敷地にたたずむ東洋系の少女がひとり。白いブラウスにロングスカート、大きめの帽子には白いリボン。かたわらには犬がいる。
その犬と男の眼があう。犬、いや形はたしかに犬、茶色い毛並みのゴールデンレトリーバー?
だがサイズが並みではない。犬ではなく、牛だ。
犬の威嚇するような動作に男は凍りつく。
ケースからなかの機材を取りだそうとした状態で動きを止めた男を、追いついた背広の男がそのまま取り押さえた。
「武器ではないようです。ヴィジカメラと思われます」
「リバー、確認しろ」
緊張を解かずにナナオが命じる。
と、牛犬が、いや犬が脱兎のごとくかけだし、男の手からケースを叩きおとし、前足で戯れ....るというよりは分解。あっと言う間もなくバラバラになるライト付きヴィジカメラ。
オペレーターの女性がナナオに報告。
「ただのカメラです」
ほっと一息つくナナオ。「警報解除」
二人組はおそらく抜け駆け報道を狙ったマスコミ関係者。背広の男たちはハイグレード警察のSP。かけつけた車両に連行されていく男を、牛もとい犬とともに見おくる少女は、時代祭ケイ。
昇進したナナオは、時代祭ケイの二十四時間全周警備専担チームを率いる。
ケイの名前は、ただの目立ちたがり屋から自称愛国者にいたるまで、あるいは太陽系帝国の威信を失墜させんがために暗躍する諸勢力の関心を引くまでに広まっていた。そのために、反テラ・シンガーである時代祭ケイを秘密情報局がガードしなければならない、皮肉な事態となっていた。
彼女の周辺は衛星とロボットバードによって厳重に監視され、介入部隊は状況に応じて投入される。そしてエルトルス星で飼育された特殊サイボーグ犬が彼女を直接ガードする。このゴールデンレトリーバーは、素手もしくは多少の武器をもった人間数名を相手にもしない戦闘力があり、エネルギー兵器を防御するための特殊皮膚を持ち、さらに内部には個体バリアが組み込まれていて、最後の切り札でもある。
この牛犬、いや犬を(名札と値札つきで)贈ったのがクドウであることから、その素性はうかがい知れるにもかかわらず、かたわらにおく彼女、ケイの真意は不明だが、非公式かつ隠密裏に彼女を警護するのがナナオの任務である。
もっともナナオにしてみれば、"ダウト"クドウをからかうネタのひとつでもあり、それなりに楽しんでるのかもしれない。
艦はいよいよ禁断ゾーンの中心部に侵入しつつあった。
「中尉、あの連中のこと、報告しなくてよかったんですか?」
司令室の操艦シートから、ウエザムが首をまわしてたずねた。
「ああ、通信管制中だからな」
まったくそのことに、関心を払うことなくこたえるクドウ。
結局、クドウは大転送機のことも恒星エンジニアのことも握りつぶしてしまった。
あらためてそのことに注意を喚起したウエザムの問いにも動じず、指揮シートのモニターをノンビリと眺めている。映像は隔納庫、ふたりの恒星エンジニアが航宙船を修理する様子が映しだされている。
修理、といっても手も足もない恒星エンジニアである。船の周囲をふたつのエネルギー体が動きまわっているだけである。どうも、PKのたぐいによるものらしい。
「あれは一見無規則なようだが、時々、ピカとルーが線対称の位置にならんだとき、一瞬停止するだろ、あの瞬間にPKが発生しているに違いないと思うな」
「何をのんきな....」
呆れ顔のウエザムが、解説者面のクドウをたしなめる。
かれら、ルーとピカの断片的な話によれば(恒星エンジニアの思考はあまりに抽象的概念にもとづいているため、会話を成立させるにはかなりの努力が必要だった)、かれらは新しい恒星転送機の建設のため母星から離れていたため、いわゆる"大いなる母との融合"に失敗し、テフローダーの元から脱出したものの、エネルギーを失い漂流していたらしい。
クドウはかれらの航宙船を修理するのに必要なエネルギーを供給することを求められ、それを認めていた。
「恒星エンジニアは全滅したっていわれてたのが生き残ってたということはですね....」
「恒星エンジニアこそ、銀河間転送機の創造者。その援助があれば、テラナーにも大転送機が再建できるかもしれない。そうだろ」
突然真顔になって、クドウがいった。
「しかしだ。太陽系帝国はアンドロメダに対して不干渉を公約した。それには、大転送機が破壊された現状の方が好都合だとは思わないか?マークスも独力で銀河間の深淵を越えて侵攻することは不可能だ」
「ところが、恒星エンジニアがテラナーの保護下にあるとわかれば、新たな紛争を誘発しかねない....」
「となれば、知らないふりをした方がおたがいの幸せというものさ」
言い放ったクドウに、ウエザムは内心でつぶやいた。
(まぁ、らしいといえばらしいな。オレたちの戦争にひとさまを巻きこみたくないというのは....)
ふたりの雑談を〈ぽしえっと〉の合成音声が中断した。
「近距離で中規模の戦闘を探知」
途端に表情を緊張させるクドウとウエザム。
「動力停止。対探知スクリーン全開。詳細を報告しろ」
「アイ・アイ・サー」
スクリーンの全天表示がきりかわり、仮想三次元モニターとなる。
「距離約四十光年。パドラーのカタログによる恒星系の近傍です」
そこに現れた複数の光点と表示を読みとって、クドウがたずねる。
「数百隻規模の戦闘だな。マークスとテフローダーか?」
「コンヴァーター砲によるものとみられる、重層エネルギーの放射を断続的にキヤッチしています。確認しますか?」
〈ぽしえっと〉がこたえる。
「ふむ....」
数秒、考える様子のクドウ。「よし、偵察する。リニアで一光日まで接近」
「中尉....。寄り道ですよ」
余計なことはするなといわんばかりのウエザムの口調。
「おれはまだ、マークスとテフローダーの実戦は見てない」
クドウが断言する。
「....、了解。〈ぽしえっと〉、安全第一にな」
不承不承、ウエザムも同意した。
約五百隻の転子状のマークス艦が、四百隻ほどの球型艦隊を半包囲しつつ猛砲撃をくわえている。コンヴァーター砲の虹色のエネルギー螺旋にとらえられ、球型艦が次々と消滅していく。
テフローダー艦隊も対極砲で反撃し、少なからぬ数の転子状艦もギガ爆弾の爆発で小太陽と化していくが、破壊の効率では圧倒的に不利であった。
数百のまぶしいビームが飛び交い、さらに各所で暗黒を切り裂いて青白い太陽が生まれていく。
「テフローダー側は中型艦ばかりだな....。噂の千八百メートル級はいないな。デュプロ艦ではないということか?」
クドウがスクリーンを見て小声でつぶやく。
「解析終了です。テフローダー部隊は、三光日離れた恒星系から出撃した真正テフローダーの艦隊のようです。規模は重巡主体で、圧倒的不利です。マークスの艦隊は千メートル級の転子状船を中核とする主力級の部隊です。約半数の艦が改良型のコンヴァーター砲を装備しているようで、テフローダーの半空間スクリーンは効果がないようです。現在の戦力比は五対四ですが、このままではテフローダー部隊の壊滅は時間の問題でしょう」
〈ぽしえっと〉が報告する。
「母星の防衛に全力を尽くしているというわけか」
「しかし、望みはありませんね」
やや沈んだクドウの声に、〈ぽしえっと〉の冷静な人工音声が答えた。
スクリーンとクドウの顔を交互にみくらべて、ウエザムがいった。
「中尉、命令は不介入ですからね」
「ああ、わかってる」
本当だろうな、ウエザムは内心でつぶやく。
スクリーンでは包囲されつつあるテフローダー艦隊が一歩も引かず、必死の抵抗を続けていた。
ここにきて、司令官である真正テフローダーの提督は決死の戦術を採用したようだった。
それまで、編隊を組み、さかんに対極砲の砲火を浴びせていた球型艦群が、三々五々に陣型を解いて突撃に転じた。全砲塔から発砲の閃光を輝かせながら、マークス軍の戦列に突入していく。無論、コンヴァーター砲の虹色のエネルギー螺旋をうけて消滅していく球型艦も続出したが、接近に成功したテフローダー艦は近距離から必殺のギガ爆弾を発射し、対極砲の命中率の低さを補う圧倒的火網を展開しする。それにつれ転子状艦群はグリーンのバリアに炸裂するウルトラブルーの輝きにのみこまれ、まばゆい太陽に変わっていく。至近距離での砲火の応酬に、マークス艦の同士討ちもおこりだし、虹色のエネルギーフィールドにつつまれて超空間にはじきとばされる転子状艦の数も無視できない。
決死のテフローダー艦の中には、転子状艦の密集戦列に砲門を開きつつ突入し、対極砲のギガトン爆弾でそのすべてを葬りつつ、みずからも爆発の火球に触れ爆沈するものもあった。
さらに、転子状艦の戦列を突破した球型艦が、背後から対極砲の猛砲火を浴びせかけ、マークス艦隊は大混乱に陥った。
意外な展開にクドウとウエザムはスクリーンに注目する。
「〈ぽしえっと〉、現在の戦力比はどれくらいだ?」
「約六対五です。が、絶対数が低下してきています」
スクリーンには次々と現れる太陽が映しだされていく。そのひとつひとつがギガ爆弾の爆発を意味している。立体スクリーンには、戦闘の状況をしめす三次元映像が仮想合成されているが、その表示ではもはやマークスの各部隊を表すシンボルとテフローダーのそれとが、完全に境界を失っていた。
「完全な乱戦状態です。双方の指揮官はともに自軍の指揮能力を喪失したようです」
「違うな。テフローダーの提督はわざと乱戦にもちこんだ」
〈ぽしえっと〉の解説に、クドウが断定的に口をはさんだ。
「全滅しても、マークスが攻撃能力をうしなえば勝ちだからな」
「壮絶ですね。テフローダーもまた、人類というところですか」
ウエザムがやや感慨深げにいう。
「まぁな」
答えるクドウの声もやや複雑である。かれらの同盟者はテフローダーではなく、マークスなのである。
数十分沈黙が続いた。
その間、スクリーンは激戦を映していた。
そして、〈ぽしえっと〉がその沈黙を破った。
「テフローダー側の残艦は十隻前後です。マークスは三十隻前後。多数の残留エネルギー放射があり、正確ではありません」
「わずかに及ばなかったようですね」
ウエザムがもらしたつぶやきに、クドウは黙ってうなづく。
スクリーンの映像はもはや組織立った戦闘とは呼べなかった。本来なら双方撤退している状況でありながら全滅するまで戦おうというのだ。個々の球型艦と転子状艦が無秩序に激突し、砲火をあびせあい消滅していく。
最後のテフローダー艦が全砲門を最後まで開きつつ、数条の虹色のエネルギー螺旋の乱舞にとらえられ、その輝きとともに消滅していった。
ためいきに似た呼吸が《L.G.F.N.C》の司令室を満たした。
「マークスの残艦十七隻を確認しました。低速で集結中」
〈ぽしえっと〉がテフローダー艦隊の全滅を確認。
「針路を確認しろ。撤退するようなら....」
「テフローダーの残存艦を発見。二機。きわめて小型。救命艇か、戦闘機です」
クドウの声をさえぎって、〈ぽしえっと〉の人工音声が響く。
スクリーン上の二点に目標指示ボックスがあらわれる。それぞれが反対の方向へ移動していく。
「この距離ではとらえきれませんが、放射エネルギーはきわめて小さく、退避行動をとっています」
顔をみあわせるクドウとウエザム。
「マークスの反応は?」
「まだ、探知していない模様。どうします?」
「どうしますったって....。なぁ?」
「自重してくださいね」
「マークスも探知したようです。散開しています」
一度、集結しかけた転子状艦群がふたたびグリーンのバリアを展開して距離をひろげていく。
「テフローダー側も気づいたようです。インパルスエンジンの拡散フィールドを明瞭にキヤッチ」
ウエザムが横目でクドウを見る。
「どうします?」
「静観する」
「そうですよね」
しばらく、展開をスクリーンで追っていたクドウが、不意に唸るように叫んだ。
「馬鹿な!」
全長千メートルのマークス艦が、戦力とも呼べない小型艇を容赦なく追いつめる。必死に振り切ろうとコースを変えるテフローダー艇に、数隻の転子状艦が至近距離からインパルス砲のビームをあびせた。
「....。直撃です」
〈ぽしえっと〉が確認した。
無言のまま、蒼白な表情でクドウが立ちあがった。
「もう一機の状況は?」
「最接近しているマークス艦との距離、約二十光秒。速度約百分の一光速。約三十秒で射程距離内に入ります」
「その中間に、リニア飛行で割りこめ。実体化と同時にHU"スクリーン展開」
「中尉!」
「文句あるなら降りろ! いけっ、〈ぽしえっと〉」
「アイ・アイ・サー」
瞬時に《L.G.F.N.C》は消滅、一瞬の間をおいて虚空に実体化した。艦の周囲は濃いグリーンのフィールドでつつまれている。
スクリーンにグリーンのバリアに覆われた転子状艦が映しだされる。
「〈ぽしえっと〉、マークスとの戦術情報回線をオープン」
しばらく間があき、スクリーンに一体のメタンズの姿があらわれた。
その頭部が胴体にめりこんだ姿からは、いかなる種類の感情も見出すことはできなかった。
「グレク1041である。テラナーが戦闘に介入することは、明白な協定違反である。ただちに撤退せよ。さもなくば攻撃する」
クラマーク語を〈ぽしえっと〉が同時通訳する。
「直接戦闘対象以外への攻撃は自制ねがいたい。この機体に戦闘力がないのは明白である」
しよっぱなから威圧的な通告をあたえてきたメタンズの四つ目玉に向かって、クドウが「助言」をつたえた。
一秒の空白をおいて、メタンズが嘲笑するかのような表情をうかべた。
「テラナーの命令はうけない。後日、このことは上層部で話し合われるだろう」
クドウは冷静な口調で切り返す。
「無原則な虐殺には反対する」
ウエザムがはらはらした表情でスクリーンとクドウを見守る。
「貴官の抗議は受領した」
「勧告に従わない場合....」
一方的に通信が切られる。
仁王立ちのまま、クドウがスクリーンを睨んでつぶやく。
「....は、地獄へ落ちろ!」
やばい、ウエザムにはいやな予感がした。
「ちよっと、中尉!」
スクリーンの漆黒の転子状艦が威嚇的に砲塔を迫り出す。
「〈ぽしえっと〉、トランスフォーム砲準備。A砲のみ、やつにぶちこめ!」
「命令、取消!」
「撃てっ!」
クドウの命令と、ウエザムの慌てた叫びが交錯する。〈ぽしえっと〉は、戦術判断にコンマゼロ二秒を費やした後、クドウの命令にしたがって発砲。
煌めく一瞬の閃光ののち、マークス艦のグリーンのバリアはコバルトブルーの光球につつまれ、たちまち膨れあがる眩しい火球に変わった。
「最適射撃目標を選択、最大射撃速度で砲撃。全目標を撃破せよ、自動戦闘」
クドウはシートに着くと、残り十六隻のマークス艦を攻撃目標に指定する。
ほとんど間をおかず、装填ずみの残り四門のトランスフォーム砲がギガ爆弾を発射する振動が伝わる。そして、急加速にはいったインパルス・エンジンの振動と轟音。
スクリーンには目標指示ボックスと戦闘情報があらわれる。マークス艦も戦闘態勢。しかし、
「目標二撃破、目標三撃破、目標四撃破....」
サブスクリーンに五門のトランスフォーム砲の装弾、照準状況、残弾数が表示され、刻一刻と数字が変化する。
スクリーンにはまばゆい閃光とともに小太陽と化していく転子状艦の姿が次々に映されていく。
マークスにとって致命的だったのは、比較的狭い空間に、しかも低速で集結していたことと、《L.G.F.N.C》に戦闘前に全艦の位置を把握されて、先手をとられたことであった。反撃どころか、増援を要請する間もなかった。
〈ぽしえっと〉は完全に自動で艦を操作し、五基のトランスフォーム砲塔をフルに旋回させ、最も命中率の高い目標をピンポイント砲撃、時には同時に複数の目標を攻撃、破壊していく。
マークスにとってさらに不運だったのは、いかなる人間よりも正確で反応の早い、インポトロニクス艦を相手にしたことだった。そして、《L.G.F.N.C》は最大級の破壊力を持つ、千ギガトン級トランスフォーム砲を装備していたのだ。
この間、HU"スクリーンに数発のコンヴァーター砲、インパルス砲の命中弾を数えたが、どれもバリアの負荷メーターのカウンターをわずかに変えたに過ぎなかった。
「....目標十六撃破、....目標十七撃破。全目標撃破終了」
二十五秒後、空間には十七の新たな太陽が、数百のガス雲のなかにくわわっていた。
〈ぽしえっと〉の合成音声がマークス部隊の全滅を報告した。
「....。ああ、やっちまった」
あきらめ顔のウエザムが、ためいきまじりに言う。
「どうすんです、マークスを撃っちまって....」
「〈ぽしえっと〉、マークスは救援を呼んだか?」
しらっとした顔でたずねるクドウ。
「いえ。通信を発した艦はありましたが、呼び出しに応じた局はありません」
「ならいい。いいか、マークス部隊はテフローダー艦隊の奇襲をうけ、通信を発する余裕もなく全滅した。これが、真相だ」
クドウは、シートによりかかっていいきった。
「そこまでいう....」
もう、何も言えんとばかりにウエザム。
「〈ぽしえっと〉、さっきの機体はどこだ。巻き添えにしたりしてないだろうな」
「ノー・サー、確認してあります」
クドウの問いかけに〈ぽしえっと〉がこたえる。「ハイパーカムの呼びかけをキヤッチ。本艦を呼んでいるようですが」
「繋いでくれ。画像はダミーを出せ。映像をメインスクリーンに」
やや間をおいて、スクリーンに黒髪、黒い瞳の若い女性の姿があらわれた。
地底の獄卒みたいなメタンズのお次は、妖精のおでましか。シルフ? いや、涙が似あいそうな水の妖精か。
「救援を感謝します。新兵器をお持ちのようね、もう少し早くきていただけたら艦隊も助かったのにね....」
テフローダー艦隊の制服に身をつつんだ女性は、やや沈んだ口調で続けた。「私はリ=セス星系艦隊司令部付副官、ティナ・ウォレス大尉。もよりの上級艦隊司令部へ報告を命じられ脱出しました。そちらの所属は?」
クドウはシートによりかかったままスクリーンにこたえた。
「わたしはファクターIIだ。艦に収容する、以上」
女性士官の表情が、驚愕に凍りついたまま消えた。
「いいんですか? あんなハッタリいって」
片目を吊り上げてウエザムがいった。
「あんまり関わりにならない方がいいと思いますがね....。ま、ルックスはいいですが....」
「格納庫に収容しますが、それからどうします?」
〈ぽしえっと〉がたずねた。
「どうせすぐばれる嘘だ。会いにいこう、ウエザム来いよ」
クドウはシートから立ち上がった。その後から肩をすくめ渋い表情のウエザムが、それでも銃を抜いてエネルギーを確認して、司令室をでた。
伝説の支配者、島の王のひとりと名乗った青年の顔を浮かべてティナはつぶやいた。
彼女を乗せた高速艇は、艦隊が突撃に転じる直前に提督の命令で射出されたのだった。彼女ともうひとり、同僚の女性副官が艦隊の全滅を報告するよう命じられた。無論、星系艦隊が全滅すれば、母星系リ=セスの全滅も時間の問題だった。
星系評議会も救援要請を出していたが、全戦線にわたるマークスの大攻勢のまえにテフローダー艦隊の予備兵力は底をついており、期待はしていなかった。
スクリーンに接近した比較的小型の転子状船が映る。この一隻で数十隻のマークス艦を葬ってしまった。このことだけで、島の王たちが恐るべき存在であることが知れた。
これほど戦力があるのに、テフローダーに供給しない島の王の真意をティナは疑わずにはいられない。
「ラウナ....」
救命艇ごと散った同僚の名を呼ぶ。親しくはなかったが、その横顔がうかぶ。どちらも生きのびる確率は似たようなものだったはずが、ふたりの運命をわけたものは何だったのか....。
コンヴァーター砲をはねかえした強固な濃いグリーンのバリアを解き、彼女を内部に収容しようとする転子状船の形状をティナは冷静に観察した。
「これが、島の王の船....?」
その外鈑にあざやかに塗装された艦名らしい文字は、テフローダではなかった。
テラのアルファベットだった。
格納庫に収容された円盤艇をながめつつ、ウエザムはつぶやいた。
「さて、お芝居のはじまりかな」
「おわりさ」
クドウが返した。「艦名を見れば、な」
「....」
「扉があくぞ」
艇の外鈑が開き、ステップがおりる。
短い黒髪を揺らしながら、すらりとした女性士官が降り立ち、テフローダー式の敬礼をした。
クドウが答礼を終えると、彼女はホルスターから銃を抜き、まっすぐに向けた。
「お芝居はおわりよ、テラナー!」
「そいつは、白犬が黒犬に"イヌめ!"っていうようなもんだな」
「中尉、わからんわからん」
すました顔のクドウに、ウエザムがそのまえで手をひらひらさせた。
「ふざけないで! この艦はいただくわ。この戦力があれば、マークスに勝てる。お礼をいわなくちゃね」
ティナは興奮をおさえきれずにいった。
「じゃ、食事でもつきあってもらえるかな」
銃口をのぞきこみながら、平気な調子でクドウがこたえる。
「食事だけ? もう一声欲しいんじゃない?」
その脇腹を肘でこずきながら、ウエザム。
「人格を疑われるような発言は慎んでもらいたいな」
「自分を島の王だなんていう方がよっぽど人格疑いますよ」
「言ってろ。絶対に、島の王のうちのふたりはおれが片づけるぞ。そして、その細胞活性装置はいただく」
「思うのは勝手ですがね....。でも、何で二コも?」
「決まってんだろ。ひとりじゃ寂しいこともある....」
「二コとも巻き上げられそうですな」
「そりゃおまえだろ。顔じゃないよ、性格だよ」
「と言いつつ、こだわってんじゃないですか?」
そのとき、
「黙りなさい!」
苛立たしげな叫びとともに、銃声があまりに間抜けなふたりの会話を断ちわった。
さすがに沈黙し、エネルギー・ビームが穿った格納庫の壁の焦げた弾着を見つめるクドウとウエザムだった。
そのふたりに、もう我慢ならないといった表情で、ティナが怒鳴った。
「さっきから聞いていれば、なんなの! いったい何者なの、どういうつもりなの!」
待ってましたとばかりにクドウがこたえた。
「だから、ご承知のとおりのテラナーでして。こっちがウエザム、自分はユーキ」
「それじゃ答えになってないって」
たしなめるウエザム。
「それより....」
「とにかく、司令室に案内しなさい」
頬を紅潮させてティナがふたりの会話をさえぎった。そろそろ、堪忍袋の緒が切れてきたか、銃をかまえる腕が少し震えている。
「やむを得んな。まったく、五万年ぶりに親戚に逢ったかとおもえば、銃をいきなり突きつけられるとは思わなかったぜ」
必要のないことを口走るクドウ。
「どちら方の親戚で?」
「さぁ」
「しゃあないですよ。島の王の第一補助種族テフローダーだもの」
よせばいいのに火に油を注ぐようなことをいうウエザム。
「今の言葉、聞き捨てならないわ」
表情を強張らせて、ティナが一歩踏みだした。補助種族?
「島の王にあごで使われている以上、いわれてもしようがないと思うけどね」
「ばかにすると撃つわよ」
「いい顔だ」
クドウ、短めの髪と見かけどおりボーイッシュな横顔と言葉に内心で、八五点とつぶやく。テフローダー艦隊の制服の方がテラのよりデザインが上だ。デザイナーを代えたほうがいい。
「そんなことより、本当に撃たれそうですよ」
「ふん、島の王のいいなりになって滅亡するまで戦います、なんて状況に甘んじてるようなやつらに殺されてたまるか。だいいち、そのまえに、おれたちテラナーは島の王と戦争しに来たんであって、テフローダーと戦争してるわけじゃないんだ」
「なるほど、理屈ですね。じゃ、ここで撃たれても単なる事故だと」
「事故でも撃たれてたまるか」
「事故なら保険がでるかも」
「事故でなくたってでるやい」
状況を無視していいあいをはじめるふたり。
銃を構えながらも、ティナはこのふたりにかかわっているのが、なぜかばかばかしい気持ちになった。
「島の王だって、何百人もいるわけじゃないんだ。テフローダーが全力で反撃すれば、勝算もありそうなもんだ。島の王の道連れになって滅亡したんじゃ、わりあわないだろう」
クドウが他人事のようにいった。
「マークスと同盟して、テフローダーを脅かしているテラナーが、いまさらテフローダーに反乱をすすめる?」
嘲笑気味にティナがいうと、すかさずウエザムが同じような調子で応じた。
「マークスと同盟してるテラナーが、テフローダーを助けるためにマークス艦を攻撃する?」
さすがに彼女もとっさには切り返せなかった。そのことは、たしかに疑問だったから。
わずかな沈黙。
「まぁ、いいや。気まぐれで助けたんだ。家まで送っていくか」
その場の雰囲気を無視したようにクドウがいった。
「悪いけど、わたしが必要なのはこの艦なの」
言い聞かせるような口調のティナ。このわけのわからない会話の展開にいくらかとまどっている。テラナーは個人主義者だとは聞いていたが、これでは無茶苦茶だと思った。
ことにテラ艦隊は精鋭ぞろいのはずだが、このふたりについては当てはまらないのだろうか。
「ご希望にはそいかねるな。いくら女のコの頼みでも、国有財産は譲れないよ」
「じゃ、撃たれることになるわ」
ティナは決意を固めて、銃口を向けた。
「ちよっと待った!」
突然、あわてて叫ぶクドウ。「死ぬまえにひとつだけ、やっておくことがあった」
「じゃ、ふたつになったってことよ、テラナー」
陰鬱な口調でティナがいった。「この艦をわたすことと、なに?」
「いや、いつかいぺリー・ローダンを殴ってやりたかったんだが、無理みたいだ。じゃ、どうぞ」
クドウは瞳をとじてゆっくり腕を組みなおした。
銃口が揺れた。
ティナは一瞬だけ迷った。
こいつは特異な存在なのだろうか? それとも、狡猾な狂戦士として恐れられているテラナーとは、ただのアホの集まりなのか。
それまで、島の王の補助種族として体制にがっちり組みこまれていたテフローダーの彼女にとっては、あまりに大きなカルチャー・ショックであった。
外見の異なることもない、この特異なテラナーに銃を向けるのにすこしだが躊躇いがおこった。
だが、それで充分だった。
「お嬢さん、もう、おわりですよ」
ほんの一時、目を離したすきにウエザムが彼女の死角にはいりこんで銃を抜いていた。
「おれは中尉ほど甘くないから、撃つよ」
ウエザムのひとことは本気のようだった。
「おっかないねぇ」
まるで緊張感ない様子でクドウが歩いてくる。「まるで、戦争してるみたいだね、きみ、え〜と....」
クドウはなんということのない口調で話しかける。
「ティナ、ティナ・ウォレス大尉。テフローダー艦隊、リ=セス分艦隊旗艦付き」
つられて、答えるティナ。
「ではティナ、それは預かるよ」
彼女は混乱した。かれらは本当にテラナーなのだろうか? いや、テフローダーがこんなに曖昧な行動をとるはずがない。やはり、テラナーなのだ。
これが、テラナー。
ティナは、島の王が追いつめられている理由がわかったような気がした。
もし、島の王の支配を脱して、破滅から逃れるためなら、マークスとテフローダーの同盟は考えられないが、テラナーとなら....。
テラナーと同盟すれば、マークスにも島の王にも対抗できる!
ティナはその時、故郷とテフローダー全体を救う光明を見出したような気がした。このままでは、テフローダーはマークスに蹂躪される。たとえ勝ったとしても、島の王が役に立たない補助種族を放置することはないだろう。
彼女は司令部付きの士官だったから、階級にしては多くの情報に接していた。島の王もマークスも無慈悲。どのみち、テフローダーの未来は明るくない。
だが、本当に同盟できるだろうか?
彼女は無意識のうちに銃口を下にむけていた。
トリガーから力が抜ける。
無造作に伸ばされた手に銃をわたすと、張りつめた気持ちがふいに解けた。
われにかえるよりはやく、ティナは指揮官らしい青年の腕をすがりつくようにとると、必死の思いでその瞳をのぞきこむ。
「お願い。あなたたちテラナーなら、わたしたちを救えるかもしれない」
自分でも思ってもみない行動に、すこし早まる動悸。
すかさず冷やかすウエザム。「おや、さっそくプロポーズで?」
「ほっとけ!」
クドウは、ティナの銃をすばやく検分する。ふむ、テラのものと大差はない。ただ、全体にコンパクトで扱いやすそうだ。
「これは当分、あずかっとくよ。ウエザム!」
銃をウエザムに向かって投げる。
「まぁ、ここじゃなんだ。ゆっくり話のできるところへいこう」
肩に腕をまわさんばかりのクドウ。
やや、慌て顔のティナ。
数歩離れたところで、腕を組んで様子を冷静に見守るウエザム。
「中尉、そんな信用していいんですか」
「なにが?」
間抜け面でこたえたクドウに、すかさずウエザムが冷水をあびせかけた。
「ホルスター、空ですよ」
とっさ、クドウは目にもとまらぬ素早さで振り向くと同時にデッキに倒れこむ。倒れながら、ウエザムの立ち位置と対称側へとにまわりこむ。しかし....。
彼女は、ティナの両手にはなにもない。茫然とした表情でたたずんでいる。はて?
「はなっから、ホルスターは空でしょう。官給のは重くて嫌いだとかいって」
かなり冷たいウエザムの言葉。
「ま、ただのアホではないとわかって安心しましたよ」
「ウエザム、おまえって嫌なやつだな」
「どういたしまして」
ティナは、この男たちを頼ろうとした自分をすこしだけ後悔した。
彼女はまだ、いやテフローダーはまだ、テラナーとテフローダーがまったくの同種族であることを知らない。
「さて....。この後、どうするか」
ラウンジで、コーヒーカップに話しかけるクドウ。
《L.G.F.N.C》は、早々に戦場を離脱。近傍の恒星の影に避退し、善後策をねる算段となった。
「話のワカル相手がいればいいですがね。ティナ、心当たりは?」
しかし、そう言われたところで、艦隊の下級士官だった彼女には難しい質問であった。
アンドロメダでは見かけない飲料、コーヒーをおっかなびっくりで味わっていたティナは、不意に顔をあげた。
「います。軍出身のタム評議員です」
途端、色めき立つクドウとウエザム。
「知り合いか?」
「どんなやつだ」
「リ=セス艦隊長官のカル・ガルス提督。人望もあり、有能で、信用できる人物です」
ここで、ティナは自信なげにつけくわえた。「以前に、短期間ですが、副官を務めたことがあります」
クドウとウエザムは無表情に顔を見合わせた。
予想外にあっさり、テフローダーと接触を持つことができたが、その成果を拡大することができるか....。
ウエザムはチラッとクドウをみた。その横顔には、硬い表情が消えない。
さては、結果がどうあろうとやり抜く決意かな、とウエザムはひとり納得した。
テラナーに島の王の秘密の一部が明らかになって以来、クドウはこの戦役の結末に見通しをつけていた。島の王がよほどの秘密兵器を持ちだしでもしないかぎり、アンドロメダでの戦闘は膠着状態におちいり、無意味な破壊の嵐が吹き荒れるだろうと。
もともとクドウは、島の王がまったく想像を越えた意外な兵器を投入してくる可能性を無視できなかったので、大艦隊を派遣しての正規戦よりは、現在展開しているような特殊作戦を実施すべきだという考えだった。いや、もっと早く、恒星転送機の破壊以前からすすめるべきだったのだ。
ただ、いずれにせよ、同族テフローダーを見捨てるべきではない。
島の王の第一補助種族として強大な戦力を持つテフローダーとは戦うべきではなく、一刻もはやく和平を結び、ともに島の王の打倒に立つべきだという、艦隊内の少数派にクドウは属していた。
心情的にもテフローダーの生存権を保証しない政治的決定には不服であった。宇宙駅を保持するかぎり、テフローダーの銀河への移住すら考慮にあたいするとクドウは考えていたのだ。
それだけに、この機会を無駄にするつもりなどさらさらなかった。
「もう一度、偽装作戦だ」
クドウは勢いよく立ちあがり、ティナとウエザムを自信ありげにみると、力強い口調で言った。
「島の王になりすまして上陸する作戦はどうだ。直接首脳部と話せれば、説得できる可能性はある。以前、マークスの猛攻に曝されたテフローダー指揮官が、島の王に停戦を示唆する通信を送ったことがある。島の王への絶対的忠誠なんて、ありえるのかな」
最後のひとことはティナに向けられたものだった。
彼女は、首を強くふって、「以前ならともかく、いまとなっては....」
ティナは、クドウを見返した。この漆黒の髪と瞳の男は、本気でテフローダーを救おうとしている。彼女の心に希望がふくらんだ。
「テフローダーは決して、戦いを望んではいません。島の王を信用してもいません」
幾度となく、より戦略的に重要な拠点のために、戦場のテフローダー軍が見捨てられてきた。司令部付きだったティナはそんな事例をいくつも、直接あるいは将官らの言動によって知っていた。そのたびに大きくなる不信と不満。
「中尉、交渉は可能です。お願いします、わたしにできることは何でもいってください」
ティナは耳慣れないテラナーの階級をつかい、高ぶった感情を抑えきれずにクドウに叫んでいた。
「そのつもりだ、ティナ」
クドウは不思議なくらい平静にティナを見つめていった。
「だから、涙の必要はないし、できることをしてくれればいい」
そこで言葉を途切らせると、ウエザムの顔を横目でのぞいた。ティナは知らずに溢れてきた涙をぬぐった。その彼女にウエザムがウインク。まぁ、信用しなよ。
この男も不要な危険をおかすつもりだ。
ティナは、テラ艦隊と交渉したのではなく、前線の一指揮官の裁量としての保証を与えられたに過ぎなかったが、充分な確信を持っていた。かれは全力を尽くしてくれる。
ウエザムは思う。このテフローダー嬢は、クドウの術中にはまった。こういう機会を待っていたのが、向こうから転がりこんだだけなのに、ウルウルしちゃって、危ないなぁ。
しかし、かれも決して悪い気分ではない。
そんな空気の中。
ふと、クドウが思い出したようにクロノメーターを見た。
もっともそうではないことは、態度で明白であったが。
そのまま、ウエザムに目配せする。
こちらもそれを待っていたのは明らか。
「〈ぽしえっと〉!」
軽く指を鳴らして、その名前を呼ぶ。
テーブルの中央が沈み、そこからゆっくり昇ってくる人数分のシャンパングラス。
「こんなこともあろうかと用意しておきました。八十年ものの逸品です」
こいつのセリフも芝居くさい。
透明なグラスで発泡している液体。
「親指に気をつけてグラスをとりたまえ」
クドウが妙に気取って手をのばす。
これは艦隊伝統の乾杯の挨拶である。ちなみに最先任士官がいうしきたりである。ついでにいうと乾杯の音頭は最後任士官ががとることになっている。
ティナも勧められるままに、おっかなびっくりグラスをとる。
これはなんの風習?
「ただいまの時間、時間膨張を考慮せずですが、太陽系標準時二四〇五年十二月三十一日二十三時五十九分五十秒です。準備をおねがいします」
〈ぽしえっと〉の合成音声も妙に気取ったような響き。
「....、五十八、五十九、」
「時間だ」
クドウの声に、グラスを高々とさしあげるウエザム。
「かんぱ〜い」
音をたててグラスをあわせるクドウとウエザム。そして、手に持ったままのグラスに、ふたりにグラスをあてられ慌て顔のティナ。
「二四〇六年に」
「新たな世界に」
声をあわせたふたりのテラナーは、何かの期待をこめた視線をティナにそそぐ。
一瞬逃げ場をさがすティナ。しかし、すぐにひらめくものを感じて微笑む。
ためらいがちにグラスをかかげる。
そして、心からの言葉を。
「平和に」
「かんぱい」
遠慮がちな声とグラスの鳴らす音。
「ありゃま。随分いいお酒じゃない」
「高かったんじゃない?」
「平気平気。貰い物だもん」
「あいつ?」
「そう、あいつ。まともに買ったとは思えないけど」
「ふ〜ん」
シュッとためいきのように泡立つシャンペン。
「こんなのクリスマスに飲めっていう神経、疑っちゃうよね」
「うん」
「女の子ふたりじゃあねえ」
「....」
どこでどうまぎれこんだのか、ケイのホテルに居ついたナナオ。彼女はいま、初の銀河ツアーの準備の真っ直中。
銀河は極度の政情不安。
総動員が明らかとなった太陽系軍事力のむかう先を、誰もが息をひそめて見守っている。
それが島の王(アンドロメダ)との決戦にむけられていることは、銀河の住人の大半のあずかりしらぬこと。テラニアから耳打ちされた秘密は各政府の金庫にしまいこまれ、戦闘詳報が発表されることもない。ただ無数の噂だけが飛び交う。
とかく〈政治的〉などと囁かれる彼女のこと、注目度は高い。
しかし、そんなことは彼女には無関係。
ただ自分らしくあること。
それを歌うのが彼女なのだから。
"Lonely Girl from North Counry 2nd"
(c) 1995/6/15 yuki sano with y.wakabayashi
produced by 