| | | | | | | | | | | | | | | | | | | | | | | | | | | | | | | | | | | | |3 GOIN' IN THE WIND 風に立て、涙をなびかせて....
宛 《コーラル・シー》
工作発覚ス。
空母ノ支援ヲ請ウ。
----だうと
宛 《L.G.F.N.C》
てふろーだーノ内紛ヘノ介入ハ禁ズル。
まーくす艦隊ガ行動中。接触ヲ避ケ、撤退セ
ヨ。
----くーぱー
宛 《ヴァーヌート》
至急報告セヨ。
命令ヲ伝達セリカ?
----まーかんと
宛 《コーラル・シー》
コレハ内紛ニ非ズ。
企図サレタル状況ナリ。
----だうと
宛 《L.G.F.N.C》
我ガ企図スルトコロ成ラズ。
独断行動ヲ禁ズ。
----くーぱー
宛 《コーラル・シー》
てふろーだーハ疎開準備。
本艦ハ可能ナ限リ、通常空間ニ留マラント
希望ス。
----だうと
宛 《L.G.F.N.C》
イカナル場合ニモ、てふろーだーノ乗艦を禁
ズ。指示ニ従イ行動セヨ。
----くーぱー
宛 《コーラル・シー》
命令ニヨリ行動セリ。
----だうと
宛 《クレストIII》
いらくりをんト合同デキズ。
至急、指示ヲ請ウ。
----くーぱー
宛 《コーラル・シー》
いらくりおんトハ何者ナリ。
《L》ヲ確保セリカ?
----ろーだん
宛 《L.G.F.N.C》
〈中継不能〉
宛 《クレストIII》
イカナル手段ヲ用イテモ、《L》ヲ確保ス。
----くーぱー
宛 《L.G.F.N.C》
現状ヲ維持セヨ。
戦闘ヲ禁ズ。
----くーぱー
宛 パワー=センター
〈中継不能〉
宛 《コーラル・シー》
貴官ノ企図セルトコロヲ了解セリ。
コノ星ニ雨ガフルノモ、イツカハ虹ヲ見ルタメナリ。
----だうと
宛 《クレストIII》
第九十九ウルトラ艦隊トハ何者ナリヤ?
旗艦《あどみらーる・ふれいと》トハ?
宇宙ハ答ヲ知ラント欲ス。
----てぃふらー
いまもまた、通信を終えると、クドウは立てつづけに命令を発した。
「支援はないかもしれない。ウエザム、兵装と機関をチエックしろ。〈ぽしえっと〉、カル・ガルスへの直通回線を開いてくれ。それと、トランスフォーム砲弾薬庫にどのくらいの余裕スペースがあるかわかるか?」
「調べてみます」
答える〈ぽしえっと〉の合成音声。
「そんなこと調べてどうするんです?」
たずねるウエザムに、さばさばとこたえるクドウ。
「この先、何発撃つかわからないからな。テフローダーの砲弾をつかえないかと思ってね」
「カル・ガルスが出ます」
〈ぽしえっと〉がクドウを呼ぶ。
「つないでくれ」
スクリーンに映ったテフローダーは、心なしか晴々とした表情をうかべていた。
「テフローダーの主力兵器、対極砲の砲弾のデータが必要です。われわれのものと同様のものなら、補給につかいたいのです。本艦には補充はないので」
『わかった、すぐ送らせる。あと四時間で輸送船団の発進をはじめられる。三十六時間以内に発進をおえられるはずだ』
「それは凄い」
その迅速さにさすがにクドウも驚いた。
『わたしの旗艦がさだまりしだい連絡しよう。このチャンネルは常時開けておこう。では』
数分で、データは届けられた。
「中尉、規格に合うものは五百ギガトン相当のものですね。検査してみないと、実際に使用できるかはわかりませんが、原理的には問題ありません。八十弾程度は格納できますし」
〈ぽしえっと〉はすぐに検討結果を出した。カル・ガルスは、砲弾に関するものだけでなく対極砲に関する全データを送ってきていた。信頼の証。
「わかった。すぐ、輸送してもらおう」
これで多少は楽になる。この先、どれほどの激戦が待ちかまえているかわからない。トランスフォーム砲には砲弾が必要なのだが、搭載できる弾数には制限があるのだ。しかし、これでひとまず問題は解決した。
しかし、クドウは夜逃げついでに、してしまうべきことをひとつ発見した。
ふたたびカル・ガルスが呼びだされた。
ひっきりなしに指示を求める声が錯綜する司令部で、それでもクドウの連絡にテフローダーは平然として応じた。
「提案があります。リ=セス近傍に有力なテフローダー星系は存在しますか?」
「無論だ。この周辺はそれほど密集したベルト空域ではないが。それが....」
カル・ガルスは途中までいいかけて、クドウのいわんとすることに気づいた。
「この星系のテフローダーが逃亡すれば、周辺のテフローダー星系も無事にはすまないのでは? 島の王の怒りが、かれらに降りかからないという保証はない」
「では、他のテフローダーにも反乱を呼びかけるというのかね」
カル・ガルスはやや呆れ顔でクドウにたずねたが、クドウは大まじめ、つまり、ガルスには多少ふまじめとも思える表情で続けた。
「どのみちリ=セスの反乱は暴露したとみて間違いないのだし、不利益にはならないと思うが。いや、かれらにしてみてもリ=セスと連帯していないという証明を島の王にしめす良い機会にもなろうし。もちろん、われわれと合流できればもっと良いのだけれど....」
ガルスは短時間考えを巡らし、クドウのいっていることに同意した。たしかにどのみち状況が変わる、つまり良い方向にだが、見込みはない。
「では、わたしの名前で公然と蜂起宣言を出すとしようか。テフローダーが宇宙の表舞台に名前を出すのはいったい、何千年ぶりだろうね、テラナー」
クドウは、カル・ガルスの表情が出会った頃よりはるかに明るいのを感じて、気持ちより陽気な口調でこたえた。
「数万年ぶりであるのは確かですな。とりあえず、本艦の弾薬補給が終わるまでは、文案を考えるだけにしておいてください。独立宣言を採択したら、一時間とたたずにスズメ蜂の巣をつついたようなことになるでしょうから」
通信を終えると、クドウはスクリーンをながめ、次いでインポトロニクスの名を呼んだ。
「〈ぽしえっと〉。ひとつ仕事を頼みたい」
その瞳に意地悪な笑みが浮かぶ。「おまえにしか頼めない仕事だ」
「いったいなにごとだ」
ガウディが不機嫌な声でたずねる。
クーパーが無言のまま、棒立ちの士官をうながした。
「アンドロメダ禁断ゾーン内部で、数千隻規模のわが艦隊が作戦行動を行っていると推測される通信を探知しました。それと、リ=セス星系から奇妙なハイパー通信が放送されております」
緊張した表情で通信士官がファイルをさしだして報告する。
ガウディとクーパーは、ファイルを読むや否や異口同語に叫びを発した。
「馬鹿な!」「考えられん」
そして、顔を見合わせたふたりの表情は対称的に変化した。
凄味のある笑みを浮かべたガウディは、
「やったな」、一言。
苦虫をかみつぶしたような苦悶の表情でクーパーはわれ知らず叫んでいた。
「越権行為だ。承認できん!」
事情を知らない通信士官は両者を見比べて困惑した様子。
それを見て、クーパーは言わずもがなな命令をくだした。
「何をしている。持ち場に戻りたまえ」
ガウディが無言でしたがうよう命令する。
作戦室の扉が閉じると、ガウディが静かに質問。
「で、どうする?」
「禁断ゾーンに侵入しているのは、特殊艦と支援の空母だけだ。数千隻もの艦隊が連絡もなしに投入されたはずがない。欺瞞だ。そして、リ=セスのこの宣言。あわせみれば他に結論のだしようがない。《L.G.F.N.C》だ。やつが銀河大戦をはじめようとしている」
クーパーが早口にまくしたてた。
「とりあえず、艦隊に報告した方がいいんじゃないか? モスキートを用意しようか」
あいかわらず落ち着きをはらってガウディがいったが、これは完全に厭味である。
「そのまえに、《L.G.F.N.C》をひきあげる。コルヴェットを用意してくれ。部下を送って指揮権を交代させる」
「なんだと」
今度はガウディが顔色を変える番だった。
「ついにテフローダーが、公然と島の王に反旗を翻したんだぞ。全力で支援すべきだ。命令書にも『可能なかぎりの援助をせよ』と指示されてるぞ」
「『マークスの攻勢に関与しないかぎり』だ。きみの偵察機がさぐりだしたように、マークスはこの方面のテフローダー防衛線が手薄なことに気づいている。それにマークスはわが艦隊の存在を知ったからといって攻撃目標を変更するはずがない。まして、こんな『宣言』など無視するだろう」
クーパーがさししめしたスクリーンには、リ=セスを含む空域の情報が表示されていく。
「いいか。われわれは攻撃を受けないかぎり介入しない。これは命令だ、ガウディ大佐」
ガウディは無言で敬礼すると、作戦室を出ていった。あくまで無表情をたもっていたが、いいたいことは明確であった。
テフローダーは島の王に絶対服従。苦し紛れの偽電であろう、と。
転子状のマークス艦一万二千は数波にわかれて、禁断ゾーンへの侵攻を開始した。
その目標にリ=セスも含まれていた。
リ=セス付近でテラ艦隊が行動中であるのは、グレグ99も報告を受けていたが、まさかテラナーがマークスの作戦を妨害するなどとは想像もしていなかった。
スクリーンに拡大されたクーパー大佐の表情が怒りと興奮で大きくゆがむ。
「しかし....。テフローダーの行動は、命令にしたがって工作した結果でありまして、いまさら見捨てるわけにも....」
クドウは状況を確認しつつ、時間稼ぎのため困惑顔をつくってみせる。いまになって突然ひきあげだと? テフローダーの反乱は草原の野火だ。煽れるだけ煽って燃えひろがるのを期待していたのではないのか、マーカント元帥らしくない。リ=セスの反乱はまだ利用価値があるはずだ。売り抜けるにしてもまだ時期は早い。
島の王のエージェントの出現に焦ったのか、クドウあるいは《L.G.F.N.C》が捕獲される危険に思いいたって脅えたのか。
あるいは....。
テフローダーの反乱の利用価値が低下したのか。クドウが疑ったのはマークスの圧力だった。なにか他の権益とひきかえに、テフローダーに関して譲歩したのではないか、と。
それは正しくはなかった。《ヴァーヌート》の喪失が三者の思惑を遊離させていたのだが、この件については、クドウはことのほか疑いぶかかった。たしかにマーカント元帥は値あがり材料を供給しておいて、最高値がついたところで手放すつもりだったのだ。テフローダーの反乱というカードの価値はそこにあったのだ。いつまでも手元に留めておくのには危険すぎるカードだ!
そんなクドウの胸中にお構いなく、クーパー大佐はたたみかけるように続けた。
『きみは命令にしたがえばいいのだ』
「あの、テフローダーはどうなるのでしょう?」
クドウは軍人らしからぬ口調でうかがいをたてた。
しかし、クーパー大佐は気にもとめない様子で、あっさり結論を口にする。
『それはテフローダーの問題であって、わが軍とは無関係だ。貴官も全面的支援を約束したわけではあるまい。そんな権限はないからな。余計な小細工は中止してただちに撤退し、会合点A6M2で合流したまえ。了解したかね?』
無表情にクドウはスクリーンを見つめた。
テフローダーの問題、だと。
なるほど、本音はそれか。
つまり、そういうことか。
不安気にそちらを見るウエザム。
『どうした? なぜ黙っている』
無言のままのクドウに、いぶかしそうなクーパー大佐の声。
「それではテフローダーは見捨てると....」
『ああ、命令は理解しているな』
銀髪をいらだたしげに振ると、そのことにはもう触れたくないとばかりに大佐はクドウの顔をねめつける。『復唱したまえ』
そわそわとスクリーンとクドウをみくらべるウエザム。
司令室の空気が重苦しく密度を増し、緊張のひととき。
「命令を拒否します」
息をのむウエザム。
中尉、それはまずい。
クーパー大佐はシヨックを隠すように問い直した。『なんだと?』
畜生、とうとう言っちまったか。
クドウは無表情にスクリーンを見つめた。
「命令の実行を拒否します」
これはもう引っこみがつかない。
大佐は叫びだしたいのをこらえるように、いったん開きかけた口を閉じると、何かを捜すようなそぶりを見せたが、すぐに目当てのものが見つかったらしく、ふたたびスクリーンのクドウをにらみつけると、威圧的な口調で言葉をつないだ。
『では、一八二四時をもって貴官の指揮権を剥奪し、すべての権限を一時停止する。ウエザム軍曹、クドウ中尉の身柄を拘束し、回航指揮官ホーソン少佐の到着まで艦指揮をとりたまえ』
やった、バカめ。これで貴様もおしまいだ。
ウエザムは行動をためらい、困惑した表情でスクリーンのクーパー大佐とクドウを交互に見なおす。
『軍曹、ただちに実行したまえ!』
大佐の声に、ウエザムの表情が変わる。決意を秘めた面差しを見てとったクドウは、にわかに立ち上がるや銃を引き抜く。
「中尉?」
「命令に従う必要なし。本艦はただいま(時計を見る動作)一八二五時をもって、太陽系帝国指揮下を離脱する」
『バカな、止めろ。気でも狂ったか』
血相を変えてクーパー大佐が叫ぶ。『軍曹、すぐにやつを逮捕しろ』
しかし、クドウは銃口をぴたりとウエザムに擬している。
「動けば撃たれるであります、大佐殿」
ウエザムの答えに絶句するクーパー大佐。
『考えなおせ、中尉。マークスとの同盟をどうするつもりだ、大局を見誤るな』
「どうせ、本艦の外見はテラ艦には見えないから、言い抜けはどうとでもできるでしょう。その頃には《L.G.F.N.C》は原子のかけらになって漂っているでしょうから、ご心配なく」
大佐の必死の呼びかけに、へらへらとこたえるクドウ。たしかに大勢を決した流れはかえられない。無謀で無意味かもしれない。しかし、届かない想いも伝えたいと願うのなら、そして勝者も敗者もないのがこの戦争なら....。
スクリーンでわなわなと黙ったまま体をふるわせる大佐。だが、かっと眼を見開くとクドウを指さして怒鳴った。
『いいか、勝ったと思うなよ。貴様ひとりで何ができるというのだ。だいいち、その艦が貴様の命令を聞くとでも思っているのか。指揮権を停止された貴様のな』
はっと、クドウを見るウエザム。
それを平然と聞きながすクドウ。
「それは大きな御世話というものでして。〈ぽしえっと〉、モスキートを準備しろ。ウエザム軍曹のためにな」
「アイ・アイ・サー」
〈ぽしえっと〉の合成音声がこたえる。
『な、なんで....』
力尽きたような表情と声のクーパー大佐。
「残念でしたね。インポトロニクスとはいえ、〈ぽしえっと〉は人工知性体。独立した判断能力を持っていることをお忘れですか。機械じゃないんですよ」
皮肉を軽口にこめてクドウがこたえた。
「というわけで、介入したくないなら、放っておいてもらいましょうか」
だが、捨てゼリフにも似たクドウの言葉に、大佐は不敵な笑いをかえした。
「?」
ぐふふふふふ、と奇怪なつぶやきを洩らしながら、クーパー大佐は勝ち誇った表情で呪文を唱えはじめた。
『春の神の縦笛
萌え木色のロープまといて
天より下りて わが願い聞きとどけよ』
「大、大佐?」
ウエザムがおそるおそる呼びかけた。
ついに狂ったか?
『ふふふ、愚かものめ。われわれがこれほどの労力と資金を投入して開発したインポトロニクス艦を野放しにするとでも思ったか。これで、貴様の命令など単なる譫言にすぎんぞ。《L.G.F.N.C》は艦機能を停止した』
いまにも踊り出さんばかりに勝利に酔いしいれるクーパー大佐を呆れて見るウエザム。「そ、そんなことしてどーすんのよ。ここは敵地のど真ん中でしょが」
「しまった! その手があったか」
天を仰いでうめくクドウ。「どうしよう、〈ぽしえっと〉?」
「困りましたね」
途端表情を凍りつかせるクーパー大佐。
『ば、ばかな。そんなことが....。いや、ありえん。今、たしかに....』
対照的な表情でクドウがいった。
「安全装置、ってやつですか。悪いですねぇ、別なのと替えさせてもらいました。無断で申しわけないです。では、こっちはこっちでやりますんで」
『ま、待て。テフローダーに肩入れしても何も得るものはないぞ。名誉も報酬もなく、愚かさの報いをうけるだけだぞ。考えなおせ、なんのためだ。わたしに恨みでもあるのか!』
絶望的な説得を試みるうちに、かれの心のバランスも崩れかけたのか。
なんのため?
ばかばかしい。
クドウの心にトパーズの瞳を持った少女の姿が浮かび、それはショートヘアの少女に重なる。
なにかに語りかけるように、クドウは低い声でつぶやいた。
「時々、ちっぽけな満足と引換えに馬鹿をやってみたくなる」
あなたにわかるまい。そんなことは現実の底深くに埋めてしまえた、あなたがたには。
そうだ。
「いまが、まさにそのときだ!」
崩壊寸前にうちひしがれたクーパー大佐を残して、スクリーンの映像が切られた。
「ウエザム。降りてもいいんだぞ」
「冗談でしょ? こんなおもしろそうなこと途中で止められますかって」
ウエザムは妙にはしゃいだ様子でこたえると、照れたように笑った。
「しょうがないやつだな」
つられたように苦笑するクドウ。
本当にしようがないやつだ。こんなときまでつきあい良すぎるぞ。
クドウは、ここでひとつ悪戯をおもいつく。
「ウエザム、艦隊に通信を送る」
「は? なんでまた」
怪訝そうな顔のウエザム。
クドウは楽しげにこたえた。
「艦隊のでかぶつに居心地のわるい思いをしてもらうのさ」
「なるほど。艦隊の支援がありゃ、こんなに苦労しなくてもいいんですよね」
ウエザムもうなづく。
「では、大見栄切るとするか」
宛 アンドロメダ遠征艦隊旗艦、
発 《Lonely Girl from North Country》
本一八二六時をもって指揮下より離脱する。
最後の一弾にいたるまで同胞のため戦う。
救援無用。
----以上
もたらされた報告にアトランは激怒した。
「懲罰艦隊を出せ。降伏しなければ撃沈しろ」
しかし、ローダンは冷たく応じた。
「禁断ゾーン深部へかね。敵のど真ん中に小部隊を送りこむつもりかね」
「では放っておく気か?」
「そうだ」
平然とこたえるローダン。唖然とするアトラン。
「正気か?」
「見たとおりだよ」
ローダンは余裕の表情。
「マーカント、大提督に説明してさしあげろ」
かわってマーカントがアトランにこたえる。
「何をしようと、たかが一隻です。ギャラクシス級の《クレストIII》ですら狩りたてられたのですよ。何程のことも出来ぬうちに、集中攻撃をうけて沈められるのがおちです。ですから、われわれにできることは、黙って見守ることだけでして」
あんぐり、という感じのアトラン。
「ほ、本当に、そうするつもりか。ペリー?」
「もちろんだ。マークスと揉めるわけにはいかんのだ」
きっぱり答えるローダンに、逆に力なくつぶやくアトラン。
「そ、そうか。何か間違ってると思うんだが....」
通常であれば神速を誇る、デュプロ艦隊の反応が遅かったのは、クドウの欺瞞工作やテフローダーの蜂起宣言に眩惑されたため、対応に手間取ったためと思われた。
派遣されたのがデュプロ艦隊であったのも、通常とは異なる部分でもあった。本来ならテフローダーの反乱はテフローダーによって始末させることによって、さらなる反乱を防ぐというのが島の王の手口であった。
もし十二時間前に、たとえ数百隻であっても即応されていれば、困難な事態となっていたはずだった。
しかし、《L.G.F.N.C》の司令室で報告をうけたクドウは、冷静に命令をつたえた。
「作戦通りでいく。《シェーア》に指示を」
まだ、テフローダーの疎開は完了していない。現在、地上では最後の船団が離陸しつつある最中であり、船団隊形を組むという大作業も残されている。
乗船作業は緊急をきわめ、大半のテフローダーは手荷物程度のまま、大型輸送船内に乗りこむことをよぎなくされた。また、集合時間に間に合わぬ者、あえて疎開を拒否した者などの数は知る術もない。ただ、大半のテフローダーが乗船できたことは確かである。
なんとしてもこの船団は脱出させる、クドウは決意していた。
弾薬補給艦は数十分前に離れていた。
ギガ爆弾の搬送を指揮していたのは、黒髪の少女ティナ・ウォレスであった。
それを知ったウエザムが軽く片目を閉じてみせた。
対照的に不機嫌にすらみえるクドウ。
そんな様子に、おどおどと居場所のない態度と表情のティナ。
「時間はどのくらいかかりそうだ?」
「あの....」
「三時間は必要です」
こたえかけたティナをさえぎって、〈ぽしえっと〉の合成音声がこたえる。
「そんなに? そのあいだ、本艦は無防備なのか?」
いらだたしげなクドウの声。
「やむをえませんよ。艦隊の給弾艦ではありませんし、不都合がいろいろとあります」
とりなすウエザム。
「ならば、都合をつけろ」
しかし、〈ぽしえっと〉の計算した時間が短縮されるはずなどないのは、かれにもよくわかっているはず。
「中尉はずっと休んでいません。このあいだに少し休んで下さい」
ウエザムが珍しく優しい声をかける。
その言葉にわれにかえったように、クドウは苛立ちを収めると、小さな声と仕種で感謝の意をあらわす。
「Bキャビンにいる。何かあったら呼んでくれ」
「何もありっこないでしょう。なあ、〈ぽしえっと〉」
ウエザムは茶目っけのある敬礼を返すと、ティナにふたたびウインクしてみせた。
倒れこむようにベッドで眠りについていたクドウは、不意に人の気配を感じ、目を醒ました。
この艦内に侵入者などありえない、と思いつつ枕元においた銃に手をのばす。
グリップの感触をつかむと、わずかに首をまわして人影を捜す。
照明をおとした暗いキャビンに、クドウはおもいがけない姿を見た。
「....、ティナ?」
薄暗い室内にたたずむ少女の華奢な体を被う布がフロアに落ちる。
衣擦れの音と、近づく少女の白い全身。
夢か?
わが目を疑うその耳に、消え入りそうなティナの声。
「ユーキ、わたしのこと、嫌いですか」
のばされた白く小さな手が震える。茫然とするクドウの腕をとると、柔らかな脹らみに手をよせる。鼓動と体温と、そして彼女の気持ちが伝わる。
「こんなことする女の子は....」
震える肩をそっと抱くと、少女の唇に優しいくちづけを。いまはそれがこたえになる。
司令室にあらわれたクドウは足音も荒くウエザムに詰めよった。
「おまえら、だましたな」
頬を紅潮させているのは、怒りのせいだけではなさそうだ。
「なんのことでしょう?」
ウエザムはモニターを横目で見ながら、そらっとぼけた口調。もちろん、〈ぽしえっと〉がこたえるはずはない。
肩を震わせて何か言葉をさがしているクドウの背中に、少女の透き通った声。
「その人を責めないで」
ふりかえると、制服をととのえたティナ・ウォレスの姿。たおやかな少女は清楚な美しさとともに、大胆さを身にまとったよう。
「ユーキ、わたしをこの艦に残してください。了解はえています」
真剣な瞳。
クドウは言葉に窮した。
困りきった表情で、助けを求める視線を彷徨わす。
にやにやと笑いを浮かべるウエザム。
「....駄目だ」
クドウは散々ためらってから拒絶した。
「これは戦闘艦だ」
「わたしもテフローダー軍人です」
ティナは、苦しげなクドウのこたえに納得しない。
「足手まといにはなりません。いいでしょ」
彼女の表情は見つめながら、クドウは難しい表情を不意に崩した。
頬に笑みのかけらを残したまま、ひとこと。
「こんなことのために助けたわけじゃない」
そして、ひょいとデスクの上から一枚のミュージックディスクを取り上げる。
Dream Call / KEI JIDAIMATSURI
ぶっきらぼうにさしだす。
ディスクの表で、憂いをふくんだ表情で微笑む少女。
複雑な顔で受けとるティナ。
「なぁに、どうせ行くところは同じさ。おれもきみも故郷に帰るんだからさ」
押し出すようにティナを送りだすクドウ。
それでも、なにかいいたげなティナ。
「帰ったら、テラニアを案内してあげよう。別におもしろくもないとこだけど、知ってる店で乾杯しよう」
その言葉が本気でないのには、クドウ本人は無論のこと、ウエザムも、そしてティナも気づいていた。
カル・ガルスが旗艦とした数少ないテフローダー戦闘艦《シェーア》、その司令室には次々と悲鳴のような報告がとびかっている。
「状況転送機があらわれました」
「デュプロ艦隊、実体化します。数約五百、八百、千! まだまだ増えます!」
「《L.G.F.N.C》より入電。『船団を維持せよ』以上です」
カル・ガルスは祈るおもいでスクリーンを見つめた。
クドウは作戦があると自信ありげだったが、疎開中にデュプロ艦隊はあらわれてしまった。無事、脱出できるのか....。
そのかたわらで、ティナ・ウォレスも祈るような表情でいた。
状況転送機からあらわれたのは、約五千のデュプロ艦隊であった。
本来なら、リ=セス星系を葬り去るに余りある数であったが、誤算があった。
「中尉! 距離一光分付近に艦隊が実体化。マークスです! 約六千隻」
「よし、作戦通りだ。ちよっと、手間取ったがマークスがあらわれたぞ」
〈ぽしえっと〉の報告に、してやったりとばかりのクドウの声。
「まさか、これを待ってたんじゃ....」
おそるおそるたずねるウエザム。
「そのとおり」
「では、通信をテフローダー艦隊のものに切り替えたのは....。しかし、早めに来ちゃったら....」
「そしたら、マークスを誘導してデュプロ艦隊を待ち伏せだ」
「そんな無茶な」
ウエザムのぼやきにかまわず、クドウは命令をくだす。
「〈ぽしえっと〉、マークスの鼻先に一発ぶち込め。それで、前門の狼と後門の人喰い虎が共食いだ」
「どっちが狼で?」
「A砲発射。着弾、爆発します」
ウエザムのボケを、〈ぽしえっと〉の声が無情にさえぎった。故意にかもしれない。
突然の攻撃を受けたマークスはただちに索敵を開始し、当然仇敵デュプロ艦隊を発見した。
デュプロ艦隊もギガ爆弾の爆発をとらえ、その結果としてマークス艦隊の存在を確認していた。
たちまち、恒星リ=セス周辺はコンヴァーター砲と対極砲の応酬の嵐に満たされ、《L.G.F.N.C》やテフローダー疎開船団の存在は、戦闘の混乱と重層エネルギーの放出のノイズによっておおいかくされてしまった。
「《シェーア》より通信。全艦艇が発進しました」
〈ぽしえっと〉の合成音声が告げる。
「《シェーア》へ通信。規定の隊形をととのえつつ離脱せよ、以上。戦闘はどうなっている?」
クドウの問いにウエザムがこたえる。
「いまんとこ五分五分ですね。こちらに目移りしてくるやつはいないようです」
「それだとありがたいがな」
「中尉、カル・ガルスから通信です」
「スクリーンへ」
スクリーンにあらわれたテフローダーは喜びの表情をあらわにしていた。
「やったぞ。やつらは戦闘に夢中でわれわれに気づいていない。成功だ」
クドウはそれを無表情に否定した。
「まだ、成功したわけではありません。最低でもアンドロメダを離脱しなくては成功とはいえませんよ。われわれはまだ、星系外へも出ていないのです」
「そうだな」
カル・ガルスも冷静さをすぐとりもどす。
「編隊を組みおわり次第、第一次のリニア航行にはいります。航法プログラムは予定どおりで」
「わかった。ありがとう」
クドウはまだ安心できるような気持ちにはなれなかった。戦闘はそう長くは続かないだろうし、リ=セスのテフローダーが脱出したことはどのみち発見されてしまう。
そう思うと、スクリーンに浮かぶテフローダー船団は頼りなげである。
大半が大型輸送船で、戦闘艦は数えるほど。長距離航行を考えて、中小型艦は外してあるから隻数こそ少ないものの、乗船したテフローダーの数は莫大である。
「依然、追撃してくる艦はありません。船団にも異常なし」
ウエザムがいった。「しかし、うまくいくんですかね?」
「五百隻だからな。最悪の場合は散開させて脱出するしかないだろうな」
最悪の場合でも、太陽系艦隊の集結空域までたどりついて、個別に降伏するという手はあった。できれば、パドラーのステーション〈KA大サービス〉までたどりつきたいところではある。
「しかし、テラで二億人のテフローダーをはたして受けいれますかね」
もっとも疑問をウエザムが口にする。
もっとも、それはこのふたりにはあまり縁のない問題ではある。
「別に太陽系帝国の版図外でも、いい惑星があれば。あるいはベータ星雲でもいいだろう。とにかく....、島の王に逆らって、マークスの攻撃も目前じゃ、あのままでは全滅寸前だ」
なにより、テフローダーたちを脱出させることが火急なのだ。
「船団旗艦から通信です。編隊形成完了」
〈ぽしえっと〉が待っていた報告を伝えた。
「では、いきますか」
「〈ぽしえっと〉、リニアプログラムを進行させろ。カウントダウン開始」
「《シェーア》へ通告。カウントダウン開始、一分前、....」
「ファクターII。リ=セス恒星系のテフローダーが反逆したとの報告があったが、処理はすんでいるだろうな」
ファクターIの正体は誰も知らない。しかし、その呵責ないことは知らない者はいない。トリナル・モラトは不興を覚悟してこたえた。
「ファクターI。その件ですが、テフローダーは逃亡した模様ですな。派遣したデュプロ艦隊の報告によれば、リ=セス惑星上にはテフローダーの姿はなく、テラナーの痕跡も発見できなかったようです」
「艦隊はどうした?」
「リ=セスを破壊した後、前線に派遣しましたが」
「甘いぞ、ファクターII。このような反乱を放置していては、テフローダーを統制できない。直ちに追撃艦隊を編成し、発見しだいテフローダーどもを撃滅するのだ」
スクリーンのシンポルマークが激しく明滅した。
「しかし、艦隊は前線で必要です。逃亡したテフローダーを追うよりも重要な任務が....」
トリナル・モラトは反論を試みた。
しかし、ファクターIは異議を認めない。
「反論は許さん。早急に処理できなければ、きみの責任を問うぞ」
シンボルマークが不意に消えた。
ファクターIは、他の島の王の生命すらその手に握っているのだ。
トリナル・モラトは自分のためにも、速やかに反乱者を追滅する手立てを考えねばならない。だが、そのための手段はいくらでもある。
その間、敵味方入り乱れた戦闘空域を抜けて、先導するクドウは幾度となく薄氷を踏む思いであったが、細心の注意を払って航路をとった甲斐あって、マークスあるいはデュプロ艦隊と遭遇する危険は避けられていた。
クドウとカル・ガルスは、この後、大距離をこなすリニア航行で、一気にアンドロメダを脱出する計画であった。
その準備のため船団は、一時大恒星の影に集結。各艦はリニア機関点検に余念がなかった。
また、各艦艇の指揮官にはテラ艦用の識別コードが与えられ、最悪の場合には個別に降伏するように指示された。
「いよいよ、最終段階ですね」
「まあ、危険地帯からは離れられるからな」
さすがのクドウとウエザムも、疲労と不安の色を隠せない。
「ここまで、問題なくきたのが不思議なくらいだよ」
いくらか緊張が緩みつつあるような表情でクドウがいった。
「島の王も他でいろいろ忙しいはずだから、逃げたテフローダーのことにまで構ってられないといいんですがね」
「だといいんだけどな」
モニターをながめてためいき。
ふいに大事なことをおもいだしたように、ウエザムが手を叩いた。
「中尉。恒星エンジニアの連中を適当なとこで降ろさないと」
「いかん、忘れてた」
そうウエザムがいったのが呼び水になったかのように〈ぽしえっと〉がクドウを呼ぶ。
「中尉、カル・ガルスから通信です」
映像のカル・ガルスは緊迫した表情をうかべていた。それを見てクドウは気分を切りかえる。突発事態か?
「クドウ中尉、これはテフローダー艦隊の通信を傍受したものだ。聴いてくれ」
途端にスクリーンの映像が乱れたものに変わった。
『....テフローダー艦隊司令部! わが星系はデュプロ艦隊の攻撃をうけつつあり。いかなる事態か説明を請う! くりかえ....』
スクリーンの映像がカル・ガルスにもどる。
「さきほどから反復して送信されている。通信コードから、テフローダー星系のものと思われる。位置はここだ」
映像が宙図にかわり、複雑なシンボルマークとともにスクリーンを賑わす。
「リ=セスに近いな。まさか、島の王が腹いせに懲罰艦隊をさしむけたのか....」
クドウのつぶやきに、〈ぽしえっと〉がわりこむ。
「罠、の可能性もあります」
ウエザムが無言のまま同意。
「カル・ガルス。他に島の王に反逆したと思われるテフローダーは?」
「その可能性はほとんどない」
テフローダー提督は苦い表情でこたえた。
罠だ。
クドウは直感的にそう感じた。
しかし、見捨てることはできない。
クドウの横顔を観察しながら、ウエザムは事の進展を予測した。
「じゃ、いくんですね。中尉」
ウエザムの声に驚いたようなクドウとカル・ガルスの顔。その理由はそれぞれだったが。
「よくわかったな」
「危険すぎる」
カル・ガルスは一応翻意を勧めてみた。
「禁断ゾーンに再侵入するのは、あまりに危険だ。偵察ならわが艦隊から出せば済むことだ」
クドウはニッコリと笑ってそれにこたえた。
「それは無意味ですな。偵察のみならず、支援可能な戦闘力があるのは本艦だけです」
「とめても無駄....か。われわれはここで待とう。せめて随伴艦をつけよう。テフローダー艦隊と識別のため必要になるだろう」
カル・ガルスはあきらめたようにいった。
「いや、連絡士官をひとり、送っていただければそれで。ハイパーカムがそうなると必要か」
クドウは思案顔でいうが、実はたいして考えているわけではない。
「では、然るべき要員を転送機で送ろう。無事を祈る」
「八時間たっても戻らなれば、予定通りに発進してください」
クドウはもう笑ってはいなかったが、さほど深刻な表情にも見えなかった。
「転送確認しました」
〈ぽしえっと〉の報告をうけると、クドウがただちにこたえた。
「カルプ作動。対探知手段をすべて展開。全速前進」
「アイ・アイ・サー」
転子状艦は空間から消え、全速でアンドロメダ禁断ゾーンへと反転していく。
テフローダー艦隊旗艦《シ=ルーフ》
ツァイス恒星系
テフローダー艦とデュプロ艦、どちらも同じ球型艦同士が、互いに赤い半空間スクリーンを展張しつつ対極砲の砲火を浴びせあう。
それは二時間前にはじまった。
マークスの攻勢に備えて厳戒態勢をととのえていたツァイス=テフローダー星系の外縁に突如出現した二千隻のデュプロ艦隊は、テフローダー警戒部隊に無警告で砲門をひらいたのだ。
狼狽した星系政府は、テフローダー艦隊総司令部に説明を請う一方、まったくわけがわからないまま応戦に踏み切った。
島の王はテフローダー艦隊司令部の呼びかけを無視して攻撃を続行。テフローダーとしては島の王直属デュプロ艦隊を攻撃することはできず、また、マークスの攻勢に備えるためにも、予備兵力を派遣することはできなかった。
星系政府は万事休すとみて疎開を指令。
しかし、犠牲を考慮しないデュプロの猛攻の前に防衛線は後退に後退を重ね、ツァイス第二衛星軌道に集結させた惑星防衛艦と対空砲台に援護された残存艦艇が必死の抵抗をこころみるが、もはや風前の灯であった。
「島の王はどういうつもりなのだ」
テフローダー提督ブロスはすでに何度も自問自答した問いをくりかえした。
当初千二百隻を数えた艦隊もすでに四百を割りこんでいる。デュプロ艦隊も大損害を被っているが、依然半数が戦闘に参加しているようだった。
ブロスはたまらず、かたわらの副官にたずねていた。
「疎開状況はどうなっている?」
すでに幾度なくこたえた質問に、副官はふたたびびこたえた。
「はっ。各宙港で乗船を開始しているようでありますが、あまりに突発事態でありますので....」
「もういい」
何度も聞いたこたえを、テフローダー提督は顔をしかめてさえぎった。
「これでは時間稼ぎにもならん」
「第六セクター、司令艦撃破されました。敵艦隊突破」
オペレーターが破局を示す報告をもたらした。
「全予備兵力を投入せよ」
ブロスの命令に、副官は首を横に振った。
「閣下。もう予備兵力は旗艦と護衛部隊だけであります」
「では、それを投入したまえ」
「しかし....」
そのとき、新たな報告の声。
「衛星軌道上に実体化した艦あり。テフローダー艦隊の識別信号を発信しています」
衛星軌道上にだと? ブロスはこの状況下にもかかわらず感嘆した。卓抜した航法技術がなければ困難なことであり、マークスはおろか、テフローダー艦隊でもそれをこなす艦長は少ない。
しかし、今頃、何の目的だ?
「ウエザム、テフローダー連絡士官を通信室へ連れていけ。テフローダー艦隊用ハイパーカムを持ってきているはずだ。ただちに本艦に接続。そいつがないと、識別情報が認識されないからな」
「アイ・アイ」
ウエザムがおどけた敬礼でこたえると、司令室を出てゆく。
「終わったら司令室に案内しろ。〈ぽしえっと〉、コンソールをひとつ専用にしてくれ」
しかし、ウエザムはなかなか戻ってこない。
「あいつは何をやってるんだ」
イライラした様子のクドウが、〈ぽしえっと〉に噛みつく。
「いま終了しました。動作試験パス。テフローダー暗号表受領」
クドウの言葉に〈ぽしえっと〉がこたえるが、多少歯切れが悪い。
「中尉....、それはそれでよいのですが、本当に案内して構わないんですか?」
「なにをいってんだ」
不審げなクドウに、ウエザムが厭味な笑みをうかべる。
「あったまわりーい」
「なに?」
その疑問はすぐに解ける。
司令室の扉が開くと、艦隊式の敬礼をしてあらわれたのは、ティナ・ウォレスであった。
無言のまま彼女に笑いかけるウエザム。
しかし、クドウはさっと踵をかえすと、〈ぽしえっと〉に叫ぶ。
「Uターンだ、Uターンしろ」
「そんな時間はありません」
冷たい〈ぽしえっと〉のこたえ。「約二十分でツァイス系に突入します」
手荒くシートを蹴とばして回転させると、唇を曲げてコンソールに座りこむクドウ。
「あの....」
おずおずといった感じで、クドウに話しかけるティナ。
「作戦上の要点についてはウエザムが説明したとおもう。あとは随時必要が生じた場合に、連絡任務にあたってもらう」
そっけない無機的な口調で説明するクドウは、スクリーンを見たままでティナに振りむこうともしない。
黙ったまま立ちつくす少女。
冷たい沈黙が司令室を支配する。
気を効かしてか、ウエザムも〈ぽしえっと〉も沈黙を守る。
と、数十秒の沈黙に耐えられなくなったか、事態は意外な展開をみせる。
うつむきかげんに立ちすくんでいたティナが、つかつかと足早にクドウのコンソールに歩みよった。
その勢いに圧倒されたように、ウエザムが手元で玩んでいたライトペンの動きを止めた。
テフローダー少女は無言のままクドウの肩に手をあてて、強引にふりかえらせる。
そのとき、かれがどんな表情をしたかはウエザムには残念ながら見えなかった。
ティナの黒い髪が揺れ、背中をかたむけると素早くふたりの唇を重ねた。
一瞬の風のようなくちづけのあと、少女は頬を染めてあとずさった。
途端、クドウが硬い表情を困惑にかえて、助けを求めるかのように周囲に視線を走らす。
ウエザム知らん顔。
〈ぽしえっと〉も知らないふり。
「ごめんなさい」
黒髪の少女の横顔にひとすじの涙。
「ユーキ。そんなに迷惑ですか」
かすれた声のつぶやき。
二秒間、クドウはこわばった表情で彼女をみつめていた。
しかし、ふいに立ちあがると、瞳と頬に笑みをうかべて、彼女の頬に手をあてた。
「いいや。きみならいつでも歓迎さ」
そして、真っ赤になった少女をみずからの席にさっとすわらせた。
すぐにスクリーンに振りむくと、すこしだけ照れたような気取ったような笑みを頬に残して、命令を叫んだ。
「〈ぽしえっと〉、主星衛星軌道上に実体化する。リニア解除後、ただちに識別信号発信。戦闘に介入する! エネルギーバリア展開、HU"スクリーン展開、トランスフォーム砲塔A、B、Q、X、Y砲展開、対探知スクリーン展開」
「アイ・アイ・サー。《L.G.F.N.C》全力戦闘準備」
〈ぽしえっと〉ですら、クドウに気をつかっているようだった。
「ティナ、いくぞ」
テフローダー少女の瞳をのぞきこむクドウは、もういつもの表情。
テフローダー艦隊の識別信号を発信しながら出現した艦は、計測によれば全長三五〇メートルの転子状艦。それが、圧倒的火力を発揮して突破をはかったデュプロ艦を一掃したのだ。
「凄まじい火力です。命中精度、発射速度、砲弾破壊力、すべてわが軍のものを遙かに凌駕しています。いったい、何者でしょうか?」
副官が驚愕を浮かべて、データを示した。
「テラナー....!」
ブロスはわれ知らずにつぶやいていた。
「テラナーですと! まさか。しかし、ならば攻撃命令を」
表情と言葉で混乱をあらわにしながら副官がいった。
「馬鹿な。かれらはわれわれを助けているのだぞ」
ブロスは立場を忘れていいかえした。
「しかし、それでは島の王の....」
言葉の途中で副官は沈黙した。そう、かれらの支配者がかれらを宇宙から消そうとしているのだ。
主力から分離し突破をはかった小部隊を撃破すると、そのまま《L.G.F.N.C》は敵主力に突入する。
五門のトランスフォーム砲塔が一斉に火を吐き、デュプロ艦隊の戦列に小太陽を生み出していく。
球型艦を護る赤い半空間スクリーンをウルトラブルーの光球の輝きがおおうと、一瞬の後にはすべてを破壊し去ったガス雲が残るだけだった。
デュプロ艦隊は思わぬ天頂方向からの奇襲にうろたえたか、反撃の火線もまばらで不正確であった。しかし、それでも幾度なくグリーンのHU"スクリーンはギガ爆弾の命中に耐えた。
スクリーンをにらんでクドウが叫ぶ。
「ティナ、テフローダー旗艦を捜すんだ。このまま戦列を突破する。《L.G.F.N.C》を撃つな、と伝えるんだ」
「はい」
全推力で唸るインバルスエンジンの轟音と、発砲する砲塔の振動で艦内は叫ばなければ、何も通じない。
しかし、不思議とティナは不安を感じない。この小型艦の優秀さはまさに際立っていた。
トランスフォーム砲は正確に二十秒ごとに再装填され、照準を定め発砲の閃光を閃かす。すべてがテフローダーの対極砲を上回る速度でおこなわれ、破壊力も凄まじい。一撃でデュプロ艦のバリアを粉砕し、ウルトラブルーの光球に取りこみ、さらに艦の爆発したエネルギーを加え膨張した小太陽は至近の艦を巻き添えにすらしてゆく。
テフローダー艦隊旗艦《シ=ルーフ》
ツァイス恒星系
「テラナーから通信。わが艦隊のコードを用いています」
そうか。ではやはり、リ=セスが島の王に反逆したというのは事実だったのか。それにテラナーも絡んでいるということか。
「回線を開け」
ブロスはそれでも通信を許可した。実際問題、いまを生きのびなければならない。
「デュプロ艦隊の戦列を突破するそうです。同時に全力で攻勢に転じよ、とのことです」
「こたえるな」
ブロスは応答を禁じた。しかし、その指示にはしたがうつもりだった。デュプロ艦隊は確実に混乱している。チャンスはいまをおいてはない。
テフローダーは長くは待つ必要はなかった。
たがいにギガ爆弾をあびせあっていた球型艦の集団のひとつが突然戦列を乱し、同時に内部から多数の火球に変わっていく。
「いまだ。全艦隊前進せよ」
ブロスは攻勢を命じた。
それは、デュプロ艦隊を壊滅させる引き金となり、混乱を生じた敵にテフローダー部隊が襲いかかっていた。
「デュプロ艦隊は指揮系統に混乱を生じた模様。戦闘の大勢は決しました」
〈ぽしえっと〉が戦況を分析。
しかし、それも〈ぽしえっと〉が敵の指揮艦をわりだして狙い撃ちした効果であった。
スクリーンには無数のガス雲と青い惑星が映っている。
「中尉、挨拶していくんですか?」
ウエザムが勝利に緊張をほぐした顔でたずねた。
「さて....」
クドウが意味ありげな表情をうかべた。
と、〈ぽしえっと〉が警告。
「攻撃照準波を捕捉。ロックオンされました。緊急回避」
スクリーンに警告の文字列と戦闘情報が表示される。
その数秒後、《L.G.F.N.C》の後方で複数のウルトラブルーの光球が輝く。
「まだ残ってたのか」
ウエザムの声に、クドウが冷やかにこたえた。
「テフローダーだよ」
意外、という表情のウエザムとティナ。
しかし、〈ぽしえっと〉が肯定する。
「テフローダー戦闘艦からの攻撃です。しかし、多少不正確です」
「でも、なんで....」
「テラナーは島の王の仇敵だぞ。そいつと共同戦線をはったりしたら、それこそアンドロメダから消滅させられるぞ」
クドウはニヤリと笑った。
「辛い立場だよなあ。芝居につきあうかあ。〈ぽしえっと〉、Y砲の対極砲弾を適当にバラまけ。ただし、命中させるなよ。退避する」
ウエザムとティナ,顔をみあわせる。
「アイ・アイ・サー。テフローダー艦隊旗艦を識別しましたが」
スクリーンに球型艦の映像。相変わらず対極砲の斉射を続けているが照準はでたらめ。
「退避する前に通信を送れるか?」
「自己顕示欲が強いのは感心しませんね」
「で、なんと?」
「『いつかまた逢おう。空に漂う金色の雲となって』。インターコスモでいいぞ」
「アイ・サー」
「....、先に地獄で待ってるよ、と」
「天国にしといてくれ」
真顔でクドウがいった。
「天使がいないとこまる」
テフローダー艦隊旗艦《シ=ルーフ》
ツァイス恒星系
「テラ艦、戦闘空域より撤退します。追撃しますか?」
「かまうな。それより、艦隊総司令部へ打電。我レてらなート交戦セリ」
ブロスは、デュプロ艦隊が後退しつつあるのを認めて、不信感と安堵感の双方が浮かびあがってくるのを感じていた。
何かおかしい。
「提督。テラナーから通信らしきものをうけましたが」
「内容は?」
ブロスは副官にたずねた。
「はっ。テラナーの言語で、『再会ヲ期ス。宇宙ニ漂ウ金色ノ雲トナリテ』以上ですが。どういうことでしょう」
「決まっとる。欺瞞工作だ。その通信は廃棄したまえ」
テフローダー提督はスクリーンをながめながら、テラナーという人種に妙な親しみを感じた。
スクリーンには輝く島の王をしめすシンボルマーク。デュプロ・テフローダーは直立不動でそれに対している。
「よし」
よくやった、などとはいわない。
「テラナーは裏切り者と合流するはずだ。追跡し、やつらの集結地点を報告せよ。絶対に発見されるな」
「はっ」
スクリーンのシンボルマークが消える。
島の王は常に命令する存在であり、命令が正確に実行されないことに馴れていない。
デュプロの乗りくんだ球型艦は、《L.G.F.N.C》を追ってリニア空間に突入した。
二度三度とくりかえすと、呼吸をととのえる。
その肩に軽く触れる手。
「あなたでも緊張するんだ」
見知った顔がのぞきこむ、ナナオ。
「緊張? 誰が?」
思わす笑みを返すと、強気の台詞。
そして、開演の時間が彼女を促す。
「がんばって」
ナナオの声に送り出されるように、ステージへと歩きだす。
いつものように。
しかし、なぜか妙な胸騒ぎを消せない。
だが、胸の高鳴りを揺らすようにドラムが弾けると、拍手と歓声の渦まくなか、彼女の曲がステージへと誘う。
そして眩しいライトのもとへ、舞うように彼女は姿を見せる。
いま、銀河ツアーのスタート。
すぐにカル・ガルスからの通信が歓迎をしめす。
「無事で良かった」
「いやいや、提督。とんでもない贈りものでしたよ」
クドウはスクリーンの端に映っているはずの少女を目でさしていった。
「そうか。きっと役にたつと思ったのだが」
老テフローダー提督もなかなかしたたかであった。
「こちらの準備は済んでいる。給弾艦をさしむけている。補給を優先しよう」
「それはありがたい。だいぶ、派手に撃ちましたからね」
クドウは感謝し、ひとことつけくわえた。
「では、彼女をお返しします」
それまで、所在なげにモニターを見守っていたティナが顔色を変える。
「なぜです? 戦闘中もわたしを乗せてたじゃないですか」
ティナの懸命の抗議をクドウはうけつけない。微笑みまじりに首を振る。
「あの時は、あのとき。いまは駄目なの」
「そんなのおかしいです」
「だめ。今度こそダメといったら駄目なの」
駄々っ子みたいな口調のクドウに、頬を紅潮させてしがみつかんばかりなティナ。
「いいじゃないですか、中尉。なあ、〈ぽしえっと〉」
「わたしには判断しかねます」
外野で好き勝手いっているウエザムを、恐ろしい顔でにらみつけるとクドウは、ティナに向きなおった。
半泣きな表情でクドウをみつめるティナ。
しかし、クドウは表情を和らげ、優しく彼女の白い手に指を逢わせた。
「頼むよ」
ティナは驚いたようにクドウを見つめかえした。ちょっとは真剣で優しい瞳。
うつむいて、言葉をうしなう。
「危険すぎるんだよ、これから、この艦は」
クドウの言葉に、というよりは態度が彼女をあきらめさせた。
「わかりました....」
ウエザムはそれをながめて、無言で肩をすくめた。
この場を、気持ち離れがたい少女の肩をぎごちなく抱いて歩きだしたクドウだったが、その脳裏に響く声を感じてとまどった。
(テラナー、テラナー! あなたの敵が、大いなる母の力を借りようとしている!)
恒星エンジニア?
やばい。こいつらも艦から降ろさねば。
クドウはウエザムと視線を交差させて、おたがいの顔色をうかがうと、申しあわせたようにスクリーンの恒星を見て表情を変えた。
「カル・ガルス! ただちに全船団を発進させろ!」
「なんだと?」
スクリーンのテフローダーは突然の申し出に不審気な声と表情でこたえたが、すぐに反応した。「指示しよう」
ティナがこわばった表情でクドウの横顔をのぞきこむ。
「なにが....」
それをクドウはさえぎった。彼女の手首をつかんで引きよせると、瞳を見つめて強い口調でいった。
「すぐに転送機室へいくんだ。絶対にこの艦に残っちゃいけない」
蒼白な顔でティナはうなずいた。
「無事で、ユーキ」
静かに瞳を閉じる。
だがその直後、クドウとウエザムはスクリーンに異常を認めた。
恒星の輝き自体は以前と変わらず何事もなかったようだが、その近傍の暗黒に、燃える赤いリングの出現を認めたのだ。
「状況転送機!」
ウエザムがコンソールを叩く。
「極大規模のエネルギー流が恒星より発生。数分で安定するはずです」
〈ぽしえっと〉の報告が追いうちをかける。
「ティナ!」
駆けだす少女の背中。
ティナ・ウォレスはふりむかなかった。
「〈ぽしえっと〉、転送機準備」
「準備できています。大丈夫、彼女は転送機室に向かっています」
艦内モニター表示がスクリーンにあらわれる。
それを見たクドウは一瞬、笑みをうかべると、すぐ決意をかためたように命令を叫ぶ。
「実体化予測地点へショートリニア! 状況転送機を攻撃する」
「無茶です! 敵は何隻いるかわからないんですよ」
制止するウエザムに、クドウは断固とこたえた。
「かまわん。足止めできるのはチャンスはいましかない。〈ぽしえっと〉!」
「アイ・アイ・サー」
転子状艦の姿は瞬間消え、十数光秒離れた空間に再物質化した。
その眼前に赤く燃えあがるエネルギーリング。
「目標確認。トランスフォーム砲の散布界内に捕捉できます。全砲装填終了、HU"スクリーン最大強度で展開」
〈ぽしえっと〉が最後の確認を報告。
「全砲門で弾幕をはる。連続射撃、撃て!」
「乗りかかった船か....」
ウエザムがかたわらでつぶやく。
口ぶりのわりには、顔つきは明るい。
燃えるリングに相対した《L.G.F.N.C》の艦体にせりだした五つの巨大な砲塔が発砲の閃光を閃かす。
ほぼ同時に、リング内に最初の艦艇群が実体化する。デュプロ艦隊!
だが、内部から高速で突出してくる球型艦群の進路を、膨張してゆくの五つのまばゆい火球が阻む。
デュプロ艦の乗員も百戦錬磨のテフローダー、しかし目前の太陽には避ける術もなく、正面から突っこんでゆく。
生まれたばかりの小太陽のひとつひとつが、千ギガトン級爆弾の爆発。
そのウルトラブルーの光球に触れたデュプロ艦のバリアは一瞬も持ちこたえられずに崩壊消滅。荒れ狂う超高熱のエネルギーに曝された艦体はさらなる爆発に加わってゆく。
二十秒後、未だギガ爆発のエネルギーの渦巻く空間へ第二斉射弾が到達。
新たなウルトラブルーの光球を生み出し、ふたたび巨大な破壊エネルギーを供給する。拡がる五つの火球はたがいにその輪郭を重ねてゆき、さらに巨大な火球となって周囲の空間を高熱で埋めつくす。
トランスフォーム砲の直撃をうければ無論のこと、ギガ爆弾の球型拡張効果のオーバーラップゾーンに飛びこむ羽目となった艦多数が火球に変わり、消滅してゆく。
だが、状況転送機はさらに多くの艦隊を吐き出しつつあった。
《L.G.F.N.C》の五門のトランスフォーム砲は二十秒ごとに火を吐き、状況転送機前面空間にギガ爆弾の破壊陣を形成し続ける。
司令室の立体表示スクリーンには、状況転送機と、出現し消滅してゆくデュプロ艦が合成投影されている。現在のところ、赤いリングの前面は炎の壁で封鎖されている。テフローダー船団は白い球で表現されていて、表示によればやっと半光速に達したところ。
先手をとったのが奏功し、出現したデュプロ艦隊は超高熱の嵐渦巻くキリングゾーンに自らとびこんでいき、反撃の暇すらなく瞬時に撃滅されている。赤い半空間バリアは圧倒的なギガ爆弾の破壊力に対しては無力であった。
しかし、それも砲弾の続くかぎりである。
立体スクリーンの状況と残弾数を見比べていたクドウが不意につぶやいた。
「甘かったかなぁ」
そして、〈ぽしえっと〉に向かい叫んだ。
「船団へ通信! 『敵はわれわれが引きつける、全速で離脱せよ。銀河系でまた逢おう。平和と理想のために。クドウ』。以上だ。ウエザム、おまえも降りた方が利口だぞ。モスキートがある」
クドウはそういったが、それにしたがうウエザムではなかった。
「中尉、こんな一世一代のショウからお払い箱はないでしょう。賭けてもいいが、千八百メートル級をみれますよ」
ウエザムは平然とした表情でこたえた。
「....。ふん、莫迦が」
クドウは不満気にスクリーンをながめた。
テフローダー船団は徐々にであるが、戦場を離脱しつつある。
と、〈ぽしえっと〉がクドウを呼んだ。
「カル・ガルスより返信。回線を私的通信にきりかえるそうです」
「ティナだ!」
「忙しいといえ」
「〈ぽしえっと〉、つなげよ」
「アイ・サー」
「命令、取消だ!」
三人の声が途端入りまじる。
スクリーンには短い髪のテフローダー少女、ティナ・ウォレスの制服姿が映る。
「ユーキ....」
瞳に涙をためた表情に、クドウはあわてるが、いつもなら助け舟をだしてくれるはずのウエザムもさすがにかける言葉の手持ちがない。
しかし、クドウは収まりのわるい髪を払うと、すました笑顔をつくる。
「いかんなあ、幸運の女神が泣いちゃあ」
きょとんとした顔のティナ。
スクリーンの端で、一生懸命になってなにごとか口を手で指しているウエザム。
「もし、銀河系へいけたら....」
それに押されるように、少女は震える声でいった。
「いけるさ。誰にも邪魔はさせない」
クドウの言葉と表情に、スクリーンの少女は微笑みを見せようとする。
だが、その時〈ぽしえっと〉が事態の急変を告げた。
「敵艦隊、弾幕を突破。砲撃をうけます!」
それを追うようにして、命中弾がバリアを震わした。
実体化した先に待ち構える灼熱地獄で、一発も撃たないうちに蒸発させられていた球型艦群だったが、ついに艦隊の供給量が破壊効率を上回って何隻かが突破に成功したようだった。
「〈ぽしえっと〉、距離をとれ! アウトレンジしろ」
「アイ・アイ・サー!」
「ユーキ!」
スクリーンのティナの頬が濡れている。
クドウは一瞬とまどうが、すぐに笑顔をとり戻す。
「ティナ、女神は微笑んでくれなきゃ」
そういうなり、スクリーンに向かって指をピストルの恰好にすると、悪戯っぽく片目を瞑ってティナへとまっすぐに。
「笑顔は魔法だって。笑って、また逢えるよ。これで終わりじゃあない」
「こんな広い宇宙で、逢えたんですもの」
テフローダー少女は、すました微笑みをうかべると、ぎごちなく親指を立て見せた。
誰が教えたか、幸運のおまじない。
通信をカット。
クドウは笑みをうかべたまま、戦況表示立体スクリーンに向きなおる。
シミュレートされた立体映像が、状況転送機、続々出現しては消滅するデュプロ艦隊、《L.G.F.N.C》、テフローダー船団の位置関係を抽象的に表示。
「A砲を点射に切り換える。四門は弾幕を継続。A砲で突破した艦を迎撃しろ」
「アイ・サー」
間断なく発砲の輝きを閃かす五門の千ギガトン級トランスフォーム砲のうち、一門が射撃を中断して旋回、別な目標を選択すると再び砲撃を再開した。
着弾は単発だが、インポトロニクス照準は正確無比。トランスフォーム砲は点射では効果が低いのだが、弾幕を突破した球型艦の前面に、周辺空間に、あるいはバリア内にギガトン爆弾の巨大な核火球を発生させる。
発射の轟音と振動の鳴り響くなか、クドウは握った拳に力を込めた。
「....」
「虹が見れるのは、随分先になりそうですね」
はっとしてクドウが振りむくと、ウエザムの笑い顔。
「魔弾の射手に狙われては、さぞや居心地が悪いことでしょう」
「その名を冠する名誉を得て、光栄です」
クドウは複雑な表情で、なにかいいたげな顔をした。
「おまえたち。最終バスは出たあとたぞ」
「ご心配なく」
「最初から乗りかかった船で」
思わず苦笑するクドウとウエザム。
たしかにそのとおりだ。
「知らんぞ、どうなっても。〈ぽしえっと〉、恒星エンジニアにおかえりいただけ。航宙船の射出確認後、平文で通信を」
刻一刻と変化するスクリーンをにらんで、クドウが何かおもいついたらしい。
しかし、視線は、残弾カウンターと立体表示スクリーンにはりついたまま。
「現状で通信可能です」
〈ぽしえっと〉の声に、ニヤっと表情を崩してクドウがいった。
「さしずめ、こうか」
スクリーンには煌めく天球儀。第二銀河の星座たち。
「星の海を往く艨艟よ、銀河へ伝えたまえ、われ、ひとたび赴きてふたたび還らず、と」
「....」
クドウはウエザムの視線に気づいたが、自若と命じた。
「クリップを流せ」
「はぁ。で、なにを?」
「NEVER MIND!」
テフローダーの老提督も声をかける術も持たなかった。また、異例なことだが、旗艦のテフローダーたちも敢えてなにかいう気はない。
旗艦のスクリーン上には、続々とあらわれるデュプロ艦隊にただ一隻でたちふさがる《L.G.F.N.C》が映っている。
「《L.G.F.N.C》、依然砲撃を継続しています。デュプロ艦隊は釘づけです」
「船団、リニア飛行隊形をととのえました」
スクリーンの中のテラ艦はたったひとつの輝点にすぎない。
だが、そのちっぽけな輝きが、テフローダーたちを救おうとしていた。
「まもなく、リニア飛行可能になります」
「よし、カウントダウン」
カル・ガルスは報告に応じて、指令をあたえた。
別れを告げる時だった。
その時、通信士官が不可解な表情で報告する。「テラ艦が通信を発しています」
「本艦宛か?」
「いえ。通信というか....」
「スクリーンに」
カル・ガルスはそういったあとで、唖然とした。
スクリーンには、テラナー女性の歌う姿が画面いっぱいに映しだされていた。
一見、おとなしやかな小柄の少女だった。しかし、その訴えるような瞳と、祈るような表情、高く掲げた握りしめた拳は、なにか神聖な印象をテフローダーにあたえた。
ティナも、茫然とスクリーンを見つめているひとりだったが、不意にはっとした表情になった。
この曲、この声。
クドウのお気に入りのシンガー、時代祭ケイ?
爪をなくし 牙の折れた獅子のように二度と立ち上がれないと思ったとしても
まだ あきらめていない
たとえ歩みが いま 止まったとしても
いつでもおわりははじまりと知っているから
何もかも失い明日さえ二度と巡ってこずに
すべてが闇に帰るとしても
まだ あきらめていない
光は闇に 闇は光に
おわりをおわりと信じないで
いつでもおわりははじまりと知っているから
誰もがいつかは 立ち止まってしまうけど記憶は 涙に変わってしまったとしても
いつでもおわわりははじまりと知っているから
かならずおわりはないと
まるで、自分を勇気づけるかのような、みずからの内に秘めた最後の力をふりしぼるような言葉は、これが最後のメッセージ?
しかし、彼女の想いをカウントダウンの声が断ちきった。
「リニア飛行五秒前、....三、二、一、半空間に入りました」
報告とともに、スクリーンの映像は消えた。
「生きていて....」
ティナは声に出してつぶやいていた。
テフローダーたちも皆、同じ気持ちだった。
遙か離れた異銀河系で、孤艦で圧倒的な敵に立ちむかったテラナー。
それもすべて、自分たちのためであったことを知っていたから。
そして、ティナ・ウォレスは信じがたい気持ちだったが感じていた。
それは、自分のためではなかったか、と。
「テラナーよ、借りておくぞ」
カル・ガルスもまた、胸のうちでつぶやいた。
銀河系でまた逢おう、とは。
戦場にみずから後衛として踏みとどまりながら再会を期す言葉を贈る勇者たちと、戻ることのない旅立ちを見送るように、果たされることのない約束をかわすようにして別れてきた。
故郷を捨てたテフローダーたちには、たむける花束すらない。
弾幕を突破して、対極砲で反撃する球型艦の数は刻々とふえてゆく。その多くは直後に点射をうけて撃沈されるのだが、それにつれて転子状艦は、射程距離の優位を生かすために後退を余儀なくされる。状況転送機を封鎖するだけの砲撃密度を維持できなくなるのは時間の問題であった。
そして、弾薬の問題もある。
「中尉、これ以上抑えきれませんよ」
ウエザムがついに真剣な声でいった。
「弾薬が持ちません。逃げ時です」
「嫌だ」
ウエザムの言葉をクドウは渋い顔で言下に拒絶。
「おれたちが粘っているかぎり、連中は他にいこうという気にはなるまい。もう少し持ち堪えられれば、完全に船団を脱出させられる」
「....」
だが、トランスフォーム砲弾は底を尽きかけていた。
〈ぽしえっと〉がそれをクドウにしらせる。
「中尉。残弾、一門につき五発です。砲塔も連続砲撃の限界です。強制冷却機構作動中」
「それは残念」
〈ぽしえっと〉の陰気な報告に、陰気な声でこたえるクドウ。
「....」
「砲撃中止」
「逃げますか」
「まだだ。可能なかぎり攪乱する」
敵は無限ともいえるのに、トランスフォーム砲弾はゼロに近づきつつある。その尽きるときが《L.G.F.N.C》の抵抗が終わるときであった。
まだ、第一ラウンドが終わっただけ。
猛威をふるったディフェンスは下げられたが、完全に牙が失われたわけではない。
状況転送機をふさぐ炎の壁がとりはらわれると、さながらダムを決壊させた奔流があふれでるように、一気にデュプロ艦隊は全容を見せた。大損害を出したとはいえ、デュプロ艦隊はまだ充分な戦力を残していた。
「敵艦隊確認。約三百」
〈ぽしえっと〉が報告。
「なんだ。たった三百隻ですよ、中尉」
「二十五発しか弾はないんだよな」
ウエザムとクドウが、明るい調子で暗い将来を語りあう。
「一撃三殺でいっても、おいつきませんね」
クドウとウエザム、お互いに乾いた笑いを浮かべた。
「〈ぽしえっと〉、妨害戦で時間稼ぎする。対探知対抗手段のすべてを使用する」
クドウは頬に何かおもしろがっているような表情を浮かべた。「テラの技術水準をしられるのは痛いが、本艦以外ではこれほどの妨害戦能力があるのは、旗艦と特殊艦数隻だけだから仰天するぞ」
「秘密のベールを勝手に剥いじゃっていいんですかい」
疑わしげな顔のウエザム。
「脱がすのは別なものにしておきたいな」
《L.G.F.N.C》は敵に接近。あえて砲撃の標的となる。
「ロックオン多数確認。リピータ・ジャミング開始」
現在、転子状艦はデュプロ艦の対極砲の照準システムに捕捉されている。
対極砲がその対向フィールドを目標に照射することを、ロックオンと通称しているが、砲の性能を解析した《L.G.F.N.C》は対向フィールドと同質のエネルギーを放射して敵の照準を攪乱することさえ可能。
「敵、発砲」
探知データから、〈ぽしえっと〉がデュプロ艦の砲撃を確認する。
しかし、対極砲の砲弾は《L.G.F.N.C》の遙か後方に無数の火球を虚しく炸裂させただけ。
転子状艦は無数の太陽を置き去りにして星空を駆け抜ける。
《L.G.F.N.C》はデュプロ艦の照射した対向フィールドを打ち消すと同時に、別の空間に対向フィールドをつくりだして砲弾も誘導したのであった。
「バラージ・ジャミング。オール・ジャマー・スタンバイ」
もちろん、通常の探知手段も妨害可能である。
超強力な対探知スクリーンは通過する探知エコーやハイパー通信を急激に減衰させ、また自艦の放射エネルギーをも吸収する。さらに相手の探知エコーと同種のエネルギー波を発射して、欺瞞データをあたえることすらも可能。なにしろ、《L.G.F.N.C》は銀河屈指の対情報戦能力を有するのだ。
現在まで《L.G.F.N.C》はその対探知スクリーンを最大限にまで拡張、デュプロ艦隊の長距離索敵能力を麻痺させていた。
「〈ぽしえっと〉、妨害効果は?」
「充分です。追尾はもはや不能です」
デュプロ艦の集中砲火を切り抜けながら、クドウは自分の仕事を終えたことを確認し、まずは安堵した。
しかし、まだ重大な任務が残っていた。
この場を離脱しなくてはならない。
ただ闇雲にリニア航行で逃れるだけでは追跡をふりきることはできない。通常空間で探知を遮断しておかねばならない。半空間では島の王の技術の方が優れているのだ。
そして、デュプロ艦隊の指揮官も重大な任務が残っていることに気づいていた。
本来の目的、テフローダー疎開船団の撃滅はもはや実行不能であった。
それも信じ難いことに、ただ一隻たちふさがったテラテーに妨害されてである。島の王の怒りを鎮めるには、せめてこれを撃破しなくてはならない。
もはや損害を恐れるときではなかった。
「敵大型艦群、急速接近。回避行動をとらずに最短衝撃コースで突っこんできます!」
〈ぽしえっと〉の報告と、立体スクリーンの動きから、クドウは敵の意図を悟った。
「まずいぞ。離脱する。戦闘回避!」
「離脱コースをふさがれました」
スクリーンが様々な色彩の光の線や矢印の群れで賑わう。
「反航戦コースで最接近ののち、対極砲の射程ギリギリの接線コースをとって離脱します」
〈ぽしえっと〉の合成音声が、クドウを落ち着かせるように冷静に戦術を解説する。
操艦はプラズマ付加ポジトロニクスの〈ぽしえっと〉に任せるしかない。
クドウはスクリーンを見守る。
《L.G.F.N.C》は不規則に加減速と転舵をくりかえしながら、デュプロ艦群に接近する。
「ロックオンされました!」
対極砲の射程内に近づいたことを知らせる〈ぽしえっと〉の声。
「迎撃します」
〈ぽしえっと〉の合成音声が冷静に告げる。
トランスフォーム砲の発砲の閃光が転子状艦の艦体を輝かす。
対極砲の射程外で、千ギガトン爆弾の直撃をバリアにうけた球型艦は、まばゆいウルトラブルーの光球の中で小さな閃光となって消滅した。まず戦艦が、そして後続の巡戦も光の中にのみこまれて消える。
「至近距離からのロックオン多数重複、リピータ・ジャミング困難です!」
とまどったかのような〈ぽしえっと〉の合成音声。なにごとか不測の事態が発生し、算出した離脱コースを阻止したのだ。
このままでは零距離射撃を浴びるだけだ。
クドウはすぐに反応した。
「リニア空間へ退避!」
間髪をいれず《L.G.F.N.C》は非実体化。
寸前まで存在していた空間を、多数のギガ爆弾の着弾の閃光が満たした。無数の爆発、そして膨れあがるウルトラ・ブルーの光球の輝きが、数十光秒離れた空間に再物質化した転子状艦を照らす。
「まずい。とってもまずいぞ」
スクリーンの光景を見ながら、クドウがやや青ざめてつぶやく。
「これ以上、何が悪くなりようがあるってんです?」
すてばちなウエザムの問いに、深刻な表情のクドウにかわって、〈ぽしえっと〉の声がこたえた。
「デュプロ艦は特攻してきています。損害をかえりみずに接近戦を挑むつもりです。同時に包囲しようともしていますが、まったく回避運動していませんし、味方の砲撃コースも無視していて、同士撃ちもしています」
インポトロニクスにも計算外の状況。
「これは死兵です」
「手のうちを読まれはじめた。そろそろ、やばい」
追いつめられたデュプロの恐ろしさをみせつけられて、クドウも顔色がわるい。
使い捨てられる運命の複製人間たちは、死にものぐるいで戦わねばならない。無用となれば容赦なく消されるだけ。
「じゃ、今までは勝つつもりだったんで?」
少しあきれ顔でウエザムがいった。
「いや、なんとか逃げきれそうだと思ったんだが....」
クドウはつぶやく。
弾薬さえあればな。
しかし、ふたりに雑談などしている余裕はなかった。
「敵艦、リニアで接近!」
〈ぽしえっと〉が警告すると同時に、《L.G.F.N.C》のHU"スクリーンを複数の命中弾が直撃。グリーンのバリアにまばゆい光の華を咲かす。
ギガ爆弾の爆発は、HU"スクリーンを破りはしなかったものの、転子状艦を激しく揺さぶり、本来の進路から弾きとばした。
「退避!」
クドウの必死の叫びがとぶまえに、〈ぽしえっと〉は自己の判断で安全空間をはじきだし、離脱をはかっていた。
その進路に赤い半空間バリアをまとった千八百メートル級艦がたちふさがる。
〈ぽしえっと〉はただちに砲撃。艦首に向けられた巨大なA・B砲塔が、砲口に発砲の輝きを閃かすと、間をおかず球型艦の前面で二発の千ギガトン爆弾が炸裂。
双子のウルトラブルーの光球は急激に膨張し、膨大なエネルギーで球型艦を押し潰しながら巨大な火球へと変化。
《L.G.F.N.C》はそのまま直進、みずからのうみだした高熱の火球の外縁をかろうじて通過する。周辺空間を無秩序に小戦隊を組んで飛びまわる球型艦のいくつかが火球に触れて爆発する。
「このまま離脱しろ!」
「アイ・サー」
幸い、《L.G.F.N.C》の後方には巨大なガス球がひろがって追跡を妨害している。
〈ぽしえっと〉は命令にしたがい、最大加速、戦闘空間から離脱する。
「Q・X・Y砲、全弾発射、撃ち尽くせ。後方を遮断する!」
三門のトランスフォーム砲が断続的に火を吐き、肉薄するデュプロ艦をギガ爆弾が出迎えた。
続けざまにウルトラブルーの光球が真空に生まれ、殺到する艦群の進路をさえぎる。
回避する間もなく、数隻がそのただなかへ突っこんで消滅した。かろうじて危険空間を逃れた艦艇は、反撃の照準を転子状艦へとあわせるが、すぐにトランスフォーム砲の第二撃が到達する。
あらたな斉射のうみだした千ギガトン弾の炎のトライアングルが球型艦の針路にたちふさがる。
膨張するウルトラブルーの光球は、そのふちをかすめてすら、バリアを失い高熱に艦体を焼かれ戦闘不能となり、その輝きにとりこまれたた艦はそのまま火球にのみこまれ消滅する、小太陽に匹敵するエネルギーの地獄。
「第四斉射終了。撃ちますか?」
〈ぽしえっと〉が最後の確認。
「かまわん、撃て」
砲塔へと巨大なギガ爆弾が送りこまれ、非物質化装置へ再装填される。
殺到するデュプロ艦隊も沈黙していたわけではない。全砲門を開き、不正確ながら可能な限りの射弾を《L.G.F.N.C》におくりこんでいた。
見たところ大した戦闘力を持たない転子状艦を撃破するには、圧倒的多数のギガ砲弾をそのバリアに叩きつけるしかないのだ。
「発砲多数、片舷斉射ですが、ロックオンされていません」
〈ぽしえっと〉の報告と同時にクドウはスクリーンを注視する。
と同時に、《L.G.F.N.C》の進路前面にギガ爆弾のつくり出す火球が次々と膨れあがった。まばゆい光球は鎖のように続々と連なり重なりあってひろがる。
空間は突如出現した無数の太陽で埋め尽くされ、膨張し融合するギガ爆発の球型拡張効果のオーバーラップゾーンは、炎のカーテンとなってたちふさがった。
「回避不能」
そこへ避ける間もなく《L.G.F.N.C》は突入。〈ぽしえっと〉の声と同時にクドウ、ウエザムはコンソールにしがみつく。
《L.G.F.N.C》のHU"スクリーンを目映い光球がおおった。
今度ばかりは、無数のギガ爆弾の威力にHU"スクリーンを持ってしても無傷では済まなかった。
《L.G.F.N.C》は超高熱の火球につつまれたまま、高速でガス雲を突破してゆく。
そのままコンマ何秒かが過ぎてゆこうとしたとき、ひときわ激しい衝撃が襲った。
「HU"スクリーン過負荷、限界です!」
〈ぽしえっと〉の合成音声が悲鳴に聞こえた。
さらに艦内に轟音が響き、突発的な衝撃でクドウとウエザムはシートにつっぷした。
「HU"スクリーン消滅! 通常バリア消滅! 被弾しました!」
〈ぽしえっと〉の叫びのなか、外部表示スクリーンには、後方で幾つもの火球がかさなりあい、さらに巨大な火球となって、さらに拡大していく姿が映しだされた。
「ばかな、直撃だろ。なんで無事なんだ?」
予想に反して生き延びたわりには不満そうなウエザムの声。
「本艦は装甲も強力だからな」
平然とうそぶくクドウ。
「いくら強力ったって、テルコニットじゃ....なかったんでしたね」
艦殻構造材はテルコニット鋼とMVジェネレーター方式によるプラスト・メタルの複合装甲鈑を使用。分子の結晶構造を数十倍に強化するMVジェネレーターは、莫大なエネルギーを消費するため常時作動させるわけにはいかないが、緊急時には非常に有効である。
「しかし、無傷ではありません。損傷多数発生」
冷静な〈ぽしえっと〉の報告。
「トランスフォーム砲A砲破壊。格納庫全損、艦殻損傷箇所多数。しかし、バイタル・パート
に被弾なし」
「HU"スクリーンは?」
「HU"スクリーン負荷一二〇パーセントを確認。消滅したのは二マイクロセコンドだけです。しかし、これ以上の打撃には耐えられません」
「あとは装甲だけが頼りか」
「かまわん。逃げきるまで持てばいいんだ」
スクリーンをにらみつけたままクドウが叫ぶ。
「全弾撃ち尽くせ。接近させるな!」
危機を逃れたのも束の間のこと、さらに容赦のないデュプロ艦の砲火が集中する。
《L.G.F.N.C》も最後のギガ爆弾を弾薬庫からおくりだして反撃する。
トランスフォーム砲と対極砲、その射線がまっこうから交錯する中、《L.G.F.N.C》は全速で退避。追撃するデュプロ艦はギガ爆弾の爆発に曝され距離をつめられない。さらに自らの砲撃の結果の巨大なガス雲が進路をふさぐかたちとなってしまう。
《L.G.F.N.C》は同時に搭載する妨害戦能力のすべてをあげて、デュプロ艦の探知機能を減殺する。
いつしか、推進機関の吠吼と振動、発砲の衝撃、命中弾のシヨックなどの騒音で満たされていた司令室が静かになっていた。
「トランスフォーム砲、残弾ゼロです」
〈ぽしえっと〉が無情に弾切れを報告。
クドウは、スクリーン上の残弾表示を確認、黙ってうなずく。
「打ち止めですか」
ウエザムがいった。
「しかし、逃げきれましたね」
「とりあえず追跡は振りきりました」
〈ぽしえっと〉がそれを確認する。
まだ激戦の興奮もさめない様子ながら、ほっとした表情でクドウとウエザムが目をあわせる。
「とりあえず、....」
緊張をときかけたクドウの表情がこわばった。
スクリーンに新たな光点多数が表示された。
「距離三十光秒に、約五百隻の艦隊出現」
〈ぽしえっと〉の合成音声もこころなしか、もうしわけなさそうに報告。
クドウとウエザム、それぞれに何か期待するような顔つき。
「....、艦型を確認。残念です、球型艦、味方ではありません」
ためいきとなんとも形容しがたいうめきが、静まりかえった司令室に響いた。
「まいったな」
クドウが力なくつぶやいた。
「中尉、命令は?」
〈ぽしえっと〉がクドウをうながした。
しかし、こたえはない。
考えこむような顔のクドウ。
疑似人格付与インポトロニクスは、戦意の低下したらしい指揮官をなんと盛り立てようとしているらしい。
「命令してくんないと、謳いながら突撃しちゃいますよ」
ウエザムがこの男にしては珍しく、驚いた表情を全面にあらわした。
「なんだって....?」
クドウも黒髪に手をあてたまま、ひらきかけた口を閉じようともせずに空中を見つめた。
不思議な沈黙があたりを支配した。
最初に反応したのはクドウだった。
苦笑とともに、軽く手を叩く。
「まったくだな」
しかし、クドウ以上にサイバネティクスのエキスパートであったウエザムは、驚きからさめるのにもう数秒間かかった。
「この耳で聞かなけれりゃ信じられない、ってやつですかね」
勝手に逃げる、というならともかく。
「いままで、よくやってくれたな。ウエザム、〈ぽしえっと〉」
元気づけるようにクドウ。心なしか、頬におもしろがっているような笑みに似た表情。
「ウエザムは降りろ」
「格納庫はやられました」
「....モスキートは大破しました」
「....すまん」
落胆した表情が行き来し、最後はふたりとも憮然とした表情。
「ひとりで残るとかいうのは悪い冗談ですよ」
それに応えるようにクドウは、罰のわるそうな笑みをうかべた。
「あと、すまなかった、とかいうのも嫌だな」
ウエザムの言葉に、クドウは笑ってこたえた。
「後悔するぞ」
「もう、とっくの昔に」
ふたり、星屑の輝きを背にして笑いあう。
しかし、艦は満身創痍の上、弾薬は尽きた。戦いようがない。
「ただ、後悔するといえば....」
「ただ?」
ウエザムと〈ぽしえっと〉が同時に聞きかえした。
「ただ、こんなことになるんだったら、やはり愛を告白しておけば良かったかな、と」
クドウはコンソールに腰をおろすと、倒れていたポートレートを起こした。
「ふむ」
ウエザムが感心したようにつぶやいた。
この人はやはり死ぬ時まで、自分であることを止めまいと努力しようとするらしい。
「ロックオン感知。重複多数、確認不能」
余韻を待つまでもなく、〈ぽしえっと〉が最後が迫ったことを告げる。「HU"スクリーン展開、しかし持って数秒です」
ウエザムが覚悟を決めたように目を閉じた。
腕組みしたクドウが、おもむろにいう。
「〈ぽしえっと〉、カルプは無事だな」
「いまのところは....」
「逃げるぞ」
「逃げるったって、半空間でも追尾も砲撃も可能なんですよ、連中は」
ウエザムが異なことを耳にするとばかりに、反論する。
それに対し、クドウは熱弁をふるってこたえた。
しかし、その頬には笑みのかけらが....。
「かまわん。望みがあるかぎり、あきらめるもんか。砲撃は外れるかもしれないし、追跡もふりきれるかもしれない。〈ぽしえっと〉、あきらめるな!」
「アイ・サー」
《L.G.F.N.C》は非実体化する。
リニア航行で逃げきろうというのは、やはり甘い見通しのようであった。
なんとしてもテラナーを仕留めようと追いすがるデュプロ艦は、半空間でも目標を捕捉することが可能なのだから。
「ロックオン感知!」
HU"スクリーンは長くは持ちこたえられない。すぐに集中砲火をあびるはずだ。
「カルプを切れ!」
クドウの叫びとともに《L.G.F.N.C》はアインシュタイン宇宙へと逆戻りする。
しかし、それは同時に無数の命中弾をあびたグリーンのバリアとともにの実体化であった。
HU"スクリーンは最後にギガ爆弾の命中に耐えたのちに完全に消滅。限界をこえた負荷によりジェネレーターは爆発し、転子状艦に新たな破口をつけくわえた。
あとは堅固な装甲だけが頼みの綱だったが、防御力はバリアとは比べるべくもない。凄まじいエネルギーの業火に焼かれた転子状艦が瞬時に爆発しなかったのは驚嘆すべき耐久力であった。
「全防御システム、全推進機関、全兵装使用不能。バイタル・パート内も壊滅。司令ブロックのみ損傷なし。本艦はもはや飛ぶ残骸です。自由落下中」
〈ぽしえっと〉の報告に、クドウとウエザムは今度こそ最後と視線をかわす。
「司令ブロックの装甲をSAC鋼にしといて正解でしたね」
「とりあえず無事みたいだからな。といっても、これじゃ手も足も出ない」
「一応、形は残ってるみたいですけどね」
スクリーンに表示された《L.G.F.N.C》の哀れな現況を見て、ウエザムがつぶやいた。
それでもあまり深刻に表情をかえずに、クドウがいった。
「〈ぽしえっと〉、最後に通信を送れるか?」
「そりゃもう、最後ですから」
一瞬、沈黙が場を支配する。
「最後の通信って何です?」
「気まぐれは人生最大の落とし穴、と」
「なるほど」
一見したところ心静かに最後を待つ、かのような風情だったが、実のところクドウとウエザム、ふたりにとってともにまったく不本意な人生の終焉であることはたしかだった。
ボナム・ウエザムは、諧謔に満ちてはいたが、皮肉なまでに良識派であったから、おそらく職業軍人として人生をまっとうするつもりはなかったろう。高い技術を生かして、いい企業主にでもなったろう。名も知れぬ惑星の裏通りであるとか、暗黒の宇宙空間で最期を迎えるのが似合うような人種ではなかった。ましてや、故郷銀河から遙か離れた隣接銀河でなぞ....。
そんなかれが、最後に妙につきあいの良すぎた理由は不可解。
一方の、ユーキ・ヴァルナア・ノイホフ・クドウが満足のうちに最後の時を待っていたかというと、そうでもなかった。
かれにとって秘密情報局は運命的いや悪魔的なほどに、自分の才覚を発揮しうる場所であり、同時に「力の正義」の鉄槌を存分に振るえる絶好の舞台だった。そして実際に、《L.G.F.N.C》という鉄槌を手中にしたのだ。鉄槌自体は政府所有物のはずだが、かれがそれを手放す気が微塵もないのはすでに明らかだった。
したがって、故郷銀河から遙か離れた隣接銀河くんだりで、かれなりにやりたい放題のあげくに、最後を迎えるのも無理からぬことか。
だからといって、それに満足しているわけではない。かれにはなんとしても銀河系に還えらなければならない個人的理由があったのだ。
それでもあえて深みに踏みこんだりするのが、この男らしいのかもしれない。
ともかくふたりにはここで死ぬ理由はまったくなかったのだ。
そして、〈ぽしえっと〉が近づく運命の姿を告げる。
「零距離射撃距離、完全に包囲されました。このまま砲撃すれば、デュプロ艦の一部もギガ爆弾の球型拡張効果のオーバーラップにとらえられてしまいますが、かまわないようです」
あきらめもついて、いくらか自棄気味にスクリーンの星屑の数をかぞえはじめたふたりを思いもよらない現象が襲った。
突然、コーソールが、スクリーンが、司令室全体がまぶしい輝きを発しはじめた。
「何が起こった?」
やっと落ち着いた空気を乱されて不満いっぱいのクドウの問いに、〈ぽしえっと〉がとまどったようにこたえた。
「本艦を中心に、五次元定数に変化がみられます。重層エネルギーが大量に流入しています、本艦の機能では計測不能。解析不能」
「既知の現象で、もっとも類似点の多いものは?」
クドウが妙な好奇心を示してたずねた。
「ノヴァ化の前兆です」
「ノヴァだと?」
声をそろえて叫ぶクドウとウエザム。
その時、ふたりと一体の意識に直接流れこむメッセージ。
(お別れの時がきました)
「恒星エンジニア?」
「行ったんじゃないのか!」
(《星の海を往く艨艟よ、銀河へ伝えたまえ、われ、ひとたび赴きてふたたび還らず、と》)
(すべてのエネルギーをテレポートのために変換しました)
クドウとウエザムはお互い不信の視線をおくりあう。そして、シートを蹴って立ち上がる。
「そいつはお節介だぞっ」
しかし、周囲のまぶしい金色の輝きは増すばかり。
(わたしたちは大いなる母との融合を果たせませんでしたが、あなたがたへ最後の贈りものができました)
(休息と好意をありがとう)
(さよなら、良き友人たち)
輝きは直視できないほどに光度を増していた。
「おい、ちよっと待て! こんなことのため助けたわけじゃ....」
クドウは最後までいいおわることができなかった。
視界のすべてが、そして意識がホワイトアウトした。
きみの描く夢を話してごらんいつかは誰も 自由な空を追い求める
時は風のように過ぎ去るのはなぜ?
心をしばりつけるものはなに?
風をしばりつけるものはない
いま 宇宙へと 解き放て
自由はいつでもそこにある
そして 心の翼で翔びつづけろ
月の光は儚く
宇宙へと想いを
いま 時の翼で翔びつづける
昨日がいちばん遠い日と知ったから
このバラードを謡いおえるとき、彼女のステージの幕が降りる。
しかし、銀河ネットワークを通じて同時中継される映像を見ていた無数の人々もふくめて、聴衆たちの目には意外な光景が映っていた。
祈りにも似た表情でバラードを謳いあげていたケイの頬をひとしずくの涙がつたった。
これまで、いちどたりともステージで涙など見せたことがないのは彼女のポリシー。
まぶしく照りつけるスポットライトの海で白い衣装をまとい、涙を天に捧げたような、彼女の瞳をとらえた映像は、まるで降り立った天使が人の世の悲しみに悲嘆にくれるよう。
涙の理由は、彼女にもわからなかった。
ずうっと感じていた胸騒ぎが不意に消えた途端に、なぜか涙が溢れてきてしまったのだ。
理由はわからない。
二四〇六年二月。島の王の中央惑星、ルーム系タマニウムは陥落。最後の島の王、ファクターIも死んだ。
リ=セスからの疎開船団は〈KA大サービス〉に無事到着。二億のテフローダーは密かに銀河系へ亡命。
同月。太陽系秘密情報局は《L.G.F.N.C》の艦籍を抹消。長大な第二銀河での喪失リストにくわえる。
「気にいらん....。口は出すが、手は貸さん、とは....」
「はぁ」
グラスの中の琥珀色の液体を揺らしてこたえる、グレーの瞳の不死者、大執政官ペリー・ローダン。
「助けてくれりゃいいものを、『われわれは誰も、おのれの良心の指示するところにしたがって行動するほかない』だと? ふん、良心のことなど、口にしてほしくもないわ。まったく、どこのどいつだ。あんなはた迷惑なやつを起こしたのは」
ローダンが無言のまま、咎めるような目つきでアトランを見た。
「ペリー、マークスとの協定でテフローダーの権利を除外したことについては、事前に暗黙の同意があったものと思っていたぞ」
「当時とは事情が違いまして....」
「そんな政治家みたいな口をきいてくれるな!」
しかし、両者はすぐに"あっ、政治家だったっけ"という暗黙の了解を見出した。
その白けた空気を切り裂いて、空間から出現した人物があった。
「ヘ〜イ。エブリバディ、シケたツラしてやがんなあ?」
その異常に陽気な声に、ふたりはとびあがってあたりを見回した。
「何?」「え?」
無からあらわれた、指を弾きながら四肢をうねらせてリズムをとる異様な風体の男、たてがみのような銀髪に、秀でた額にはグリーンのバンダナ、エメラルドグリーンの皮膚に金色の抽象模様が浮き出ている。"光の守護者"テングリ・レトス。
「いやいや、あなたはいつでも大歓迎ですよ」
ローダンがひきつった愛想笑いとともに右腕をさしだす。
「オー、ブラザー・ローダン。宇宙の平和のために働いてるかい? (光の力を持って、宇宙の秩序と平和を守る者に、挫けぬ意思が与えられんことを)実は、ユーたちの部下のことでソウルに満ちあふれた話し合いをしたくてね」
なぜか両の掌を天に向けたポーズで、英語とインターコスモのチャンポンなスラングを話すテングリ・レトス。
"ユーたち"というところで、アトランが片眉を吊りあげる。(じゃかやしい。この狂信的平和強制主義者め。貴様の顔を見るだけで、寿命が削れるわ)「ほう」
(しまった....。何かやったやつがいるな。懲罰だ)「部下が何か失礼を....?」
「ノーノー、その反対さ、マイブラザー。リトルイージー行き過ぎだが、結構ソウルマインドにイイセンいってるかれを見つけちやったワケ」
「それは誰かな?」
自分に累がおよばないとしって、アトランが身をのりだしてきた。
「ホントんとこイウと、まあだ逢ったワケじゃないんだけど、いわゆるツー・テラナー・アンド・ワン・ソウルブラザーってとこだね」
ローダンとアトランは顔を見合わせた。
一瞬、嫌な予感がした。
「あるラップでブルースなソウルブラザースの力を借りて、ひとつのテレポートに走ったんだがあ、必要な座標をなくしちまったワケで、ミーが手をさしのべた、ってことさ。まもなくユーたちの前にあらわれるハズさ」
まもなく、あらわれる....。
その言葉を消化するやいなや、ローダンはヴィジフォンのスイッチを押し、アトランはミニカムを取りだして《インペラトールII》を呼び出す。
ヴィジフォンのスクリーンに映った士官は、面食らった表情で口を開いた。
「閣、閣下。ただいま報告しようとしたのですが、艦隊内に不明艦が実体化しました。
識別は不明ですが、エネルギー反応はほぼ皆無で、自由落下しております」
「御苦労、映像をまわしてくれ」
「アイ・アイ・サー!」
アトランと目が合う。争うようにヴィジフォンのスクリーンをのぞきこむふたり。スクリーンに映っているのは一隻の転子状船。その船体側面には蛍光色で描かれた流れるようなアルファベット。《Lonely Girl from North Country》。
スクリーンから目を離してアトランがぼそりとつぶやく。
「こいつらは例の命令に反抗した士官の艦だな、ペリー」
「そ、そうだったかな」
背後のテングリ・レトスを気にして小声のローダン。
「ただちにタイホしろっ! 武装解除するんだ。憲兵を、海兵隊をのりこませろ。いや、わたしが乗りこむぞっ!」
いきりたって続けるアトランをローダンがさえぎった。
「ま、まて。アトラン、事情を聞こう」
忘れ去られていたレトスに向きなおったふたりに、あいかわらずリズムを刻みながら"光の守護者"は冷静な口調で語りかけた。
「ブラザーたち。この三人のソウルブラザーズのしでかしたことはノープロブレムにするってこと、プロミスしてくれないかなあ。ユーたちがアンドロメダからテイクアウトしても、残ったのが、ユウなれば敵意と破壊だけってんじゃ、ユーたちの目覚めもわるいってもんデさあ」
「まさか、そんなことができるものか。軍規に照らして最低三十年はぶち込むべきだ。例の人工知性はスクラップ....」
放っておくとロクなことがないとばかりに、アトランがまくしたてる。
一瞬、ローダンも眼前のソウルな男を殴りたおしたい願望にかられたが、すぐに思いなおした。この男こそは宇宙的使命を果たしている偉大な精神と科学の持ち主なのだ。
『きみらには失望するな』
----その言葉がローダンの脳裏に響いた。いや、それだけは断じていわせてはならない。
アンドロメダに同族を放置して破滅に導いた男。後世、そうささやかれるであろう運命からかれを救えるのは唯一、光の守護者テングリ・レトスのみ。かれだけが、アンドロメダ情勢を安定させられる力を持つ。いま見捨てられてはすべてが終わる。
ローダンは焦った。
レトスはかれの返答を待っているのだ。(もちろんのこと、かれがリズムをとっているのはいうまでもない)
「アトラン、かれらは太陽系帝国の軍人だ。USOのではない。したがって、この件についてはわたしに決定権があるぞ」
「そうか、ペリー。この手で軍法会議の判事をつとめることができないのは残念だが、判決をくだす栄誉はきみに譲ろう。判決はひとつかふたつしかないが」
〈違うっ!〉と絶叫したいのを内心にこらえてローダンはいった。「マーカント元帥を呼べ」
「おうそうか。一応、マーカントの部下だからだな」
踊り出さんばかりに喜色を浮かべるアトランの面前で、ローダンは静かに引導をわたした。
「いいか、マーカント。例のふたりのとった行動はすべて----いいか、すべてだ----、わたしの承認をうけてのことだと理解してくれ」
「は?」「え?」
アトランとマーカントの声が交錯した。
アトランの笑顔が凍りついた。
「いいか、いかなる抗議もうけつけんぞ。これは決定だ。必要な処置はわたしがとるつもりだ」
一気に話しおわって息をつくローダン。
と、そこへ拍手の音。
ギクッとふりむくと、にこやかな表情のアトランが手を叩いていた。
「素晴らしい。何と迅速な処置だ、ペリー。それをいますぐ文書にして、コピーに三人でサインして交換するとしよう」
アトランの、"口ばかりでいい恰好させてなるものか"という厭味なセリフが追いうちをかけた。
「は、はぁ。チーフの命令ならしたがいますが....」
「よし。マーカント、頼むぞ。テングリ・レトス、これで納得していただけただろうか、われわれテラナーの善意を」
「オー、さすがだ、ブラザー・ローダン。ミーの見立てに間違いはなかったネ。いや、これからはユーのことはビッグ・ブラザーと呼ぼう。感謝感謝。いつかは、ユーたちもこのネガティブハートから解き放たれて、ソウルに目覚め、ラップでブルースなソウルブラザースの一員となるだろうヨ。ではミーは多忙ゆえ、ここで失礼するよ」
レトスの消えるのを見送るローダンの頬には笑いがこびりついてとれなかった。
その敗北感一色の背中に向かって、
「これもまた、人生なのか....」
アトランがつぶやいた。
〈ぽしえっと〉に連呼されて、やっと意識をとりもどしたクドウの最初の言葉。
スクリーンは無数の艦艇のエコーで充満しており、それどころか外部表示スクリーンでその幾つかを肉眼でも確認できるほどの至近距離、大艦隊のただなか。
「まぁ、助かっただけでも良しとしますか。一応、味方ンなかですから」
ウエザムがどんよりとこたえた。
「味方、というのが引っかかるんだよな....」
「このあと即逮捕、銃殺という可能性もありますねぇ」
「ところで、いま何日だ?」
「いや、何年の心配をした方が....」
九死に一生をえたせいか、間抜けな会話を真剣に交わすクドウとウエザム。
そのふたりに呼びかける声。
「ヘイ、ブラザー」
"肉声?"
クドウとウエザムは途端、文字通り飛びあがって振りかえった。
はじめて目にする、銀髪にエメラルドグリーンの皮膚、全身からオーラを感じさせる存在、"光の守護者"であった。
「存在を感知しませんでした。この瞬間に出現しました」
〈ぽしえっと〉が告げた。「いかなるエネルギーの波動も感知していません」
「サンスカリの力だよ、ブラザー」
"光の守護者"テングリ・レトスは片手を挙げて指を弾き、殺気だつふたりを制した。
「ブラザー?」
「このイカれたラッパーはどこから来た?」
「おいおい、ブラザーたち。ソウルなハートを忘れちゃいけないな。ユーたちのビートなハートがミーを呼んだのさ。ラップでブルースなソウルブラザーには遠いが、イイセンいってるぜ、ブラザー。ユーたちのおかげで、あのメローなテフローダーたちもブルースなハートを知ったようだ」
「なんだと?」「何者だ!」
「ミーは"光の守護者"。サンスカリの力を借り、ブラザーたちがラップでブルースなソウルブラザーに成長する手助けをする、ってワケさ」
あまりのことに思考が追いついていかず顔をみあわすクドウとウエザム。というよりは、怒濤のようなチャンポン台詞に頭の中でカタカナが踊っている状態とでもいおうか。しかし、やっと配線が繋がったようである。
「アンダスタンドかな? ソウル・ローダン・ブラザースよ」
「誰が、ローダン・ブラザースだあ?」
「違いますよ、中尉。ソウル・ローダン・ブラザースですって」
「なんで、おれがペリー・ローダンなんかと兄弟あつかいされなきゃならないんだよ」
ローダンなんかよばわり。
「お義父さん、と呼ぶチャンスはまだ、ありますよ」
スーザンはやっと一才。
「どっちも御免だい」
「おやおや、仲間割れは感心しないよ、ブラザーたち」
「とりあえず、あんたは黙っててくれ」
「でも、こいつが島の王だったら、笑っちゃいますよね」
何気ないウエザムの言葉に凍りつくクドウ。
「....たしか、情報では異常な目立ちたがり屋だと....」
「〈ぽしえっと〉、島の王のメンタリティの最大エレメントは?」
「高い知性、妥協をしらず、かなりの自信過剰、目立ちたがり、説教好き」
それを聞いた、クドウとウエザムの瞳に物騒な揺らめきが宿る。
そこへ〈ぽしえっと〉の声が割って入った。
「お話しの最中で申しわけありませんが、旗艦から通信です」
「ほらきた。降伏勧告だ」
〈ぽしえっと〉の声に、ウエザムが首をすくめた。
「読め」
クドウが、体でリズムを踏んでいるテングリ・レトスの表情をうかがいながらいった。
「"光の守護者"には最大限の敬意を払うべし。なお、貴官らの行動については後日あらためて検討するものとする。ローダン。以上です」
「失礼した。なにやら、宇宙的使命を遂行しているお方のようですな」
クドウがころっと態度を変え、慇懃に挨拶。
「ノーノー。ブラザーたちがソウルに目覚める前の、リトルな時ってのはあ、ラップでブルースなハートがわかんないものなのさ。でも、あのテフローダーたちは、ユーたちプレッジハートブラザースのおかげで、ブラザーたちのソウルなビートが少しはわかったようだから、いつかはソウルブラザースの仲間入りするだろうネエ」
要領をえない様子のウエザム、次の言葉に耳をすますクドウ。
「見たまえ」
テングリ・レトスの手のひらに空間がひろがる。それはやがて宇宙をただよう球型船団の姿となり、その球体のひとつをクローズアップする。どんどん倍率はあがっていき、ついにその船体の一部をつきぬけ、船室らしいものを映し出した。
こじんまりとしたキャビン。造りつけのベッドによりかかって、ものおもいにふける黒髪のテフローダー少女。
デスクの上に立て掛けられたディスク。憂いをふくんだ表情で微笑む少女のポートレート。
「ユーたちのビッグブラザーは、ミーのソウルな叫びに耳を傾けてくれたから、ユーたちのハートビートがダウンするようなことはないはずさ。もちろん、ミーもユーたちのブルースなソウルには感動したさ。だから、ブラザーたちの望みなら、この座標へ御機嫌にノータイムでトランスポートデリバリーしてもOKだとも」
淡々とテングリ・レトスが語った。
「ほほう」
妙に目を輝かせて、ウエザムがクドウの横顔をうかがった。
「ふむ。それとは別な願いがあるのだが....」
クドウは頬に何か楽しげな笑みのかけらを残しながら切りだした。
ウルトラ戦艦《クレストIII》
ルーム系タマニウム上空
「《L.G.F.N.C》消滅しました!」
《クレストIII》探知センター指揮官キンザー・フーリー少佐が不吉な報告をもたらしたのは、テングリ・レトスが去って間もなくであった。
逃げられた....。
ローダン、アトランの胸に去来するのはその言葉だけであった。
ひとりマーカントだけが、残された絶対コピー不可能のサイン入り公文書の署名が一名分増えているのに気づいていた。
----光の守護者 テングリ・レトス
この者たちに手出し無用。
"Lonely Girl from North Counry 2nd"
(c) 1995/6/15 yuki sano with y.wakabayashi
produced by 